逸話文庫:1:文藝:11

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 太平記小僧の強記

中山平四郞信名のぶな(號柳洲)は幕府の家人けにんなり、いとけなきより強記人に絶す、好みて小説を讀み、尤も太平記に熟し、徃々諳記一字を誤らず、よつて人よんで太平記小僧といふ、和學講談所に出役しゆつやくして、武家名目めうもく抄、群書類從等の編纂に從事す、因て廣く群籍にわたり、ことに史學考據かうきよに長ず、曾て一古鏡をるものあり、其銘に興國四年辛巳しんし三月吉日きちにちふぢ從一位じゆいちゐ宣房公福壽、不二ふじ行者ぎやうじや授翁じゆおうとあり、乃ち藤房卿の遺物なりといふ、信名一見して云く是れ贋物にせものなり、興國四年は壬午じんごにして辛巳にあらず、坊間ばうかんに行はるゝ和漢合運がううんよつて誤るものなりと、又久しく世人の珍重する北畠顯家あきいへ卿の關城書せきがじやうしよこと〴〵 く眞書にあらざることを發見し、其考九卷をさうせるなど、其精博は他人の企て及ばざる所なり、 (小宮山南梁)