内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 山岡鐵舟自筆の贋物を購ふ
山岡
鐵舟能書を以て其名天下に
噪し、
此を以て
僞筆の書
夥しく世間に
流布し、
散髪床の
店頭に至るまで到る
處鐵舟の額を見ざるなし、鐵舟一日柳原の
骨董店に至り、一軸を
購ふて携え歸り、
恭しく之を
床上に掛く、
瞥見すれば自ら筆せし所の
書幅なり、
偶親友
某坐に在り、怪んで問ふて云く、
足下自筆の軸を掛けて
珍玩となす、
所謂自畫自賛に類するなきを得んやと、鐵舟笑つて答へて曰く、足下知らずや、此
幅は之れ
眞赤な贋物なり、然れども其筆勢
遙に我に勝る所あり、
假令僞筆にもせよ、
斯る筆勢を以て贋物を作る、我に於て恨む所なし、故に購ひ歸つて之を藏するのみと、某聞て其言の
奇警なるに感じ、強いて請ふて其幅を得、携え歸つて永く其家に藏せりと云ふ