逸話文庫:1:文藝:20

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 山岡鐵舟自筆の贋物を購ふ

山岡鐵舟てつしう能書を以て其名天下にさはがこゝを以て僞筆ぎひつの書をびたゞしく世間に流布るふし、散髪床さんぱつどこ店頭に至るまで到るてんとう鐵舟の額を見ざるなし、鐵舟一日柳原の骨董店こつとうてんに至り、一軸をあがなふて携え歸り、うや〳〵しく之を床上しようじやうに掛く、瞥見べつけんすれば自ら筆せし所の書幅しよふくなり、たま〳〵親友ぼう坐に在り、怪んで問ふて云く、足下そつか自筆の軸を掛けて珍玩ちんぐわんとなす、所謂いはゆる自畫自賛に類するなきを得んやと、鐵舟笑つて答へて曰く、足下知らずや、此ふくは之れ眞赤まつかな贋物なり、然れども其筆勢はるかに我に勝る所あり、假令たとひ僞筆にもせよ、かゝる筆勢を以て贋物を作る、我に於て恨む所なし、故に購ひ歸つて之を藏するのみと、某聞て其言の奇警きけいなるに感じ、強いて請ふて其幅を得、携え歸つて永く其家に藏せりと云ふ