内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 意匠慘憺經營中
狩野守信は、
一に探幽齋と
號す、
名畫の聞え高き人なり、其曾て泉州堺の一國寺に
客たりしとき、
徒食三年の久しきに及ぶも、未だ曾て筆を採りしことさへなければ、同寺の老僧は
頻りに其
揮毫を望みて責むるに、其徒食
安逸、一家の
流を成すものに似ざるを以てせしかば、守信は其望を辭する
能はず、
直ちに筆を採て
畫かんとせしが、別に意匠の浮かばざりしを以て、
其儘に過ぎ去りたり、
然るに其後四五日を
經て、
童僧住持の室に至り、告ぐるに守信の
狂せるを以てせしかば、住持は驚き
馳せ至て之を
窺ひしに、守信は深夜起き出でゝ障子の腰板に身を寄せ、さま〴〵に姿勢を
變じて、寝起するさまを障子にうつし
居りしが、
翌朝に至りて突然筆を採り、一室の杉戸に鶴の臥したるものを
畫きたり、然るに其筆勢絶妙にして、
凡常の及ぶ所に
非ざりしかば、住持は
其狂せるに非ざるを信じ、心を
安んじて其
爲す所に
任せしに、後十餘日間、守信は
晝は筆を採て昨夜なす所の
躰姿をうつし、夜は
寢ねずして影を障子にうつし、
拮据十餘日にして、
終に二十五羽の鶴を畫き出だせり、然るに其後、住持また深夜に守信の室を窺ひし時、守信は
肘を張り足を伸ばし手を口に
當てゝ、鶴の臥したる
樣を障子にうつし居たりしかば、住持は翌日守信の
室に至り、
今朝畫き玉ふ所の鶴は、必ず
斯くの如く臥したる鶴の
圖ならんと云ひしかば、守信は大に驚き、
如何して
其を知るやと問ひしに、住持は直ちに
昨夜窺ふ所の姿を示し、
以て
其密かに窺ひ知りたる
由を告げたり、守信聞て
益驚き、直ちに筆を採て他の二枚に畫くかと
想ひの
外、其れには描かずして、馳せて別室に至り、其杉戸に
檜一本を
描いて、
遂に
此寺を立ち去りたり、
此に
於て住持は其
磊落なるに驚き、
且其
放慢なるを
怒り
居りしに、
後十數日を經て、守信再び歸り
來りしかば、住持は其
何故に歸り來りしやを問ひしに、守信は平然として、予
貴寺を去つて東國に下りしに、
途にして箱根山中に、一の
古檜枝予が
意に
適ふものを
認めたり、
因て先きに書き
遺せし
檜樹の枝、
一枝足らざるを
畫き足さんが爲めに來れるなりと、直ちに筆を
揮つて一枝を畫き添へ、直ちに筆を
藏めて歸り去れり