逸話文庫:1:文藝:27

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 林道春世話文字もじ閉口へいこう

林羅山(道春だうしゆん)は一代の鴻儒こうじゆと稱せられて、博識たぐひなかりしが、翁はから文字世話文字ども十數萬言を記臆せりと、世上に言囃いひはやされ、自らも亦往々わう〳〵誇ることありし、一日妙壽めうじゆと云へる老僧、羅山をひ、しきりに其博學を賞歎せしに、翁も誇り顏にて、およそ天地間に知らざるものとてはなしとまで、大言たいげんかれたるにぞ、老僧は微笑しながら、羅山に向ひ、九十九つくもと云へる世話文字は如何いかにと問ひたり、羅山未だ知らずと答ふ、老僧曰く、白氏文集ぶんしふに、九十九ははくなりとあり、けだし百に一畫いつぐわを欠くがゆゑなりと、流石さすがの羅山も之をきゝて赤面したりと云ふ、ちなみに記す、上總かづさ海邊かいへん九十九里の濱を一名白里はくりと稱す、或人あるひと其故を里人りじんに問ふ、曰く白字に一に加ふれば一百なるが故なり