言志録 (佐藤一齋) (4) 151-200/245章
 

言志録(げんしろく)

(151)  畜(たくは)フルコト厚(あつ)クシテ而(しかう)シテ發(はつ)スルコト遠(とほ)シ。誠(まこと)ノ之動(うご)カスコトレ物(もの)ヲ自(よ)リ二愼獨(しんどく)一始(はじ)マル。獨(ひと)リ處(を)リテ能(よ)ク愼(つゝし)メバ、雖(いへど)モ下於(おい)テ二接(せつ)スルレ物(もの)ニ時ニ一不ト中太(はなは)ダ着(つ)ケ上レ意(い)ヲ、而(しか)モ人自(おの)ヅカラ改(あらた)メテレ容(かたち)ヲ起(お)コスレ敬(けい)ヲ。獨リ處リテ不レバレ能(あた)ハレ愼ムコト、雖モ下於テ二接スルレ物ニ時ニ一、着ケレ意ヲ恪謹(かつきん)スト上、而モ人モ亦(また)不二敢(あ)ヘテ改メテレ容ヲ起コサ一レ敬ヲ。誠(まこと)ヲ之畜フル・不ルレ畜ヘハ、其(そ)ノ感應(かんのう)ノ之速(すみ)ヤカナルコト、已(すで)ニ如(ごと)シレ此(か)クノ。
畜厚而發遠。誠之動物自愼獨始。獨處能愼、雖於接物時不太着意、而人自改容起敬。獨處不能愼、雖於接物時、着意恪謹、而人亦不敢改容起敬。誠之畜・不畜、其感應之速、已如此。
畜ふること厚くして而して發すること遠し。誠の物を動かすこと愼獨より始まる。獨り處りて能く愼めば、物に接する時に於て太だ意を着けずと雖も、而も人自づから容を改めて敬を起こす。獨り處りて愼むこと能はざれば、物に接する時に於て、意を着け恪謹すと雖も、而も人も亦敢へて容を改めて敬を起こさず。誠を畜ふる・畜へはざる、其の感應の速やかなること、已に此くのごとし。

(152)  意(おもひ)ノ之誠(まこと)ナルカ否(いな)カハ、須(すべか)ラクシ 下於(おい)テ二夢寐中(むびちゆう)ノ事ニ一驗(ため)ス上レ之ヲ。
意之誠否、須於夢寐中事驗之。
意の誠なるか否かは、須らく夢寐中の事に於て之を驗すべし。

(153)  不ルレ起(お)コサ二妄念(まうねん)ヲ一、是(こ)レ敬(けい)ナリ。妄念ノ不ルレ起コラ、是レ誠(まこと)ナリ。
不起妄念、是敬。妄念不起、是誠。
妄念を起こさざる、是れ敬なり。妄念の起こらざる、是れ誠なり。

(154)  敬(けい)能(よ)ク截(せつ)-二斷(だん)ス妄念(まうねん)ヲ一。昔人(せきじん)云(いは)ク、敬ハ勝(か)ツト二百邪(ひやくじや)ニ一。百邪ノ之來(きた)ル、必ズ有リテ二妄念一、爲(な)ス二之(これ)ガ先導(せんだう)ヲ一。
敬能截斷妄念。昔人云、敬勝百邪。百邪之來、必有妄念、爲之先導。
敬能く妄念を截斷す。昔人云く、敬は百邪に勝つと。百邪の來る、必ず妄念有りて、之が先導を爲す。

(155)  一箇(いつこ)ノ敬(けい)ハ、生(しやう)ズ二許多(きよた)ノ聰明(そうめい)ヲ一。周公(しうこう)曰(いは)ク、汝(なんぢ)其(そ)レ敬(けい)セヨ。識(し)リ二百辟(ひやくへき)ノ享(きやう)ヲ一、亦(また)識ラント三其(そ)ノ有ルヲ二不享(ふきやう)一。既(すで)ニ已(すで)ニ道破(だうは)セリ。
一箇敬、生許多聰明。周公曰、汝其敬。識百辟享、亦識其有不享。既已道破。
一箇の敬は、許多の聰明を生ず。周公曰く、汝其れ敬せよ。百辟の享を識り、亦其の不享有るを識らんと。既に已に道破せり。

(156)  敬(けい)スレバ則(すなは)チ心精明(せいめい)ナリ。
敬則心精明。
敬すれば則ち心精明なり。

(157)  脩(をさ)メテレ己(おのれ)ヲ以(もつ)テ敬(けい)シ、以テ安(やす)ンジレ人ヲ、以テ安ンズルハ二百姓(ひやくせい)ヲ一、壹(いつ)ニ是(こ)レ天心(てんしん)流注(りうちゆう)スレバナリ。
脩己以敬、以安人、以安百姓、壹是天心流注。
己を脩めて以て敬し、以て人を安んじ、以て百姓を安んずるは、壹に是れ天心流注すればなり。

(158)  勿(なか)レ下錯(さく)-二認(にん)シテ敬(けい)ヲ一做(な)シ二一物(いちぶつ)ト一、放(はう)-中在(ざい)スルコト胸中(きようちゆう)ニ上。不二但(た)ダニ不ルノミナラ一レ生(しやう)ゼ二聰明(そうめい)ヲ一、却(かへ)ツテ窒(ふさ)グ二聰明ヲ一。即(すなは)チ是(こ)レ累(わづらひ)ナリ。譬(たと)ヘバ猶(な)ホシ 二肚中(とちゆう)ニ有ルガ一レ塊(かたまり)。氣血(きけつ)爲(た)メニレ之ガ澁滯(じふたい)シテ不レ流(なが)レ。即チ是レ病(やまひ)ナリ。
勿錯認敬做一物、放在胸中。不但不生聰明、却窒聰明。即是累。譬猶肚中有塊。氣血爲之澁滯不流。即是病。
敬を錯認して一物と做し、胸中に放在すること勿れ。但だに聰明を生ぜざるのみならず、却つて聰明を窒ぐ。即ち是れ累なり。譬へば猶ほ肚中に塊有るがごとし。氣血之が爲めに澁滯して流れず。即ち是れ病なり。

(159)  人ハ不レ可(べ)カラレ無カル二明快(めいくわい)灑落(しやらく)ノ處(ところ)一。若(も)シ徒(いたづ)ラニ爾(しか)ク畏縮(ゐしゆく)趦趄(ししよ)セバ、只(た)ダ是(こ)レ死敬(しけい)ニシテ、濟(な)シ-二得(え)ン甚事(なにごと)ヲ一。
人不可無明快灑落處。若徒爾畏縮趦趄、只是死敬、濟得甚事。
人は明快灑落の處無かるべからず。若し徒らに爾く畏縮趦趄せば、只だ是れ死敬にして、甚事を濟し得ん。

(160)  胸臆(きようおく)虚明(きよめい)ナレバ、神光(しんこう)四發(しはつ)ス。
胸臆虚明、神光四發。
胸臆虚明なれば、神光四發す。

(161)  耳目(じもく)手足(しゆそく)、都(すべ)テ要(えう)ス二神(しん)帥(ひき)ヰテ而氣(き)從(したが)ヒ、氣(き)導(みちび)イテ而體(たい)動(うご)クヲ一。
耳目手足、都要神帥而氣從、氣導而體動。
耳目手足、都て神帥ゐて氣從ひ、氣導いて體動くを要す。

(162)  學者(がくしや)當(まさ)ニシ 二德(とく)與(と)レ齒(よはひ)長(ちやう)ジ、業(げふ)逐(お)ヒテレ年(とし)ヲ廣(ひろ)グ一。四十(しじふ)以後(いご)ノ之人、血氣(けつき)漸(やうや)ク衰(おとろ)フ。最(もつと)モ宜(よろ)シクシ レ戒(いまし)ム二牀笫(しやうし)ヲ一。不ンバレ然(しか)ラ、神(しん)昏(くら)ミ氣(き)耗(かう)シ、德業(とくげふ)不レ能(あた)ハレ致(いた)スレ遠(とほ)キヲ。不三獨(ひと)リ戒(いまし)ムルコト在(あ)ルノミナラ二少(わか)キ之時ニ一。
學者當德與齒長、業逐年廣。四十以後之人、血氣漸衰。最宜戒牀笫。不然、神昏氣耗、德業不能致遠。不獨戒在少之時。
學者當に德齒と長じ、業年を逐ひて廣ぐべし。四十以後の人、血氣漸く衰ふ。最も宜しく牀笫を戒むべし。然らずんば、神昏み氣耗し、德業遠きを致す能はず。獨り戒むること少き之時に在るのみならず。

(163)  少壯(せうさう)ノ人、精(せい)固(かた)ク閉(とざ)シテ而不ルモ二少(すこ)シモ漏(も)ラサ一、亦不可(ふか)ナリ。神(しん)滯(とどこほ)ツテ而不レ暢(の)ビ。過(す)グレバレ度(ど)ヲ則(すなは)チ又(また)自(みづか)ラ戕(そこな)フ焉。故(ゆゑ)ニ得(う)ルヲレ節(せつ)ヲ之(これ)爲(な)スレ難(かた)シト。飲食(いんしよく)ノ之過グルハレ度ヲ、人モ亦(また)或(あるい)ハ規(いまし)ムレ之ヲ。滛欲(いんよく)ノ之過グルハレ度ヲ、人ノ所ニシテレ不ルレ伺(うかゞ)ハ、且(か)ツ難(がた)シレ言(い)ヒ。非(あら)ズシテ二自(みづか)ラ規ムルニ一而誰(たれ)カ規メン。
少壯人、精固閉而不少漏、亦不可。神滯而不暢。過度則又自戕焉。故得節之爲難。飲食之過度、人亦或規之。滛欲之過度、人所不伺、且難言。非自規而誰規。
少壯の人、精固く閉して少しも漏らさざるも、亦不可なり。神滯つて暢びず。度を過ぐれば則ち又自ら戕ふ。故に節を得るを之難しと爲す。飲食の度を過ぐるは、人も亦或は之を規む。滛欲の度を過ぐるは、人の伺はざる所にして、且つ言ひ難し。自ら規むるに非ずして誰か規めん。

(164)  民(たみ)ハ非(あら)ザレバ二水火(すゐくわ)ニ一、不二生活(せいくわつ)セ一。而(しか)レドモ水火又(また)能(よ)ク焚(ふん)-二溺(でき)ス物ヲ一。飲食(いんしよく)・男女(だんぢよ)ハ、人ノ之所(ゆゑ)-二以(ん)ナリ生息(せいそく)スル一。而レドモ飲食・男女、又能(よ)ク戕(しやう)-二害(がい)ス人ヲ一。
民非水火、不生活。而水火又能焚溺物。飲食・男女、人之所以生息。而飲食・男女、又能戕害人。
民は水火に非ざれば、生活せず。而れども水火又能く物を焚溺す。飲食・男女は、人の生息する所以なり。而れども飲食・男女、又能く人を戕害す。

(165)  爲(な)スニレ學(がく)ヲ標(へう)-二榜(ばう)スルハ門戸(もんこ)ヲ一、只(た)ダ是(こ)レ人欲(じんよく)ノ之私(わたくし)ナリ。
爲學標榜門戸、只是人欲之私。
學を爲すに門戸を標榜するは、只だ是れ人欲の私なり。

(166)  今(いま)ノ之儒(じゆ)ハ、勿(なか)レレ攻(せ)ムルコト二今ノ之釋(しやく)ヲ一。儒既(すで)ニ非(あら)ズ二古(いにしへ)ノ之儒ニ一、釋モ亦(また)非ズ二古ノ之釋ニ一。
今之儒、勿攻今之釋。儒既非古之儒、釋亦非古之釋。
今の儒は、今の釋を攻むること勿れ。儒既に古の儒に非ず、釋も亦古の釋に非ず。

(167)  儒(じゆ)ニシテ二其(そ)ノ言(げん)ヲ一、而不レバレ儒ニセ二其ノ行(おこな)ヒヲ一、則(すなは)チ其ノ言ヤ也、祇(まさ)ニ躬(み)自(みづか)ラ謗(そし)ルナリ。
儒其言、而不儒其行、則其言也、祇躬自謗。
其の言を儒にして、其の行ひを儒にせざれば、則ち其の言や、祇に躬自ら謗るなり。

(168)  泰西(たいせい)ノ之説(せつ)、已(すで)ニ有リ二漸(やうや)ク盛(さか)ンナル之機(き)一。其ノ所(ゆ)ルレ謂(い)ハ窮理(きゆうり)ハ、足(た)ル二以テ驚(おどろ)カスニ一レ人ヲ。昔者(むかし)程子(ていし)以テ二佛氏(ぶつし)ノ之近(ちか)キヲ一レ理(り)ニ爲(な)セシガレ害(がい)ト、而今(いま)ノ洋説(やうせつ)ノ之近(ちか)キハレ理ニ、甚(はなは)ダシ二於佛氏ヨリモ一。且(か)ツ其ノ所(ところ)ノレ出(い)ダス奇技滛巧(きぎいんこう)、導(みちび)キ二人ヲ奢侈(しやし)ニ一、使(し)ム二人ヲシテ不ラ一レ覺(おぼ)エ三駸駸然(しん〳〵ぜん)トシテ入(い)ルヲ二於其ノ中(うち)ニ一。學者(がくしや)當(まさ)ニシ 下亦(また)以テ二滛聲美色(いんせいびしよく)ヲ一待(ま)ツ上レ之ヲ。
泰西之説、已有漸盛之機。其所謂窮理、足以驚人。昔者程子以佛氏之近理爲害、而今洋説之近理、甚於佛氏。且其所出奇技滛巧、導人奢侈、使人不覺駸駸然入於其中。學者當亦以滛聲美色待之。
泰西の説、已に漸く盛んなる之機有り。其の謂はゆる窮理は、以て人を驚かすに足る。昔者程子佛氏の理に近きを以て害と爲せしが、今の洋説の理に近きは、佛氏よりも甚だし。且つ其の出だす所の奇技滛巧、人を奢侈に導き、人をして駸駸然として其の中に入るを覺えざらしむ。學者當に亦滛聲美色を以て之を待つべし。

(169)  窮理(きゆうり)ノ二字(にじ)、原(も)ト本(もと)ヅク二易傳(えきでん)ニ一。和(わ)-二順(じゆん)シテ于道德(だうとく)ニ一、而理(をさ)メ二于義(ぎ)ヲ一、窮(きは)メレ理(り)ヲ盡(つく)シレ性(せい)ヲ、以テ至(いた)ル二于命(めい)ニ一。故(ゆゑ)ニ吾(わ)ガ儒(じゆ)ノ窮理(きゆうり)ハ、唯(た)ダ理(をさ)ムルノミ二於義(ぎ)ヲ一而已。義(ぎ)ハ在(あ)リ二於我(われ)ニ一、窮理モ亦(また)在リ二於我ニ一。若(も)シ以(もつ)テ二徇(したが)ヒレ外(ほか)ニ逐(お)フヲ一レ物(もの)ヲ爲(な)サバ二窮理(きゆうり)ト一、恐(おそ)ラクハ終(つひ)ニ使(し)メンモ三歐邏巴(〔ヨーロッパ〕)人(じん)ヲシテ賢(まさ)ラ二於吾ガ儒ニ一可(か)ナランカ乎。
窮理二字、原本易傳。和順于道德、而理于義、窮理盡性、以至于命。故吾儒窮理、唯理於義而已。義在於我、窮理亦在於我。若以徇外逐物爲窮理。恐終使歐邏巴人賢於吾儒。可乎。
窮理の二字、原と易傳に本づく。道德に和順して、而義を理め、理を窮め性を盡し、以て命に至る。故に吾が儒の窮理は、唯だ義を理むるのみ。義は我に在り、窮理も亦我に在り。若し外に徇ひ物を逐ふを以て窮理と爲さば、恐らくは終に歐邏巴人をして吾が儒に賢らしめんも可ならんか。

(170)  吾(われ)俯仰(ふぎやう)シテ而觀(くわん)-二察(さつ)ス之ヲ一。日月(じつげつ)昭然(せうぜん)トシテ掲(かゝ)ゲレ明(めい)ヲ、星辰(せいしん)燦然(さんぜん)トシテ列(つら)ヌレ文(あや)ヲ。春風(しゆんぷう)和燠(わいく)ニシテ宣(の)ベレ化(くわ)ヲ、雨露(うろ)ノ膏澤(かうたく)洽(あまね)シレ物(もの)ニ。霜雪(さうせつ)ハ氣(き)凜然(りんぜん)トシテ肅(きび)シク、雷霆(らいてい)ハ威(ゐ)嚇然(かくぜん)トシテ震(ふる)フ。山嶽(さんがく)安靜(あんせい)ニシテ不レ遷(うつ)ラ、河海(かかい)弘量(こうりやう)ニシテ能(よ)ク納(い)ル。谿壑(けいがく)深(ふか)クシテ不レ可(べ)カラレ測(はか)ル、原野(げんや)廣(ひろ)クシテ無シレ所レ隱(かく)ス。而シテ元氣(げんき)生生(せい〳〵)トシテ不レ息(やす)マ、斡(あつ)-二旋(せん)ス於其ノ間(かん)ニ一。凡(およ)ソ此(こ)レ皆(みな)天地ノ一大(いちだい)政事(せいじ)ニシテ、所(ゆ)ルレ謂(い)ハ天道(てんだう)ノ至敎(しけう)ナリ。風雨(ふうう)霜露(さうろ)、無キレ非(あら)ザルレ敎(をし)ヘニ者(もの)、人君(じんくん)最(もつと)モ宜(よろ)シクシ レ體(たい)スレ此(これ)ヲ。
吾俯仰而觀察之。日月昭然掲明、星辰燦然列文。春風和燠宣化、雨露膏澤洽物。霜雪氣凜然肅、雷霆威嚇然震。山嶽安靜不遷、河海弘量能納、谿壑深不可測。原野廣無所隱、而元氣生生不息、斡旋於其間。凡此皆天地一大政事、所謂天道至敎。風雨霜露、無非敎者、人君最宜體此。
吾俯仰して之を觀察す。日月昭然として明を掲げ、星辰燦然として文を列ぬ。春風和燠にして化を宣べ、雨露の膏澤物に洽し。霜雪は氣凜然として肅しく、雷霆は威嚇然として震ふ。山嶽安靜にして遷らず、河海弘量にして能く納る。谿壑深くして測るべからず、原野廣くして隱す所無し。而して元氣生生として息まず、其の間に斡旋す。凡そ此れ皆天地の一大政事にして、謂はゆる天道の至敎なり。風雨霜露、敎へに非ざる無き者、人君最も宜しく此を體すべし。

(171)  天下ノ之體(たい)、以テ二交易(かうえき)ヲ一而立(た)チ、天下ノ之務(つと)メ、以テ二變易(へんえき)ヲ一而行(おこな)ハル。
天下之體、以交易而立、天下之務、以變易而行。
天下の體、交易を以て立ち、天下の務め、變易を以て行はる。

(172)  吾(われ)觀(み)ルニ二古今(ここん)ノ人主(じんしゆ)ヲ一、志(こゝろざし)ノ存(そん)スル二文治(ぶんち)ニ一者ハ必ズ創業(そうげふ)シ、不ルレ忘レ二武備(ぶび)ヲ一者ハ能(よ)ク守成(しゆせい)ス。
吾觀古今人主、志存文治者必創業、不忘武備者能守成。
吾古今の人主を觀るに、志の文治に存する者は必ず創業し、武備を忘れざる者は能く守成す。

(173)  國家(こくか)ノ於(お)ケル二食貨(しよつくわ)ニ一、無シ二遺策(ゐさく)一。連(つら)ネ二園田(ゑんでん)・山林(さんりん)・市廛(してん)ヲ一、無ク三尺地(せきち)ノ欠(か)クコト二租入(そにふ)ヲ一、金銀銅、並ビニ寘(お)キテレ署(しよ)ヲ鑄出(ちうしゆつ)シ、不レ知ラ二日(ひ)ニ幾萬(いくまん)計(ばか)リナルヲ一。而(しか)レドモ當今(たうこん)上下(しやうか)困弊(こんへい)シ、財帑(さいど)不レ足(た)ラ。或(あるい)ハ謂(い)フ、奢侈(しやし)ノ所ナリトレ致(いた)ス。
余(われ)ハ則(すなは)チ謂(おも)フ、不ト二特(ひと)リ此(こ)レノミナラ一。葢(けだ)シ以テ二治安(ちあん)日(ひ)久(ひさ)シキヲ一、貴賤(きせん)ノ人口(じんこう)繁衍(はんえん)シ、比(ひ)スルニ二諸(これ)ヲ二百年前(にひやくねんぜん)ニ一、恐(おそ)ラクハ不ルコトヲ二翅(たゞ)ニ十數倍(じふすうばい)ノミナラ一。衣(い)-二食(しよく)スル之(これ)ニ一者、逐(お)ヒテレ年(とし)ヲ増(ま)セドモレ多(おほ)キヲ、生(しやう)ズルレ之(これ)ヲ者、不レ給(きふ)セ、勢(いきほ)ヒ必ズ至(いた)ル二於此(こゝ)ニ一。然(しか)ラバ則(すなは)チ困弊(こんへい)スルコト如(ごと)キモレ此(か)クノ、亦(また)由(よ)ル二於治安ノ之久(ひさ)シキニ一。是(こ)レ可(べ)キモレ賀(が)ス、非(あら)ズレ可キニレ歎(たん)ズ。但(た)ダ有ル二世道(せだう)ノ之責(せ)メ一者、不レ可カラ下徒(いたづ)ラニ諉(ことよ)セテ二諸(これ)ヲ時運(じうん)ニ一、而不ンバアル上レ慮(おもんばか)ラ下所(ゆゑ)-二以(ん)ノ救(すく)フ一レ之ヲ之方(はう)ヲ上。
其(そ)ノ方モ亦(また)無シ二別法(べつぽふ)ノ可キ一レ設(まう)ク。唯(た)ダ不レ過(す)ギレ曰フニ二食(く)ラフレ之ヲ者(こと)寡(すくな)ク、用(もち)ヰルレ之ヲ者舒(ゆるや)カニ、生(しやう)ズルレ之ヲ者衆(おほ)ク、爲(な)スレ之ヲ者疾(と)クスト一。而(しか)シテ至ルハ二於制度(せいど)一(ひと)タビ立チ、上下(しやうか)守(まも)リレ之ヲ、措置(そち)得(え)レ宜(よろ)シキヲ、士民(しみん)信(しん)ズルニ一レ之ヲ、則(すなは)チ葢(けだ)シ存(そん)ス二乎其(その)ノ人ニ一矣。
國家於食貨、無遺策。連園田・山林・市廛、無尺地欠租入、金銀銅、並寘署鑄出、不知日幾萬計。而當今上下困弊、財帑不足。或謂、奢侈所致。
余則謂、不特此。葢以治安日久、貴賤人口繁衍、比諸二百年前、恐不翅十數倍。衣食之者、逐年増多、生之者、不給、勢必至於此。然則困弊如此、亦由於治安之久。是可賀、非可歎。但有世道之責者、不可徒諉諸時運、而不慮所以救之之方。
其方亦無別法可設。唯不過曰食之者寡、用之者舒、生之者衆、爲之者疾。而至於制度一立、上下守之、措置得宜、士民信之、則葢存乎其人矣。
國家の食貨に於ける、遺策無し。園田・山林・市廛を連ね、尺地の租入を欠くこと無く、金銀銅、並びに署を寘きて鑄出し、日に幾萬計りなるを知らず。而れども當今上下困弊し、財帑足らず。或は謂ふ、奢侈の致す所なりと。
余は則ち謂ふ、特り此れのみならずと。葢し治安日久しきを以て、貴賤の人口繁衍し、諸を二百年前に比するに、恐らくは翅に十數倍のみならざることを。之に衣食する者、年を逐ひて多きを増せども、之を生ずる者、給せず、勢ひ必ず此に至る。然らば則ち困弊すること此くのごときも、亦治安の久しきに由る。是れ賀すべきも、歎ずべきに非ず。但だ世道の責め有る者、徒らに諸を時運に諉せて、之を救ふ所以の方を慮らずんばあるべからず。
其の方も亦別法の設くべき無し。唯だ之を食らふ者寡く、之を用ゐる者舒かに、之を生ずる者衆く、之を爲す者疾くすと曰ふに過ぎず。而して制度一たび立ち、上下之を守り、措置宜しきを得、士民之を信ずるに至るは、則ち葢し其の人に存す。

(174)  世(よ)ニ有(あ)ルモ二小人(せうじん)一、亦(また)理(ことわり)ナリ也。小人ハ可(べ)ク二小知(せうち)ス一、不賢者(ふけんじや)ハ識(し)ル二其ノ小(せう)ナル者ヲ一。是(こ)レ亦天地間(てんちかん)不レ可カラレ無カル二是(こ)ノ人一。或(ある)イハ謂(い)フ、堯舜(げうしゆん)ノ之民(たみ)、比屋(ひをく)可シトレ封(ほう)ズ。則(すなは)チ過(あやま)テルコト甚(はなは)ダシ。但(た)ダ唐虞(たうぐ)ノ之世(よ)ハ、雖(いへど)モレ有リト二小人一、皡皡(こう〳〵)トシテ自得(じとく)シ、各〻(おの〳〵)安(やす)ンゼシノミ二其ノ分(ぶん)ニ一而已。
世有小人、亦理也。小人可小知、不賢者識其小者。是亦天地間不可無是人。或謂、堯舜之民、比屋可封。則過甚。但唐虞之世、雖有小人、皡皡自得、各安其分而已。
世に小人有るも、亦理なり。小人は小知すべく、不賢者は其の小なる者を識る。是れ亦天地間是の人無かるべからず。或いは謂ふ、堯舜の民、比屋封ずべしと。則ち過てること甚だし。但だ唐虞の世は、小人有りと雖も、皡皡として自得し、各〻其の分に安んぜしのみ。

(175)  方(はう)ハ以テレ類(るゐ)ヲ聚(あつ)マリ、物(もの)ハ以テレ群(ぐん)ヲ分(わ)カル。人君(じんくん)ハ以テレ國(くに)ヲ爲(な)スレ黨(たう)ヲ者(もの)ナリ也。苟(いやし)クモ不ンバレ能(あた)ハレ然ルコト、下(しも)各〻(おの〳〵)自(みづか)ラ相(あひ)黨(たう)セン。是(こ)レ必然(ひつぜん)ノ之理(り)ナリ也。故(ゆゑ)ニ下(しも)有ルハ二朋黨(ほうたう)一、君道(くんだう)ノ之衰(おとろ)ヘタルナリ也、亂(らん)ノ之兆(きざし)ナリ也。
方以類聚、物以群分。人君以國爲黨者也。苟不能然、下各自相黨。是必然之理也。故下有朋黨、君道之衰也、亂之兆也。
方は類を以て聚まり、物は群を以て分かる。人君は國を以て黨を爲す者なり。苟くも然ること能はずんば、下各〻自ら相黨せん。是れ必然の理なり。故に下朋黨有るは、君道の衰へたるなり、亂の兆なり。

(176)  聰明(そうめい)睿知(えいち)ニシテ、能(よ)ク盡(つ)クス二其ノ性(せい)ヲ一者ハ、君師(くんし)ナリ也。君(きみ)ノ之誥命(こうめい)ハ、即(すなは)チ師(し)ノ之敎訓(けうくん)ニシテ、無(な)シレ二(じ)也。迨(およ)ビテ二世(よ)ノ之下(くだ)ルニ一、君師(くんし)判(わか)ル焉。師道(しだう)ノ之立ツハ、君道(くんだう)ノ衰(おとろ)ヘタルナリ也。故(ゆゑ)ニ五倫(ごりん)ノ之目(もく)、有レドモ二君臣(くんしん)一而無シ二師弟(してい)一。非(あら)ズレ無キニ二師弟一。君臣ハ即(すなは)チ師弟ニシテ、不二必ズシモ別(べつ)ニ立テ一レ目(もく)ヲ。或(あるい)ハ謂(い)フハ三朋友(ほういう)ハ兼(か)ヌト二師弟ヲ一者、悞(あやま)レリ。
聰明睿知、能盡其性者、君師也。君之誥命、即師之敎訓、無二也。迨世之下、君師判焉。師道之立、君道衰也。故五倫之目、有君臣而無師弟。非無師弟。君臣即師弟、不必別立目。或謂朋友兼師弟者、悞。
聰明睿知にして、能く其の性を盡くす者は、君師なり。君の誥命は、即ち師の敎訓にして、二無し。世の下るに迨びて、君師判る。師道の立つは、君道の衰へたるなり。故に五倫の目、君臣有れども師弟無し。師弟無きに非ず。君臣は即ち師弟にして、必ずしも別に目を立てず。或は朋友は師弟を兼ぬと謂ふは、悞れり。

(177)  爲(をさ)ムルレ邦(くに)ヲ之道(みち)、不レ出(い)デ二於敎(けう)・養(やう)ノ二途(にと)ヲ一。敎ハ乾道(けんだう)ナリ也、父道(ふだう)ナリ也。養ハ坤道(こんだう)ナリ也、母道(ぼだう)ナリ也。
爲邦之道、不出於敎・養二途。敎乾道也、父道也。養坤道也、母道也。
邦を爲むる之道、敎・養の二途を出でず。敎は乾道なり、父道なり。養は坤道なり、母道なり。

(178)  辨(べん)ジテ二虚實(きよじつ)・強弱(きやうじやく)ヲ一、而(しか)ル後(のち)劑(ざい)ヲ可(べ)シレ投(とう)ズ。知ツテ二時世(じせい)・習俗(しふぞく)ヲ一、而ル後政(せい)ヲ可シレ施(ほどこ)ス。
辨虚實・強弱、而後劑可投。知時世・習俗、而後政可施。
虚實・強弱を辨じて、而る後劑を投ずべし。時世・習俗を知つて、而る後政を施すべし。

(179)  見テ二一物(いちぶつ)ノ之是非(ぜひ)ヲ一、而不レ問(と)ハ二大體(だいたい)ノ之是非ヲ一、抅(かかづら)ツテ二一時(いちじ)ノ之利害(りがい)ニ一、而不レ察(さつ)セ二久遠(きうゑん)ノ之利害ヲ一。爲(な)スニレ政(せい)ヲ如(ごと)ケレバレ此(か)クノ、國(くに)ハ危(あや)ウシ矣。
見一物之是非、而不問大體之是非、抅一時之利害、而不察久遠之利害。爲政如此、國危矣。
一物の是非を見て、大體の是非を問はず、一時の利害に抅つて、久遠の利害を察せず。政を爲すに此くのごとければ、國は危うし。

(180)  人情(にんじやう)ノ氣機(きき)ハ、不レ可カラ下以(もつ)テ二一定(いつてい)ナルヲ一求(もと)ム上。誘(いざな)ヒテレ之ヲ而勸(すゝ)メ、禁(きん)ジテレ之ヲ而遏(とゞ)ムルハ、順(じゆん)ナリ也。導(みちび)キテレ之ヲ而反(かへ)ツテ阻(はゞ)ミ、抑(おさ)ヘテレ之ヲ而益〻(ます〳〵)揚(あ)ガルハ、逆(ぎやく)ナリ也。是(こ)ノ故(ゆゑ)ニ駕馭(がぎよ)ノ之道(みち)ハ、當(まさ)ニシ 己察(さつ)シ二其ノ向背(かうはい)ヲ一、審(つまびら)カニシ二其ノ輕重(けいちやう)ヲ一、因(よ)ツテレ勢(いきほ)ヒニ而利(り)-二導(だう)シ之ヲ一、應(おう)ジテレ機(き)ニ而激(げき)-二勵(れい)シ之ヲ一、使(し)ム戊其レヲシテ不ラ丁自(みづか)ラ覺(おぼ)エ丙其ノ所(ゆゑ)-乙以(ん)ヲ然(しか)ル甲。此(こ)レヲ之(これ)爲(な)スレ得(え)タリト。
人情氣機、不可以一定求。誘之而勸、禁之而遏、順也。導之而反阻、抑之而益揚、逆也。是故駕馭之道、當察其向背、審其輕重、因勢而利導之、應機而激勵之、使其不自覺其所以然。此之爲得。
人情の氣機は、一定なるを以て求むべからず。之を誘ひて勸め、之を禁じて遏むるは、順なり。之を導きて反つて阻み、之を抑へて益〻揚がるは、逆なり。是の故に駕馭の道は、當に其の向背を察し、其の輕重を審かにし、勢ひに因つて之を利導し、機に應じて之を激勵し、其れをして自ら其の然る所以を覺えざらしむべし。此れを之得たりと爲す。

(181)  遇(あ)ヒテ二難(がた)キレ處(しよ)シ之事(こと)ニ一、不レバレ得(え)二妄(みだ)リニ動クコトヲ一、須(すべか)ラクシ 下候(うかゞ)ヒテ二幾(き)ノ至(いた)ルヲ一而應(おう)ズ上レ之ニ。
遇難處之事、不得妄動、須候幾至而應之。
處し難き之事に遇ひ、妄りに動くことを得ざれば、須らく幾の至るを候ひて之に應ずべし。

(182)  處(しよ)スルニレ事ヲ雖(いへど)モレ有リトレ理(り)、而(しか)モ一點(いつてん)ノ便(べん)スルモノヲレ己(おのれ)ニ挾(さしはさ)ムコト在(あ)レバ二其ノ内(うち)ニ一、則(すなは)チ於(おい)テレ理ニ即(すなは)チ做(な)シ二一點ノ障碍(しやうがい)ヲ一、理モ亦(また)不レ暢(の)ビ。
處事雖有理、而一點便己挾在其内、則於理即做一點障碍、理亦不暢。
事を處するに理有りと雖も、而も一點の己に便するものを挾むこと其の内に在れば、則ち理に於て即ち一點の障碍を做し、理も亦暢びず。

(183)  敎(をし)フルレ人ヲ者(もの)、要(えう)ハ須(すべか)ラクシ レ責(せ)ム二其ノ志(こゝろざし)ヲ一。聒聒(くわつ〳〵)トシテ騰(のぼ)スルハレ口ニ、無シレ益(えき)也。
敎人者、要須責其志。聒聒騰口、無益也。
人を敎ふる者、要は須らく其の志を責むべし。聒聒として口に騰するは、益無し。

(184)  饒舌(ぜうぜつ)ノ之時(とき)、自(みづか)ラ覺(おぼ)ユ二氣(き)ノ暴(そこな)フヲ一。暴ヘバ斯(すなは)チ餒(う)ウ。安(いづく)ンゾ能(よ)ク動カサンレ人ヲ。
饒舌之時、自覺氣暴。暴斯餒。安能動人。
饒舌の時、自ら氣の暴ふを覺ゆ。暴へば斯ち餒う。安んぞ能く人を動かさん。

(185)  愼(つゝし)ムレ言(げん)ヲ處(ところ)ハ、即(すなは)チ愼ムレ行(おこな)ヒヲ處ナリ。
愼言處、即愼行處。
言を愼む處は、即ち行ひを愼む處なり。

(186)  昏睡(こんすい)シテ發(はつ)スルハ二囈言(うはごと)ヲ一、足(た)ルレ見ルニ二心ノ之不ルヲ一レ存(そん)セ。
昏睡發囈言、足見心之不存。
昏睡して囈言を發するは、心の存せざるを見るに足る。

(187)  病(や)ムレ狂(きやう)ヲ人ハ言語(げんぎよ)無シレ序(じよ)。則(すなは)チ言語無キレ序者ハ、其ノ去(さ)ルヤレ病メルヲレ狂ヲ也不レ遠(とほ)カラ。
病狂人言語無序。則言語無序者、其去病狂也不遠。
狂を病む人は言語序無し。則ち言語序無き者は、其の狂を病めるを去るや遠からず。

(188)  人ハ最(もつと)モ當(まさ)ニシ レ愼(つゝし)ムレ口ヲ。口ノ之職(しよく)ハ、兼(か)ヌ二二ツノ用(よう)ヲ一。出(い)ダシ二言語(げんぎよ)ヲ一、納(い)ルヽ二飲食(いんしよく)ヲ一、是(こ)レナリ也。不ンバレ愼マ二於言語ヲ一、足リ二以テ速(まね)クニ一レ禍(わざは)ヒヲ、不ンバレ愼マ二於飲食ヲ一、足ル二以テ致(いた)スニ一レ病(やまひ)ヲ。諺(ことわざ)ニ云(いは)ク、禍ヒハ自(よ)リレ口出(い)デ、病ハ自リレ口入(い)ルト。
人最當愼口。口之職、兼二用。出言語、納飲食、是也。不愼於言語、足以速禍、不愼於飲食、足以致病。諺云、禍自口出、病自口入。
人は最も當に口を愼むべし。口の職は、二つの用を兼ぬ。言語を出だし、飲食を納るゝ、是れなり。言語を愼まずんば、以て禍ひを速くに足り、飲食を愼まずんば、以て病を致すに足る。諺に云く、禍ひは口より出で、病は口より入ると。

(189)  同(おな)ジウスレバ二此(こ)ノ軀殻(くかく)ヲ一、則(すなは)チ同ジウス二此ノ情(じやう)ヲ一。聖賢(せいけん)モ亦(また)與(と)レ人同ジキノミ耳。故(ゆゑ)ニ其ノ訓(をしへ)ニ曰ク、敖(おご)リヲ不レ可カラレ長(ちやう)ズ、欲(よく)ニ不トレ可カラレ從(したが)フ。敖欲(がうよく)モ亦(また)是(こ)レ情ノ種(しゆ)ナリ。何(なん)ゾ必(かなら)ズシモ斷(だん)-二滅(めつ)セン之ヲ一。只(た)ダ是(こ)レ不シテレ可カラレ長ズ、不ルノミレ可カラレ從フ而已。大學ノ敖惰(がうだ)モ、人ハ徃徃(わう〳〵)ニシテ疑(うたが)ヘドモレ之ヲ、吾(われ)ハ不レ謂(おも)ハレ然(しか)リト。
同此軀殻、則同此情。聖賢亦與人同耳。故其訓曰、敖不可長、欲不可從。敖欲亦是情種。何必斷滅之。只是不可長、不可從而已。大學敖惰、人徃徃疑之、吾不謂然。
此の軀殻を同じうすれば、則ち此の情を同じうす。聖賢も亦人と同じきのみ。故に其の訓に曰く、敖りを長ずべからず、欲に從ふべからずと。敖欲も亦是れ情の種なり。何ぞ必ずしも之を斷滅せん。只だ是れ長ずべからずして、從ふべからざるのみ。大學の敖惰も、人は徃徃にして之を疑へども、吾は然りと謂はず。

(190)  枚乘(ばいじよう)曰(いは)ク、欲(ほつ)セバ二人ノ無キヲ一レ聞クコト、莫(な)クレ若(し)クハレ勿(な)キニレ言フコト、欲セバ二人ノ無キヲ一レ知ルコト、莫シトレ若クハレ勿キニレ爲(な)スコト。薛文靖(せつぶんせい)ハ以テ爲(な)セドモ二名言(めいげん)ト一、余(われ)ハ則(すなは)チ以テ爲スレ未(いま)ダシト也。凡(およ)ソ事ハ當(まさ)ニシ レ問フ二其ノ心ノ何如(いかん)ヲ一。心苟(いやし)クモ有ラバレ物(もの)、己(おのれ)雖(いへど)モレ不トレ言ハ、人將(まさ)ニレ聞カントレ之ヲ、人雖モレ不トレ聞カ、鬼神(きしん)將(まさ)ニレ闞(うかゞひみ)ントレ之ヲ。
枚乘曰、欲人無聞、莫若勿言、欲人無知、莫若勿爲。薛文靖以爲名言、余則以爲未也。凡事當問其心何如。心苟有物、己雖不言、人將聞之、人雖不聞、鬼神將闞之。
枚乘曰く、人の聞くこと無きを欲せば、言ふこと勿きに若くは莫く、人の知ること無きを欲せば、爲すこと勿きに若くは莫しと。薛文靖は以て名言と爲せども、余は則ち以て未だしと爲す也。凡そ事は當に其の心の何如を問ふべし。心苟くも物有らば、己言はずと雖も、人將に之を聞かんとし、人聞かずと雖も、鬼神將に之を闞んとす。

(191)  心ハ猶(な)ホシ レ火(ひ)ノ。着(つ)キテレ物ニ爲(な)シレ體(たい)ヲ、不レバレ着カ二於善ニ一、則チ着ク二於不善(ふぜん)ニ一。故(ゆゑ)ニ游藝(いうげい)ノ之訓(をし)ヘ、不シテ三特(た)ダ導クノミニアラ二諸(これ)ヲ善ニ一、而又(また)所(ゆゑ)-三以(ん)ナリ防(ふせ)グ二不善ヲ一也。博奕(ばくえき)ノ之賢(まさ)ルモ二乎已(や)ムニ一、亦(また)以テナリレ此(こ)レヲ。
心猶火。着物爲體、不着於善、則着於不善。故游藝之訓、不特導諸善、而又所以防不善也。博奕之賢乎已、亦以此。
心は猶ほ火のごとし。物に着きて體を爲し、善に着かざれば、則ち不善に着く。故に游藝の訓へ、特だ諸を善に導くのみにあらずして、又不善を防ぐ所以なり。博奕の已むに賢るも、亦此れを以てなり。

(192)  理(り)到(いた)ル之言(げん)ハ、人不レ得(え)レ不ルヲレ服(ふく)セ。然(しか)レドモ其ノ言有レバレ所レ激(げき)スル、則(すなは)チ不レ服セ、有レバレ所レ強(し)フル、則チ不レ服セ、有レバレ所レ挾(さしはさ)ム、則チ不レ服セ、有レバレ所レ便(べん)スル、則チ不レ服セ。凡(およ)ソ理到ルニ而(しか)モ人不レバレ服セ、君子(くんし)ハ必ズ自(みづか)ラ反(かへり)ミル。我先(ま)ヅ服シテ、而(しか)ル後(のち)人服セバナリレ之(これ)ニ。
理到之言、人不得不服。然其言有所激、則不服、有所強、則不服、有所挾、則不服、有所便、則不服。凡理到而人不服、君子必自反。我先服、而後人服之。
理到る之言は、人服せざるを得ず。然れども其の言激する所有れば、則ち服せず、強ふる所有れば、則ち服せず、挾む所有れば、則ち服せず、便する所有れば、則ち服せず。凡そ理到るに而も人服せざれば、君子は必ず自ら反みる。我先づ服して、而る後人之に服せばなり。

(193)  禹(う)ハ聞ケバ二善言(ぜんげん)ヲ一、則(すなは)チ拜(はい)ス。中心(ちゆうしん)感悦(かんえつ)シテ、自然(しぜん)ニ能(よ)ク如(ごと)シレ此(か)クノ。拜(はい)ノ字、最モ善(よ)ク状(あらは)セリ。猶(な)ホシ レ言フガ二膝(ひざ)ノ不シテレ覺(おぼ)エ屈(くつ)スト一。
禹聞善言、則拜。中心感悦、自然能如此。拜字、最善状。猶言膝不覺屈。
禹は善言を聞けば、則ち拜す。中心感悦して、自然に能く此くのごとし。拜の字、最も善く状せり。猶ほ膝の覺えずして屈すと言ふがごとし。

(194)  人心(じんしん)ハ惟(こ)レ危(あやふ)ケレバ、則(すなは)チ堯舜(げうしゆん)ノ之心モ、即(すなは)チ桀紂ナリ矣。道心(だうしん)ハ惟レ微(かす)カナレバ、則チ桀紂ノ之心モ、即チ堯舜ナリ矣。
人心惟危、則堯舜之心、即桀紂矣。道心惟微、則桀紂之心、即堯舜矣。
人心は惟れ危ければ、則ち堯舜の心も、即ち桀紂なり。道心は惟れ微かなれば、則ち桀紂の心も、即ち堯舜なり。

(195)  水氣(すゐき)結(むす)ンデ爲(な)ル二魚鼈(ぎよべつ)ト一。魚鼈ハ即(すなは)チ水(みづ)ナリ也。而(しか)レドモ魚鼈ハ不三自(みづか)ラ知ラ二其ノ爲(た)ルヲ一レ水。山氣(さんき)結ンデ爲リ二禽獸(きんじう)ト一、爲ル二草木(さうもく)ト一。禽獸・草木ハ、即チ山(やま)ナリ也。而レドモ禽獸・草木ハ不三自ラ知ラ二其ノ爲ルヲ一レ山。地氣(ちき)ノ之精英(せいえい)結ンデ爲ルレ人ト。人ハ即チ地(ち)ナリ也。而レドモ人ハ不三自ラ知ラ二其ノ爲ルヲ一レ地。
水氣結爲魚鼈。魚鼈即水也。而魚鼈不自知其爲水。山氣結爲禽獸、爲草木。禽獸・草木、即山也。而禽獸・草木不自知其爲山。地氣之精英結爲人。人即地也。而人不自知其爲地。
水氣結んで魚鼈と爲る。魚鼈は即ち水なり。而れども魚鼈は自ら其の水たるを知らず。山氣結んで禽獸と爲り、草木と爲る。禽獸・草木は、即ち山なり。而れども禽獸・草木は自ら其の山たるを知らず。地氣の精英結んで人と爲る。人は即ち地なり。而れども人は自ら其の地たるを知らず。

(196)  人ト與(と)二萬物(ばんぶつ)一、畢竟(ひつきよう)不レ能(あた)ハレ離(はな)ルヽコトレ地ヲ。人ト物ト皆(みな)地ナリ也。今試(こゝろ)ミニ且(しばら)ク游(あそ)バセ二心ヲ六合(りくがふ)ノ外(そと)ニ一、以(もつ)テ俯(ふ)-二瞰(かん)セバ世界ヲ一、但(た)ダ見ルノミニテ三世界ノ如(ごと)キヲ二一彈丸(いちだんがん)・黒子(こくし)ノ一、而(しか)モ人ト物トハ不ランレ可(べ)カラレ見ル。於(おい)テレ是(こゝ)ニ思察(しさつ)ス、此(こ)ノ中(うち)ニ有リ二川海(せんかい)一、有リ二山嶽(さんがく)一、有リ二禽獸(きんじう)・草木(さうもく)一、有リ二人類(じんるゐ)一、渾然(こんぜん)トシテ成(な)スヲ二此ノ一彈丸ヲ一。着想(ちやくさう)到(いた)レバレ此(こゝ)ニ、乃(すなは)チ知ル二人ト物トノ之爲(た)ルヲ一レ地。
人與萬物、畢竟不能離地。人物皆地也。今試且游心六合外、以俯瞰世界、但見世界如一彈丸・黒子、而人物不可見。於是思察、此中有川海、有山嶽、有禽獸・草木、有人類、渾然成此一彈丸。着想到此、乃知人物之爲地。
人と萬物と、畢竟地を離るゝこと能はず。人と物と皆地なり。今試みに且く心を六合の外に游ばせ、以て世界を俯瞰せば、但だ世界の一彈丸・黒子のごときを見るのみにて、而も人と物とは見るべからざらん。是に於て思察す、此の中に川海有り、山嶽有り、禽獸・草木有り、人類有り、渾然として此の一彈丸を成すを。着想此に到れば、乃ち人と物との地たるを知る。

(197)  此(こ)ノ心(こゝろ)ハ靈昭(れいせう)不昧(ふまい)、衆理(しゆうり)具(そなは)リ、萬事(ばんじ)出(い)ヅ。果(はた)シテ何(いづ)レ從(よ)リシテ而得(え)タルレ之(これ)ヲ。吾(わ)ガ生(う)マルヽ之前(さき)、此ノ心放(はう)-二在(ざい)セシ何(いづ)レノ處(ところ)ニ一。吾ガ歿(ぼつ)スル之後(のち)、此ノ心歸(き)-二宿(しゆく)セン何レノ處ニ一。果(はた)シテ有ルカ二生歿(せいぼつ)一歟、無キ歟。着想到(いた)レバレ此ニ、凜凜(りん〳〵)トシテ自(みづか)ラ惕(おそ)ル、吾ガ心ハ即(すなは)チ天ナリ也。
此心靈昭不昧、衆理具、萬事出。果何從而得之。吾生之前、此心放在何處。吾歿之後、此心歸宿何處。果有生歿歟、無歟。着想到此、凜凜自惕、吾心即天也。
此の心は靈昭不昧、衆理具り、萬事出づ。果して何れよりして之を得たる。吾が生まるゝ之前、此の心何れの處に放在せし。吾が歿する之後、此の心何れの處に歸宿せん。果して生歿有るか、無きか。着想此に到れば、凜凜として自ら惕る、吾が心は即ち天なり。

(198)  人ノ所ノレ受(う)クル之氣(き)、其ノ厚薄(こうはく)ノ分數(ぶんすう)ハ、大抵(たいてい)相若(あひし)ク。如(ごと)キ二軀(からだ)ノ之大小(だいせう)、壽(よはひ)ノ之脩短(しうたん)、力(ちから)ノ之強弱(きやうじやく)、心ノ之智愚(ちぐ)ノ一、無シ二大(おほい)ニ相遠(あひとほ)ザカル者一。其(そ)ノ間(かん)ニ有リ二一處(いつしよ)受クルレ厚キヲ者一、皆謂(い)フ二之ヲ非常(ひじやう)ナリト一。非常ナルハ則(すなは)チ姑(しばら)ク置クレ之ヲ。就(つ)キテハレ如(ごと)キニ二常人(じやうじん)ノ一、軀ト與(と)レ壽與レノ力之分數ハ、不レ可カラ二奈(いか)レ之ヲ何(ん)トモス一。獨(ひと)リ至(いた)ツテハ二於心ノ之智愚ニ一、可シ三以テレ學(がく)ヲ而變(へん)-二化(くわ)ス之ヲ一。
故(ゆゑ)ニ博(ひろ)ク學(まな)ビ、審(つまびら)カニ問(と)ヒ、愼(つゝし)ミテ思(おも)ヒ、明(あき)ラカニ辨(べん)ジ、篤(あつ)ク行(おこな)フ、人一(ひと)タビ-二十(と)タビスルニ之ヲ一、己(おのれ)ハ百(もゝ)タビ-二千(ち)タビスレバ之ヲ一、果(はた)シテ能(よ)クセン二此(こ)ノ道(みち)ヲ一矣。雖(いへど)モレ愚(ぐ)ナリト必ズ明(めい)ニ、雖モレ柔(じう)ナリト必ズ強(きやう)ニ、可シ三以テ漸(やうや)ク進ム二於非常ノ之域(ゐき)ニ一。葢(けだ)シ有リ二此(こ)ノ理(ことわり)一矣。但(た)ダ常人(じやうじん)ハ多(おほ)ク遊惰(いうだ)ニシテ、不レ能(あた)ハレ然(しか)スルコト。豈(あ)ニ亦(また)天ノ有ルカ二算籌(さんちう)一歟。
人所受之氣、其厚薄分數、大抵相若。如軀之大小、壽之脩短、力之強弱、心之智愚、無大相遠者。其間有一處受厚者、皆謂之非常。非常則姑置之。就如常人、軀與壽與力之分數、不可奈之何。獨至於心之智愚、可以學而變化之。
故博學、審問、愼思、明辨、篤行、人一十之、己百千之、果能此道矣。雖愚必明、雖柔必強、可以漸進於非常之域。葢有此理矣。但常人多遊惰、不能然。豈亦天有算籌歟。
人の受くる所の氣、其の厚薄の分數、大抵相若く。軀の大小、壽の脩短、力の強弱、心の智愚のごとき、大に相遠ざかる者無し。其の間に一處厚きを受くる者有り、皆之を非常なりと謂ふ。非常なるは則ち姑く之を置く。常人のごときに就きては、軀と壽と力との分數は、之を奈何ともすべからず。獨り心の智愚に至つては、學を以て之を變化すべし。
故に博く學び、審かに問ひ、愼みて思ひ、明らかに辨じ、篤く行ふ、人之を一たび十たびするに、己は之を百たび千たびすれば、果して此の道を能くせん。愚なりと雖も必ず明に、柔なりと雖も必ず強に、以て漸く非常の域に進むべし。葢し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして、然すること能はず。豈に亦天の算籌有るか。

(199)  有ルレ名(な)之父(ちゝ)、其ノ子(こ)ノ不ルレ墜(おと)サ二家聲(かせい)ヲ一者鮮(すくな)シ矣。或(あるい)ハ謂(い)フ、世人(せじん)推(すゐ)-二尊(そん)シ其ノ父ヲ一、因(よ)ツテ及(およ)ブ二其ノ子ニ一。爲(た)ルレ子者(もの)、長(ちやう)ジ二於豢養(けんやう)ニ一、且(か)ツ有リレ所レ挾(さしはさ)ム。遂(つひ)ニ養(やう)-二成(せい)ス傲惰(がうだ)ノ之性(せい)ヲ一。故(ゆゑ)ニ多ク不肖(ふせう)ナリト。固(まこと)ニ非(あら)ズレ無キニ二此ノ理(ことわり)一。而(しか)ルニ不二獨(ひと)リ此レノミニアラ一。父既(すで)ニ非常ノ人ナリ。寧(いづく)クンゾ不ランヤ四慮(おもんばかり)ノ及(およ)バ三豫(あらかじ)メ爲(な)スニ二之ガ防(ふせ)ギヲ一。畢竟(ひつきやう)不ルナリレ能(あた)ハレ反(かへり)ミルコトレ之ヲ。葢(けだ)シ亦有ランレ數(すう)矣。試(こゝろ)ミニ思ヘレ之ヲ、就(つ)キテレ如(ごと)キニ二草木(さうもく)ノ一、今年(こんねん)結實(けつじつ)スルコト過(す)グレバレ多(おほ)キニ、則(すなは)チ明年(めいねん)必ズ歉(あきたら)ズ。人家(じんか)乘除(じやうぢよ)ノ之數(すう)モ、亦(また)有ラン二然(しか)ル者一。
有名之父、其子不墜家聲者鮮矣。或謂、世人推尊其父、因及其子。爲子者、長於豢養、且有所挾。遂養成傲惰之性。故多不肖。固非無此理。而不獨此。父既非常人。寧不慮及豫爲之防。畢竟不能反之。葢亦有數矣。試思之、就如草木、今年結實過多、則明年必歉。人家乘除之數、亦有然者。
名有る父、其の子の家聲を墜さざる者鮮し。或は謂ふ、世人其の父を推尊し、因つて其の子に及ぶ。子たる者、豢養に長じ、且つ挾む所有り。遂に傲惰の性を養成す。故に多く不肖なりと。固に此の理無きに非ず。而るに獨り此れのみにあらず。父既に非常の人なり。寧くんぞ慮の豫め之が防ぎを爲すに及ばざらんや。畢竟之を反みること能はざるなり。葢し亦數有らん。試みに之を思へ、草木のごときに就きて、今年結實すること多きに過ぐれば、則ち明年必ず歉ず。人家乘除の數も、亦然る者有らん。

(200)  人罹(かゝ)レバ二烖患(さいくわん)ニ一、禱(いの)リ二鬼神(きしん)ニ一以テ禳(はら)フレ之ヲ。苟(いやし)クモ以テレ誠(まこと)ヲ禱ラバ、或(あるい)ハ可シ二以テ得(う)一レ驗(しるし)ヲ。然(しか)レドモ猶(な)ホ惑(まど)ヘルナリ也。凡(およ)ソ天來(てんらい)ノ之禍福(かふく)ハ、有リテレ數(すう)、不レ可カラ二趨避(すうひ)ス一、又不レ能(あた)ハ二趨避スル一。鬼神ノ之力(ちから)ハ、縦(たと)ヒ能(よ)ク一時(いちじ)禳フモレ之ヲ、而(しか)モ有ルレ數之禍(わざは)ヒハ、竟(つひ)ニ不レ能ハレ免(まぬか)ルヽコト。天必ズ以テ二他ノ禍ヒヲ一博(ひろ)ムレ之ヲ。譬(たと)ヘバ如シ三頭目(とうもく)ノ之疾(やまひ)、移(うつ)スガ二諸(これ)ヲ腹背(ふくはい)ニ一。何(なん)ノ益(えき)カ之(これ)有ラン。故(ゆえ)ニ君子(くんし)ハ順(したが)ヒテ受ク二其ノ正(せい)ヲ一。
人罹烖患、禱鬼神以禳之。苟以誠禱、或可以得驗。然猶惑也。凡天來之禍福、有數、不可趨避、又不能趨避。鬼神之力、縦能一時禳之、而有數之禍、竟不能免。天必以他禍博之。譬如頭目之疾、移諸腹背。何益之有。故君子順受其正。
人烖患に罹れば、鬼神に禱り以て之を禳ふ。苟くも誠を以て禱らば、或は以て驗を得べし。然れども猶ほ惑へるなり。凡そ天來の禍福は、數有りて、趨避すべからず、又趨避する能はず。鬼神の力は、縦ひ能く一時之を禳ふも、而も數有る之禍ひは、竟に免るゝこと能はず。天必ず他の禍ひを以て之を博む。譬へば頭目の疾、諸を腹背に移すがごとし。何の益か之有らん。故に君子は順ひて其の正を受く。
(151)
○ 畜-内に蓄積すること。
○ 愼獨-独りを慎むこと。人が見ていなくとも行いを正すこと。
○ 着意-著意に同じ。用心・注意すること。
○ 改容-姿勢を正す、真面目な顔になる。
○ 恪謹-恪も謹も「慎む」こと。

(152)
○ 夢寐中-睡眠中。

(154)
○ 截斷-切断。

(155)
○ 周公曰・・・-『書経』周書「洛誥」による。
○ 百辟-辟は「君」の意。諸侯。
○ 享-貢ぎ物や供え物。またそれを受納すること。不享は底意があり、受け取るべきでない献納物。
○ 既已-とうに~してしまっている。
○ 道破-言い尽くす。「破」は強意の助字。「説破・論破・喝破・看破・読破・踏破」等。

(156)
○ 精明-純粋で澄明な状態。国文にも「清明」という概念語がある。

(157)
○ 脩己・・・-「子路問君子。子曰、脩己以敬。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安人。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安百姓。脩己以安百姓、堯舜其猶病諸。」(『論語』憲問篇)
○ 壹に-ひとえに。
○ 流注-注ぎ入る。

(158)
○ 錯認-誤って捉える、誤解する。
○ 放在-放置。
○ 累-煩い、禍、迷惑。
○ 氣血-気力と体力。生命力。東洋医学の語。

(159)
○ 灑落-洒落。さっぱりとしたところ。
○ 爾く-そのように。「徒爾(いたづら)に」「徒爾として」とも訓める。
○ 趦趄-たちもとおる。ぐずぐずと逡巡する。原文「趦」を「走繞+只」に作る。
○ 甚事-何事。

(160)
○ 虚明-虚心坦懐で明朗なこと。
○ 神光-精神の輝き。
○ 四發-四方に発揮される。

(162)
○ 牀笫-寝台と簀子。閨房の事。原文「牀第」。
○ 耗す-減衰する。

(163)
○ 不可-よくない、できない。
○ 滛欲-性欲。
○ 規む-戒める。

(164)
○ 焚溺-焼いたり、溺れさせたりする。
○ 男女-男女の交合。
○ 戕害-傷害。

(165)
○ 標榜門戸-自己流を掲げて子弟から束脩をとる。
○ 人欲之私-我欲。

(166)
○ 釋-仏教徒、僧侶。

(167)
○ 祇に-ちょうど、ただ~だけ。
○ 躬自ら謗る-自身の愚眛を曝け出す。

(168)
○ 泰西-西洋。極東の対。
○ 機-機運。
○ 窮理-物事の道理を窮めること。「窮理盡情、以至於命。」(『周易』説卦伝)。
○ 奇技婬巧-風変わりでいかがわしい技巧。
○ 奢侈-新たな機械技術の導入等を指すか。
○ 駸駸然-物事が馬の歩みのようにずんずん進んでいく貌。
○ 婬聲美色-目に鮮やかなだけで、人を堕落させる誘惑。そのようなものとして冷静に受け止め、自分を見失わないようにすべきことをいう。

(169)
○ 易傳-ここは『周易』説卦伝を指す。
○ 理于義-正しい筋道を明らかにする。
○ 命-天命。
○ 徇外逐物-我以外の外物の理を考察の対象にすること。
○ 歐邏巴人-ここはオランダ人、ポルトガル人等を指しているか。
○ 可乎-果たしてそれでよいのか。

(170)
○ 俯仰-上下を見る。
○ 和燠-温和。
○ 宣化-徳化を施す。万物を守り育てる。
○ 膏澤-恵み。
○ 凛然-身が引き締まるさま。
○ 不遷-どっしりとして動かない。
○ 谿壑-谷川。
○ 元氣-天上の雲気。
○ 斡旋-巡る。循環する。
○ 所謂天道至敎-「天道至教、聖人至德。」(『礼記』礼器)。

(171)
○ 交易・變易-易による事象変化の捉え方。

(172)
○ 文治-教育や法律で世を治めること。
○ 守成-創業の対。業を後継して基盤を固めること。

(173)
○ 食貨-食料と貨財。経済。
○ 遺策-失策。
○ 市廛-町家、市街。廛は宅地、店の意。
○ 尺地-わずかな土地。
○ 寘署-役所を設置する。ここでは造幣所など。
○ 財帑-金蔵。
○ 致す-ここまでに至らせる。
○ 不特・不翅-ただ~だけではない。
○ 繁衍-激増。
○ 逐年-毎年。
○ 世道-世を導くこと。
○ 諉す-かこつける、責任を帰する、任せる。
○ 方-方策。
○ 食之者寡・・・-「生財有大道。生之者衆、食之者寡、為之者疾、用之者舒、則財恒足矣。」(『大学』)。
○ 得宜-ちょうど良いこと。適切であること。
○ 士民-士庶。官吏と平民。

(174)
○ 小知-理解の程度が浅い。
○ 識る-見分ける、交際する。
○ 比屋可封-どの家も領地を与えて取り立てることができる。
○ 唐虞-堯舜。
○ 皡皡-ゆったり落ち着いている貌。「王者之民、皡皡也。」(『孟子』尽心上)。

(175)
○ 方以類聚・・・-仲間。「方以類聚、物以群分、吉凶生矣。」(『易経』繋辞上)。
○ 人主-当時の「国」の意識は恐らく藩が中心だったと思われる。以下、欧陽脩「朋党論」を踏まえる。
○ 朋黨-派閥。一味。

(176)
○ 聰明睿知-「唯天下至聖、為能聰明睿知、足以有臨也。」(『中庸』)。「一有聰明睿智能盡其性者出於其閒、則天必命之以為億兆之君師。」(朱熹『大學章句序』)
○ 誥命-君命。
○ 五倫之目-父子・君臣・夫婦・長幼・朋友。「父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信。」(『孟子』滕文公上)。
○ 悞る-間違っている。

(177)
○ 敎養-教え導くこと、養い育むこと。君主が人民に対する仕方を天地陰陽の観点から分けたか。
○ 乾道・・・-「乾道成男、坤道成女、乾知大始、坤作成物。」(『易経』繋辞上)。

(178)
○ 虚實-虚証と実証。漢方で体質を診る観点。
○ 劑を投ず-投薬する。

(180)
○ 氣機-目に見えない働き。心の動き。
○ 駕馭-統御。操縦。〔同〕駕御
○ 向背-従うことと背くこと。付くことと離れること。
○ 爲得-うまくやったと判断する。

(181)
○ 幾-機。時期、機会。

(182)
○ 挾む-はさみ持つ、腹蔵する、介在する。
○ 做す-做は音「サ」。作の俗字。
○ 暢ぶ-意味がよく通る。〔例〕流暢・暢達。

(183)
○ 責其志-学ぶ者の志を追及する。問い質す。
○ 聒聒-やかましく、騒がしく。ああだこうだと。

(184)
○ 餒う-「餒」(音「ダイ」)は飢える、腐る意。『孟子』の訓読も「うう」だが、「くさる(あざる)」でもよいか。「敢問何謂浩然之氣。曰難言也。其為氣也、至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之閒。其為氣也、配義與道、無是餒也。是集義所生者、非義襲而取之也。行有不慊於心、則餒矣。」(『孟子』公孫丑上)。

(187)
○ 序-順序次第。

(188)
○ 速く-招く。呼び寄せる。「去順效逆、所以速禍也。」(『左伝』隠公三年)
○ 禍自口出・・・-「病從口入、患自口出。」(晋・傅玄『傅子』補遺上)。

(189)
○ 敖不可長・・・-「敖不可長、欲不可從、志不可滿、樂不可極。」(『礼記』曲礼上)。
○ 敖惰-「所謂齊其家在修其身者。人之其所親愛而辟焉、之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。」(『大学』)。「之」は「おイテ」と訓む。「辟」は「偏」の意。荻生徂徠『大学解』に「敖惰或疑其爲凶德。」とあるという。

(190)
○ 枚乘-前漢の辞賦家。引用文は「上書諫呉王」(『文選』)。
○ 薛文靖-薛瑄(せつせん)。明の朱子学者。号敬軒、諡号文「清」公。『読書録』『文清公従政名言』等。

(191)
○ 游藝之訓-「子曰、志於道、據於德、依於仁、游於藝。」(『論語』述而篇)。
○ 博奕・・・-「子曰、飽食終日、無所用心、難哉。不有博奕者乎。爲之猶賢乎已。」(『論語』陽貨篇)。

(192)
○ 自反-「有人於此、其待我以橫逆、則君子必自反也。我必不仁也、必無禮也、此物奚宜至哉。其自反而仁矣、自反而有禮矣、其橫逆由是也、君子必自反也。我必不忠、自反而忠矣、其橫逆由是也。」(『孟子』離婁下)。

(193)
○ 禹・・・-「子路人告之以有過則喜。禹聞善言則拜。」(『孟子』公孫丑上)。
○ 中心-衷心。「以力服人者、非心服也、力不贍也。以德服人者、中心悅而誠服也。」(『孟子』公孫丑上)。

(194)
○ 人心惟危・・・-「人心惟危、道心惟微、惟精惟一、允執厥中。」(『書経』大禹謨)。

(195)
○ 魚鼈-魚類。
○ 禽獸-鳥獣。動物。畜生。

(196)
○ 黒子-ほくろ。
○ 於是-そこで、従って。

(197)
○ 靈昭不昧-「天命之性、粹然至善、其靈昭不昧者、此其至善之發見、是乃明德之本體、而即所謂良知也。」(王陽明『大学問』)。「虚靈不昧、衆理具而萬事出。心外無理、心外無事。」(同『伝習録』)
○ 惕る-恐れ慎む。

(198)
○ 分數-分配量、天分。
○ 脩短-長短。
○ 不可奈之何-これをどうすることもできない。
○ 博學・・・-「博學之、審問之、慎思之、明辨之、篤行之。(中略)人一能之己百之、人十能之己千之。果能此道矣、雖愚必明、雖柔必強。」(『中庸』)。
○ 豈亦-いったい~であろうか。それともまた~なのであろうか。ここでは疑問、疑問推量の用法。
○ 算籌-算木。籌策、はかりごと。

(199)
○ 家聲-一家の評判。
○ 推尊-高く評価する。尊重する。
○ 豢養-餌を与えて養うこと。ちやほやすること。
○ 挾む-腹蔵する。ここでは、内心得意になる意。
○ 遂に-そうして、その勢いで。
○ 不肖-親に似ない愚か者。「肖」は似る、似せる、象る意。
○ 數-定まった条理。運命。
○ 不歉-数が足りない。食べ物が足りない。
○ 乘除-良くなったり悪くなったりすること。増減、盛衰、功罪、毀誉等の意があるという。

(200)
○ 烖患-災患。
○ 趨避-逃げのがれする。
○ 不可-~してよい(本来~し得る)ものではない。
○ 不能-~しようとしてできるものでもない。
○ 博之-「之をとる(うく)」とも訓むか。
○ 順ふ-天の定めに従う。「莫非命也、順受其正。」(『孟子』尽心上)

(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)