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結縁豆

藥堂語錄

鼠の錢勘定(ぜにかんぢやう)

『茶香室續鈔(ちやかうしつぞくせう)』〔清・俞樾〕卷二十四に『鼠の錢勘定』といふ一條がある。曰(いは)く、

方濬𮨈(はうしゆんい)〔清・方濬頤、号夢園〕の『夢園叢說(むゑんそうせつ)』に、「廣東(くわんとん)に錢鼠(せんそ)といふ鼠(ねずみ)がゐる。その吻(くちさき)は尖(とが)り、尾は長く、聲(こゑ)は錢(ぜに)を數(かぞ)へてゐるやうである。故(ゆゑ)にかく名づける。」とある。俗(ぞく)にこの鼠を見るとその家に目出度(めでた)い事があると云はれてゐる。ちやうど京師(けいし)の人が蝟(はりねずみ)を尊(たつと)んで財神(ざいしん)といつてゐるのと同じである。按(あん)ずるに普通の鼠も錢勘定の聲を立て、俗に、朝これを聞けば出る錢を數へてゐるので、その家では財を失ふ、夕方これを聞けば、入る錢を數へてゐるので、その家では財が聚(あつ)まると云うてゐる。

按ずるに錢鼠は紹興(せうこう)地方にも居(を)り、俗に「油煠老鼠(あぶらあげねずみ)」と名づけるが、實(じつ)は臭鼠(しうそ)なのである。この鼠が通ると、ぷうんと油の焦(こ)げるやうな、いやな臭(にほ)ひがする。またちッ〳〵と鳴くが、普通の鼠が錢を數へる時のやうに急がしく鳴き立てることはない。王衍梅(わうえんばい)〔清、字律芳、号笠舫〕は『鼠嫁詞(そかし)』〔「鼠の嫁入り」の昔話〕を作り、その中に「啾々喞々(ちつ〳〵ちゝ)と聘錢(ゆひなふのぜに)を數ふ」と云つてゐるのは、この典故(てんこ)を巧(たく)みに運用(うんよう)したもので、頗る面白い。だが鼠の錢勘定は實は驚き戰(おのの)いて常態(じやうたい)を失ひ、鳴かうとしても鳴ききれず、せつぱ詰(つま)つてちゆツ〳〵と人がどもつてゐるやうな聲を立てるので、その時は大抵蛇(へび)に出遇(であ)ひ、はつと立竦(すく)んで動けなくなり、やがて卷き締(し)められてしまふのである。子供の時、鼠が錢を數へてゐる聲を聞くと、いつも悚然(せうぜん)とする〔ぞっとする〕のであつた。といふのが、近い所に必ず異變(いへん)が起つてゐると知つたからで、私達の懼(おそ)れるのは實は蛇であつて鼠ではなかつた。三十年並のある夏の夜、紹興での事であるが、私の母が帳(とばり)の上で鼠が騷いで睡(ねむ)られぬので、鼠を追ふために帳を押(おさ)へる竹竿(たけざを)でバタ〳〵莫蓙(ござ)を拍(たた)かれると、その音を聞いて、鼠は忽(たちま)ち錢勘定(ぜにかんぢやう)をはじめ、例のあわてふためいた様子であつた。「これは竹竿の音が蛇の尾で拍くのと似てゐるからではあるまいか。」と母は云つてゐた。この解釋は確かに一理(いちり)あるやうだ。北京ではまだ自鼠を見受けぬ。普通の鼠は大小數種あるが、それらが錢を數へてゐるのはまだ聞いたことがない。恐らくは蛇の少いためであらうか。中國では昔通行してゐた銅錢(どうせん)は、手渡しする時に必ず數を勘定し、勿論(もちろん)五枚とか十枚づつ机や地上に列(なら)べることもあるが、大抵兩方の手に持ち、五文(もん)づつ一緒(いつしよ)にして、右から左へずらせながら數へたもので、錢と錢と觸(ふ)れ合つて音を立てた。錢を數へる音とさへ云へば誰しもあゝあれかと首肯(うなづ)けたものだ。しかし今日(こんにち)では靑銅錢(せいどうせん)は殆(ほとん)どすべて廢(すた)れてしまひ、銅貨ですら次第(しだい)に姿を隱さうとしてゐる。恐らくもつと後になればこの語を解(かい)する人は無くなつてしまふことだらう。