逸話文庫:1:武事:9

内外古今 逸話文庫 第一編

武事

戸川肥後殉死とがはひごじゆんしをがへんぜず

▼ 原文返り点のみ。訓読は入力者が施したもの。
原文改行なし。訓読の関係で行が分れている。
浮田直家うきたなほいへ病篤やまひあつく自知みづからたゝざるをしり侍臣じしんをめしていはく寡人旦暮將くわじんたんぼまさにちにいらんとす汝等能殉我乎なんじらよくわれにしたがふかと皆曰臣等受君洪恩、爲日久矣みないはくしんらきみのこうおんをうけ、ひををさむることひさし今日下從、何敢辭こんにちかじゆうせんこと、なんぞあへてじせんと直家喜而賜之酒なほいへよろこびてこれにさけをたまひ遂各書姓名於一㆑つひにおの〳〵をしてせいめいをふだにかゝしめ遺命收之櫃ゐめいしてこれをひつにおさめしむ戸川肥後後至、獨不肯曰とがわひごおくれていたり、ひとりがへんぜずしていはく人各有能有不能ひとおの〳〵のうありふのうあり夫破堅挫それけんをやぶりえいをくじき君於萬死是臣之所きみをしてばんしをだつせしむるはこれしんのよくするところなり若夫徒死以從君於冥途もしそれとししてもつてきみにめいどにしたがはんか臣之所しんのよくせざるところなり君必要殉死きみかならずじゆんしせんことをもとめば法華僧よろしくかのほつけそうにしくはなかるべし何則僧揮一喝猶且使之成佛なんとなればすなはちそうしゆをふるひいつかつしてなほかつこれをしてじやうぶつせしむ而况自殉以導君於冥々之中しかるをいはんやみづからしたがつてもつてきみをめい〳〵のうちにみちびかんをや其登天堂快樂必矣そのてんだうにのぼりかいらくをうけんことひつせり且夫僧未曾犯矢石之難かつそれそうはいまだかつてしせきのなんをおかさゞるに而君之所以尊禮寵賜、十倍臣等きみのそんらいちようしするゆゑん、しんらにじふばいす是雖恩之厚薄これおんをかうむるのこうはくをもつてすといへども且不以不一㆑報也かつもつてむくいざるべからざるなり臣等、何敢能しんらのごとき、なんぞあへてよくせんと直家爽然自悟曰、吾過矣なほいへさうぜんじごしていはく、われあやまてりと遂不殉死つひにまたじゆんしをせめず、  大槻磐溪