内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 其角は賞められ惟然は怒らる
其角一日某
矦の
許にて、芭蕉が月に
白萩を畫ける圖に
白露を飜さぬ萩のうねり哉
と
賛せしを見て、
直ちに筆を
執りて、初五文字に
點を引き、「月影を」と改めたり、其後蕉翁再び某矦の許に到りしに、矦は
不興氣に一
軸を出して示されしに、蕉翁は深く感ぜし
面もちにて、
弟子ながら彼れは拙翁の及ばぬ事
のみ多しと
嗟歎せしとぞ、されど是を以て師弟の優劣を判する
斷案をなすべくんば、彼の惟然坊も亦甞て、蕉翁が近江八景を一句にまとめて
七景は霧にかくれて三井の鐘
と詠ぜしを惟然傍らに在りて、師の
吟に
喙を
容るゝは
無禮なれど、霧にかくれてありては、能く八景を
盡せりといふべからず、若し
八景の中ふきぬくや秋の風
などいはば、
難なかるべしと云ひしに、芭蕉大に
怒り師の詠作に、
黄紫の批をなすこと
以の
外なりとて、
直ちに破門しければ、彼は
十哲の
撰に漏れしとかや、此二者を
較ぶるに、一は賞讚せられ一は破門せられし差はあれども、共に師作に優るの
譽は同じかるべけれ (
十百舍)