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夢先生(モンセンシヨン)

十三歲(さい)のときに、父母に別れた王小(ワンシヤオ)〔太郎君というほどの名〕は、村の親類(るゐ)の家に世話(せわ)になつてゐた。けれども、十八になつたとき、その家でもかれを置いてくれなくなつて、かれはだれにも賴(たよ)らずに一人(ひとり)で暮さなければならなくなつた。村の小さな寺に移(うつ)り住むやうになつた。

王小(ワンシヤオ)は、歳(とし)は若かつたが、なか〳〵働きものである。毎日たのしく、うまく生活(せいくわつ)してゐた。村の金持(かねもち)の家に日傭(ひやとひ)人夫(にんぷ)に使はれ、街(まち)の大通(おほどほり)で馬糞(まぐそ)を拾(ひろ)ひ集めて小遣錢(こづかひせん)をかせいでゐた。〔肥料・燃料に使われた。〕

ある日、この村にある親類の王三善(ワンサンシヤン)の邸(やしき)に、夜、泥棒(どろぼう)がはいつて、一頭(いつとう)の牛が盜(ぬす)まれた。王三善(ワンサンシヤン)はとても悲觀(ひくわん)しながらも、たいそう怒(おこ)つて「盜まれたものは、つまらぬものだが、それがすぐ畑を耕(たがや)す仕事の狂(くる)ひになるのは實(じつ)に不便(ふべん)で困(こま)る」と村人たちに語(かた)つた。

王小(ワンシヤオ)はその日朝(あさ)はやくから、野原(のはら)で馬糞(まぐそ)を拾ひ集めてゐた。すると、一人の男が一匹の牛を牽(ひ)いて、村の南を流れてゐる河(かは)の畔(ほとり)に牛をつないでゐるのを見た。

あとになつてから、かれは村で王三善(ワンサンシヤン)が牛を盜まれたのを聞いて、その牛は、きつと王三善(ワンサンシヤン)のものにちがひない。〔と〕ひそかに心にほゝ笑(ゑ)んで、早速(さつそく)戾(もど)つてその牛を別の處(ところ)へ持つていつた。かれはこの機會(きくわい)に村人たちから敬服(けいふく)されようと思案(しあん)して思ひつきを考へた。

王小(ワンシヤオ)に〔は〕眞面目(まじめ)くさつていつた。

「不思議(ふしぎ)な話なのですが、昨夜(ゆふべ)、夢(ゆめ)をみて、その夢に、あなたの牛が一人の大男(おほをとこ)に牽(ひ)かれて村の南の河邊(かはべ)にある木のところにゐました。ちやうど、あなたの牛が盜まれたといふことですし、夢が當(あた)るかどうか、まあ、あなたはそこへいつて、ゐるかゐないか見てごらんなさい」

王三善(ワンサンシヤン)はそれを遮(さへぎ)つて「あゝ王小(ワンシヤオ)、からかふ氣(き)かい。でたらめをいふものぢやない。この馬鹿野郎(ばかやらう)」

王小(ワンシヤオ)はかういはれて、もうなにもいへない。しかし、年寄(としより)たち〔は王三善〕が王小(ワンシヤオ)を罵(ののし)つてゐるのを傍(そば)で聞いてゐて、王三善(ワンサンシヤン)に、いつてみたとて大(たい)した骨折(ほねをり)ごとでもないし、それに河までさう遠くもないのだから、一度いつてみてはどうだと勸(すす)めた。

王三善(ワンサンシヤン)にすれば、牛を探(さが)したい氣は山々(やまやま)である。考へ直(なほ)して、すぐ村の南の河へいつた。村ぢゆうの物好(ものず)きな連中(れんぢゆう)もいく人(にん)か、ぞろ〳〵と一緒(いつしよ)についていつた。

河は昔(むかし)からある古い河で、夏の雨の多いころに少し水が流れるだけで、いつもは大半(たいはん)乾(かは)いた土地(とち)になつてゐた。村の人たちは河のなかにきてみると、まさに一匹(ぴき)の牛が木につながれてゐる。しかも王三善(ワンサンシヤン)の盜まれた牛に相違(さうゐ)ない。王三善(ワンサンシヤン)は喜んで牛をひいて歸つた。

このことがあつてからは、村の人たちは、だれも王小(ワンシヤオ)に好感(かうかん)をもちだした。

「不思議な子ですねえ。神さまのやうな子だ」

やがてまたこれと似(に)たやうな都合(つがふ)のよい事件がその後(ご)二三囘(くわい)あつて、しかもその度(たび)ごとにみな効(きき)めがあつたので、村の人はかれを「夢先生(モンセンシヨン)」(夢(ゆめ)あてさん)と綽名(あだな)をつけた。〔技藝者への尊称〕王小(ワンシヤオ)の生活は以前より裕福(ゆうふく)になつてきた。

王小(ワンシヤオ)はよく祕密(ひみつ)を守(まも)つたから、かれのすることは、いつも人々を不思議がらせ、もちろん他人(たにん)には、少(すこ)しもいはなかつたので、だれ一人としてその原因(げんいん)を知つてゐるものはない。たゞわづかに王小(ワンシヤオ)は運(うん)がよすぎると噂(うはさ)するばかりで、かれのやり方は、結局(けつきよく)巧妙(かうめう)であつた。

夢先生(モンセンシヨン)といふ綽名(あだな)は次(つぎ)から次へと傳(つた)はつて、やがて近隣(きんりん)一圓(いちゑん)で知らぬものがゐないほどになつた。

風(かぜ)のたよりは遂(つひ)に國(くに)の王妃(わうひ)さまの耳にまではいつた。王妃さまは、たいへん美しい容貌(ようばう)を備(そな)へてゐて、しかも物好(ものず)きな性質(せいしつ)で、噂の夢先生(モンセンシヨン)を、とても不思議に思はれ、かれの能力(のうりよく)を試(こころ)みてみようと決心なされた。

ある日、王妃さまは、王小(ワンシヤオ)を御殿に招(まね)き、みづから小さい龜(かめ)を部屋の机(つくえ)の抽斗(ひきだし)に入れ、王小(ワンシヤオ)に向かつて夢判斷(はんだん)で、このなかに、なにがあるかを當(あ)てゝみなさいと申(まう)された。

それを當てる前に王妃はかれの願(ねが)ひを許(ゆる)して、

「夢先生(モンセンシヨン)。もしおまへが、そのなかに何があるかゞ分(わか)つたら、わたしはおまへと結婚(けつこん)してもいゝ。けれど、もし夢判斷が間違(まちが)つてゐたら、わたしはおまへを殺してしまふ」

王小(ワンシヤオ)はこの言葉を聞いて、恐(おそろ)しくなつた。

これはどうしていひ當てられよう。分(わか)るものではないとは思つたが、かれにも少しは思案(しあん)があつて、驚き慌(あわ)てた樣子(やうす)もせずに、いよ〳〵じぶんも死ぬときがきたのだ、逃(に)げるにも逃げられない。思ひあまつて口を切つた。

「王妃(わうひ)さま、あなたさまは、本當(ほんたう)に(馬鹿者(ばかもの))を悶(もだ)え死(じ)にさせます」

王小(ワンシヤオ)のこの言葉は、じぶんの臨終(りんじゆう)が、いよ〳〵近(ちか)づいたことをいつたのである。(馬鹿者)とは、じぶんを指(さ)していつたのである。

支那では、龜といふ文字(もんじ)に人を罵(ののし)る意味がある。チウと發音(はつおん)するのである。〔「鳩」と絡めた俗語かという。〕王小(ワンシヤオ)が馬鹿者といふ意味でいつたのを、王妃さまは、龜といふ意味にとつて、夢先生が抽斗(ひきだし)のなかの龜のことをいひ、その龜が悶(もだ)え死ぬのを心配してゐるのだなと、お考へになつた。王妃さまはすぐ抽斗を開けて、

「夢先生(モンセンシヨン)といふ名は、確(たし)かに嘘(うそ)ではない」

たいへん感心(かんしん)なされて、やがて後(のち)に、王小(ワンシヤオ)と王妃さまとは結婚をした。