逸話文庫:1:武事:19
内外古今 逸話文庫 第一編
武事
○ 佐久間象山節を屈して砲術を學ぶ
江川
太郞左衛門(
號坦庵)洋法の砲術に
精詣するを以て、世に
雷名あり、
其頃松代藩士佐久間
修理(號
象山)坦庵の名を慕ひ、藩主の
許を得て伊豆
韮山に
趣き、江川の
邸に至り、
刺を通じ謁を乞ふ、坦庵
乃ちこれを書院に
引見す、象山江川と
對席し、藩主よりの
添書を
出して、砲術の
弟子たらんことを乞ふ、江川
一言を
發せず、席を立て再び
出來らず、象山あやしみ、
取次を以て
其故を尋ぬれば、江川の
云、
抑も師弟の
契約を結ばんとするものにして、其師と仰ぐべき者と席を
同ふするは
無禮至極なり、
諺にも言はずや、
七尺去て師の影を踐まずと、
斯樣なる者
我門下に置きたりとも、將來武術の修行
思も寄らざれば
追歸すべしと、これを
聞てさすがの象山も、一言なく其
理に服し、一度歸國の上其
旨を藩主へ
申立、再び江川の邸に至り、
前日の無禮を重く
謝し、遂に師弟の
約を結ぶ、後その
技果して大に進めり
出典未詳。
考えを改める。志操を曲げる。
「節」は「気節」で、堅く守って変えない考え・志をいう。
深く至ること。熟達。
名を轟かせること。「世に鳴る」(名声が鳴り響く、有名になる)ことから。盛名。
原文ルビの儘。
名刺を渡し面会を願う。「刺を通ず」だけでも面会を求める意になる。
「ぞうざん」とも。
原文ルビの儘。
原文ルビ「やくけい」。或は本文は「約契」の誤植か。
原文ルビの儘。
「三尺下がって師の影を踏まず」ともいう。