テキストとビデオによる構成 | |
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① 創作文章 | 寡作だが、20代の頃からのもの。長年月のブランクあります。創作進行中のものと、活字にしていないものは、これから追加掲載します。 |
② 評論・講話 | 新聞に掲載された「持論」や、もっとやわらかい随想、聖書についての講話などを入れています。 |
③ 『卒業生に贈る聖書のことば』 | 職場で毎年出していた冊子の原稿。 |
④ ボランティア関係 | 『夜回り通信』 … お預かりした献金・献品の記録と、夜回り日時、出会った人の記録など。教会の方と同行することもあれば、ひとりの時もあり。 『炊き出しボランティア通信』 … 生徒を連れて参加した炊き出しの記録。 ※二つの通信は、ボランティア部活動報告として、職場のブログにずっと入れてきた。 |
⑤ 『怪談』語り特集 | 10数個ある現代怪談ネタの内、語り始めた頃稲川氏から学ぼうと「病院」「ククク」「ゆきちゃん」など真似て語った。他は家内と私のオリジナル脚本。 |
高橋覚(さとる)
1955年11月10日、岩手県金ヶ崎町六原農場そばで生まれ育った。父は中学教師で兼業農家。幼少期からの「死と死に顔」の体験をした。飼っていた動物もそうだが、幼稚園時の祖父の死、小2の時の母の死、高3の父の死。それらが死生観をおおった。身体が弱く、子どものかかる大きな病は大体かかった。中2で剣道を始め、愛着が湧いて、長く続けた。肺癌手術後の、60歳になる歳に七段に合格。(錬士七段) 岩手県水沢高等学校卒業。仙台で1年浪人後、明治大学文学部日本文学専攻に入学。講義に行くよりアルバイトに明け暮れた。卒論(『こころ論』指導中村光夫先生…卒論審査時に一度お会いしただけ)。
また、聖書に興味を持って読んでいた縁でカトリック教会に出入りし、月1回夜に、森一弘司教(当時神父)から聖書の講話を受けた。金も借りたので、さぼれなかった。山谷にある「神の愛の宣教者会」ブラザーたちの住まいに、足繁く通い、毎週のように泊まり込み、インド人のブラザーたち3人の夜回りに、ついて歩いた。神さまがいつもそばにいる、と言って天真爛漫で明るい彼らのそばにいると、いつもいい夢を見た。大学卒業年のクリスマスに、東京カテドラル聖マリア大聖堂にて、カトリックの洗礼を授かった。洗礼名アウグスティヌス。二松学舎大学院修士課程国文科に進み、佐古純一郎先生について、『こころ論』を深めた。
大学院途中から、都内の高等学校に勤務。教科国語。結婚。岩手県に戻り公立高校を、北上市・二戸市と転勤した。ご縁あって、40歳になる年に、仙台市にある私立高等学校に赴任した。キリスト教カトリックの女子校で、以後22年間、ボランティア部と剣道部の指導に力を注いだ。また、持ち前の好きさから、怪談話の語りにもこり、文化祭ごとに参加し、現代怪談から琵琶を使った古典怪談までするようになり、出前授業や地域の夏祭りでも語るようになった。
しかし、仙台に来て、最初に始めたことは、夜回りと炊き出しだった。何度かの挫折をくり返しながらも、それは次の世代につながっている。
H30.4.29 友人Sが受け取ったHP構想メモ …上記記事は再稿に基づく。