内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 一曲の音樂三萬の人命を救ふ
殘忍刻薄を以て名高き
土耳古帝アムラス、
曾てバグダツト府を
陷れて、
降人三萬を獲たりければ、
將士に命じて
將に之を
鏖にせんとせしに、降人中に
一樂人あり、アムラスに請ふて曰く、生前若し帝の前に於て、一曲の樂を
奏するを得ば、死して
餘榮ありと、アムラス之を許す、樂人即ち
樂器をとりて之を奏し、バグダツトの陷落
土軍の勝利を
唱ふ、其聲
瀏喨として或は高く或は低く、
乍にして悲慘、乍ちにして壯烈、
荒凉黯憺の
光景、
恍然として目前に現れ
來り、數萬の軍人皆感嘆落涙せざるなく、
流石のアムラスも、そゞろに
憐憫悲哀の情を催し、思はず涙を
濺ぎ、遂に
俘囚三萬人を解放せりといふ