逸話文庫:1:文藝:04

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 本居宣長富士谷成章の歌を評す

富士谷成章曾て「氷室山夕立ひむろやまのゆふだち」といふ題にて歌を咏ず、
氷室山峯よりすぐる夕立のしづくも氷る松の下かげ
一時傳誦でんしようして秀逸とし、つひに叡覽を經しに、をしきことに腰折れたりとありて、冷泉家へ批正を命ぜらる、冷泉家これを改めて、
夏しらぬ氷室の山の夕立のしづくも氷る松の下かげ
とせらる、本居宣長傳聞つたへききてひそかにいへるは、我等われらなればかくすべしとて、
氷室山夏と知らるゝ夕立のしづくも氷る松の下かげ
とす、當時評者もまち〳〵なりしが、宣長の批最も優なりといふもの多し