逸話文庫:1:文藝:26

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 秀吉螢を鳴かす

秀吉或時あるとき紹巴ぜうはに向ひ、吾發句ほつくせん、汝脇句わきくせよとて
奧山にもみぢふみわけなくほたる
とせられしに、紹巴は
志かとも見えぬひかりなりけり
と附けいつて曰く、螢は鳴くむしさむらはずと、秀吉聞て、螢に聲なくとも吾鳴かせんとせば鳴かせずしてや有るべきと曰はれしに、細川幽齋傍より
武藏野や志のをつかねてふる雨に螢よりほかなく蟲もなし
と詠める歌の候と言ひければ秀吉大によろこべりと、かし此歌は螢の聲ありと云ふ心にはあらず、雨降る夜は虫の鳴止なきやみて光の見ゆる螢よりほか虫なしと云ふ心なり (林春齋)