← 次の章 目次 前の章 →
|

耕(たがや)す小犬(こいぬ)

兩親(りやうしん)が亡(な)くなつてからは、兄弟(きやうだい)ふたりは分(わか)れ分れに分家(ぶんけ)して暮(くら)さねばならなくなつた。兄(あに)はずるくて、いゝものをたくさん取らうとし、その結果(けつか)、田地(でんち)、家屋(かをく)、家具(かぐ)の大部分(だいぶぶん)をじぶんのものとしてしまつた。家畜(かちく)のなかでも、馬はみな兄の所有(しよいう)になつて、弟の方(はう)は、たゞ役(やく)にもたゝぬ小犬をもらつたにすぎない。

春になつて、百姓(ひやくしやう)は畑(はたけ)を耕(たがや)した。どこの家でもみな牛馬(ぎうば)を使ふが、弟の家は仕方(しかた)なく、その小犬をからすき〔犂〕に附(つ)けて畑を耕した。

かれがいま仕事を始(はじ)めようとしてゐたとき、呉服屋(ごふくや)がきて、この様子(やうす)をみた。

「この小犬が畑を耕すんですつて」

「えゝ、耕しますとも」

呉服屋は、そんなことは無理(むり)な話だといつた。二人(ふたり)はできるか、できぬか、賭(かけ)をした。

「犬が耕すのをみて〔みせて〕ください。もし犬が耕せたら、あなたにこの反物(たんもの)をあげる」

呉服屋は肩(かた)に背負(せお)つてゐる呉服の風呂敷包(ふろしきづつみ)を指(ゆびさ)していつた。

弟は大(おほ)よろこびで、 その犬の調子(てうし)を直(なほ)し支度(したく)させて、

「鞭(むち)を振(ふ)つたら、どん〳〵走れ。からすき動いたら、また走れ」

小犬はすぐに耕し始めた。不思議(ふしぎ)にも犬は牛馬(ぎうば)よりも反(かへ)つてよく耕した。呉服屋は賭(かけ)に負(ま)けたので仕方(しかた)なく、弟は反物(たんもの)を家にもち歸り、妻(つま)にけふのことを話した。ちやうど、嫂(あによめ)もその場に來合(きあ)はせてゐて、どうしてこの反物をもらつだのかと聞いたので、ありのまゝをかの女(ぢよ)に話した。

兄は妻からこのことを聞いて、たいそう羨(うらや)ましくなつて、つぎの日、弟の小犬を借(か)りにいき、弟のやうに畑を耕させて人に見せ、その人と賭をしようと思つた。そして品物を賭けてから、小犬が一歩も動かなかつたので、小犬を毆(なぐ)り殺(ころ)してしまつた。怒(おこ)つた兄は、すぐその犬をごみ捨(す)て場へ埋(う)めて、頭(かうべ)を垂(た)れ氣拔(きぬ)けして歸つて來た。非常(ひじやう)に怒つていつた。

「あの犬はいふことを聞かないから毆(なぐ)り殺した」

弟はこれを聞いて耐(た)へられなくなり、あつさり埋(う)めた處(ところ)を尋(たづ)ね、急(いそ)いで小犬の墓(はか)へいつた。さうしてかれが墓の前で泣(な)いてゐるときに、突然(とつぜん)墓の横の小さな樹木(じゆもく)から、たくさんの金(かね)が落(お)ちてきた。弟は泣きながら、眼(め)をこすつて拾(ひろ)ひ、家へ持つて歸つた。

このことが、後になつて兄にも知れて、かれも同樣(どうやう)に墓へいつたが、しかし金は落ちて來(こ)ないで、反(かへ)つて鳥の糞(ふん)や砂(すな)が、兄のからだに落ちて來た。こゝでまたかれは怒つてやり場(ば)もなく、 その木を拔(ぬ)いて家に持ち歸つた。

弟は兄が小犬の墓の傍(かたはら)の木を拔(ぬ)いたのを聞いて、また兄のところへいき、それをもらつて歸り、犬の供養(くやう)のために一つの籠(かご)を編(あ)んだ。わづかの米(こめ)を入れて庭(には)に掛(か)けて置いた。

たくさんの小燕(こつばめ)が、籠(かご)の米をみて、みな飛(と)んで來(き)て、米を食べた。弟はこの樣子をみてたいさう親切(しんせつ)にいつた。

「東(ひがし)から來た燕(つばめ)も、西(にし)から來た燕も、 みんなお米(こめ)を食(た)べて卵(たまご)を產(う)めよ」

燕はこの言葉を聞いて、その通(とほ)りにみな庭(には)に卵を產み落(おと)した。弟夫婦は非常に喜(よろこ)んだ。

後(のち)にまた兄がこのことを知り、 そこでまた借(か)りて行(ゆ)きおなじことをしたが、燕はたゞ米を食べただけで、そのうへ、籠(かご)に糞(ふん)をした。兄は怒つて籠を壊(こは)し、弟の門前(もんぜん)へ持(も)つてきて投(な)げ捨(す)てた。 弟は仕方(しかた)なく籠を拾(ひろ)つて燒(や)いた。

弟の妻(つま)が竈(かまど)のなかから灰(はひ)をだしたとき、突然(とつぜん)、一粒(ひとつぶ)の豆(まめ)がでてきたので、不思議に思(おも)つて、夫(をつと)に食べさせると、食べたあとで屁(おなら)をすると、たいへんよい匂(にほ)ひがする。そこで彼は、役所(やくしよ)や金持(かねもち)の門前(もんぜん)へいき、

「いゝ香(かを)り。いゝ香り。着物(きもの)にいゝ香りをふりかけます」

このやうに怒鳴(どな)つて歩(ある)くと、果(はた)してある家から人が出てきて、かれに賴(たの)んだ。頼まれた家へはいり、一間(ひとま)を借(か)りて、後向(うしろむ)きになり、着物に香(かを)りのよい匂(にほ)ひを放(はな)つと、忽(たちま)ち思つた通りの新鮮(しんせん)な香氣(かうき)が漂(ただよ)つてきた。かれはたくさんの金銀(きんぎん)首飾(くびかざり)や反物を貰(もら)つた。

兄はこの弟の寶物(たからもの)を眼(め)を血(ち)〔ママ。〕のやうに輝(かがや)かして眺(なが)め、すぐに弟にそのわけを敎(をそ)はつた。かれは妻に豆(まめ)をいらせ、金持の家の門前(もんぜん)で、弟とおなじやうに叫(さけ)んだ。その家の人が信(しん)じてかれを家に入(い)れ、かれに香(かを)りのよい匂(にほ)ひを放(はな)たせようとした。けれど、兄はその着物によい香氣(かうき)を匂(にほ)はせられないどころか、反(かへ)つて反對(はんたい)に、その家を汚(よご)してしまひ、毆(なぐ)られて、頭(あたま)は傷(きず)つき、足には怪我(けが)をして間(ま)もなく動(うご)けなくなつてしまつた。