逸話文庫:1:武事:27

内外古今 逸話文庫 第一編

武事

○ 十字勳章くんしようと九十七金

一千八百七十年乃至ないし七十一年、有名なる獨佛戰爭に際し、ウイルヘルム帝はビスマルク氏に命令をあたへ、出格しゆつかくの功績をあらはしたる兵卒には、鐵十字勳章を下附かふすべきむね委任ゐにんありたるが、あたか此勳章を受くべき功績を顯したる一兵卒ありたれば、氏はそれに鐵十字勳章を下附せんと思ひ、そのこれを下附するの前にあたつて、試みに其兵卒に向ひ、なんぢの功勞を賞揚するがめ、こゝに鐵十字勳章を下附するはずなれども他日たじつ汝が金錢に差支さしつかへたる時の一助にもなるべければ、汝は鐵十字勳章のかはりに一百ターレル 一ターレルはわが五十錢ごじつせんほどあた を受くることを願はずや、二者汝のこのみかせて下附すべしと云ひたれば、其兵卒は暫時ざんじ思案したるの後、鐵十字勳章の代價だいかおよ幾何いくばく程のものなるやと問ひたるをもつて、氏は之にこたへ、勳章の代價は三ターレル内外ないぐわいなりと云へり、此時兵卒はこゑおうしからば其鐵十字勳章と九十七「ターレル」を下附せられたしとひたれば、氏は此兵卒の猾才かつさい頓智とんちを驚異し、笑ひながら此二物を併與へいよして、他日此事を皇帝に奏上そうじやう