逸話文庫例言

内外古今 逸話文庫

 
質軒 岸上操  

逸話文庫例言

説林説苑の漢土に行はるゝや久し、歐米亦Anecdoteア子クドツトありて廣く世に行はる、要正史の備はらざるを補苴し、聞見を廣め才識を長じ、談鋒に資し牙頰を健にせんが爲にして、又以て鑒識に供し學藝に益し、或は感奮興起するあるに足れり、我邦先賢亦此種の編述少からず、その惠を後昆に垂るゝ實に大且深しといふべし、只坤輿は一なり、而して今日の坤輿は已に昨日の坤輿にあらず、乃ち前賢の豫め曾て聞見する能はざりし所にして、後生の耳聞目見する所亦多からずとなさず、是れ此編ある所以の一なり、
加之 漢人の録は漢土の事に限り、西人の記は歐米の事に止まり、而して邦人の編亦曾て大八洲の内を出でず、古今を合せ内外を併せ、遺を拾ひ奇を裒め幽を闡き光を掲げ捜羅蒐輯捃拾商覈したるものに至ては、宇宙の廣き未だ甞て之あるを見ず、是れ此編ある所以の二なり、
古今の長き萬國の廣き、快談奇聞珍説妙話、何ぞ啻に百千萬億にして盡きんや、本書は廣く名賢奇傑偉人巨匠の言行は勿論、僕隷優倡賤民走卒の畸行異事に至る迄、苟くも正確にして興趣あり資益あるべきものを網羅し、左の十項に繋けて逐月刋行、以て聊か文献徴するに足らざるの憾を免れしめんとす、
一に曰文藝○○、凡そ文學技藝に關する事項を集む、二に曰武事○○、廣く戰鬪勇力武術に關する事項を集む、三に曰洒落○○、四に曰豪爽○○、五に曰機警○○、六に曰德義○○、七に曰品藻○○、各讀で字の如し、但その字の含める意義の廣きのみ、八に曰立志○○、勤勉遂志の美譚を集め、九に曰畸行○○、磊落奇異の珍聞を集む、而して之を終るに博聞○○を以てし、前數項に屬せざる事項にして、苟くも聞見を博むべきものは則之を此欄に收む、乃ち天下笑ふべく泣くべく喜ぶべく怒るべく樂しむべく哀しむべきの談は、把羅剔抉捜羅して遺さゞらんことを期す、故に大方の君子にして、正確なる逸事佳話を聞見せらるゝあらば、書にあるものは書名を附し、傳聞に係るものは話説者の姓名を附して、寄送の勞を惜みたまはず、以て編者の志を成さしめたまへ、古人已に幽光を發揮するを以て善行の一に算ふ、敢て好事の爲にあらざるなり、
  明治二十六年九月中浣       於博聞舘編輯局 編者