逸話文庫:1:武事:25

内外古今 逸話文庫 第一編

武事

○ 三成久秀名を惜む

石田治部少輔ぢぶのせう三成みつなりは關ヶ原の戰に敗北し、とりことなり刑に行はるゝ時、途中にてのんど乾きて湯を求めしかば、警衛けいえいの士、民家に入り湯をひしに湯はなし、水を飮まんやと云ふに、三成聞きて水は五臟をそんずると聞けり、養生やうじやうの道にあらずとて、飮まずしてけり、三成のめい今日を限りしに、なほ養生の道を論じて自重じぢゆうするは、名ををしむに
又松永彈正だんじやう久秀は、織田信長と戰ひやぶれ、自害せんとする時、百會ひやくえきうして曰く、我常に中風ちゆうふううれふ、死にのぞみて中風はつし、四躰したい心にまかせずして爲めにおくしたりと云はれなば、今までの武勇水泡すゐはうぞくすべし、百會は中風の灸なれば、防ぎて勇士こゝろよく死にくべしと、すなはち百會にしゆ終て自害じがいす、實に名を惜む者とふべし