逸話文庫:1:文藝:14

内外古今 逸話文庫 第一編

文藝

○ 地獄で情婦に逢ふ

伊太利イタリー國空前絶後の詩傑ダンテ 一千二百六十五年生れ一千三百二十一年死す は、同國フロレンス府に生れたるが、兒童たりし時より、同府の或る富豪の娘ビーツライス(當時亦幼少なりき)と深く相愛あい〳〵し、漸く成長するに及びて、末は偕老同穴のちぎりを結ばんと迄に思ひ詰めしも、無情なさけなやビーツライスは、憂世の義理にせがまれて、或る貴族の許に縁付きしのみか、間もなく返らぬ旅路に赴きしかば、ダンテの悲哀かなしみ一方ならず、爾來じらい十年の星霜せいさうを經て後、「新生活」(ヴ井タ、子オヴァ)と題する書を著はして、せつ情婦じやうふの不幸をてうし、又其後に至りて世におほやけにせし、千載せんざい不朽の傑作「ヂヴァイン、コメヂー」の中には、己れが地獄めぐり、極樂ごくらく巡りを爲せし顚末てんまつを載せ、地獄において思はず情婦に邂逅であひ、その手引てびきりて極樂に移るくだりはさみたり、詩傑の愛情深くかつつ優さしといふべし