4/20 [INDEX] [PREV] [NEXT]

古今著聞集 卷四

橘成季
(『古事談・古今著聞集・十訓抄・榮華物語』 國史大系15 經濟雜誌 1901.10.15
〔原文頭注等〕【原文割注】(*入力者注記)。振り仮名・振り漢字を施した。
縦書表示 for IE

  目録   第五 文學
[TOP]

(目録)



[目次]

古今著聞集卷第四

文學第五

[目次]
[一〇六] 伏犧ふつき・ふくぎ〔兮、一本旡、當衍〕氏の天下に王として、はじめて書契を作りて、繩をむすびし政にかへ給しより文籍ぶんせき・もんじやくなれり。孔丘の仁義禮智信をひろめしより此道さかり也。書曰、玉不琢不器、人不學不道。(*禮記)〔又、一本作亦〕云、弘風導〔導、一本作道〕俗、莫於文、敷敎訓民、莫於學(*帝範)文學の用たる、けだしかくのごとし。

[目次]
[一〇七] 應神天皇十五年(*4世紀半ばに比定)に百濟國より博士(*阿直岐・王仁等)經典を相具して來り、しかうして後經史我國にまなびつたへたり。そも〳〵詩は志のゆく所也。心にあるを志とす。言にあらはすを詩とすといへり。(*詩經)天武天皇第三御子大津皇〔皇、一本作王〕子始めて詩賦をつくり給ふ。それよりこのかた以來春風秋月の幽〔幽、原作悉、據一本改〕、皆吟〔吟、一本旡〕〔誦、一本作嘯〕の心をもよほし、詞花言葉の聯翩れんべん也、こと〴〵の色を裁するものなり。

[目次]
[一〇八]六年(*952)十月十八日、後江相公のちのがうしやうこう(*大江朝綱。祖父大江音人おとんどを江相公と呼ぶ。)の夢に白樂天きたり來り給へりけり。相公悦びてあひ奉りて、そのかたちをみれば白衣を着給ひたり。面の色あかぐろにぞおはしける。靑き物着たるもの四人あひしたがひたりけり。相公都卒天より來り給へるかと問奉られければ、しかなりとぞ答へ給たりける〔る、一本作り〕。申べき事有て來れるよしの給宣ひけるに、いまだ物語に及ばずして夢さめにければ、口惜き事限なかりけり。

[目次]
[一〇九]の御時(*村上朝)、朝綱・文時(*菅原文時)に仰せて文集第一詩をえらびて〔て、一本旡〕奉るべきよし勅定有ければ、
    送蕭處士遊黔南
  能文好飮老蕭郞。  身似浮雲鬢似霜。
  生計抛來詩是業。  家園忘却酒爲郷。
  鴻〔鴻、原作江、據一本改〕巴峽初成字。  猿過巫陽始斷腸。
  不醉黔中いかでか去。  摩園山月正蒼々。
この四韵をともにえらびたてまつりたりけり。一句すぐれたるはおほけれど、四句體ことなるによりてありがたき事にや。兩人同心のほど興ある事也。

[目次]
[一一〇] 安樂寺作文序を相規(*源相規)が書けるに、王子晋之昇仙、後人立祠於候嶺(*氏山、嶺)之月、羊大輔〔輔、原作轉、今從一本〕(*羊太傅)之早世、行客墜涙於山之雲。この句ことにすぐれたりけるを、後に月のあかゝり明かりけるに、安樂寺にて直衣の人詠じたるは、天神御感のあまりあらはれ給けるにや。

[目次]
[一一一] 蒼波路遠雲千里、白霧山深鳥一聲。此句は橘直幹なほもと(*原文「幹の偏+夸」)秀句すくにて侍るを、奝然てうねん上人入唐につたうの時わが作なりと稱しけり。たゞし雲千里とはべるを霞千里とあらため、鳥一聲をば虫一聲となをし直したりけるを、唐人きゝて佳句にて侍る。をそらくは恐らくは雲千里、鳥一聲と侍らばよかりなましとぞいひける。さしもの上人のいかにそらごと虚言をばせられけるにか。この事おぼつかなし。

[目次]
[一一二] 前途程遠、馳思於鴈山之夕雲。後會期遙、霑纓於鴻臚之曉涙(*本朝文粹)と、後江相公(*大江朝綱)が書たるを、渤海の人感涙をながしける。のちに本朝人にあひて江相公(*後江相公)三公の位にのぼれりやと問ひけり。しからざるよし答へければ、日本國は賢才をもちゐる國にはあらざりけるとぞはぢしめける。

[目次]
[一一三] 都良香竹生島に參りて、三千世界眼前盡〔盡、一本此下有ぬ字〕と案じ侍て、下句を思ひわづらひ侍りけるに、その夜の夢に弁才天、十二因心裏空とつけさせ給ひける。やんごとなきことなり。

[目次]
[一一四] 晴後山川〔川、據一本補〕淸といふ事を、以言もちとき(*大江以言)つかうまつりけるに、歸嵩鶴舞日高見、飮〔渭、一本作渇、恐非〕龍昇雲不殘とつくりて、以言すなはち講にてよみあげたるを、爲憲朝臣(*源爲憲)其座に侍けるがきゝて、土嚢〔嚢、原作象、今從一本、下同〕に頭を入て涙をながしけり。見る人或は感じ或は笑ひけり。彼爲憲は文塲ごとに嚢に抄物せうもちを入て隨身しけるを土嚢とは名づけたりけり。

[目次]
[一一五] 後德大寺左大臣(*藤原實定)前大納言にておはしける時、人々をともなひて、嘉應二年(*1170)九月十三日〔日、一本旡〕夜、寳莊嚴院にて當座の詩哥(*即興の詩歌合)有けるに、式部大輔永範卿(*藤原永範。藤原永實男)月の影に立出て抄物せうもちを見て、樓臺月映素輝冷、七十秋闌紅涙餘といふ秀句を作たりける。むかしはふところに抄物など持く〔く、據一本補〕るしからぬ事也けり。近代は不覺の事に思ひてもたぬ事に成はてにけり。

[目次]
[一一六]是花中偏愛一レ菊、此花開後更無花。これは元が秀句也。隱君子(*源淳〔滾〕トモ。嵯峨隱君子)琴を彈じ給ける。空よりかげのやうなるものきたりていひけるは、我此句をあはず(*愛すカ。未詳)宿執あるによりてその感にたへず。たゞし後の字をあらためて盡〔盡、一本此下有て字〕とあるべしと云てうせにけり。

[目次]
[一一七] いづれの年にか〔か、據一本補〕天下に疫病えやみ・やくびやうはやりたりけるに、或人の夢に文時三品(*菅原文時。菅三品くわんさんぼんの家のまへを、おそろしげなる鬼神どもみな拜してとをりけるを、あれは何といふことにてかくはかしこまるぞと問ければ、瀧山(*隴山)雲晴、李將軍(*李廣)之在家とつくりたる人の家をば、いかでかたゞ無禮むらいにて過べきとこたへけり。鬼神は心たしかにて、かく禮義もふかきによりて、文をもうやまふにこそ。一道に長たる人はむかしも今もかやうのふしぎ不思議おほく侍り。

[目次]
[一一八] 大内記善滋保胤(*慶滋保胤)〔と、或衍〕八條の宮(*六條宮具平親王)に參じて下問〔問、原作向、據一本改〕の時、事時輩の文章におよびけるに、親王命云、匡衡(*大江匡衡。江吏部)如何。答曰、敢死之士數騎被介冑、策驊騮くわりう、似淡津之渡〔渡、一本作濵〕。其鋒森然少敢當者。又命云、齊名たゞな(*紀齊名)如何。答曰、瑞雪之朝、瑤臺之上、似箏柱。又命云、以言もちとき(*大江以言)如何。答曰、白〔白、據一本補〕砂庭前、翠松陰下、如陵王。又命曰、足下如何。答曰、なま〔曲、一本作舊、或是〕上達部駕毛車(*檳榔毛車)、時々似〔陰、集覽本作吟〕と申ける。いと興ある事也。大かた自魏、文體三段とこそ文選には侍なれ。白樂天の作をば東坡先生(*蘇軾、蘇東坡)はかたぶけゝるとかや。されば和の風情時にしたがひて改まるやうに侍ども、彼保胤が詞古今序のごとくばさま〴〵なる體いづれもすつ捨つまじきにこそ侍れ。一隅をまもりて善惡をさだめん事は、口をしかるべきことなり。諸道同事なるべきにや。

[目次]
[一一九] 白河院御時、高麗國より醫師くすしを申たりけるに、つかはすべきよし沙汰有けるに、殿下てんが(*藤原師實)御夢想の事有てつかはすまじきになりにけり。返を、原作條に、據一本改〕匡房卿(*大江匡房、江帥)かきけるに、雙魚(*雙鯉トモ。手紙)鳳池之波、扁鵲(*中國古代の名醫)豈入鶴林(*鷄林。新羅・朝鮮の異稱)之雲。この句ことなる殊なる秀句にて、の人ほめのゝしりけり。〔一本頭書云、十訓抄 上第一 可定心操・振舞事、醫師雅忠(*丹波雅忠)が事なり。〕(*頭注)

[目次]
[一二〇] 江中納言匡房(*大江匡房)、承德二年〔堀川−傍註〕(*1098)都督(*太宰帥)に任じてくだりけるに、同康和三年(*1101)に都督夢想の事ありて、安樂寺の御祭をはじめて、八月〔八月以下廿七字、一本脱〕(*地也マデ)廿一日翠花(*天皇の旗)を淨妙寺にめぐらす。此寺は天神の御事をとゞめし地也。治安(*1021-1024)の都督惟憲卿(*藤原惟憲)彼跡をかなしびて、一伽藍を其所に修復して法花三昧を修す。同廿三日宰府に還御。僚官・司みな馬にのりて供奉す。廟院の南に頓宮とんぐう(*行宮)あり。神輿をその内〔内、據一本補〕にやすめて、神事をその前におこなふ。翌日に宴をはりて、夜に入て才〔才、一本作弟、同本與此同〕子ひきて宴席をのぶ。是をまつりの竟宴といふ也。神德契遐年(*長壽)と云題をはじめて講ぜられけるに〔に、一本旡〕、序を都督かゝれけるに、桑田たとひ變、日祭月祀之儀長傳。芥〔芥、一本作芬〕城縱空、配天掃地之信〔信、原作倍、據一本改〕絶。况亦崑崙萬歳三寳之桃矣。便充枌楡之珍羞崆峒こうどう〔一、一本作四〕(*一劫)一熟之瓜焉。更代ひんぱん之綺饌(*本朝文粹)とかゝれて侍る故にや、此祭禮年をへてたゆる事なく、いよ〳〵〔指、當作脂〕(*脂粉)をぞ添へられ侍る。同序云、稷之臣政化雖高、朝闕萬機、未必充姫霍〔姫霍、一本傍書作孤雲〕(*霍光)。風月之主才名雖富、夜臺一掩未必類。彼蕭蕭暮雨(*朝雲暮雨・巫山之夢の故事)、花盡巫女之臺〔臺、據一本補〕、嫋々秋風、人下伍子之廟(*伍子胥の故事)。古今相隔、幽哥惟〔惟、原作推、據一本改〕同。匡房五稔之秩已滿、待春漸艤江湖之舟。併覲(*見えること)之期難知。何日復列廟門之籍とかゝれたりける。詩にいはく、蒼茫雲雨知吾否、其いかん〔將、原作那、據一本改〕於帝京となん作られたり。此序を講じける時、この中の句を御殿のかたに人の詠ずるこゑの聞えけるは、うたがひなく神感のあまりに天神御詠吟有けるにこそと人々申ける。今年都督秩滿のとしにあたれり。明春歸洛せんずる事を神も名殘おほくおぼしめして、かく倡〔倡、原作偈、據一本改〕吟有けるに〔に、據一本補〕や。同四年(*1102)都督已に花洛におもむくとて、曲水宴に參りて序をかゝれけるに、夢の中に人來て告ける〔ける、一本作らるゝ三字〕は、此序の中にあやまりあり、なをすべしといふと見てさめぬ。其後件の序を思有けるに、柳中之景色暮、花前之飮欲罷と云句ありけり。柳中は秋の事也、春の時にあらずと覺悟して則なをされにけり。同序に潘江陸海、玄之又玄也。暗引巴字之水。洛妃〔女、據一本補〕、如夢而非夢也。自動魏年之塵。堯女〔女、原作如、據一本改〕廟荒、春竹染一掬之涙。徐君墓古、秋松〔松、據一本補〕三尺之霜(*季札の剣)。右軍(*王羲之)既醉、蘭臺之席稍卷。左驂頻顧、桃浦之駕欲歸。かやうの秀句共を書出されたりけるに、尊廟のふかくめでさせ給にけるにこそ。講ぜらるゝ時御殿の戸なりたりけるを〔を、一本作は〕、滿座の府官・僚官一人も殘らずみな是をきゝけり。そのこゑ雷のごとくになん侍りける。此卿嘉承二年(*1107)又都督になりたりける。これも神の御はからひにこそ。かたじけなき事也。

[目次]
[一二一] 尚齒會は唐の會昌五年(*845)三月廿一日、白樂天履〔履、一本作覆〕道坊(*履道坊)にしてはじめておこなひ給ひける。我朝には貞觀十九年(*877)三月十八日、大納言年名卿(*南淵年名)小野山庄にしてはじめておこなはれけり。又安和二年(*969)三月十三日、大納言在衡卿(*藤原在衡)粟田口山庄にておこなはれける。其後天承元年(*1131)三月廿二日、大納言宗忠卿(*藤原宗忠)白河山庄にして被行けり。七叟算(*年算、齡)、三善爲康年八十三、前左衞門佐藤原基俊七十六、前日向守中原廣俊七十、亭主七十、式部大輔藤原敦光朝臣六十九、右大弁實光(*藤原實光)六十三、式部少輔菅原時登六十二。此中に基俊は病によりて詩ばかりを贈りけり。時登序をば書たりけり。垣下ゑんが・かいもと(*相伴者席)に中納言師時(*源師時。源俊房男)以下いげ侍けり。詩披講以前に、朗詠、少〔從、原本及一本作沒、今從一本〕樂天三年の句をと〔と、據一本補〕なへて四五反におよぶ〔ぶ、一本作び〕。右大弁式部大輔ぞ詠ける。又岸風論〔論、原作淪、據一本改〕力之句、蓬鬢商山之句、醉對花之句等(*和漢朗詠集)再三詠じて、すでに幽興に入けり。昔は此座にして盃酌〔酌、原作杓、據一本改〕有て、或は詩をつくり、或は管絃を命じて、心にまかせて遊戯しける。今ぞかやうの事も絶え侍ぬる。口おしきかな。

[目次]
[一二二] 永久三年〔1115〕七月五日、式部大輔在良朝臣(*菅原在良)御侍讀にて、始めて御前へ參たりけるに、先朗詠をしける。幸逢〔堯、據一本補〕舜無爲化德、是非老之幸〔是非老之幸哉、一本作是北辰三字、辰一本作居〕、大公望(*ママ)周文(*和漢朗詠集)等之句也。次古事をかたり申けり。聞もの感ぜずといふ事なし。次に管絃ありけり。主上(*鳥羽天皇)御笛をふかせ給ふ。かうたけて在良朝臣罷出けるに、藏人朝隆(*藤原朝隆。藤原爲房男)指燭さしておくりけり。ゆゝしくぞ侍ける。

[目次]
[一二三] 勸學院の學生どもあつまりて酒宴しけるに、おの〳〵議しける。年齒・座次ざなみ(*席次)をもいはず才の次第に座には着べしと定めけり。然るを隆賴(*惟宗隆賴)すゝみてつきてけり。傍輩共左右なくはいかにつくぞといひければ、隆賴こたへけるは、文選三十卷四聲の切韵暗誦のものあらばすみやかに隆賴ゐくだるべしといひたりけるに、傍輩共皆口を閉てあへて云事なかりけり。此隆賴は無雙ぶさう・むさうの才人也けり。學頭に成たりけり。學問料(*學資)を心にかけて望みけれ共、つゐにかなはざりけり。申文に對甲子〔甲子、此上恐脱字〕〔雎、原作准、據一本改〕陽之一老。取明鏡鬢眉〔眉、一本作髯、同本與此同〕、皓商山之四皓(*東園公、角里先生、綺里季、夏黄公)と書たるもの也。此句ことなる秀句にて人口にあるものなり。

[目次]
[一二四] 康治三年(*1144)甲子にあたりけり。例にまかせて革令のさだめ(*陰陽道で變亂が多いとして改元を行うべきことを定めた年。革令〔甲子〕・革運〔戊午〕・革命〔辛酉〕の三革。)有べかりけるに、宇治左府(*賴長)前内大臣にておはしけるが、周易をまなばずして此定にまいらん事あしかるべしとおぼして、よませ給ふべきよしおぼしさだめ思し定めてけり。しかあるを此事を學ぶ事師有よしいひつたへ言ひ傳へたり。又五十以後まなぶべしともいへり。おとゞ大臣おぼしけるは此事更に所見なし。論語〔論語、一本此下有疏字〕には小年にても〔も、據一本補〕學ぶべしとこそ見えたれ。さりながらも〔も、一本旡、當衍〕俗語はゞかりあれば〔ば、據一本補〕とて、二年(*1143)十二月七日安倍泰親をめして、河原にて泰山府君をまつらせて、みづから祭庭まつりのにはにむかはせ給ひけり。都帖とでふ〔帖、原作、據一本改〕(*とじやう。陰陽道の祭文)にその心ざしをのべられけり。成佐(*藤原成佐)ぞ草したりける。そのとしおとゞ大臣は廿四にぞならせ給ひける。文道をおもんじ冥加を恐給ひてかくせさせ給ひける、やさしき事也。

[目次]
[一二五] 仁平(*1151−1154)の比、宋朝商客劉文冲〔冲、一本作仲、同本與此同〕、東坡先生指掌圖(*切韻指掌圖)二帖、五代記(*五代史記)十帖、唐書九帖、名籍(*名札、名簿)をそへて宇治左府(*藤原賴長)に奉りたりける〔たりける、據一本補〕。返事は文章博士茂明〔茂明、原作義明、一本作義時、據本朝世紀及下文改〕朝臣(*藤原茂明)草して、前宮内大輔定信(*藤原定信)淸書きよがきしたりける。尾張守親隆朝臣〔朝臣、今從一本補之〕(*藤原親隆。藤原爲房男)が奉書にぞかきたりける。砂金しやきん卅兩をたまはせけり。又要書目六目録をもつかはしけり。萬壽三年(*1026)に周良史といひけるもの、名籍を宇治殿(*藤原賴通)に奉りたる事あり。其たびは書をばたてまつらざりけり。(*國史大系本文は萬壽三年以下で改行する。)

[目次]
[一二六] 仁平三年(*1153)五月廿一日、院宣によりて宇治左大臣(*藤原賴長)東三條にて、學問料の試(*大學寮の學生に學資を支給するための考試)をおこなはれけり。藤原敦經・菅原登宣〔宣、一本作信、盖依訓誤者〕・同在淸(*菅原在淸)・藤原敦綱・同光範(*藤原光範)・菅原在茂等を中島の座にすへられにけり。式部大輔永範朝臣(*藤原永範)・文章博士茂明朝臣(*藤原茂明)・式部權大〔大、據本朝世紀當作少〕輔公賢(*菅原公賢。菅原時登男)をめして、左傳・禮記・毛詩を分たびて、題をえらばされけり。みな紙切に書わけて、頭弁朝隆(*藤原朝隆)朝臣をめしてくじにとらせられけり。禮以行(*左傳)といふ事をとりけり。家司盛業(*藤原盛業)をもて試衆にたまふ。作り出すに隨てぞもてまいりける。其後評定ありけり。後に院より通憲入道(*藤原通憲、信西)にもおほせあはせられけるとぞ。つゐに光範・登宣ぞ給はりにける。

[目次]
[一二七] 保元二年(*1157)四月廿八日、藏人所にて直講ちよつかう(*大學寮の明經道敎官)の試〔試、原作式、據一本改〕ありけり。重憲(*未詳)・師直(*中原師直)・師尚(*中原師尚)、おの〳〵屛風をへだてゝ候けり。頭弁範家朝臣(*藤原範家)・藏人左少弁雅賴(*源雅賴)・藏人勘解由かげゆの次官すけ親範(*藤原親範。範家男)所につきたりけり。式部大輔永範朝臣、毛詩・尚書・左傳・禮記の中に十の事をしるしいだして奉りたりけるを尋下されけり。師直は三事に通じ、重憲・師尚は二事に通じたりけり。次日親範仰をうけたまはりて、助敎(*大學寮の明經博士の次位)師光【師尚父】(*中原師元)・賴業(*淸原賴業)、直講康季(*未詳)を藏人所にめして評定せられけり。師直傍輩にすぐれたるによりて、五月二日つゐになされにけり。

[目次]
[一二八] 少納言入道信西が家にて人々あつまりてあそびけるに、夜深催管絃と云題にて當座の詩を作りけるに、皆人は作いだしたりけるに、敦周朝臣(*藤原敦周)案じ出さぬけしき氣色にて程へければ、滿座興さめてけり。あまりにすみ澄み(*靜まる)て侍ければ、有安(*中原有安)が座のすゑに有けるに、入道朗詠すべきよしをすゝめければ、第一第二絃索々(*和漢朗詠集)といふ句を詠じたりけり。此心自然に此題によりきたり寄り來りけるにや、敦周朝臣やがて作りいだしたりけり。龍吟水暗〔暗、原作晴、據一本改〕兩三曲、鶴唳かくれい霜寒第四聲とつくりたり〔たり、一本旡〕ける。殊その興有て人々感歎しけり。彼朗詠のこゝろいと相違なきにや。

[目次]
[一二九] 後德大寺左大臣(*西園寺實定)納言なふごん之時、昇進とゞこほり給ける程に、治承元年(*1177)の冬左大臣に成給て、二年春釋奠せきてんにまいりて、豈圖再接杏壇宴、衣躰〔衣躰、一本作衆鉢、恐當作衣鉢〕遂歸四十春と作り給たるを、永範卿(*藤原永範)感歎にたへずなみだをながしけり。おほかた風月の才人にすぐれ給へるにや。〔此一章、據一本補。〕

[目次]
[一三〇] 治承二年(*1178。高倉朝)五月晦日、内裏にて密々に御作(*御作文)有けり。題云、詩境多修竹。左兵衞督成範卿(*藤原成範。信西男)已下參られたりけり。御製落句(*結句)に、豈忘一字勝金德、可愍白頭〔頭、據一本補〕〔卷、一本云此下脱字〕(*把卷)師、かくつくらせ給たるを承りて、宮内卿永範卿(*藤原永範)・左大弁俊經卿(*藤原俊經)ともに御侍讀にて候けるが、感涙をのごひて兩人東臺の南階をおりて二拜、左大弁舞蹈しけり。左大弁は左兵衞督の笏をぞかりうけらる。ま〔ま、據一本補〕ことにゆゝしき面目にこ〔こ、據一本補〕そ。

[目次]
[一三一] 高倉院の〔の、一本旡、當衍〕風月の御ざえはむかし〔むかし以下廿一字、據一本補〕(*さればマデ)にもはぢ耻ぢぬ御事とぞ世の人申ける。さればこのみ御沙汰も有けり。治承二年(*1178)六月十七日、延久(*1069−1074)のふるき跡を尋て、中殿ちゆうでん(*淸凉殿)にて御作文さくもん有けり。妙音院太政大臣【師】(*「長」脱。藤原師長)・左大將【實定】(*西園寺實定)・中宮大夫【隆季】(*藤原隆季)・藤中納言【資長】(*藤原資長)・權中納言【實綱】(*藤原實綱)・右宰相中將【實守〔守、原作高、據一本及補任改〕(*藤原實守。藤原公能男)・式部大輔【永範】(*藤原永範)・左大弁【俊經】(*藤原俊經)・中將雅長朝臣(*藤原雅長。藤原雅敎男)・通親朝臣(*源〔中院〕通親、土御門内大臣。源雅通男)・權右中弁親宗朝臣(*平親宗。平時信男)・藏人左少弁兼光(*藤原兼光。藤原資長男)・藏人勘解由次官基親(*藤原基親。藤原親範男)・藏人右衞門佐藤原家實(*藤原家實〔資實〕。藤原兼光男)〔を、原作卿、一本作押、今意改〕めされけり。式部大輔題の事をうけ給て、禁庭催勝遊としるして奉りけり。勸盃けんぱいはてぬれば御遊をはじめらる。太政大臣玄象を彈じ給。但まへにおきて彈じたまはざりけり。唱歌をぞし給ける。絃のきれたりけるにや。中宮大夫笙をふく。笛は主上ふかせおはしますべきよしかね〔かね、原作承、據一本改〕て聞えけれども、さもなくて藤大納言ぞつかうまつられける。中御門中納言宗家(*藤原宗家)拍子をとる。六角宰相家通(*藤原家通。藤原重通男)箏をしらぶ。頭中將定能朝臣(*藤原定能、樋口大納言。藤原季行男)篳篥をふく。少將雅賢朝臣(*源雅賢。源通家男)和琴を彈じけり。呂、安名尊・鳥破・席田・賀殿〔殿、原作取、據一本改〕急、律、伊勢海・万歳樂・五常樂急。御遊はてゝ詩を(*文臺にカ)おく。兼光をめして講ぜられけり。そのゝち太政大臣御製を給はりて文臺の上にひらかれければ、式〔式、原作民、據一本及上文改〕部大輔ぞ講じ奉りける。
  禁庭月下勝遊成。  有管有絃有〔頌、原作頂、據一本改〕
  宴席なまじひに延久跡。  詞花猶異昔風情
發句下七字中宮大夫の詩にあひて侍ければ、大夫おどろきさはぐけしきあり。人々感じけるとぞ。大臣御製をとりて懷中に入給けり。延久に土御門右府(*源師房。具平親王男)はかくもし給はざりけるに、いと興ありとぞのゝしりける。座にかへりゐ〔ゐ、據一本補〕給て後數反詠じ給ひけり。まことに道にたへたる御事も〔も、原作ぞ、據一本改〕あらはれてめでたくぞ侍ける。左大將・左大弁も〔も、原作と、據一本改〕同詠じけり。其後令月・德是(*和漢朗詠集)なども詠じ給けり。かゝる程に御製に作りあはせたる人勅詠を給はる事式部大輔申出たりけれども、紀納言(*紀長谷雄)ためしも年月さだかならずとて〔とて、原作こそ、據一本改〕、大夫すなはち作りなをしてかさねられたりける、ゆゝしく〔ぞ、一本旡〕侍ける。抑今度の文人目出度えらびめされたるに、右大弁長方(*藤原長方)もれにける事人々あやしみあへり。いかなる事にか、おぼつかなき事也。右大弁此事を恨みて病と稱して、參議・大弁兩職を辭申けり。實にはやま病まざりけるにや。天氣不快なりけるとぞ。

[目次]
[一三二] 文治三年(*1187)九月七日曉、秀才長官(*文章得業生出身の勘解由使長官)爲長(*菅原爲長)夢に權右中弁定長朝臣(*藤原定長。藤原光房男、藤原俊成養子)北野宮寺ぐうじ(*北野天滿宮)にて臨時作文さくもんをおこなふと見てけり。爲長このよしをかの弁に告ければ、おどろきて人々をすゝめて、同十月六日作文をとげおこなひけり。題は廟庭歳月長。源中納言通親卿已下〔下、原作上、據一本改〕參られたり。序は大内記長守(*菅原長守)ぞ書ける。披講のゝち新中納言兼光卿(*藤原兼光)・式部大輔光範朝臣(*藤原光範。藤原永範男)・大學頭在茂朝臣(*菅原在茂)・文章博士光輔朝臣(*藤原光輔)等朗詠しけり。(*菅公)むかしの御餘〔餘、一本旡〕執猶おはしますにや、近比もかく文にはふけらせ〔ふけらせ、一本作ふけられ〕おはします事おほく侍り。

[目次]
[一三三] 或人連句のたびごとに、想像花陽洞と定まれることにいひけり。或日人々よりあひたりけるに、かの人案のごとく又此句をいひたりけるを、素俊法師とりもあへず左存さぞんじたり〔存、一本此下有たり二字〕松子亭といひたりける。滿座興に入て膓をきりけるとぞ。この素俊は連句の上手なりけり。
  春調春鶯囀。  古聞古鳥蘇。(*春鶯囀・古鳥蘇は雅樂の曲名)
  琵琶稱牧馬(*玄上と並ぶ琵琶の名器)。  鞁皷(*鞨鼓)泉狼
これらも素俊が秀句とぞ申侍る。

[目次]
[一三四] 村上帝かくれさせ給ひて後、枇杷大納言延光卿(*藤原延光)あさゆふ朝夕戀しく思ひ奉りて、御かたみ形見いろ(*喪服)を一生ぬぎ給はざりけり。ある夜の夢に御製をたまひける。
  月輪日本雖相分。  温意おもひをこす淸凉昔至誠。
  兜率高歸内院。  如今於彼語卿名
大納言夢さめておどろきて是に和したてまつる。
  再-拜聖顏一寢程。  恩言芳處奉〔奉、一本作奏、一本與此同〕中情
  夢中如覺夢中事。(*如覺夢中事  雖一生豈空驚。

[目次]
[一三五] 後三條院東宮にておはしましける時、學士實政朝臣(*藤原實政。藤原資業男)任國におもむきけるに、餞別のなごりをおしませ給て御製かゝりけるとかや。
  洲民縱作甘棠詠(*甘棠之愛の故事)。  莫忘多年風月遊。
此心は毛詩云、孔子曰、甘棠莫伐劭伯(*召公之所宿也といへる事也。

[目次]
[一三六] 中納言顯基卿(*源顯基、橫川中納言。源俊賢男)は後一條院ときめかし給ひて、わかくよりつかさくらゐ官位につけてうらみなかりけり。御門におくれ奉りければ、忠臣は二君につかへずといひて、天台楞嚴院にのぼりてかしらおろし頭下ろしてけり。御門かくれ給ひける夜、火をともさゞりければ、いかにと尋るに、主殿司新主【後朱雀】の御事をつとむとてまいらぬよし申けるに、出家の心もつよく成にけり。此人わかくより道心おはしまして、つねのことぐさ言種に、
  古墓何世人。  不姓與一レ名。
  化爲路邊土。  年々春草生。(*白氏文集)

[目次]
[一三七] 菅丞相(*菅原道眞)昌泰三年(*900)九月十日宴に、正三位の右大臣の大將にて内に候はせ給ひけるに、
  君富春秋臣漸老。  恩無涯岸報猶遲。
と作らせ給ければ、えいかん叡感のあまりに御衣をぬぎてかづけ被けさせ給ひしを、同四年(*901)正月に本院のおとゞ大臣(*藤原時平)の奏事不實によりて俄に太宰權帥にうつさ遷され給しかば、いかばかり世もうらめしく御いきどをり憤りもふかゝりけめ共、猶君臣の禮はわすれがたく、魚水の節もしのびえずやおぼえさせ給けん、みやこのかたみ形見とてかの御衣を御身にそへられたりけり。扨次のとしの同日かくぞえいぜ詠ぜさせたまひける。
  去年今夜侍淸凉。  秋思詩篇獨斷膓。
  恩賜御衣今在此。  捧持毎日拜餘香

[目次]
[一三八] 後江相公【朝綱】(*大江朝綱)の澄明(*大江澄明。大江朝綱男)おくれ後れてのち、後世をとぶらはれける願文に、
  悲之亦悲、莫於老後一レ子。  恨而更恨、莫於少先一レ親。
とかけるこそ前後相違の恨、げにさこそはとさりがたく避り難くあはれにおぼゆれ。

[目次]
[一三九] 橘正通(*具平親王侍讀。紀齊名師)が身のしづめ沈める事を恨て異國へ思ひたちけるおりふし、具平親王家の作文序者たりけるに、是を限りとやおもひけん、
  齡亞顏駟、過三代(*顏駟不遇三朝の故事〔漢武故事〕)而猶。  恨同伯鸞、歌五噫ごい而欲(*梁鴻〔梁伯鸞〕「五噫歌」)
とぞかけりける。源爲憲其座に候けるが此句をあやしみて、正通おもふこゝろ有てつかうまつれるにやと申ければ、さすが心ぼそくや思ひけん、涙をながしける。さて罷出るまゝに高麗へぞ行にける。世をおもひきらむにはかくこそ心きよからめといみじくあはれなり。かしこにて宰相になされにけりとぞ後に聞えける。

[目次]
[一四〇] 東三條院關白前太政大臣【兼家】(*藤原兼家)、九月十三夜の月に東北院の念佛に參給へるに、夜もうちふけて世の中もしづかなるほどに、齊信民部卿(*藤原齊信)をめして、こよひ今宵たゞにはいかゞやま止ま〔やまん、一本作過さん〕。朗詠有なんやと仰られければ、いとかしこまりてしばし煩ふけしきなるを、人々みゝそばだて欹てゝいかなる句をか詠ぜんずらんと待程に、極樂の尊を念ずる事一夜とうちいだしたりける。たぐひなくめでたかりけり。此句かきたる齊名(*紀齊名)やがて御供にさぶらひけり。我句をしもさばかりの人の朗詠にせられたりける、いかばかりこゝろの中のすゞしかりけん。此句は勸學會(*三月十四日・十五日に行われた。)の時攝念〔念、一本作倉、恐非〕山林を賦する序なり。
  念極樂之尊。一夜山月正圓。
  先(*勾)曲之會。三朝洞花(*莢。月の後半には落葉し始める。)落。
これは三月十五夜の事也。九月十三夜に詠ぜられける、いかにとおぼゆ。但念佛の義ばかりにとりよれるにや。古人申所作、仰而可信歟。   

[目次]
[一四一] 天暦御時、橘直幹なほもとが民部大輔を望み申ける申文の〔の、一本作を〕さうをば自らかきて小野道風に淸書きよがきせさせけり。御門(*村上天皇)叡覽ありければ、
  依人而異事。雖偏頗、代天而授官。誠懸運命
など述懷の詞を書すぐせるによりて御氣色惡かりけり。人是を恐れ思ふ所に、其後内裏燒亡ぜうまう有て、俄に中院なかのゐん(*中和ちゆうくわ院)へ御幸せさせ給けるに、代々の御わたりもの渡物御倚子ごいし時簡ときのふだ〔簡、原作筒、據一本改〕・玄象・鈴鹿(*和琴の名器)以下とて取て參りたるを御覽じて、直幹が申文は取出たりやと御尋有ける。時の人々〔々、一本旡〕いみじき事にぞ申ける。

古今著聞集卷第四


  目録   第五 文學
[INDEX] [PREV] [NEXT]