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金(かね)のでる鉢(はち)

二禿(ルツウ)は、親を敬(うやま)ひ孝行者(かうかうもの)である。近鄰(きんりん)のものも、眞面目(まじめ)な子だと噂(うはさ)して、評判(ひやうばん)がいゝ。不幸(ふかう)なことに、家(いへ)は貧(まづ)しくて、一日(いちにち)ぢゆう、柴刈(しばかり)をして、その日の生計(せいけい)をたてゝゐ(い)た。母は盲(めくら)で、家事(かじ)のことができず、二禿(ルツウ)は、晝(ひる)は山へ出かけ、夜は家の雜事(ざつじ)をして兩親(りやうしん)を養(やしな)つてゐた。父親は、支那人(シナじん)にありがちの、賭事(かけごと)好(ず)きで、仕事を怠(なま)けては、賭事に凝(こ)つてばかりゐた。朝から、村はづれの廟(べう)へいつて、銅錢(どうせん)を道路(だうろ)にたゝきつけながら、友だちと賭事をしてゐる姿(すがた)を、二禿(ルツウ)は、しば〳〵眺(なが)めることがある。一家は、この十歳(じつさい)あまりの子供(こども)に賴(たよ)らなければ生活(せいくわつ)できなかつた。

しかし、二禿(ルツウ)は少(すこ)しもそれを恨(うら)めしく思はない。にこ〳〵と、毎日山へ柴(しば)を刈(か)りにいき、柴を五六里(り)離れた省城(しやうじやう)〔行政府のある町〕に賣(う)りにでて、集(あつ)めた金を、父母に與(あた)へ、じぶんは決(けつ)して一文(もん)も使はない。こんなにしてゐても、父は、ときどき、柴を刈るのが少(すくな)いといつて、二禿(ルツウ)を叱(しか)りつけ、また賣(う)つた金がたりぬといつて、怒(おこ)ることがある。

「二禿(ルツウ)、明日(あす)は、遊(あそ)ばないで、たくさん柴を刈れよ。毎日賣つて、これだけの金では、十分(じふぶん)食つていけないぞ。まして、賭(か)けの金(かね)なぞ、でるところがない」

二禿(ルツウ)は、いつも山へ柴刈(しばかり)にいつては、父にいはれた言葉(ことば)を考(かんが)へる。父がよろこぶぐらゐたくさん柴を刈りたい。力(ちから)いつぱい仕事(しごと)をするけれども、街(まち)で金に換(か)へると、いつもわづかの金高(かねだか)にしかならない。二禿(ルツウ)は、そんなとき、いつも心淋(さび)しく思つた。

二禿(ルツウ)は、飯(めし)を食べる時間(じかん)もおしいほどにして、終日(しゆうじつ)、あちらこちらと、山を歩(ある)きまはつて柴を探(さが)したが、その日は、どうしたのか、反(かへ)つていつもより、刈(か)り高(だか)が少なかつた。いら〳〵して心配(しんぱい)になつた。乾(かは)いた柴を眺(なが)めながら、岩間(いはま)のほとりで呆然(ばうぜん)としてゐた。空は靑々(あをあを)として、鳥(とり)のかげも見えない。

ふと、岩間(いはま)をみると、そこに小さな黑(くろ)い鉢(はち)にいつぱい盛(も)りあがつて枯(か)れた柴(しば)がはいつてゐる。二禿(ルツウ)は驚(おどろ)いた。喜(よろこ)び勇(いさ)んで疲(つか)れも忘(わす)れて馳(か)けつけると、鉢のなかから、柴が増(ま)して、更(さら)に多(おほ)くなつた。かれは、それを取出(とりだ)して、籠(かご)にいれた。ふり返(かへ)ると、鉢(はち)の枯柴(かれしば)は、また殖(ふ)えた。一生懸命(いつしやうけんめい)になつて、かれは、籠に運(はこ)びいれたが、持(も)つたら動けなくなるほどである。やつと持てるだげもつて、籠を天秤棒(てんびんぼう)でかつぎ、街(まち)へ賣(う)りにいつた。これからは、なんども、山の岩間へ、柴のはいつた鉢(はち)を目當(めあ)てに出かけた。いつも容易(ようい)に、柴をたくさんとることができて、いつか二禿(ルツウ)は、非常にたくさんの金(かね)を儲(まう)けた。

家へ歸ると、今日(けふ)はきつと父も喜(よろこ)んでくれるに違(ちが)ひないと思ひ、すぐこのことを詳(くは)しく話すと、父は冷淡(れいたん)に、

「それがなんだい。鉢のなかのものが柴ぢや、たいしたこともない。金(かね)ならどんなにいゝかわかるものぢやない」

「さうです。お金なら、どんなにいゝでせう(しょう)。取つたものを街に賣りにいく面倒(めんだう)もなくても濟(す)みます」

二禿(ルツウ)も父に同意(どうい)した。つぎの日(ひ)、かれは、また柴(しば)を取りにいくと、小さな黑い鉢のなかは、いつかお金(かね)に變(かは)つてゐる。これをみたとき、二禿(ルツウ)は本當(ほんたう)に嬉(うれ)し涙(なみだ)にくれた。兩方(りやうはう)の籠(かご)にお金をいれ、天秤棒(てんびんぼう)でかつぎ、家へ持(も)ち歸(かへ)つて、また父にこのことを語(かた)つた。

父は二禿(ルツウ)に、その鉢(はち)を家にもつてくるやうに命(めい)じた。かれは山へいつて、父にいはれたやうに、家に運(はこ)んできた。父は鉢を、いつまでも眺(なが)めてゐたが、本當(ほんたう)に嬉(うれ)しさがこみあげてくるらしく、あははと大聲(おほごゑ)で笑(わら)つて、その鉢のお金を、みなさかさまにして取出(とりだ)さうと思つた。金さへこの鉢から出せば、この村一番(いちばん)の金持(かねもち)になる。まして、出せば出すほど、絶(た)えず、お金(かね)の出てくる鉢である。父は、むらむらと、いろ〳〵夢(ゆめ)を描(ゑが)いた——ながいこと貧乏(びんぼふ)してゐて、うまい食べものも食べないでゐる。燕(つばめ)の巣(す)もたべられる。羊(ひつじ)の肉(にく)もたべられる。眼(め)の惡(わる)い妻(つま)にも、美(うつく)しい着物(きもの)を買(か)つてやらう。二禿(ルツウ)も街(まち)の私塾(しじゆく)へ通(かよ)はしてやらう。賭事(かけごと)のお金も、これからは困(こま)ることはない。うまいことになつた。運(うん)が向(む)いてきた。さう考(かんが)へながら、父親は、鉢をさかさまにして、お金を振(ふ)りださうとした。と、どうしたあやまちであつたか、「あつ」といふ聲(こゑ)とともに、鉢は手からすべつて、石疊(いしだたみ)のうへに落(お)ちてしまつた。鉢は粉々(こなごな)に割(わ)れた。

二禿(ルツウ)の父親は、相(あひ)かはらず、貧乏(びんぼふ)な生活(せいくわつ)をつゞけるいやな日(ひ)ばかりつゞいた。