逸話文庫:1:文藝:21

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

其角きかくは賞められ惟然ゐぜんいからる

其角一日某こうもとにて、芭蕉が月に白萩しらはぎを畫ける圖に
白露をこぼさぬ萩のうねりかな
さんせしを見て、たゞちに筆をりて、初五文字にてんを引き、「月影を」と改めたり、其後蕉翁再び某矦の許に到りしに、矦は不興氣ふきようげに一を出して示されしに、蕉翁は深く感ぜしおももちにて、弟子でしながら彼れは拙翁の及ばぬ事のみ多しと嗟歎さたんせしとぞ、されど是を以て師弟の優劣を判する斷案だんあんをなすべくんば、彼の惟然坊も亦甞て、蕉翁が近江八景を一句にまとめて
七景は霧にかくれて三井みゐの鐘
と詠ぜしを惟然傍らに在りて、師のぎんくちばしるゝは無禮ぶれいなれど、霧にかくれてありては、能く八景をつくせりといふべからず、若し
八景の中ふきぬくや秋の風
などいはば、なんなかるべしと云ひしに、芭蕉大にいかり師の詠作に、黄紫くわうしをなすこともつてほかなりとて、たゞちに破門しければ、彼は十哲じつてつせんに漏れしとかや、此二者をくらぶるに、一は賞讚せられ一は破門せられし差はあれども、共に師作に優るのほまれは同じかるべけれ (十百舍