内外古今 逸話文庫 第一編
文藝
○ 本居宣長富士谷成章の歌を評す
富士谷成章曾て「
氷室山夕立」といふ題にて歌を咏ず、
氷室山峯よりすぐる夕立のしづくも氷る松の下かげ
一時
傳誦して秀逸とし、
竟に叡覽を經しに、をしきことに腰折れたりとありて、冷泉家へ批正を命ぜらる、冷泉家これを改めて、
夏しらぬ氷室の山の夕立のしづくも氷る松の下かげ
とせらる、本居宣長
傳聞きて
私にいへるは、
若し
我等なればかくすべしとて、
氷室山夏と知らるゝ夕立のしづくも氷る松の下かげ
とす、當時評者もまち〳〵なりしが、宣長の批最も優なりといふもの多し
出典の表記がないが、次の第五話と同じく『詩林管窺』に拠るか。この書名は『国書総目録』にも見えず、存否未詳。