逸話文庫:1:文藝:18

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ ダブエツト慘苦さんくの何たるを知らず

佛國ふつこく畫工ぐわこうダブエツトは、平生へいぜい親み深き友人ダントン及びカミールデスムリン等の、死刑にしよせらるゝ時、寫生術を研究せんとて、群衆と共に現塲げんぢやうに臨み、がうも悲哀の何物たるを知らざるものゝごとし、一千七百九十二年九月ラフオールズに於て、囚徒しうとを虐殺せる時も、また現塲にあり、筆を執り悠然として其實况じつきやうを寫せり、レプール傍にあり、君は何を爲すやと問ひしに、ダブエツト冷然答へて曰く、たゞこれ惡漢あくかんをはりに臨み苦痛痙攣けいれんするの狀を寫すのみと