逸話文庫:1:武事:16

内外古今 逸話文庫 第一編

武事

岡田十松じふまつ無念流むねんりうひろ

岡田十松は近世撃劔げきけん名家めいかにして、無念流のさかんに行はれしは、此人よりはじまれり、藤田東湖少年の時、劔を岡田氏に學び、試合劍術の實用に適するを主張し、之を水藩すゐはんに行ひ、いて一般撃劍のふうへんぜしめたるは人のしようする所にして、其は岡田氏の流にいでたるなり、東湖が岡田氏の人となり狀せる文にいはく、
▼ 原文返り点のみ。訓読は入力者が施したもの。
原文改行なし。訓読の関係で行が分れている。
先生軀幹長大、狀貌雄偉せんせいひとゝなりくかんちやうだい、じやうばうゆうゐにして、其勇武根於天性そのゆうぶはてんせいにねざす而接物温醇、喜稱人美しかしてものにせっすることおんじゆん、よろこんでひとのびをしようす其少時酷嗜そのせうじひどくたばこをたしなむ戸賀崎氏從容先生とがさきうじかつてしようようしてせんせいにいつていはく汝之藝精妙入神、眞可吾業なんぢのげいせいめうしんにいる、まことにわがげふをつぐべし但憾無用之物たゞむようのものをきつするをうらむるのみと先生感激一㆑せんせいかんげきしてまたたばこをきつせず戸賀崎氏又甞戒以麴蘖之禍とがさきうじまたかつていましむるにきくげつのくわをもつてす是先生飮三杯これよりせんせいさけをのむことさんばいにすぎず以終其身もつてそのみをおふ謹愼如きんしんすることかくのごとし方今試合者盛行於世はうこんしあひなるものさかんによにおこなはれ名人高手其人めいじんかうしゆそのひとにとぼしからず而至於其獘しかれどもそのへいにいたつては則驕慢無禮以力雄すなはちけうまんぶれいちからをもつてひとにゆうたり彼譽我以誇張其門戸かれをそしりわれをほめもつてそのもんこをこちやうす無賴子弟習以成ぶらいのしていならひてもつてふうをなし妄人則陷於博徒まうじんたらざればすなはちばくとにおちいる勝慨あげてがいすべけんや
大凡おほよそ一技一能に精熟せいじゆくして、人の師表しへうたるには、おのれにかつゆうあるをえうす、岡田氏のごときは師たるの品格ひんかくいうすと云ふべし