逸話文庫:1:文藝:16

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 美詩人と醜詩人――美人

アレキサンダー、ポープは、つとに性質の温良なると、音聲の美麗なると、書法の巧妙なると、殊に紅顏玉の如きとを以て人に知らる、二十歳の時、窈窕えうてうたる一佳人いつかじん、氏に思を寄せしかど、氏の品行方正なる、がうもそののぞみに應ずべき氣色けしきなかりしにぞ、佳人は絶望の餘りに自殺を遂げぬ、れば、氏は之を不憫ふびんに思ひ、「薄命美人○○○○」(An Elegy on Unfortunate Lady)と題する歌を作りて之をてうせり、
又ポープとほとんど名をひとしふするか、もしくは之よりも一級の上に位せる詩人バイロン 一千七百八十八年生れ一千八百二十四年死す は、十五歳の時、メリー、シヤウヲースとなづくる一少婦いつせうふに、深くおもひを懸けしかど、バイロン生れ得て跈跛ちんばなるが上に、容貌も美しからざりしにぞ、此方このはうの思ふに引替へて、先方は冷々淡々更に應ずべくもあらず、バイロン失望落膽らくたんし、「ドリーム」と題する詩を作りて自ら慰めり、左れど、なほ戀愛の情は止み難く、其後二十一歳の時、有名なる傑作「チヤイルド、ハロルド」を著し、曲中の欝性うつしやうなる主人公ハロルドを以て己れにしたり、噫々あゝ均しく詩傑中にても、容貌の醜美に由りて、個程かほどまでも其地位を顚倒するものかな、