逸話文庫:1:武事:17
内外古今 逸話文庫 第一編
武事
○ 谷風の技殊寵を辱ふす
谷風
梶之助、
横綱の
秘傳を得て
日下開山と
稱す、
寛政二年三月、
京師に
入る、
天子これを
南殿に
召見し、
御簾半鈎、
玉手親しく谷風の腕を
撫し、
因て手澤の
三物を
以てこれに
賜ふ、三物は
冠纓御笏菊綿なり、(菊綿は
重陽の
節に
用ゐて
冠の籍とするものなり)同三年六月將軍
家齊公
吹上苑に
召てその
技を
觀る、因て
葵章の弓を賜ふ、
右三物及び葵章の弓、
尚今傳へて谷風の
生家白石なる金子
氏の家に在り
出典未詳。
玉座の前の御簾を半分上げて鉤に掛けた状態。鉤を「こ」(コウか)と読んだらしい。
御自ら。
召見の記念として。
天子が自ら用いていたものの意。
笏。
原文ルビ「ちようよう」。
「籍」は「藉」(しゃ、せき)か。敷物の意では音「しや〔しゃ〕」なので、音「せき」は縄(紐)の意か。菊の着せ綿は長寿を願う縁起物。
吹上御苑。現在の皇居の内苑。
葵の紋章。徳川家の家紋。
原文ルビ「しらいし」。四代目谷風の生家は現仙台市若葉区霞目にあったという。銅像は勾当台公園にある。
西暦1790年。当時は光格天皇(21歳)。