逸話文庫:1:武事:24
内外古今 逸話文庫 第一編
武事
○ 加藤淸正士卒の性命を重んず
一日淸正海を渡り
颶風に遇ひ、船
將に
覆沒せんとす、船長訴へて曰く、
海神祟を
爲すなり、
若し人を海に
投ぜば
庶幾は以て免るべしと、淸正
毅然色を正して曰く、人命
至て重きは貴賤皆同じ、人を殺して
自ら生きんとす、
豈に爲すに忍びんや、
已む無くんば則ち
汝輩を以て之に
充てんと、
是に於て水手奮て船を
漕ぎ、
既にして風波
稍々止み、兵卒
恙なきを得たりといふ
出典未詳。
暴風雨に遭遇し、
原文「投」のルビ「たう」。
「庶幾」は願望の意では「こひねがはくは」と訓み、期待・予測の意味では「ちかし」と訓むのが普通。「以て免るに庶幾からん」に同じ。「きっとそれで災厄を逃れることができるであろう」の意。
「色を正す」は「(真剣な)厳しい表情をする」意。 〔類〕容を改める
どうしてそのようなことができようか、いや、できるものではない。「豈に~や」は反語形。「忍ぶ」は「残忍」という言葉にも残るように「酷い行いをあえてする」意。
どうしても仕方がない(避けられない)というのなら、
「なんぢがはい」と訓むようである。おまえたち。 〔類〕汝曹(なんぢがともがら)
こういうわけ(次第)で。
原文ルビ「すいしゆ」。「水手・水主」などと表記し、「かこ」とも読む。一般の船員。船子。
「かこ」の語源については、古く『日本書紀』に鹿皮を来た舟人を「鹿子」と呼んだことに由来するという。
しばらくして。そうするうちに。