言志録 (佐藤一齋) (5) 201-245/245章
 

言志録(げんしろく)

(201)  吉凶(きつきよう)ハ、以テレ理(り)ヲ言(い)ヘバレ之ヲ、君子ハ常(つね)ニ吉(きつ)ニシテ、小人(せうじん)ハ常ニ凶(きよう)ナリ。以テレ氣(き)ヲ言ヘバレ之ヲ、有リ二流行(りうかう)一、有リ二對待(たいたい)一。如(ごと)キハ二盛衰(せいすゐ)迭(たが)ヒニ至(いた)ルガ一、是(こ)レ流行ナリ也。憂樂(いうらく)相耦(あひぐう)スルハ、是レ對待ナリ也。
吉凶、以理言之、君子常吉、小人常凶。以氣言之、有流行、有對待。如盛衰迭至、是流行也。憂樂相耦、是對待也。
吉凶は、理を以て之を言へば、君子は常に吉にして、小人は常に凶なり。氣を以て之を言へば、流行有り、對待有り。盛衰迭ひに至るがごときは、是れ流行なり。憂樂相耦するは、是れ對待なり。

(202)  天下(てんか)ノ之憂(うれ)ヒ、集(あつ)マルハ二於一身(いつしん)ニ一、非(あら)ザルカレ凶(きよう)ニ乎。天下ノ之樂(たの)シミ、歸(き)スルハ二於一身ニ一、非ザルカレ吉(きつ)ニ乎。享(う)クル二天下ノ之樂シミヲ一者(もの)、必ズ任(にん)ズレバ二天下ノ之憂(うれ)ヘニ一、則(すなは)チ吉凶(きつきよう)果(はた)シテ何(なん)ノ所アルカレ定(さだ)マル歟。召公(せうこう)云(いは)ク、無クレ疆(かぎり)惟(こ)レ休(よ)ク、亦(また)無クレ疆惟レ恤(うれ)フト。
天下之憂、集於一身、非凶乎。天下之樂、歸於一身、非吉乎。享天下之樂者、必任天下之憂、則吉凶果何所定歟。召公云、無疆惟休、亦無疆惟恤。
天下の憂ひ、一身に集まるは、凶に非ざるか。天下の樂しみ、一身に歸するは、吉に非ざるか。天下の樂しみを享くる者、必ず天下の憂ヘに任ずれば、則ち吉凶果して何の定まる所あるか。召公云く、疆無く惟れ休く、亦疆無く惟れ恤ふと。

(203)  乾(けん)ハ以(もつ)テレ易(い)ヲ知(つかさど)ルトハ、良知(りやうち)ナリ也。坤(こん)ハ以テレ簡(かん)ヲ能(よ)クストハ、良能(りやうのう)ナリ也。乾坤(けんこん)ハ統ベラル二於太極(たいきよく)ニ一。知(ち)・能(のう)ハ一(いつ)ナリ也。
乾以易知、良知也。坤以簡能、良能也。乾坤統於太極。知・能一也。
乾は易を以て知るとは、良知なり。坤は簡を以て能くすとは、良能なり。乾坤は太極に統べらる。知・能は一なり。

(204)  看來(みきた)レバ、宇宙内(うちうない)ノ事、曷(なん)ゾ嘗(かつ)テ有ランレ惡(あく)。有ル二過不及(かふきふ)一處(ところ)、即(すなは)チ是(こ)レ惡ナリ。看來レバ、宇宙内ノ事、曷ゾ嘗テ有ランレ善(ぜん)。無キ二過不及一處、即チ是レ善ナリ。
看來、宇宙内事、曷嘗有惡。有過不及處、即是惡。看來、宇宙内事、曷嘗有善。無過不及處、即是善。
看來れば、宇宙内の事、曷ぞ嘗て惡有らん。過不及有る處、即ち是れ惡なり。看來れば、宇宙内の事、曷ぞ嘗て善有らん。過不及無き處、即ち是れ善なり。

(205)  萬物(ばんぶつ)ハ相待(あひま)チテ爲(な)シレ用(よう)ヲ、不レ能(あた)ハ二相兼(あひか)ヌル一。是(こ)レモ亦(また)其ノ所(ゆゑ)-三以(ん)ナリ爲(な)ス二一體(いつたい)ヲ一。
萬物相待爲用、不能相兼。是亦其所以爲一體。
萬物は相待ちて用を爲し、相兼ぬる能はず。是れも亦其の一體を爲す所以なり。

(206)  形質(けいしつ)相似(あひに)タル者ハ、氣性(きしやう)モ亦(また)相類(あひるゐ)ス。人ト與(と)レ物皆然(しか)リ。
形質相似者、氣性亦相類。人與物皆然。
形質相似たる者は、氣性も亦相類す。人と物と皆然り。

(207)  相(さう)ノ法(ほふ)非(あら)ズレ没(な)キニ二道理(だうり)一。然(しか)レドモ其ノ惑(まど)ハスコトレ人ヲ不レ尠(すくな)カラ。故(ゆゑ)ニ君子(くんし)ハ不ルナリレ爲(な)サ也。荀卿(じゆんけい)ノ非相(ひさう)、言(げん)ハ雖(いへど)モ二武斷(ぶだん)ナリト一、而亦(また)説破(せつぱ)スルコト痛快(つうくわい)ナリ。
相法非没道理。然其惑人不尠。故君子不爲也。荀卿非相、言雖武斷、而亦説破痛快。
相の法道理没きに非ず。然れども其の人を惑はすこと尠からず。故に君子は爲さざるなり。荀卿の非相、言は武斷なりと雖も、亦説破すること痛快なり。

(208)  雅樂(ががく)感召(かんせう)ノ之妙(めう)ハ、至(いた)ル二百獸(ひやくじう)率(ひき)ヰテ舞(ま)ヒ、庶尹(しよゐん)允(まこと)ニ諧(やは)ラグニ一。葢(けだ)シ使(し)ム二聽(き)ク者ヲシテ不ラ一レ覺(おぼ)エ二手ノ舞(ま)ヒ足ノ踏(ふ)ムヲ一。何(なん)ゾ曾(かつ)テ思(おも)ハンレ睡(ねむ)リヲ。如(ごと)キモ二鄭(てい)・衛(ゑい)ノ滛哇(いんあい)ナルガ一、亦(また)使ム二人ヲシテ手舞ヒ足踏マ一。故(ゆゑ)ニ足(た)ルノミ三以テ亂(みだ)ルニ二雅樂ヲ一耳。乃(すなは)チ知ル、魏(ぎ)ノ文侯(ぶんこう)ノ聽(き)キテ二古樂(こがく)ヲ一、唯(た)ダ恐(おそ)ルヽハレ臥(ふ)センコトヲ者、恐(おそ)ラクハ已(すで)ニ非(あら)ザルヲ二先王(せんわう)ノ之雅操(がさう)ニ一。
雅樂感召之妙、至百獸率舞、庶尹允諧。葢使聽者不覺手舞足踏。何曾思睡。如鄭・衛滛哇、亦使人手舞足踏。故足以亂雅樂耳。乃知、魏文侯聽古樂、唯恐臥者、恐已非先王之雅操。
雅樂感召の妙は、百獸率ゐて舞ひ、庶尹允に諧らぐに至る。葢し聽く者をして足の踏むを覺えざらしむ。何ぞ曾て睡りを思はん。鄭・衛の滛哇なるがごときも、亦人をして手舞ひ足踏ましむ。故に以て雅樂を亂るに足るのみ。乃ち知る、魏の文侯の古樂を聽きて、唯だ臥せんことを恐るゝは、恐らくは已に先王の雅操に非ざるを。

(209)  雅樂(ががく)ノ秘訣(ひけつ)ハ、在(あ)リ二聲音(せいおん)・節奏(せつさう)ノ之外(ほか)ニ一。尋常(じんじやう)ノ伶工(れいこう)、固(もと)ヨリ不レ及(およ)バレ知ルニ。唯(た)ダ大師(たいし)ノミ或(あるい)ハ可(べ)ケン二與(とも)ニ語(かた)ル一。故(ゆゑ)ニ孔子(こうし)語ルレ之(これ)ト。聖人(せいじん)ハ以テ二天地萬物(ばんぶつ)ヲ一爲(な)ス二一體(いつたい)ト一。故(ゆゑ)ニ其ノ所ノレ作ル之樂(がく)モ、亦(また)自(おの)ヅカラ與(と)二天地一同(おな)ジウスレ流(なが)レヲ。
春氣(しゆんき)始(はじ)メテ至(いた)リ、萬物向(む)カフレ榮(えい)ニ。見ル二諸(これ)ヲ翕如(きふじよ)ニ一。暢茂(ちやうも)條達(でうたつ)シテ、大和(たいくわ)畢(こと〴〵)ク呈(あら)ハル。見ル二諸ヲ純如(じゆんじよ)ニ一。結實(けつじつ)シテ成シレ形ヲ、條理(でうり)明整(めいせい)ナリ。見ル二諸ヲ皦如(けうじよ)ニ一。剥(はく)-二落(らく)シテ於外(そと)ニ一、胎(たい)-二孕(よう)ス於内(うち)ニ一。見ル二諸ヲ繹如(えきじよ)ニ一。葢(けだ)シ其ノ妙(めう)、有ルコト下與(と)二四時(しいじ)一合(がつ)スル二其ノ序(じよ)ヲ一者上、如(ごと)シレ是(か)クノ。唯(た)ダ夫子(ふうし)ノミ能(よ)ク知ルレ之ヲ。故(ゆゑ)ニ語(かた)リテ以テ洩(も)ラス二其ノ秘(ひ)ヲ一。
不ンバレ然(しか)ラ、大師(たいし)ハ既(すで)ニ是(こ)レ大師ナリ矣。聲音(せいおん)・節奏(せつそう)ハ、彼(かれ)ノ所ナレバ二熟講(じゆくかう)スル一、雖(いへど)モ二夫子(ふうし)ト一、烏(いづ)クンゾ能(よ)ク倒(さかしま)ニ誨(をし)エンヤレ之ニ邪。
雅樂秘訣、在聲音・節奏之外。尋常伶工、固不及知。唯大師或可與語。故孔子語之。聖人以天地萬物爲一體。故其所作之樂、亦自與天地同流。
春氣始至、萬物向榮。見諸翕如。暢茂條達、大和畢呈。見諸純如。結實成形、條理明整。見諸皦如。剥落於外、胎孕於内。見諸繹如。葢其妙、有與四時合其序者、如是。唯夫子能知之。故語以洩其秘。
不然、大師既是大師矣。聲音・節奏、彼所熟講、雖夫子、烏能倒誨之邪。
雅樂の秘訣は、聲音・節奏の外に在り。尋常の伶工、固より知るに及ばず。唯だ大師のみ或は與に語るべけん。故に孔子之と語る。聖人は天地萬物を以て一體と爲す。故に其の作る所の樂も、亦自づから天地と流れを同じうす。
春氣始めて至り、萬物榮に向かふ。諸を翕如に見る。暢茂條達して、大和畢く呈はる。諸を純如に見る。結實して形を成し、條理明整なり。諸を皦如に見る。外に剥落して、内に胎孕す。諸を繹如に見る。葢し其の妙、四時と其の序を合する者有ること、是くのごとし。唯だ夫子のみ能く之を知る。故に語りて以て其の秘を洩らす。
然らずんば、大師は既に是れ大師なり。聲音・節奏は、彼の熟講する所なれば、夫子と雖も、烏くんぞ能く倒に之に誨えんや。

(210)  須(すべか)ラクシ レ知ル二親ノ在(いま)スル時、親ノ身(み)ハ即(すなは)チ吾(わ)ガ身ナルコトヲ一。親ノ沒(ぼつ)スル後(のち)、吾ガ身ハ即チ親ノ身ナレバ、則(すなは)チ自(おの)ヅカラ不レ得レ不ルヲ下以テ二自(みづか)ラ愛スル之心ヲ一愛(あい)シレ親ヲ、以テ二敬(けい)スルレ親ヲ之心ヲ一自(みづか)ラ敬セ上。
須知親在時、親身即吾身。親沒後、吾身即親身、則自不得不以自愛之心愛親、以敬親之心自敬。
須らく親の在する時、親の身は即ち吾が身なることを知るべし。親の沒する後、吾が身は即ち親の身なれば、則ち自づから自ら愛する之心を以て親を愛し、親を敬する之心を以て自ら敬せざるを得ず。

(211)  吾(われ)靜夜(せいや)獨(ひと)リ思フ、吾(わ)ガ軀(からだ)ノ一毛(いちまう)一髪(いつぱつ)、一喘(いちぜん)一息(いつそく)、皆父母(ふぼ)ナリ也。一視(いつし)一聽(いつちやう)、一寢(いつしん)一食(いつしよく)、皆父母ナリ也。既(すで)ニ知リ三吾ガ軀ノ之爲(た)ルヲ二父母一、又知レバ三我ガ子ノ之爲ルヲ二吾ガ軀一、則(すなは)チ推(お)シテ而上(あ)グルニレ之ヲ、祖曾高(そそうかう)モ無キナリレ非(あら)ザルレ我(われ)ニ也。逓(てい)シテ而下(さ)グルニレ之ヲ、孫曾玄(そんそうげん)モ無キナリレ非ザルレ我ニ也。聖人(せいじん)ハ親(した)シクス二九族(きうぞく)ヲ一。其(そ)ノ起(お)コル二念頭(ねんたう)ニ一處(ところ)、葢(けだ)シ在(あ)リレ此(こゝ)ニ。
吾靜夜獨思、吾軀一毛一髪、一喘一息、皆父母也。一視一聽、一寢一食、皆父母也。既知吾軀之爲父母、又知我子之爲吾軀、則推而上之、祖曾高無非我也。逓而下之、孫曾玄無非我也。聖人親九族。其起念頭處、葢在此。
吾靜夜獨り思ふ、吾が軀の一毛一髪、一喘一息、皆父母なり。一視一聽、一寢一食、皆父母なり。既に吾が軀の父母たるを知り、又我が子の吾が軀たるを知れば、則ち推して之を上ぐるに、祖曾高も我に非ざる無きなり。逓して之を下ぐるに、孫曾玄も我に非ざる無きなり。聖人は九族を親しくす。其の念頭に起こる處、葢し此に在り。

(212)  體膚(たいふ)ノ垢汚(こうお)、化(くわ)シテ爲(な)ル二蟣蝨(きしつ)ト一。不レ得(え)レ不ルヲ二刷除(さつぢよ)セ一。又思(し)-三念(ねん)スルニ此(こ)ノ物モ亦(また)爲(た)ルヲ二吾(わ)ガ皮毛(ひまう)ノ之末(すゑ)ニ所一レ生(しやう)ズル、猶(な)ホ不レ忍(しの)ビレ殺(ころ)スニ。大人(たいじん)ノ之心ハ、以テ二天地萬物(ばんぶつ)ヲ一爲(な)ス二一體(いつたい)ト一。其ノ恤(あはれ)ミレ刑(けい)ヲ愼(つゝし)ムモレ罰(ばつ)ヲ、即(すなは)チ是(こ)レ與(と)二此(こ)ノ念頭(ねんたう)一一般(いつぱん)ナリ。
體膚垢汚、化爲蟣蝨。不得不刷除。又思念此物亦爲吾皮毛之末所生、猶不忍殺。大人之心、以天地萬物爲一體。其恤刑愼罰、即是與此念頭一般。
體膚の垢汚、化して蟣蝨と爲る。刷除せざるを得ず。又此の物も亦吾が皮毛の末に生ずる所たるを思念するに、猶ほ殺すに忍びず。大人の心は、天地萬物を以て一體と爲す。其の刑を恤み罰を愼むも、即ち是れ此の念頭と一般なり。

(213)  深夜(しんや)獨(ひと)リ坐(ざ)ス二闇室(あんしつ)ニ一。群動(ぐんだう)皆息(や)ミ、形影(けいえい)倶(とも)ニ泯(ほろ)ブ。於(おい)テレ是(こゝ)ニ反觀(はんくわん)スルニ、但(た)ダ覺ユ三方寸(はうすん)ノ内(うち)有ルヲ二烱然(けいぜん)トシテ自(おの)ヅカラ照(て)ラス者一。恰(あたか)モ如(ごと)シ三一點(いつてん)ノ燈火(とうくわ)ノ照(しよう)-二破(は)スルガ闇室ヲ一。認(みと)メ得(え)タリ、此(こ)レ正(まさ)ニ是(こ)レ我(わ)ガ神光(しんくわう)靈昭(れいせう)ノ本體(ほんたい)ニシテ、性命(せいめい)ハ即(すなは)チ此ノ物、道德(だうとく)モ即チ此ノ物ナルヲ。至(いた)ルモ二於中和(ちゆうくわ)位育(ゐいく)ニ一、亦(また)只(た)ダ是(こ)レ此(こ)ノ物ノ光輝(くわうき)ノ充(じゆう)-二塞(そく)スル宇宙(うちう)ニ一處(ところ)ナリ。
深夜獨坐闇室。群動皆息、形影倶泯。於是反觀、但覺方寸内有烱然自照者。恰如一點燈火照破闇室。認得、此正是我神光靈昭本體、性命即此物、道德即此物。至於中和位育、亦只是此物光輝充塞宇宙處。
深夜獨り闇室に坐す。群動皆息み、形影倶に泯ぶ。是に於て反觀するに、但だ方寸の内烱然として自づから照らす者有るを覺ゆ。恰も一點の燈火の闇室を照破するがごとし。認め得たり、此れ正に是れ我が神光靈昭の本體にして、性命は即ち此の物、道德も即ち此の物なるを。中和位育に至るも、亦只だ是れ此の物の光輝の宇宙に充塞する處なり。

(214)  孝子(かうし)ハ、即(すなは)チ忠臣(ちゆうしん)ナリ。賢相(けんしやう)ハ、即チ良將(りやうしやう)ナリ。
孝子、即忠臣。賢相、即良將。
孝子は、即ち忠臣なり。賢相は、即ち良將なり。

(215)  事(つか)ヘテレ君(きみ)ニ不ルハレ忠(ちゆう)ナラ、非(あら)ザルナリレ孝(かう)ニ也。戰陳(せんぢん)ニ無キハレ勇(ゆう)、非ザルナリレ孝ニ也。曾子(そうし)ハ孝子(かうし)ナリ。其(そ)ノ言(げん)如(ごと)シレ此(か)クノ。彼(か)ノ謂(い)フ三忠(ちゆう)・孝(かう)ハ不ト二兩(ふたつなが)ラ全(まつた)クセ一者ハ、世俗(せぞく)ノ之見(けん)ナリ也。
事君不忠、非孝也。戰陳無勇、非孝也。曾子孝子。其言如此。彼謂忠・孝不兩全者、世俗之見也。
君に事へて忠ならざるは、孝に非ざるなり。戰陳に勇無きは、孝に非ざるなり。曾子は孝子なり。其の言此くのごとし。彼の忠・孝は兩ら全くせずと謂ふ者は、世俗の見なり。

(216)  忍(にん)ノ字(じ)、未(いま)ダレ拔(ぬ)キ-三去(さ)ラ二病根(びやうこん)ヲ一。所(ゆ)ルレ謂(い)ハ克伐(こくばつ)怨欲(ゑんよく)ノ不ルレ行(おこな)ハ者(もの)ナリ也。張公藝(ちやうこうげい)ノ書(しよ)セシハ二百(ひやく)ノ忍字(にんじ)ヲ一、恐(おそ)ラクハ俗見(ぞくけん)ナラン。
忍字、未拔去病根。所謂克伐怨欲不行者也。張公藝書百忍字、恐俗見。
忍の字、未だ病根を拔き去らず。謂はゆる克伐怨欲の行はざる者なり。張公藝の百の忍字を書せしは、恐らくは俗見ならん。

(217)  心(こゝろ)ノ上(うへ)ニ有ルハレ刃(やいば)、忍(にん)ナリ。忍ノ字(じ)ハ、非(あら)ズ二好(よ)キ字面(じづら)ニ一。但(た)ダ借(か)リテ做(な)スハ二喫緊(きつきん)寧耐(ねいたい)ト一可(か)ナリ也。要(えう)スルニ亦(また)非ズ二道ノ之至(いた)レル者ニ一。
心上有刃、忍。忍字、非好字面。但借做喫緊寧耐可也。要亦非道之至者。
心の上に刃有るは、忍なり。忍の字は、好き字面に非ず。但だ借りて喫緊寧耐と做すは可なり。要するに亦道の至れる者に非ず。

(218)  多(おほ)ケレバ二一物(いちぶつ)一、斯(すなは)チ多シ二一事(いちじ)一。多ケレバ二一事一、斯チ多シ二一累(いちるゐ)一。
多一物、斯多一事。多一事、斯多一累。
一物多ければ、斯ち一事多し。一事多ければ、斯ち一累多し。

(219)  衆人(しゆうじん)ノ以テ爲(な)スレ幸(かう)ト者ハ、君子(くんし)或(あるい)ハ以テ爲ス二不幸(ふかう)ト一。君子ノ以テ爲スレ幸ト者ハ、衆人却(かへ)ツテ以テ爲ス二不幸ト一。
衆人以爲幸者、君子或以爲不幸。君子以爲幸者、衆人却以爲不幸。
衆人の以て幸と爲す者は、君子或は以て不幸と爲す。君子の以て幸と爲す者は、衆人却つて以て不幸と爲す。

(220)  私欲(しよく)不レ可(べ)カラレ有ル。公欲(こうよく)不レ可カラレ無カル。無ケレバ二公欲一、則チ不レ能ハレ恕(あは)レムレ人ヲ。有レバ二私欲一、則チ不レ能ハレ仁(めぐ)ムレ物ヲ。
私欲不可有。公欲不可無。無公欲、則不能恕人。有私欲、則不能仁物。
私欲有るべからず。公欲無かるべからず。公欲無ければ、則ち人を恕れむ能はず。私欲有れば、則ち物を仁む能はず。

(221)  因(よ)リテ二民(たみ)ノ義(ぎ)ニ一以テ激(げき)シレ之ヲ、因リ二民ノ欲(よく)ニ一以テ趨(おもむ)カシメバレ之ヲ、則(すなはち)チ民忘レテ二其ノ生(せい)ヲ一、而致(いた)ス二其ノ死ヲ一。是(こ)レ可シ二以テ一戰(いつせん)サン一。
因民義以激之、因民欲以趨之、則民忘其生、而致其死。是可以一戰。
民の義に因りて以て之を激し、民の欲に因り以て之を趨かしめば、則ち民其の生を忘れて、其の死を致さん。是れ以て一戰すべし。

(222)  漸(ぜん)ハ必ズ成(な)シレ事ヲ、惠(けい)ハ必ズ懷(なつ)クレ人ヲ。如(ごと)キ二歴代(れきだい)ノ姦雄(かんゆう)ノ一、有レバ下竊(ぬす)ム二其ノ秘(ひ)ヲ一者上、一時(いちじ)ナルモ亦(また)能(よ)ク遂(と)グレ志(こゝろざし)ヲ。可キノレ畏(おそ)ル之至(いた)リナリ。
漸必成事、惠必懷人。如歴代姦雄、有竊其秘者、一時亦能遂志。可畏之至。
漸は必ず事を成し、惠は必ず人を懷く。歴代の姦雄のごとき、其の秘を竊む者有れば、一時なるも亦能く志を遂ぐ。畏るべきの至りなり。

(223)  匿情(とくじやう)ハ似(に)二愼密(しんみつ)ニ一、柔媚(じうび)ハ似二恭順(きようじゆん)ニ一、剛愎(がうふく)ハ似ル二自信(じしん)ニ一。故(ゆゑ)ニ君子(くんし)ハ惡(にく)ム二似テ而非(ひ)ナル者(もの)ヲ一。
匿情似愼密、柔媚似恭順、剛愎似自信。故君子惡似而非者。
匿情は愼密に似、柔媚は恭順に似、剛愎は自信に似る。故に君子は似て非なる者を惡む。

(224)  惻隱(そくいん)ノ之心偏(へん)スレバ、民(たみ)或(あるい)ハ有リ二溺(おぼ)レテレ愛(あい)ニ殞(おと)スレ身ヲ者一。羞惡(しうお)ノ之心偏スレバ、民或ハ有リ下自(みづか)ラ經(くび)ルヽ二溝瀆(こうとく)ニ一者上。辭讓(じじやう)ノ之心偏スレバ、民或ハ有リ二奔(はし)リ亡(う)セテ風狂(ふうきやう)スル者一。是非(ぜひ)ノ之心偏スレバ、民或ハ有リ二兄弟(けいてい)鬩(せめ)ギレ牆(かき)ニ、父子(ふし)相訟(あひうつた)フル者一。凡(およ)ソ情(じやう)ノ之偏スルハ、雖(いへど)モ二四端(したん)ト一、遂(つひ)ニ陷(おちい)ル二不善(ふぜん)ニ一。故(ゆゑ)ニ學(まな)ンデ以テ致(いた)シ二中和(ちゆうくわ)ヲ一、歸(き)ス三於無(な)キニ二過不及(くわふきふ)一。謂(い)フ二之ヲ復性(ふくせい)ノ之學(がく)ト一。
惻隱之心偏、民或有溺愛殞身者。羞惡之心偏、民或有自經溝瀆者。辭讓之心偏、民或有奔亡風狂者。是非之心偏、民或有兄弟鬩牆、父子相訟者。凡情之偏、雖四端、遂陷不善。故學以致中和、歸於無過不及。謂之復性之學。
惻隱の心偏すれば、民或は愛に溺れて身を殞す者有り。羞惡の心偏すれば、民或は自ら溝瀆に經るゝ者有り。辭讓の心偏すれば、民或は奔り亡せて風狂する者有り。是非の心偏すれば、民或は兄弟牆に鬩ぎ、父子相訟ふる者有り。凡そ情の偏するは、四端と雖も、遂に不善に陷る。故に學んで以て中和を致し、過不及無きに歸す。之を復性の學と謂ふ。

(225)  情(じやう)ノ之本體(ほんたい)ハ、即(すなは)チ性(せい)ナレバ也、則(すなは)チ惡(あく)ノ之本體ハ、即チ善(ぜん)ナリ也。惡モ亦(また)不レ可カラレ不ルレ謂(い)ハ二之ヲ性(せい)ト一。
情之本體、即性也、則惡之本體、即善也。惡亦不可不謂之性。
情の本體は、即ち性なれば、則ち惡の本體は、即ち善なり。惡も亦之を性と謂はざるべからず。

(226)  經(けい)ノ之妙(めう)ナル二於用(よう)ニ一處(ところ)ハ、是(こ)レ權(けん)ナリ。權ノ之定(さだ)マル二於體(たい)ニ一處ハ、是レ經(けい)ナリ。程子(ていし)ノ權ハ只(た)ダ是レ經ノ一句ハ、詮(せん)ズルトコロ極(きは)メテ妙。
經之妙於用處、是權。權之定於體處、是經。程子權只是經一句、詮極妙。
經の用に妙なる處は、是れ權なり。權の體に定まる處は、是れ經なり。程子の權は只だ是れ經の一句は、詮ずるところ極めて妙。

(227)  賞罰(しやうばつ)ハ與(と)レ世(よ)輕重(けいちよう)ス。然(しか)レドモ其(そ)ノ分數(ぶんすう)ノ大略(たいりやく)ハ、十中(じつちゆう)ノ七(しち)ハ賞(しやう)ニシテ、十中ノ三(さん)ハ罰(ばつ)ナルガ、可(か)ナリ也。
賞罰與世輕重。然其分數大略、十中七賞、十中三罰、可也。
賞罰は世と輕重す。然れども其の分數の大略は、十中の七は賞にして、十中の三は罰なるが、可なり。

(228)  孟子(まうし)以テ下急(きふ)ニシ二先務(せんむ)ヲ一、急ニスルヲ中親賢(しんけん)ヲ上、爲(な)ス二堯舜(げうしゆん)ノ之仁智(じんち)ト一。試(こゝろ)ミニ撿(けん)スルニ二二典(にてん)ヲ一、並(なら)ビニ皆前半截(ぜんはんせつ)ハ、是(こ)レ急ニシ二先務ヲ一、後半截(こうはんせつ)ハ、是レ急ニス二親賢ヲ一。
孟子以急先務、急親賢、爲堯舜之仁智。試撿二典、並皆前半截、是急先務、後半截、是急親賢。
孟子先務を急にし、親賢を急にするを以て、堯舜の仁智と爲す。試みに二典を撿するに、並びに皆前半截は、是れ先務を急にし、後半截は、是れ親賢を急にす。

(229)  堯舜(げうしゆん)ノ之上(うへ)、善無シレ盡(つ)クル。責(せ)ムルレ備(そは)ハルヲ之言(げん)ハ、畢竟(ひつきやう)難(かた)キナリ也。必ズ先(ま)ヅ知リ二其ノ人ノ分量(ぶんりやう)ノ所ヲ一レ至(いた)ル、然(しか)ル後(のち)責ムレ備ハルヲ。不ンバレ然(しか)ラ寧(なん)ゾ有ラン二窮極(きゆうきよく)一。
堯舜之上、善無盡。責備之言、畢竟難也。必先知其人分量所至、然後責備。不然寧有窮極。
堯舜の上、善盡くる無し。備はるを責むる之言は、畢竟難きなり。必ず先づ其の人の分量の至る所を知り、然る後備はるを責む。然らずんば寧ぞ窮極有らん。

(230)  坤(こん)厚(あつ)ク載(の)スレ物ヲ。人當(まさ)ニシ レ體(たい)スレ之ヲ。哀(かな)シミレ喪(も)ヲ敬(けい)スルモレ祭(まつ)リヲ、亦(また)自(よ)リ二一ノ厚(こう)ノ字(じ)ノ裏面(りめん)一出來(しゆつたい)ス。
坤厚載物。人當體之。哀喪敬祭、亦自一厚字裏面出來。
坤厚く物を載す。人當に之を體すべし。喪を哀しみ祭りを敬するも、亦一の厚の字の裏面より出來す。

(231)  父母(ふぼ)ノ遺(のこ)セル衣服(いふく)・器玩(きぐわん)、爲(た)ル二子孫(しそん)一者ハ、當(まさ)ニシ 下愛(あい)-二護(ご)シ之(これ)ヲ一、以テ無カル上レ忘(わす)ルヽコト二追慕(つゐぼ)ヲ一。決(けつ)シテ無シ二脱(だつ)シテレ手(て)ヲ贈(おく)ルレ人ニ之理(り)一。今喪家(さうか)分(ぶん)-二贈(ぞう)ス遺物(ゐぶつ)ヲ一。漢土(かんど)モ亦(また)輓近(ばんきん)有リ二孝布(かうふ)・孝帛(かうはく)一。並(なら)ビニ弊俗(へいぞく)ナリ也。金(きん)ノ世宗(せいそう)ノ却(しりぞ)ク二宋(そう)ノ遺物(ゐぶつ)ヲ一、亦(また)有リレ見(けん)。
父母遺衣服・器玩、爲子孫者、當愛護之、以無忘追慕。決無脱手贈人之理。今喪家分贈遺物。漢土亦輓近有孝布・孝帛。並弊俗也。金世宗却宋遺物、亦有見。
父母の遺せる衣服・器玩、子孫たる者は、當に之を愛護し、以て追慕を忘るゝこと無かるべし。決して手を脱して人に贈る之理無し。今喪家遺物を分贈す。漢土も亦輓近孝布・孝帛有り。並びに弊俗なり。金の世宗の宋の遺物を却く、亦見有り。

(232)  能(よ)ク敎(けう)-二育(いく)スルハ子弟(してい)ヲ一、非(あら)ズ二一家(いつか)ノ之私事(しじ)ニ一。是(こ)レ事(つか)フルレ君(きみ)ニ之公事(こうじ)ナリ也。非(あら)ザレバ二事フルレ君ニ之公事ニ一、是レ事フルレ天(てん)ニ之職分(しよくぶん)ナリ也。
能敎育子弟、非一家之私事。是事君之公事也。非事君之公事、是事天之職分也。
能く子弟を敎育するは、一家の私事に非ず。是れ君に事ふる之公事なり。君に事ふる之公事に非ざれば、是れ天に事ふる之職分なり。

(233)  孔門(こうもん)ノ之學(がく)ハ、耑(もつぱ)ラ在(あ)リ二躬行(きゆうかう)ニ一。門人(もんじん)ノ問フ目(もく)、皆擧(あ)ゲテ二己(おのれ)ノ所ヲ一レ當(まさ)ニキ レ爲(な)ス質(たゞ)スレ之ヲ。非(あら)ズレ如(ごと)キニ二後人(こうじん)ノ執(と)リテレ經(けい)ヲ叩問(こうもん)スルガ一。故(ゆゑ)ニ夫子(ふうし)ノ之答(こた)フルモレ之ニ、亦(また)人人(ひと〴〵)異(こと)ナリ。大抵(たいてい)皆矯(た)メレ偏(かたよ)レルヲ救(すく)ヒレ弊(へい)ヲ、裁(た)チレ長(なが)キヲ補(おぎな)ヒレ短(みじか)キヲ、以(もつ)テ歸(き)セシムルノミ二諸(これ)ヲ正(せい)ニ一而已。譬(たと)ヘバ猶(な)ホシ 二良醫(りやうい)ノ對(たい)シテレ症(やまひ)ニ處(しよ)スルガ一レ劑(ざい)ヲ。症(やまひ)ハ人人異ナリ。故(ゆゑ)ニ劑モ亦(また)人人異ナリ。懿子(いし)・武伯(ぶはく)・子游(しいう)・子夏(しか)、所(ところ)レ問(と)フ同(おな)ジウシテ、而答(こた)ヘ各〻(おの〳〵)不ルモレ同ジカラ、亦(また)可シ三以(もつ)テ想(おも)フ二當時(たうじ)ノ之學(がく)ヲ一。
孔門之學、耑在躬行。門人問目、皆擧己所當爲質之。非如後人執經叩問。故夫子之答之、亦人人異。大抵皆矯偏救弊、裁長補短、以歸諸正而已。譬猶良醫對症處劑。症人人異。故劑亦人人異。懿子・武伯・子游・子夏、所問同、而答各不同、亦可以想當時之學。
孔門の學は、耑ら躬行に在り。門人の問ふ目、皆己の當に爲すべき所を擧げて之を質す。後人の經を執りて叩問するがごときに非ず。故に夫子の之に答ふるも、亦人人異なり。大抵皆偏れるを矯め弊を救ひ、長きを裁ち短きを補ひ、以て諸を正に歸せしむるのみ。譬へば猶ほ良醫の症に對して劑を處するがごとし。症は人人異なり。故に劑も亦人人異なり。懿子・武伯・子游・子夏、問ふ所同じうして、答へ各〻同じからざるも、亦以て當時の學を想ふべし。

(234)  經書(けいしよ)ノ文字(もんじ)ハ、以テ二文字ヲ一注(ちゆう)シ-二明(あきら)カニスルモ之ヲ一可(か)ナリ也。意味(いみ)ハ則(すなは)チ當(まさ)ニシ 下以テ二我ガ心ヲ一透入(とうにふ)シテ得(う)上レ之ヲ。畢竟(ひつきやう)不レ能(あた)ハレ着(つ)クル二文字ヲ一。
經書文字、以文字注明之可也。意味則當以我心透入得之。畢竟不能着文字。
經書の文字は、文字を以て之を注し明かにするも可なり。意味は則ち當に我が心を以て透入して之を得べし。畢竟文字を着くる能はず。

(235)  窮(きは)ムルニハレ經(けい)ヲ、須(すべか)ラクシ レ要ス下考(かう)-二據(きよ)シ於此(こ)ノ心ニ一、引(いん)-中證(しよう)スルヲ於此ノ心ニ上。如(も)シ徒(いたづ)ラニ就(つ)キテ二文字(もんじ)ノ上(うへ)ニ一考據・引證シ、輙(すなは)チ謂(い)ハヾ二窮ムルコトレ經ヲ止(とゞ)マレリト一レ此(こゝ)ニ、則(すなは)チ陋(ろう)モ甚(はなは)ダシ。
窮經、須要考據於此心、引證於此心。如徒就文字上考據・引證、輙謂窮經止此、則陋甚。
經を窮むるには、須らく此の心に考據し、此の心に引證するを要すべし。如し徒らに文字の上に就きて考據・引證し、輙ち經を窮むること此に止まれりと謂はゞ、則ち陋も甚だし。

(236)  窮(きは)ムルハレ經(けい)ヲ必ズ有リ二義理・文理湊合(そうがふ)スル處(ところ)一。一(いつ)ニ以テ二吾ガ識(しき)ヲ一斷(だん)ゼバレ之ヲ、斯(すなは)チ爲(な)スレ得(え)タリト。
窮經必有義理・文理湊合處。一以吾識斷之、斯爲得。
經を窮むるは必ず義理・文理湊合する處有り。一に吾が識を以て之を斷ぜば、斯ち得たりと爲す。

(237)  先儒(せんじゆ)ノ經解(けいかい)ノ謬誤(びうご)ハ、不レ得レ不ルヲ二訂正(ていせい)セ一。但(たゞ)シ須(すべか)ラクシ レ出(い)ヅレ於レ不ルニレ得(え)レ已(や)ムヲ。不レ容(まさ)ニカラ レ有ル二好(この)ムレ異(い)ヲ之念(ねん)一。
先儒經解謬誤、不得不訂正。但須出於不得已。不容有好異之念。
先儒の經解の謬誤は、訂正せざるを得ず。但し須らく已むを得ざるに出づべし。容に異を好む之念有るべからず。

(238)  讀書(とくしよ)ノ法(ほふ)ハ當(まさ)ニシ レ師(し)トス二孟子(まうし)ノ三言(さんげん)ヲ一。曰(いは)ク、以テレ意(い)ヲ逆(むか)フレ志(こゝろざし)ヲ。曰ク、不二盡(こと〴〵)クハ信(しん)ゼ一レ書(しよ)ヲ。曰ク、知(し)リレ人ヲ論(ろん)ズトレ世ヲ。
讀書法當師孟子三言。曰、以意逆志。曰、不盡信書。曰、知人論世。
讀書の法は當に孟子の三言を師とすべし。曰く、意を以て志を逆ふ。曰く、盡くは書を信ぜず。曰く、人を知り世を論ずと。

(239)  講(かう)ズルレ經(けい)ヲ之法(ほふ)ハ、要(えう)シ二簡明(かんめい)ナルヲ一、不レ要セ二煩悉(はんしつ)ナルヲ一。要シ二平易(へいい)ナルヲ一、不レ要セ二艱奥(かんあう)ナルヲ一。只(た)ダ須(すべか)ラクキヲ レ使(し)ム三聽(き)ク者ヲシテ得(え)二大意(たいい)ノ分曉(ぶんげう)ナルヲ一可トス也。至リテハ二深(ふか)キ意(い)ノ處(ところ)ニ一、則(すなは)チ畢竟(ひつきやう)非(あら)ズ三口舌(こうぜつ)ノ所ニ二能(よ)ク盡(つく)ス一。但(た)ダ或(あるい)ハ察(さつ)-二識(しき)シ子弟(してい)ノ受(う)クルレ病(やまひ)ヲ處(ところ)ヲ一、間(しばら)ク及(およ)ビ二餘意(よい)ニ一、替(かは)リテ二聖賢(せいけん)ノ口語(こうご)ニ一、一二(いちに)箴砭(しんぺん)シ、使(し)ムルモ二其(そ)レヲシテ頗(すこぶ)ル有ラ一レ所二省悟(せいご)スル一、亦(また)儘(まゝ)好(よ)シ。若(ごと)キハ下夫(か)ノ簸(は)-二弄(ろう)シ口舌ヲ一、縱横(じゆうわう)ニ辨博(べんぱく)シ、使(し)ムルガ中聽(き)ク者ヲシテ解(と)キレ頤(おとがひ)ヲ忘(わす)レ上レ疲(つか)レヲ、則チ非(あら)ズ二講ズルレ經ヲ本意(ほんい)ニ一。
講經之法、要簡明、不要煩悉。要平易、不要艱奥。只須使聽者得大意分曉可也。至深意處、則畢竟非口舌所能盡。但或察識子弟受病處、間及餘意、替聖賢口語、一二箴砭、使其頗有所省悟、亦儘好。若夫簸弄口舌、縱横辨博、使聽者解頤忘疲、則非講經本意。
經を講ずる之法は、簡明なるを要し、煩悉なるを要せず。平易なるを要し、艱奥なるを要せず。只だ須らく聽く者をして大意の分曉なるを得しむべきを可とす。深き意の處に至りては、則ち畢竟口舌の能く盡す所に非ず。但だ或は子弟の病を受くる處を察識し、間く餘意に及び、聖賢の口語に替りて、一二箴砭し、其れをして頗る省悟する所有らしむるも、亦儘好し。夫の口舌を簸弄し、縱横に辨博し、聽く者をして頤を解き疲れを忘れしむるがごときは、則ち經を講ずる本意に非ず。

(240)  不定(ふてい)ニシテ而定(さだ)マル、謂(い)フ二之ヲ无妄(むばう)ト一。宇宙(うちう)ノ間(かん)、唯(た)ダ有リテ二此(こ)ノ活(くわつ)道理(だうり)一充塞(じゆうそく)ス焉。萬物(ばんぶつ)得(え)テレ此(これ)ヲ、以(もつ)テ成(な)ス二其(そ)ノ性(せい)ヲ一。所(ゆ)ルレ謂(い)ハ物(もの)與(したが)フナリ二无妄(むばう)ニ一也。
不定而定、謂之无妄。宇宙間、唯有此活道理充塞焉。萬物得此、以成其性。所謂物與无妄也。
不定にして定まる、之を无妄と謂ふ。宇宙の間、唯だ此の活道理有りて充塞す。萬物此を得て、以て其の性を成す。謂はゆる物无妄に與ふなり。

(241)  物(もの)ハ固(もと)ヨリ活(くわつ)ナリ也、事(こと)モ亦活ナリ也。生(せい)ハ固ヨリ活ナリ也、死(し)モ亦活ナリ也。
物固活也、事亦活也。生固活也、死亦活也。
物は固より活なり、事も亦活なり。生は固より活なり、死も亦活なり。

(242)  天定(てんてい)ノ之數(すう)ハ、不レ能(あた)ハ二移動(いどう)スル一。故(ゆゑ)ニ人生(じんせい)徃徃(わう〳〵)ニシテ負(お)ウテ三其ノ所ヲ二期望(きばう)スル一、而モ趨(おもむ)ク二其ノ所ニ一レ不ル二期望セ一。吾人(ごじん)試(こゝろ)ミニ反(はん)-二顧(こ)セバ過去(くわこ)ノ履歴(りれき)ヲ一可(べ)シレ知ル。
天定之數、不能移動。故人生徃徃負其所期望、而趨其所不期望。吾人試反顧過去履歴可知。
天定の數は、移動する能はず。故に人生徃徃にして其の期望する所を負うて、而も其の期望せざる所に趨く。吾人試みに過去の履歴を反顧せば知るべし。

(243)  世(よ)ニ有リ二君子(くんし)一、有リ二小人(せうじん)一。其(そ)ノ迭(たが)ヒニ相(あひ)消長(せうちやう)スル者(もの)ハ、數(すう)ナリ也。數ノ之所(ゆゑ)-二以(ん)ノ不ル一レ得(え)レ不ルヲレ然(しか)ラ者ハ、即(すなは)チ理(り)ナリ也。理ニ有リ二可キレ測(はか)ル之理一、有リ二不ルレ可カラレ測ル之理一。要(えう)スルニレ之ヲ皆一理(いちり)ナリ也。人ハ當(まさ)ニシ 下安(やす)ンジ二於可キレ測ル之理ニ一、以テ俟(ま)ツ中於不ルレ可カラレ測ル之理ヲ上。是(こ)レ人ノ道ナリ也。即チ天ノ命(めい)ナリ也。
世有君子、有小人。其迭相消長者、數也。數之所以不得不然者、即理也。理有可測之理、有不可測之理。要之皆一理也。人當安於可測之理、以俟於不可測之理。是人道也。即天命也。
世に君子有り、小人有り。其の迭ひに相消長する者は、數なり。數の然らざるを得ざる所以の者は、即ち理なり。理に測るべき之理有り、測るべからざる之理有り。之を要するに皆一理なり。人は當に測るべき之理に安んじ、以て測るべからざる之理を俟つべし。是れ人の道なり。即ち天の命なり。

(244)  凡(およ)ソ作(な)スニレ事ヲ、當(まさ)ニシ 下盡(つく)シテ二於人ヲ一而聽(まか)ス中於天(てん)ニ上焉。有リレ人、平生(へいぜい)放懶(はうらん)怠惰(たいだ)ニシテ、輙(すなは)チ謂(い)フ、人力(じんりよく)ハ徒勞(とらう)ニシテ無シレ益(えき)、數(すう)ハ諉(まか)スト二於天來(てんらい)ニ一。則(すなは)チ事(こと)必ズ不レ成(な)ラ。葢(けだ)シ是(こ)ノ人、天奪(うば)ヒテ二之ガ魄(たましひ)ヲ一使(し)ムレ然(しか)ラ。畢竟(ひつきやう)亦(また)數ナリ也。有リレ人、平生敬愼(けいしん)勉力(べんりよく)ニシテ、乃(すなは)チ謂(い)フ、人理(じんり)ハ不レ可カラレ不ルレ盡(つく)サ、數ハ俟(ま)ツト二於天定(てんてい)ニ一。則(すなは)チ事必ズ成(な)ル。葢シ是ノ人、天誘(みちび)キテ二之ガ衷(ちゆう)ヲ一使ムレ然ラ。畢竟亦數ナリ也。
又有リ下盡(つく)シテ二於人(ひと)ヲ一而(しか)モ事(こと)不ル上レ成ラ。是(こ)レ理(り)ハ可クシテレ成ル、而(しか)モ數未(いま)ダル レ至(いた)ラ者(もの)ナリ。數至レバ則チ成ル。不シテレ盡サ二於人ヲ一而モ事偶(たまた)マ成ル。是レ理ハ不シテレ可カラレ成ル、而モ數已(すで)ニ至ル者ナリ。終(つひ)ニハ亦(また)必ズ致(いた)スレ敗(やぶ)ルヽヲ。要(えう)スルニレ之ヲ皆數(すう)ナリ也。成敗(せいはい)有ルモ下不シテレ於(おい)テセ二其(そ)ノ身ニ一而於テスル二其ノ子孫ニ一者上、亦(また)數ナリ也。
凡作事、當盡於人而聽於天焉。有人、平生放懶怠惰、輙謂、人力徒勞無益、數諉於天來。則事必不成。葢是人、天奪之魄使然。畢竟亦數也。有人、平生敬愼勉力、乃謂、人理不可不盡、數俟於天定。則事必成。葢是人、天誘之衷使然。畢竟亦數也。
又有盡於人而事不成。是理可成、而數未至者。數至則成。不盡於人而事偶成。是理不可成、而數已至者。終亦必致敗。要之皆數也。成敗有不於其身而於其子孫者、亦數也。
凡そ事を作すに、當に人を盡して天に聽すべし。人有り、平生放懶怠惰にして、輙ち謂ふ、人力は徒勞にして益無し、數は天來に諉すと。則ち事必ず成らず。葢し是の人、天之が魄を奪ひて然らしむ。畢竟亦數なり。人有り、平生敬愼勉力にして、乃ち謂ふ、人理は盡さざるべからず、數は天定に俟つと。則ち事必ず成る。葢し是の人、天之が衷を誘きて然らしむ。畢竟亦數なり。
又人を盡して而も事成らざる有り。是れ理は成るべくして、而も數未だ至らざる者なり。數至れば則ち成る。人を盡さずして而も事偶ま成る。是れ理は成るべからずして、而も數已に至る者なり。終には亦必ず敗るゝを致す。之を要するに皆數なり。成敗其の身に於てせずして其の子孫に於てする者有るも、亦數なり。

(245)  數(すう)ハ始(はじ)マツテ二於一(いつ)ニ一、而成(な)ル二於十(とを)ニ一。十(とを)ハ復(ま)タ歸(き)ス二於一ニ一。大(だい)ニシテ而百千(ひやくせん)萬億(まんおく)、小(せう)ニシテ而分釐(ふんり)毫絲(がうし)、皆一(いつ)ト十(とを)トノ之分合(ぶんがふ)シテ、以テ至(いた)ルナリ二無窮(むきゆう)ニ一也。易(えき)ハ自(よ)リシテ二太極(たいきよく)一而起(お)コリ、至(いた)ツテ二四象(ししやう)ニ一、而數(すう)略〻(ほゞ)具(そなは)ル。以テナリ二其(そ)ノ一二三四(いちにさんし)ノ之積(せき)、始(はじ)メテ成(な)スヲ一レ十ヲ也。
就(つ)キテ二十ノ中(うち)ニ一、除(のぞ)ケバ二老陽位(らうやうゐ)ノ一ヲ一、則(すなは)チ餘(あま)リハ九(く)ナリ。故(ゆゑ)ニ九ヲ爲(な)ス二老陽ノ之數(すう)ト一。就キテ二十ノ中ニ一、除ケバ二少陰位(せういんゐ)ノ二ヲ一、則チ餘リハ八(はつ)ナリ。故ニ八ヲ爲ス二少陰ノ之數ト一。就キテ二十ノ中ニ一、除ケバ二少陽位(せうやうゐ)ノ三(さん)ヲ一、則チ餘リハ七(しち)ナリ。故ニ七ヲ爲ス二少陽ノ之數ト一。就キテ二十ノ中ニ一、除ケバ二老陰位(らういんゐ)ノ四(し)ヲ一、則チ餘リハ六(りく)ナリ。故ニ六ヲ爲ス二老陰ノ之數ト一。
又(また)自(よ)リレ一至(いた)ルレ十ニ之積(せき)ハ、則(すなは)チ成(な)ス二五十五(ごじうご)ヲ一。謂(い)フ二之(これ)ヲ天地(てんち)ノ之數(すう)ト一。今試(こゝろ)ミニ屈(くつ)-二伸(しん)シテ五指(ごし)ヲ一數(かぞ)フレ之ヲ。先(ま)ヅ自リ二大指(だいし)一屈(くつ)シテ爲(な)シレ一ト、食指(しよくし)ヲ爲シレ二ト、中指(ちゆうし)ヲ爲シレ三ト、無名指(むめいし)ヲ爲シレ四ト、小指(せうし)ヲ爲スレ五ト。再(ふたゝ)ビ自リ二小指一伸(の)バシテ爲シレ六ト、六ト與(と)ハレ五、即(すなは)チ十一。無名指ヲ爲シレ七ト、七ト與ハレ四、即チ十一。中指ヲ爲シレ八ト、八ト與ハレ三、即チ十一。食指ヲ爲シレ九ト、九ト與ハレ二、即チ十一。大指ヲ爲シレ十ト、十ト與ハレ一、即チ十一。毎(ごと)ニ二一指一、皆十一ナリ。合(がつ)シテ二五指ヲ一、而成(な)セバ二五十五ヲ一、則チ天地ノ之數ナリ。葢(けだ)シ既(すで)ニ具(そな)ハレリ二於掌中(しやうちゆう)ニ一矣。
又就(つ)キテ二天地ノ之數(すう)ニ一、以テ二其ノ五十(ごじふ)ヲ一充(あ)テ二蓍(めどぎ)ノ數ニ一、餘(よ)ノ五ハ虚(きよ)ニシテレ之ヲ、以テ擬(ぎ)ス二卦位(くわゐ)ニ一。卦位ハ六虚(りくきよ)ナリ。五ハ則チ一不レ足(た)ラ。蓍ハ用(もち)ヰル二四十九(しじふく)ヲ一。五十ハ則チ一有リレ餘(あま)リ。並(なら)ビニ未定(みてい)ナリ也。方(あた)リ二筮(ぜい)スル時ニ一、蓍ハ虚ニス二其ノ一ヲ一。葢(けだ)シ去リテ二其ノ有ルヲ一レ餘リ、歸(き)ス二之ヲ於不ルニ一レ足ラ。是(こ)レ感應(かんおう)ノ之機ナリ(き)也。乃(すなは)チ蓍ノ數退(しりぞ)キテ成シ二四十九ヲ一、而卦位進(すゝ)ミテ具(そな)ヘ二六虚ヲ一、以テ待ツ二於六十四(ろくじふし)ヲ一。數於(おい)テレ是(こゝ)ニ定(さだ)マル矣。蓍ノ之德(とく)ハ、圓(ゑん)ニシテ而神(しん)ナリ。故(ゆゑ)ニ七ニス二其ノ七ヲ一。卦(くわ)ノ之德ハ、方(はう)ニシテ以テ智(ち)ナリ。故ニ八ニス二其ノ八ヲ一。用(もち)ヰレ七ヲ求(もと)メレ八ヲ、得(う)二九(く)ト與(と)ヲ一レ六。以(もつ)テ推(お)ス二吉凶(きつきよう)悔吝(くわいりん)ノ之所ヲ一レ趨(おもむ)ク。凡(およ)ソ是(こ)レ數理(すうり)ノ之秘(ひ)ナリ也。不シテ二獨(ひと)リ易(えき)ヲ爲(な)スノミナラ一レ然(しか)リト、而(しか)シテ萬物(ばんぶつ)ノ之數(すう)モ、亦(また)皆不レ越(こ)エ二於此(これ)ニ一。
數始於一、而成於十。十復歸於一。大而百千萬億、小而分釐毫絲、皆一十之分合、以至無窮也。易自太極而起、至四象、而數略具。以其一二三四之積、始成十也。
就十中、除老陽位一、則餘九。故九爲老陽之數。就十中、除少陰位二、則餘八。故八爲少陰之數。就十中、除少陽位三、則餘七。故七爲少陽之數。就十中、除老陰位四、則餘六。故六爲老陰之數。
又自一至十之積、則成五十五。謂之天地之數。今試屈伸五指數之。先自大指屈爲一、食指爲二、中指爲三、無名指爲四、小指爲五。再自小指伸爲六、六與五、即十一。無名指爲七、七與四、即十一。中指爲八、八與三、即十一。食指爲九、九與二、即十一。大指爲十、十與一、即十一。毎一指、皆十一。合五指、而成五十五、則天地之數。葢既具於掌中矣。
又就天地之數、以其五十充蓍數、餘五虚之、以擬卦位。卦位六虚。五則一不足。蓍用四十九。五十則一有餘。並未定也。方筮時、蓍虚其一。葢去其有餘、歸之於不足。是感應之機也。乃蓍數退成四十九、而卦位進具六虚、以待於六十四。數於是定矣。蓍之德、圓而神。故七其七。卦之德、方以智。故八其八。用七求八、得九與六。以推吉凶悔吝之所趨。凡是數理之秘也。不獨易爲然、而萬物之數、亦皆不越於此。
數は一に始まつて、十に成る。十は復た一に歸す。大にして百千萬億、小にして分釐毫絲、皆一と十との分合して、以て無窮に至るなり。易は太極よりして起こり、四象に至つて、數略〻具る。其の一二三四の積、始めて十を成すを以てなり。
十の中に就きて、老陽位の一を除けば、則ち餘りは九なり。故に九を老陽の數と爲す。十の中に就きて、少陰位の二を除けば、則ち餘りは八なり。故に八を少陰の數と爲す。十の中に就きて、少陽位の三を除けば、則ち餘りは七なり。故に七を少陽の數と爲す。十の中に就きて、老陰位の四を除けば、則ち餘りは六なり。故に六を老陰の數と爲す。
又一より十に至る之積は、則ち五十五を成す。之を天地の數と謂ふ。今試みに五指を屈伸して之を數ふ。先づ大指より屈して一と爲し、食指を二と爲し、中指を三と爲し、無名指を四と爲し、小指を五と爲す。再び小指より伸ばして六と爲し、六と五とは、即ち十一。無名指を七と爲し、七と四とは、即ち十一。中指を八と爲し、八と三とは、即ち十一。食指を九と爲し、九と二とは、即ち十一。大指を十と爲し、十と一とは、即ち十一。一指毎に、皆十一なり。五指を合して、五十五を成せば、則ち天地の數なり。葢し既に掌中に具はれり。
又天地の數に就きて、其の五十を以て蓍の數に充て、餘の五は之を虚にして、以て卦位に擬す。卦位は六虚なり。五は則ち一足らず。蓍は四十九を用ゐる。五十は則ち一餘り有り。並びに未定なり。筮する時に方り、蓍は其の一を虚にす。葢し其の餘り有るを去りて、之を足らざるに歸す。是れ感應の機なり。乃ち蓍の數退きて四十九を成し、而して卦位進みて六虚を具へ、以て六十四を待つ。數是に於て定まる。蓍の德は、圓にして神なり。故に其の七を七にす。卦の德は、方にして以て智なり。故に其の八を八にす。七を用ゐ八を求め、九と六與を得。以て吉凶悔吝の趨く所を推す。凡そ是れ數理の秘なり。獨り易を然りと爲すのみならずして、而して萬物の數も、亦皆此に越えず。


文政(ぶんせい)癸未(きび)嘉平月(かへいづき)  福知山(ふくちやま)城主(じやうしゆ)源綱條(みなもとのつなえだ)校字(かうじ)
(201)
○ 君子常吉-君子は道理に従って動くはずのものであるから、天道に適わないということはありえない。
○ 理氣-理は宇宙の本体で、現象は気の働き。
○ 流行-絶えず移り変わること。
○ 對待-向かい合うこと。「季通云、理有流行、有對待。先有流行、後有對待。曰、難説先有後有。」(朱熹『朱子語類』)語類の例は「理」のこととしている。
○ 相耦-並ぶ、連れ立つ。

(202)
○ 享天下之樂者・・・-王者として天下の楽を集めた者が国家経営の大任を引きうけるという状況を指す。次の『書経』の例を参照。
○ 何所定歟-前章の「君子常吉」が「理」の次元であり、「吉凶不定」は「気」の次元であることを謂う。
○ 召公云・・・-殷の召公が洛邑に奠都した時の「誥」に君主の重責を述べた語。自分が天命を享けたことは、限りなくめでたいことであり、同時に限りなく心配なことでもあるという言葉。「惟王受命。無疆惟休、亦無疆惟恤。嗚呼、曷其奈何弗敬。」(『書経』召誥)。「休」は美、「恤」は憂の意。

(203)
○ 乾以易知・・・-「乾以易知、坤以簡能。」(『易経』繋辞上)。
○ 良知・良能-「人之所不學而能者、其良能也。所不慮而知者、其良知也。」(『孟子』尽心上)。先験的な知と能。
○ 太極-宇宙の働きの根源。古く『易経』に用例がある。「太極只是天地萬物之理。在天地言、則天地中有太極。在萬物言、則萬物中各有太極。未有天地之先、畢竟是先有此理。」(朱熹『朱子語類』)。

(204)
○ 曷嘗-どうして(いつ)~ただろうか。
○ 過不及-「子曰、過猶不及。」(『論語』先進篇)。

(205)
○ 相待-相対的な存在であること。悪があって善がある等。本来混沌未分のものであること。

(206)
○ 形質-形状や性質。

(207)
○ 相法-人相を見る流儀。
○ 没し-無し。
○ 荀卿非相-「相人之形状顏色、而知其吉凶妖祥、世俗稱之。古之人無有也、學者不道也。」(『荀子』非相篇)。
○ 武斷-断定的な議論を展開する貌を謂う。

(208)
○ 感召-感動を喚び起こす。
○ 百獸率舞・・・-「百獸率舞、庶尹允諧。」(『書経』虞書「益稷」)。
○ 庶尹-庶司の長官。
○ 諧ぐ-和らぐ、和する。
○ 不覺手舞足踏-「詩者志之所之也。在心爲志、發言爲詩。情動於中而形於言。言之不足、故嗟嘆之。嗟嘆之不足、故永歌之。永歌之不足、不知手之舞之、足之蹈之也。」(『毛詩大序』)。
○ 鄭衛滛哇-鄭聲や衛曲のような淫らな音楽。「鄭・衛之音、亂世之音也、比於慢矣。桑間・濮上之音、亡國之音也。」(『礼記』楽記)
○ 魏文侯・・・-「魏文侯問於子夏曰、吾端冕而聽古樂、則唯恐臥。聽鄭衛之音則不知倦。敢問古樂之如彼、何也。新樂之如此、何也。」(『礼記』楽記)。
○ 雅操-雅趣。「操」には琴の曲という意もある。

(209)
○ 伶工-楽人。〔比〕伶人は楽人・楽官・俳優。
○ 大師-音「タイシ」。楽官。古代の楽官の長。太師。
○ 孔子語之-「子語魯大師樂曰、樂其可知也。始作翕如也、從之純如也、皦如也、繹如也、以成。」(『論語』八佾篇)。
○ 翕如・・・-前注参照。翕如は息が合う貌、盛んな貌。純如は和らぐ貌。皦如は翳りがなくはっきりとした貌。繹如は続いて絶えない貌。
○ 條達-枝が伸びる。
○ 大和-大なる調和。
○ 胎孕-はらむ。
○ 四時-四季。
○ 熟講-十分練習する、熟達する。

(210)
○ 不得不・・・自敬-「身者、親之遺體也。行親之遺體、敢不敬乎。」(『大戴礼記』曾子大孝)

(211)
○ 一喘-一息。気息。
○ 祖曾高-祖父・曾祖父・高祖父。
○ 逓して-次第に、だんだんに。
○ 孫曾玄-孫・曾孫・玄孫。
○ 聖人親九族-「克明俊德、以親九族。九族既睦、平章百姓。百姓昭明、協和萬邦。」(『書経』虞書「堯典」)。
○ 九族-高祖父から玄孫まで。その他の括りもある。

(212)
○ 蟣蝨-シラミ。
○ 刷除-払い除ける。
○ 大人-有徳者。
○ 念頭-思い、考え。
○ 一般-同様。

(213)
○ 反觀-内省する。
○ 方寸-心。
○ 烱然-明るく、きらりと。
○ 靈昭-「此心靈昭不昧。」(197章)。不可思議な輝き。精神の作用を指す。
○ 性命-生命。天から与えられた賦性。
○ 中和位育-「喜怒哀樂之未發、謂之中。發而皆中節、謂之和。中也者天下之大本也、和也者天下之達道也。致中和、天地位焉、萬物育焉。」(『中庸』)。過不足のない性情が発達して、天地が安んじ、万物が生長する。中庸の徳が世に行き渡った状態。

(215)
○ 事君不忠・・・-「居處不莊、非孝也。事君不忠、非孝也。蒞官不敬、非孝也。朋友不信、非孝也。戰陳無勇、非孝也。」(『大戴礼記』曾子大孝)。

(216)
○ 克伐怨欲-「克・伐・怨・欲不行焉、可以爲仁矣。子曰、可以爲難矣。仁則吾不知也。」(『論語』憲問篇)。「克」は人を凌ごうとすること、「伐」は誇る意。これを行わないだけでは、根本的な解決ではないという意。
○ 張工藝-張公藝。唐高宗が封禅の儀の帰途、壽張県に賢者を訪ね、高齢の張公藝に九族同居の秘訣を尋ねると、公藝は百の忍字を使った「百忍歌」を詠んで対えたという故事による。(『旧唐書』)

(217)
○ 喫緊-気を引き締めるべきこと。非常に大切なこと。肝要。
○ 寧耐-落ち着いて我慢すること。(129章参照。)

(218)
○ 多一累-面倒が一つ増える。

(219)
○ 公欲-社会をよくしたいと思う気持ち。
○ 恕-憐れむ、同情する。
○ 仁-慈しむ、恵む、恩徳・仁恵を施す。

(222)
○ 姦雄-悪知恵で覇権を握った者。
○ 秘-秘訣。善と惠を使いこなす術。

(223)
○ 似-「ごとし」と訓めるが、「似て非なる者」と訓みを合わせる。
○ 愼密-慎み深く手落ちがないこと。「君子慎密而不出也。」(『易経』繋辞上)。
○ 剛愎-剛情、片意地。「愎」は悖(もと)る意。〔例〕 愎諫
○ 似而非者-「孔子曰、惡似而非者。惡莠、恐其亂苗也。惡佞、恐其亂義也。惡利口、恐其亂信也。惡鄭聲、恐其亂樂也。惡紫、恐其亂朱也。惡郷原、恐其亂德也。」(『孟子』尽心下)

(224)
○ 惻隱-以下、「惻隠・羞悪・辞譲・是非」を仁義礼智に進む端緒であるとして孟子が「四端」と呼んだ人間的感情を指す。
○ 自經溝瀆-「豈若匹夫匹婦之爲諒也、自經溝瀆而莫之知也。」(『論語』憲問篇)。
○ 風狂-狂うこと。
○ 兄弟鬩牆-「兄弟鬩于牆、外禦其務。(兄弟牆に鬩げども、外其の務〔あなど〕を禦ぐ。)」(『詩経』小雅「常棣」)身内で諍うこと。
○ 復性之學-本来の善性に復することを唱える宋学の教え。朱熹は「性即理」といい、さまざまな制約のもとにある「気質の性」を克服して本来の性に帰るべきであるとする「復性復帰」を唱えたという。

(226)
○ 妙於用處-運用上、優れているところ。
○ 權-權道。「權」は「仮りに、一時的に」「謀る」意で、臨機応変に運用する機略を謂う。
○ 定於體處-(運用の)本体となるもの。
○ 程子-程伊川(程頤)。「程子曰、漢儒以反經合道為權、故有權變權術之論、皆非也。權只是經也。自漢以下、無人識權字。」(朱熹『論語集註』
○ 詮-解き明かす。

(227)
○ 分數-割合。比率。

(228)
○ 孟子-「孟子曰、知者無不知也。當務之為急。仁者無不愛也。急親賢之為務。堯舜之知而不遍物、急先務也。堯舜之仁不遍愛人、急親賢也。」(『孟子』尽心上)。
○ 親賢-賢者を近づけること。堯も舜も禅譲の候補を選ぼうとした。
○ 二典-『書経』虞書「堯典」と「舜典」を含む。今日、「舜典」は「堯典」の中に含まれている。
○ 前半截-内容を二つに断ち切った前半分。「堯典」の前半部は暦の制定などを述べ、後半部は舜を見出だすまでのことを記す。「舜典」では四方の巡狩(平定)、法律・刑罰・官職等の整備を述べ、後半部に禅譲と各官の後継者の選定のことを記す。

(229)
○ 無盡-限りない。
○ 責備-完璧を要求する。
○ 分量-才量・度量。
○ 寧有窮極-際限が無い。果てしがない。

(230)
○ 坤-大地。〔同〕 坤元。「至哉坤元。萬物資生。乃順承天。坤厚載物。」(『易経』坤卦彖伝)、「君子以厚德載物。」(『易経』坤卦象伝)。
○ 體す-主体的に実践する。
○ 裏面-内側、内面。

(231)
○ 器玩-(平素使用していた)道具。
○ 脱手-手放す。
○ 分贈-分与。形見分け。
○ 輓近-最近。この頃。
○ 孝布・孝帛-服喪の間に近親者に配る衣類をいうか。
○ 弊俗-良くない習わし。
○ 金世宗却宋遺物-「二月乙亥、還都。乙丑、宋遣使獻先帝遺留物。癸巳、宋使朝辭、以所獻禮物中玉器五・玻璃器二十・及弓劍之屬使還遺宋、曰、此皆爾國前主珍玩之物、所宜寶藏、以無忘追慕。今受之、義有不忍。歸告爾主、使知朕意也。」(『金史』巻八・世宗26年)。 ○ 見-見識。

(232)
○ 職分-職務、役割、本分。

(233)
○ 躬行-実践躬行。自ら実践すること。
○ 叩問-尋ねる、質問する。「叩」も問う意。
○ 夫子-先生。孔子を指す。
○ 救弊-間違っているところを改善する。
○ 裁長補短-人の長所をとって、自己の短所を補うこと。他に絶長補短(『孟子』、『史記』)、折長補短(『韓非子』)、断長補短(『礼記』)等。或は「截長補短」の形であったか。明治以来の欧化政策で「採長補短」が唱えられたのは、「截→裁→採」による置き換えだったかもしれない。「長」は「ちゃうず、たく」で、優れたところ、長所の意。
○ 孟懿子・・・-「孟懿子問孝。子曰、無違。」(『論語』為政篇〔5〕)、「孟武伯問孝。子曰、父母唯其疾之憂。」(同〔6〕)、「子游問孝。子曰、今之孝者、是謂能養。至於犬馬、皆能有養。不敬、何以別乎。」(同〔7〕)、「子夏問孝。子曰、色難。有事、弟子服其勞、有酒食、先生饌。曾是以爲孝乎。」(同〔8〕)。

(234)
○ 着文字-別の文字をかぶせて理解する。

(235)
○ 輙ち-輙は輒の俗字。すぐさま、その度に。
○ 陋-見識が狭く、卑しいこと。浅はかで見苦しいこと。

(236)
○ 湊合-寄せ集まる。言葉の意味と文脈とが複雑に絡まり合う意。

(237)
○ 容に-当(まさ)に~べし。

(238)
○ 孟子三言-「説詩者、不以文害辭、不以辭害志。以意逆志、是為得之。」(『孟子』万章上)。「盡信書、則不如無書。」(同・尽心下。「以友天下之善士為未足、又尚論古之人。頌其詩、讀其書、不知其人可乎。是以論其世也、是尚友也。」(同・万章下)。最後は「読書尚友」の出典。

(239)
○ 煩悉-くどくどと細かい。
○ 艱奥-深遠で難解なこと、晦渋。
○ 分曉-意味が明らかになる。
○ 察識-察する。
○ 受病-理解に苦しむ。誤って理解する。
○ 間く-暫く。「まま」と訓めば「時折」の意。
○ 及餘意-余談に移る。
○ 箴砭-ぐさりと戒める。「箴」「砭」は鍼灸に使う針。
○ 儘-まあ。
○ 簸弄-翻弄。人を好い調子に煽る。まくし立てる。
○ 辨博-弁舌を振るう。
○ 解頤-あごが外れるほど大笑いさせる。
○ 本意-本来の趣意。

(240)
○ 无妄-無妄。妄りにしない不変の理、至誠であるという。「天下雷行、物與无妄。先王以茂對時、育萬物。」(『易経』無妄卦・象伝)。

(241)
○ 活-前章の活道理を承ける。類似の死生観は序章、136章・156章・161章等に見える。

(242)
○ 天定之數-天の定めた命数、運命。
○ 期望-こうしたいと望むこと、所期。

(243)
○ 消長-消滅と生長。栄枯盛衰。
○ 俟つ-自然に来るのを待つ。期待する。「君子居易以俟命。」(『中庸』)。213章・224章を参照。

(244)
○ 盡於人而聽於天-人事を尽くして天命を俟つ。
○ 放懶-懶は音「ラン」。「ライ」とは別字だが、電子活字では区別されていない。勝手気儘で怠け者の意。
○ 輙ち-すぐさま。事毎に。
○ 諉す-任せる。
○ 天來-天から来るもの。成り行きの意。
○ 使然-そうならせる。
○ 勉力-努力すること。
○ 乃ち-そうしておいて。その上で。
○ 人理-人としてなすべきこと、道理。
○ 俟於天定-『中庸』の俟命(しめい)。
○ 誘之衷-「誘」は「いざなふ・みちびく」。人の誠真を善に導くこと。誘衷(ゆうちゅう)。「天誘其衷。」(『春秋左氏伝』僖公二八年)。
○ 致敗-失敗に帰する。
○ 成敗-成功と失敗。

(245)
○ 復歸一-上の桁の一になる。
○ 分釐毫絲-わずかな数量。「度之所起、起於忽。(略)十忽爲一絲、十絲爲一毫、十毫爲一釐、十釐爲一分、十分爲一寸、十寸爲一尺、十尺爲一丈、十丈爲一引。」(『孫子算経』)。「ブンリン」は慣用音。
○ 分合-一を分ければ十に、十を合せれば一になること。
○ 四象-「易有太極、是生兩儀、兩儀生四象、四象生八卦、八卦定吉凶、吉凶生大業。」(『易経』繋辞上)。一二四八と分かれて宇宙が生成してくる過程という。続く文に従えば、両儀は陰陽、四象は老陽・少陽・老陰・少陰となる。
○ 積-加算したもの。
○ 就十中除一餘九・・・-以下、易の算法の説明。
○ 大指・・・-大指は親指、食指は人差し指、無名指は薬指をいう。食指の語源は『春秋左氏伝』にあるという。
○ 蓍-占筮に使う竹。以下、占筮の方法を述べる。
○ 感應之機-天人感應の機会。「天地感而萬物化生、聖人感人心而天下和平。」(『易経』咸卦、彖伝)。
○ 圓而神・方以智-「蓍之德、圓而神。卦之德、方以知。」(『易経』繋辞上)。
○ 吉凶悔吝-「吉凶悔吝者、生乎動者也。剛柔者、立本者也。變通者、趣時者也。」(『易経』繋辞下)。


○ 文政癸未嘉平月-文政六年(1823)十二月。嘉平は十二月の異名。
○ 源綱條-朽木(くつき)綱條。丹波福知山藩主。佐藤一齋に師事した。

(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)