内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 物徂徠大岡越前守が學問せんといふを止む
大岡
越前守町奉行たりしとき、
一日徂徠を招きてこれを
饗し、其上にて越前守いへるは、
某要職を
辱なふし、數萬の商民を支配するには、學問なくしては萬事行ひがたかるべし、
願くは入門して
敎を受けんと、徂徠の云、君が
言善し、されども君
敏才ありて
能く
訟を聽く、
若し今より學問し給はゞ、
或は
竟に
素志を
變じ、本職を
輕んじ政務を
忽がせにするに至るべし、學問は無用にし
給へと、越前守
云く、
然らば學問したるものは職務を勤めがたきや、徂徠の云、要職を勤めし人多くは博學なり、
是れ幼時より學問して自然にその道を得たるなり、學問は
大道なり、物を見かけて急に學び用をなすべきに
非ず、
故に
憖に學問して、
聊か事に通ずれば、萬事
非に見え、
却て
差障となるべし、
それともに學問し給はんとなれば、
退休の
後に
暇ありて學び給はゞ、從來の
頴明、多少
得る所あるべく、
自然家庭の敎育ともなれば、
是れ又無益にあらず、
但當分の學問は
却て
妨げなるべしと、越前守なるほど
聞えたりとて、
終に學問の
沙汰なし (小宮山南梁)