逸話文庫:1:文藝:03

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 秦世壽初めて漢語を用う

はた世壽は通稱壽太郎、尾張の世臣せいしんにしてかなへが子なり、幼にして鼎の薰陶をうけ内外のてん窺はざる所なし、性又篤實にして弟子ていしを敎授すること殊に丁寧なり、世壽累世るいせいの儒家なれども、典籍講義の外平生へいぜい絶て漢語を口にすることなし、或年の夏日に世壽その門人ちやう卯之吉の家に來り、炎熱堪へ難し、さいはひ新汲水しんきうすい一碗いちわんを參らせよと云ふ、張多年世壽に從學すれども、かつ一言いちげんの漢語を聞かず、然るに此時始めて一度の漢語を用ひられしは珍しとて、人に語りしとなり(同上)