逸話文庫:1:武事:18
内外古今 逸話文庫 第一編
武事
○ 谷風小野川を制する術を講ず
谷風
身材膂力生れながら
衆に超え、當時
古今獨歩と
稱す、これと
抗するものは
獨り小野川あるのみ、小野川は
近江國大津
驛の人なり、
材力ともに谷風の
下にあれども、
能く谷風を制するの術を悟る、谷風の
肥重久しく
踞するに
堪ざるを知り、
まつたを以て時を亘り、
遽に
起てその胸を
衝く、
其重さ
凡七十五貫に抵る、谷風
資性悻直、小野川の術を悟らず、故に
時ありてこれに制せらる、門人
雷電師の爲にこれを
憂ひ、
勸めて其
備を
爲さしむ、谷風乃ち新たに重さ七十五貫の
土豚を造りて、これを
肆業塲に
懸け、
毎朝人をして
牽きて以て
放たしめ、
自ら
受るに胸を以てす、
此の
如くすること
兩月、
遂にその
衝に
堪ることを得たり、
是より終身
復敗を取ることなかりし
出典未詳。
稽古する、練習する。〔例〕「講武所」
「講」には「習う」(講習)、「図る」(講和)等の意味もある。
腕力、体力。
原文ルビ「しう」。「衆を超ゆ(超える)」は群を抜く、抜群である意。
現在は「ここんどっぽ」と読む。
「獨〔独〕り~のみ」は「ただ~だけだ」の意。限定形の構文。
ここでは「材」は前出「身材」の意で、体格というほどの意。
「材」(漢音「サイ」)は「材能、材幹」「人材」のように「能力・資質」の意味を表す。
蹲踞の姿勢をとる。うずくまる。
「待った」を掛けて時間を稼ぐ。
約280kgに相当する。1貫は約3・75kg。小野川は実際には百二、三十kgであったという。
真っ正直で怒りっぽい。
その時が到来して、勢いのしからしむるところ。
雷電為右衛門。
俵に土を詰めたもの。
未詳。市場、又はそこにある稽古場を指すか。「肆」は店舗の意。相撲は寺社の境内で興行されていたので、街中にある施設を指すかと思われる。
業場の例では工場などが見える。ちなみに今日のデパートを古く「勧工場(勧業場)」と云った。
二度と負けをとる(敗れる)ことはなかった。「不復~」(また~せず)の構文で、強い否定を表す。