春秋左氏傳序
西晋 杜預
概要
『春秋』は魯国の歴史書の名である。史実を年月日の順に並べ、春秋をもって四季を代表させた。周王朝の制度に史官があり、傘下の国々の出来事を記した。諸侯にも国史があり、大事は策に、小事は簡牘に記した。『孟子』(離婁章句下)に、楚では史書を檮杌と呼び、晋では乗、魯では春秋と呼ぶが、その実体は同じだという。晋の韓宣子が魯国で『周易』の象と『春秋』を見て、周の礼はことごとく魯に存している、自分は今にして遠祖周公の徳と、周が王者である理由を悟ったと言った(昭公二年)のは、おそらく周代の由緒ある経書典籍がまだ残っていて、それを見たのであろう。
訓読
春秋ハ者、魯ノ史記ノ之名ナリ也。記ス㆑事ヲ者ハ、以テ㆑事ヲ繫ケ㆑日ニ、以テ㆑日ヲ繫ケ㆑月ニ、以テ㆑月ヲ繫ク㆑年ニ。所㆐㆘以ナリ紀シ㆓遠近ヲ㆒、別ツ㆗同異ヲ㆖也。故ニ史ノ之所ハ㆑記ス、必ズ表シテ㆑年ヲ以テ首ム㆑事ヲ。年ニ有リ㆓四時㆒。故ニ錯擧シテ以テ爲スナリ㆓所ノ㆑記ス之名ト㆒也。
周禮ニ有リ㆓史官㆒、掌リ㆓邦國四方ノ之事ヲ㆒、達ス㆓四方ノ之志ヲ㆒。諸侯モ亦各〻有リ㆓國史㆒、大事ハ書キ㆓之ヲ於策ニ㆒、小事ハ簡牘ノミ而已。孟子曰ク、楚ニハ謂ヒ㆓之ヲ檮杌ト㆒、晉ニハ謂ヒ㆓之ヲ乘ト㆒、而魯ニハ謂フ㆓之ヲ春秋ト㆒、其ノ實ハ一ナリト也。
韓宣子適キ㆑魯ニ、見テ㆔易ノ象ト與ヲ㆓魯ノ春秋ヲ㆒曰ク、周ノ禮ハ盡ク在リ㆑魯ニ矣。吾乃チ今ニシテ知ルト㆕周公ノ之德ト與ヲ㆔周ノ之所㆐㆓以王タル㆒。韓子ノ所ハ㆑見ル、蓋シ周ノ之舊典禮經ナラン也。
白文
春秋者、魯史記之名也。記事者、以事繫日、以日繫月、以月繫年。所以紀遠近、別同異也。故史之所記、必表年以首事。年有四時。故錯擧以爲所記之名也。
周禮有史官、掌邦國四方之事、達四方之志。侯亦各有國史、大事書之於策、小事簡牘而已。孟子曰、楚謂之檮杌、晉謂之乘、而魯謂之春秋、其實一也。
韓宣子適魯、見易象與魯春秋曰、周禮盡在魯矣。吾乃今知周公之德與周之所以王。韓子所見、蓋周之舊典禮經也。
原文
春秋は者、魯の史記の之名なり也。記す[㆑]事を者は、以て[㆑]事を【|繫{か}け[㆑]日に】〈NOTE 日付に連動させて 〉、以て[㆑]日を繫け[㆑]月に、以て[㆑]月を繫く[㆑]年に。所[㆐][㆘]以なり紀し[㆓]遠近を[㆒]、|別{わか}つ[㆗]同異を[㆖]也。故に【史】〈NOTE 史官 〉の之所は[㆑]記す、必ず表して[㆑]【年】〈NOTE 国君在位の年次 〉を以て【|首{はじ}む[㆑]事を】〈NOTE 史実の記録を書き起こす。 〉。年に有り[㆓]【|四時{しいじ}】〈NOTE 四季 〉[㆒]。故に【錯擧】〈NOTE 四季の語を抜き出す 〉して以て爲すなり[㆓]所の[㆑]記す之名と[㆒]也。
【|周禮{しゆらい}】〈NOTE 周の官職を誌した書 〉に有り[㆓]史官[㆒]、【|掌{つかさど}り】〈NOTE 史実の記録を管掌する 〉[㆓]邦國四方の之事を[㆒]、【達す[㆓]四方の之|志{し}を[㆒]】〈NOTE 周辺国の報告や王命の通逹を記録する 〉。諸侯も亦各〻有り[㆓]國史[㆒]、大事は書き[㆓]之を於【策】〈NOTE 竹簡(簡)や木簡(牘)を長く連ねたもの。「策とは幾本の竹を韋もて編めるもの、簡はその一本の竹をいひ、牘は木板をいふ。まだ紙の無い世にこれ等を刀もて彫り、上は漆を塗つたのである。」〔漢籍国字解全書〕 〉に[㆒]、小事は|簡牘{かんとく}のみ而已。【孟子曰く】〈NOTE 離婁章句・下 〉、楚には謂ひ[㆓]之を|【檮杌】〈NOTE 伝説上の悪獣の名を楚国の史書に当てはめて呼んだ蔑称と言われる。 〉{たうこつ}と[㆒]、晉には謂ひ[㆓]之を【|乘{じよう}】〈NOTE 諸事を記録に乗せる意からか。史書の呼称ともなった。家乗などの例がある。 〉と[㆒]、而魯には謂ふ[㆓]之を春秋と[㆒]、其の實は一なりと也。
【韓宣子】〈NOTE 晉の大夫。韓起。 〉【適き[㆑]魯に】〈NOTE 左伝・昭公二年 〉、見て[㆔]【易の象】〈NOTE 易の象辞。卦爻の解釈を記したもの。 〉と與を[㆓]魯の春秋を[㆒]曰く、周の|禮{れい}は盡く在り[㆑]魯に矣。吾乃ち今にして知ると[㆕]周公の之德と與を[㆔]【周の之所[㆐][㆓]以王たる[㆒]】〈NOTE 周の文王が王者となった理由 〉。韓子の所は[㆑]見る、蓋し周の之舊典|禮經{れいけい}ならん也。
旧タグ
春秋ハ者、魯ノ史記ノ之名ナリ也。記ス^事ヲ者ハ、以テ^事ヲ【 ̄繫`か´ケ^日ニ】〈NOTE 日付に連動させて 〉、以テ^日ヲ繫ケ^月ニ、以テ^月ヲ繫ク^年ニ。所- 2{ 以ナリ紀シ 2( 遠近ヲ )1 、 ̄別`わか´ツ ┤同異ヲ }1 也。故ニ【史】〈NOTE 史官 〉ノ之所ハ^記ス、必ズ表シテ^【年】〈NOTE 国君在位の年次 〉ヲ以テ【 ̄首`はじ´ム^事ヲ】〈NOTE 史実ノ記録ヲ書キ起コス。 〉。年ニ有リ 2( 【 ̄四時`しいじ´】〈NOTE 四季 〉 )1 。故ニ【錯擧】〈NOTE 四季ノ語ヲ抜キ出ス 〉シテ以テ爲スナリ 2( 所ノ^記ス之名ト )1 也。
【 ̄周禮`しゆらい´】〈NOTE 周の官職を誌した書 〉ニ有リ 2( 史官 )1 、【 ̄掌`つかさど´リ】〈NOTE 史実の記録を管掌する 〉 2( 邦國四方ノ之事ヲ )1 、【達ス 2( 四方ノ之 ̄志`し´ヲ )1 】〈NOTE 周辺国の報告や王命の通逹を記録する 〉。諸侯モ亦各〻有リ 2( 國史 )1 、大事ハ書キ 2( 之ヲ於【策】〈NOTE 竹簡(簡)や木簡(牘)を長く連ねたもの。「策とは幾本の竹を韋もて編めるもの、簡はその一本の竹をいひ、牘は木板をいふ。まだ紙の無い世にこれ等を刀もて彫り、上は漆を塗つたのである。『春秋』はその策書によつて成し、『左傳』は兼ねてその簡牘をも材料としたのである。」〔漢籍国字解全書〕 〉ニ )1 、小事ハ ̄簡牘`かんとく´ノミ而已。【孟子曰ク】〈NOTE 離婁章句・下 〉、楚ニハ謂ヒ 2( 之ヲ ̄【檮杌】〈NOTE 伝説上の悪獣の名を楚国の史書に当てはめて呼んだ蔑称と言われる。 〉`たうこつ´ト )1 、晉ニハ謂ヒ 2( 之ヲ【 ̄乘`じよう´】〈NOTE諸事を記録に乗せる意からか。史書の呼称ともなった。家乗などの例がある。 〉ト )1 、而魯ニハ謂フ 2( 之ヲ春秋ト )1 、其ノ實ハ一ナリト也。
【韓宣子】〈NOTE 晉の大夫。韓起。 〉【適キ^魯ニ】〈NOTE 左伝・昭公二年 〉、見テ 3( 【易ノ象】〈NOTE易の象辞。卦爻の解釈を記したもの。 〉ト與ヲ 2( 魯ノ春秋ヲ )1 曰ク、周ノ ̄禮`れい´ハ盡ク在リ^魯ニ矣。吾乃チ今ニシテ知ルト 4( 周公ノ之德ト與ヲ 3( 【周ノ之所- 2( 以王タル )1 】〈NOTE 周の文王が王者となった理由 〉。韓子ノ所ハ^見ル、蓋シ周ノ之舊典 ̄禮經`れいけい´ナラン也。
注記
〇繫ケ㆑日ニ ― 日付に連動させて 〇史 ― 史官 〇年 ― 国君在位の年次 〇首ム㆑事ヲ ― 史実の記録を書き起こす。 〇四時 ― 四季 〇錯擧 ― 四季の語を抜き出す 〇周禮 ― 周の官職を誌した書 〇掌リ ― 史実の記録を管掌する 〇達ス㆓四方ノ之志ヲ㆒ ― 周辺国の報告や王命の通逹を記録する 〇策 ― 竹簡(簡)や木簡(牘)を長く連ねたもの。「策とは幾本の竹を韋もて編めるもの、簡はその一本の竹をいひ、牘は木板をいふ。まだ紙の無い世にこれ等を刀もて彫り、上は漆を塗つたのである。『春秋』はその策書によつて成し、『左傳』は兼ねてその簡牘をも材料としたのである。」〔漢籍国字解全書〕 〇孟子曰ク ― 離婁章句・下 〇檮杌 ― 伝説上の悪獣の名を楚国の史書に当てはめて呼んだ蔑称と言われる。 〇乘 ― 諸事を記録に乗せる意からか。史書の呼称ともなった。家乗などの例がある。 〇韓宣子 ― 晉の大夫。韓起。 〇適キ㆑魯ニ ― 左伝・昭公二年 〇易ノ象 ― 易の象辞。卦爻の解釈を記したもの。 〇周ノ之所㆐㆓以王タル㆒ ― 周の文王が王者となった理由
概要
周の徳が衰微し、東遷以後、政策の規矩が不明となって、歴史の記録も公正を失い、公文書としての赴告策書も正しい書法が守られなくなった。孔子は魯の史書をもとに正しい典礼を記し、周公の創業以来、将来にわたっての勧戒を示した。誤りは削り、残すべきは残した。もともと歴史の叙述には繁簡があったが、いちいち改めることはしなかった。『伝』にはこれを称賛し(昭公三十一年)、聖人でなければなし得ない修史のあり方としたが(成公十四年)、まさしく周公の遺志を明らかにするものである。
訓読
周ノ德既ニ衰ヘ、官失フ㆓其ノ守リヲ㆒。上ノ之人不㆑能ハ㆑使ムルコト㆓春秋ヲシテ昭明ナラ㆒、赴告ノ策書、諸〻ノ所㆓記注スル㆒、多ク違フ㆓舊章ニ㆒。
仲尼因リ㆓魯史ノ策書成文ニ㆒、考ヘテ㆓其ノ眞僞ヲ㆒、而志ス㆓其ノ典禮ヲ㆒。上ハ以テ遵ヒ㆓周公ノ之遺制ニ㆒、下ハ以テ明カニス㆓將來ノ之法ヲ㆒。其ノ敎ヘノ之所ニシテ㆑存スル、文ノ之所ハ㆑害ハルル、則チ刊ツテ而正シ㆑之ヲ、以テ示ス㆓勸戒ヲ㆒。其ノ餘ハ則チ皆即チ用フ㆓舊史ヲ㆒。史ニ有リ㆓文質㆒、辭ニ有リ㆓詳略㆒、不ルナリ㆓必ズシモ改メ㆒也。
故ニ傳ニ曰ク、其レ善キ志ナリト。又曰ク、非ズンバ㆓聖人ニ㆒、孰レカ能ク脩メント㆑之ヲ。蓋シ周公ノ之志、仲尼從ヒテ而明ラカニスルナリト㆑之ヲ也。
白文
周德既衰、官失其守。上之人不能使春秋昭明、赴告策書、諸所記注、多違舊章。
仲尼因魯史策書成文、考其眞僞、而志其典禮。上以遵周公之遺制、下以明將來之法。其敎之所存、文之所害、則刊而正之、以示勸戒。其餘則皆即用舊史。史有文質、辭有詳略、不必改也。
故傳曰、其善志。又曰、非聖人、孰能脩之。蓋周公之志、仲尼從而明之也。
原文
【周の德既に衰へ】〈NOTE 周室の東遷以後 〉、官失ふ[㆓]其の【守り】〈NOTE 依拠すべき準則 〉を[㆒]。|上{かみ}の之人不[㆑]能は[㆑]使むること[㆓]春秋をして【昭明】〈NOTE 真意を闡明すること。 〉なら[㆒]、【赴告】〈NOTE 崩御や災害・事件等について他国に告げること。 〉の策書、諸〻の所[㆓]記注する[㆒]、多く違ふ[㆓]【舊章】〈NOTE 伝来の規定 〉に[㆒]。
仲尼因り[㆓]魯史の策書成文に[㆒]、【考へて】〈NOTE 校勘して 〉[㆓]其の眞僞を[㆒]、而|志{しる}す[㆓]其の典禮を[㆒]。|上{かみ}は以て|遵{したが}ひ[㆓]周公の之遺制に[㆒]、|下{しも}は以て明かにす[㆓]將來の之法を[㆒]。其の敎への之所にして[㆑]存する、文の之所は[㆑]|害{そこな}はるる、則ち|刊{けづ}つて而正し[㆑]之を、以て示す[㆓]勸戒を[㆒]。其の|餘{よ}は則ち皆即ち用ふ[㆓]舊史を[㆒]。史に有り[㆓]【文質】〈NOTE 文飾と記実の差別。「質勝文則野、文勝質則史。文質彬彬、然後君子。」(論語・雍也) 〉[㆒]、辭に有り[㆓]詳略[㆒]、不るなり[㆓]必ずしも改め[㆒]也。
故に【傳】〈NOTE 左伝昭公三十一年 〉に曰く、其れ【善き志】〈NOTE 立派な記録 〉なりと。【又曰く】〈NOTE 左伝・成公十四年 〉、非ずんば[㆓]聖人に[㆒]、|孰{た}れか能く【脩めん】〈NOTE 編纂する 〉と[㆑]之を。蓋し周公の之志、仲尼【從ひて】〈NOTE それに基づいて 〉而明らかにするなりと[㆑]之を也。
旧タグ
【周ノ德既ニ衰ヘ】〈NOTE 周室の東遷以後 〉、官失フ 2( 其ノ【守リ】〈NOTE 依拠すべき準則 〉ヲ )1 。 ̄上`かみ´ノ之人不^能ハ^使ムルコト 2( 春秋ヲシテ【昭明】〈NOTE 真意を闡明すること。 〉ナラ )1 、【赴告】〈NOTE 崩御や災害・事件等について他国に告げること。 〉ノ策書、諸〻ノ所 2( 記注スル )1 、多ク違フ 2( 【舊章】〈NOTE 伝来の規定 〉ニ )1 。
仲尼因リ 2( 魯史ノ策書成文ニ )1 、【考ヘテ】〈NOTE 校勘して 〉 2( 其ノ眞僞ヲ )1 、而 ̄志`しる´ス 2( 其ノ典禮ヲ )1 。 ̄上`かみ´ハ以テ ̄遵`したが´ヒ 2( 周公ノ之遺制ニ )1 、 ̄下`しも´ハ以テ明カニス 2( 將來ノ之法ヲ )1 。其ノ敎ヘノ之所ニシテ^存スル、文ノ之所ハ^ ̄害`そこな´ハルル、則チ ̄刊`けづ´ツテ而正シ^之ヲ、以テ示ス 2( 勸戒ヲ )1 。其ノ ̄餘`よ´ハ則チ皆即チ用フ 2( 舊史ヲ )1 。史ニ有リ 2( 【文質】〈NOTE 文飾と記実の差別。「質勝文則野、文勝質則史。文質彬彬、然後君子。」(論語・雍也) 〉 )1 、辭ニ有リ 2( 詳略 )1 、不ルナリ 2( 必ズシモ改メ )1 也。
故ニ【傳】〈NOTE 左伝昭公三十一年 〉ニ曰ク、其レ【善キ志】〈NOTE 立派な記録 〉ナリト。【又曰ク】〈NOTE 左伝・成公十四年 〉、非ズンバ 2( 聖人ニ )1 、 ̄孰`た´レカ能ク【脩メン】〈NOTE 編纂する 〉ト^之ヲ。蓋シ周公ノ之志、仲尼【從ヒテ】〈NOTE それに基づいて 〉而明ラカニスルナリト^之ヲ也。
注記
〇周ノ德既ニ衰ヘ ― 周室の東遷以後 〇守リ ― 依拠すべき準則 〇昭明 ― 真意を闡明すること。 〇赴告 ― 崩御や災害・事件等について他国に告げること。 〇舊章 ― 伝来の規定 〇考ヘテ ― 校勘して 〇文質 ― 文飾と記実の差別。「質勝文則野、文勝質則史。文質彬彬、然後君子。」(論語・雍也) 〇傳 ― 左伝昭公三十一年 〇善キ志 ― 立派な記録 〇又曰ク ― 左伝・成公十四年 〇脩メン ― 編纂する 〇從ヒテ ― それに基づいて
概要
左丘明は孔子にの手になる春秋の『経』を学び、これは一字たりとも削ってよい書ではないと考えた。だから、『伝』を書くときに、経を理解するために場合によって先に説明を加えたり(先経の伝)、後で意味を解説し、道理をまとめ(解経)、または異伝を述べ(無経の伝)、さまざまの方法によって『経』の意義を明らかにしようとした。聖人の趣意に沿わないものはあえて取り上げなかった(無伝の経)。史官であったから自ら載籍を参照し、広くまた詳しく記すことができた。文章は悠揚として迫らず、これを学ぶ者がその深意に至るには、さりげない叙述やときに詳細な説明をたよりに、問題意識を持って事件の顛末を探究し、関連の事実を探っていかなければならない。記事の豊かで深い趣は、自然が万物を潤す懐の深ささながらであり、いつのまにか記実の深い意義が道理を伴って明らかになる。そこまで進んで、初めて理解したことになるのだ。
訓読
左丘明ハ受ク㆓經ヲ於仲尼ニ㆒。以爲ヘラク經ハ者不ル㆑刊ルベカラ之書ナリト也。故ニ傳或ハ先ンジテ㆑經ニ以テ始メ㆑事ヲ、或ハ後レテ㆑經ニ以テ終ヘ㆑義ヲ、或ハ依リテ㆑經ニ以テ辯ヘ㆑理ヲ、或ハ錯ヘテ㆑經ヲ以テ合ハセ㆑異ヲ、隨ヒテ㆑義ニ而發ス。其ノ例ノ之所㆑重ナル、舊史ノ遺文ハ、略シテ不㆓盡クハ擧ゲ㆒。非ザルガ㆓聖人ノ所ノ㆑脩ムル之要ニ㆒故ナリ也。
身ハ爲リ㆓國史㆒、躬ラ覽タリ㆓載籍ヲ㆒。必ズ廣ク記シテ而備サニ言フ㆑之ヲ。其ノ文ハ緩ニシテ、其ノ旨ハ遠シ。將ニ ントス ㆑令メ㆘學者ヲシテ原ネ㆑始メニ要メ㆑終リヲ、尋ネ㆓其ノ枝葉ヲ㆒、究メ㆗其ノ所ヲ㆖㆑窮マル。優ニシテ而柔ニシ㆑之ヲ、使ム㆓自ラ求メ㆑之ヲ。饜ニシテ而飫ニシ㆑之ニ、使ム㆓自ラ趣カ㆒㆑之ニ。若シ㆓江海ノ之浸、膏澤ノ之潤ノ㆒。渙然トシテ冰釋シ、怡然トシテ理順フ。然ル後ニ爲スナリ㆑得タリト也。
白文
左丘明受經於仲尼。以爲經者不刊之書也。故傳或先經以始事、或後經以終義、或依經以辯理、或錯經以合異、隨義而發。其例之所重、舊史遺文、略不盡擧。非聖人所脩之要故也。
身爲國史、躬覽載籍。必廣記而備言之。其文緩、其旨遠。將令學者原始要終、尋其枝葉、究其所窮。優而柔之、使自求之。饜而飫之、使自趣之。若江海之浸、膏澤之潤。渙然冰釋、怡然理順。然後爲得也。
原文
左丘明は受く[㆓]|經{けい}を於仲尼に[㆒]。|以爲{おも}へらく經は者不る[㆑]|刊{けづ}るべから之書なりと也。故に傳|或{あるい}は先んじて[㆑]經に以て始め[㆑]事を、或は後れて[㆑]經に以て終へ[㆑]義を、或は依りて[㆑]經に以て|辯{わきま}へ[㆑]理を、或は|錯{まじ}へて[㆑]經を以て合はせ[㆑]|異{い}を、隨ひて[㆑]義に而發す。其の例の之所[㆑]重なる、舊史の遺文は、略して不[㆓]|盡{ことごと}くは擧げ[㆒]。非ざるが[㆓]聖人の所の[㆑]脩むる之|要{えう}に[㆒]故なり也。
身は|爲{た}り[㆓]【國史】〈NOTE 魯国の史官 〉[㆒]、|躬{みづか}ら覽たり[㆓]載籍を[㆒]。必ず廣く記して而|備{つぶ}さに言ふ[㆑]之を。其の文は緩にして、其の旨は遠し。將に _んとす_ [㆑]令め[㆘]學者をして|原{たづ}ね[㆑]始めに|要{もと}め[㆑]終りを、尋ね[㆓]其の枝葉を[㆒]、究め[㆗]其の所を[㆖㆑]窮まる。|優{いう}にして而|柔{じう}にし[㆑]之を、|使{し}む[㆓]自ら求め[㆑]之を。|饜{えん}にして而|飫{よ}にし[㆑]之に、使む[㆓]自ら|趣{おもむ}か[㆒㆑]之に。|若{ごと}し[㆓]江海の之|浸{しん}、|膏澤{かうたく}の之|潤{じゆん}の[㆒]。渙然として|冰釋{ひようしやく}し、|怡然{いぜん}として理|順{したが}ふ。然る後に【爲すなり[㆑]得たりと】〈NOTE 体得させるのだ。 〉也。
旧タグ
左丘明ハ受ク 2(  ̄經`けい´ヲ於仲尼ニ )1 。 ̄以爲`おも´ヘラク經ハ者不ル^ ̄刊`けづ´ルベカラ之書ナリト也。故ニ傳 ̄或`あるい´ハ先ンジテ^經ニ以テ始メ^事ヲ、或ハ後レテ^經ニ以テ終ヘ^義ヲ、或ハ依リテ^經ニ以テ ̄辯`わきま´ヘ^理ヲ、或ハ ̄錯`まじ´ヘテ^經ヲ以テ合ハセ^ ̄異`い´ヲ、隨ヒテ^義ニ而發ス。其ノ例ノ之所^重ナル、舊史ノ遺文ハ、略シテ不 2(  ̄盡`ことごと´クハ擧ゲ )1 。非ザルガ 2( 聖人ノ所ノ^脩ムル之 ̄要`えう´ニ )1 故ナリ也。
身ハ ̄爲`た´リ 2( 【國史】〈NOTE 魯国の史官 〉 )1 、 ̄躬`みづか´ラ覽タリ 2( 載籍ヲ )1 。必ズ廣ク記シテ而 ̄備`つぶ´サニ言フ^之ヲ。其ノ文ハ緩ニシテ、其ノ旨ハ遠シ。將ニ _ントス_ ^令メ 2{ 學者ヲシテ ̄原`たづ´ネ^始メニ ̄要`もと´メ^終リヲ、尋ネ 2( 其ノ枝葉ヲ )1 、究メ ┤其ノ所ヲ }1 ^窮マル。 ̄優`いう´ニシテ而 ̄柔`じう´ニシ^之ヲ、 ̄使`し´ム 2( 自ラ求メ^之ヲ。 ̄饜`えん´ニシテ而 ̄飫`よ´ニシ^之ニ、使ム 2( 自ラ ̄趣`おもむ´カ )1^之ニ。 ̄若`ごと´シ 2( 江海ノ之 ̄浸`しん´、 ̄膏澤`かうたく´ノ之 ̄潤`じゆん´ノ )1 。渙然トシテ ̄冰釋`ひようしやく´シ、 ̄怡然`いぜん´トシテ理 ̄順`したが´フ。然ル後ニ【爲スナリ^得タリト】〈NOTE 体得させるのだ。 〉也。
注記
〇國史 ― 魯国の史官 〇爲すなり㆑得たりと― 体得させるのだ。
概要
史書の体例として、「凡そ」と前置きしてあるべき規範である「義例」を述べるのは、どれも国家経営の常法、周公の遺制、史書の伝統的体例である。孔子はこれに倣って『春秋』を貫く体例とした(春秋五十凡)。意義の明らかなものは言葉を控え、曖昧なものを明らかにし、古人の行いを記して美刺褒貶の筋を通した。伝の記事のうち「称す」「書す」「書せず」「先づ書す」「故に書す」「言はず」「称せず」「書して曰く」の類は、孔子が添削を加えた「変例」である。しかし、史官が記さなかった中に義例とすべきものがあり、これは伝者の新意であろうか。これは凡を記さず、委曲を尽くして説明している。また、行迹だけを述べているものは、伝もまたその結末を述べるのみである。これは義例ではない。
訓読
其ノ發シテ㆑凡ヲ以テ言フハ㆑例ヲ、皆經國ノ之常制、周公ノ之垂法、史書ノ之舊章ナリ。仲尼從ヒテ而脩メ㆑之ヲ、以テ成ス㆓一經ノ之通體ヲ㆒。其ノ微カニシ㆑顯ヲ闡キ㆑幽ヲ、裁㆐㆓成スルハ義類ヲ㆒者、皆據リテ㆓舊例ニ㆒而發シ㆑義ヲ、指シテ㆓行事ヲ㆒以テ正ス㆓褒貶ヲ㆒。諸〻ノ稱ス・書ス・不㆑書セ・先ヅ書ス・故ニ書ス・不㆑言ハ・不㆑稱セ・書シテ曰クノ之類、皆所㆐㆘以ナリ起シ㆓新舊ヲ㆒發ス㆗大義ヲ㆖。謂フ㆓之ヲ變例ト㆒。然レドモ亦有リ㆓史ノ所㆑不ル㆑書セ、即チ以テ爲ス㆑義ト者㆒。此レ蓋シ春秋ノ新意ナラン。故ニ傳ニ不㆑言ハ㆑凡ヲ、曲サニシテ而暢ブルナリ㆑之ヲ也。其ノ經ニ無ク㆓義例㆒、因リテ㆓行事ニ㆒而言フハ、則チ傳ハ直ダ言フノミ㆓其ノ歸趣ヲ㆒而已。非ザルナリ㆑例ニ也。
白文
其發凡以言例、皆經國之常制、周公之垂法、史書之舊章。仲尼從而脩之、以成一經之通體。其微顯闡幽、裁成義類者、皆據舊例而發義、指行事以正褒貶。諸稱書不書先書故書不言不稱書曰之類、皆所以起新舊發大義。謂之變例。然亦有史所不書、即以爲義者。此蓋春秋新意。故傳不言凡、曲而暢之也。其經無義例、因行事而言、則傳直言其歸趣而已。非例也。
原文
其の【|發{おこ}して[㆑]|凡{ぼん}を以て】〈NOTE |凡{およ}そ云々と説き起こして。左伝にはこの凡例が五十あり、春秋五十凡という。 〉言ふは[㆑]【例】〈NOTE 義例。 〉を、皆經國の之常制、周公の之【垂法】〈NOTE 後世に残した遵則 〉、史書の之【舊章】〈NOTE 伝統的規範 〉なり。仲尼從ひて而脩め[㆑]之を、以て成す[㆓]一經の之通體を[㆒]。其の【|微{かす}かにし[㆑]顯を|闡{ひら}き[㆑]幽を】〈NOTE 義理の明らかなものは省筆し、奥に隠れた真意を闡明する。 〉、【裁[㆐][㆓]成する】〈NOTE 整備する 〉は義類を[㆒]者、皆據りて[㆓]舊例に[㆒]而發し[㆑]義を、指して[㆓]|行事{かうじ}を[㆒]以て【正す[㆓]|褒貶{はうへん}を[㆒]】〈NOTE 褒貶の基準を厳正にする 〉。諸〻の稱す・書す・不[㆑]書せ・先づ書す・故に書す・不[㆑]言は・不[㆑]稱せ・書して曰くの之類、皆|所[㆐][㆘]以{ゆゑん}なり【起し[㆓]新舊を[㆒]】〈NOTE 古い体例と新意の体例を意味づける。 〉發す[㆗]大義を[㆖]。謂ふ[㆓]之を【變例】〈NOTE 周公の定めた旧例(正例)に対していう。 〉と[㆒]。然れども亦有り[㆓]【史】〈NOTE 史官 〉の所[㆑]不る[㆑]書せ、即ち以て爲す[㆑]義と者[㆒]。此れ蓋し春秋の新意ならん。故に傳に不[㆑]言は[㆑]凡を、|曲{つぶ}さにして而|暢{の}ぶるなり[㆑]之を也。其の經に無く[㆓]義例[㆒]、因りて[㆓]行事に[㆒]而言ふは、則ち傳は|直{た}だ言ふのみ[㆓]其の【歸趣】〈NOTE 結果 〉を[㆒]而已。【非ざるなり[㆑]例に也。】〈NOTE これもまた旧章に代わる新たな体例というべきものだ。 〉
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其ノ【 ̄發`おこ´シテ^ ̄凡`ぼん´ヲ以テ】〈NOTE  ̄凡`およ´そ云々と説き起こして。左伝にはこの凡例が五十あり、春秋五十凡という。 〉言フハ^【例】〈NOTE 義例。 〉ヲ、皆經國ノ之常制、周公ノ之【垂法】〈NOTE 後世に残した遵則 〉、史書ノ之【舊章】〈NOTE 伝統的規範 〉ナリ。仲尼從ヒテ而脩メ^之ヲ、以テ成ス 2( 一經ノ之通體ヲ )1 。其ノ【 ̄微`かす´カニシ^顯ヲ ̄闡`ひら´キ^幽ヲ】〈NOTE 義理の明らかなものは省筆し、奥に隠れた真意を闡明する。 〉、【裁- 2( 成スル】〈NOTE 整備する 〉ハ義類ヲ )1 者、皆據リテ 2( 舊例ニ )1 而發シ^義ヲ、指シテ 2(  ̄行事`かうじ´ヲ )1 以テ【正ス 2(  ̄褒貶`はうへん´ヲ )1 】〈NOTE 褒貶の基準を厳正にする 〉。諸〻ノ稱ス・書ス・不^書セ・先ヅ書ス・故ニ書ス・不^言ハ・不^稱セ・書シテ曰クノ之類、皆 ̄所[㆐][㆘]以`ゆゑん´ナリ【起シ 2( 新舊ヲ )1 】〈NOTE 古い体例と新意の体例を意味づける。 〉發ス ┤大義ヲ }1 。謂フ 2( 之ヲ【變例】〈NOTE 周公の定めた旧例(正例)に対していう。 〉ト )1 。然レドモ亦有リ 2( 【史】〈NOTE 史官 〉ノ所^不ル^書セ、即チ以テ爲ス^義ト者 )1 。此レ蓋シ春秋ノ新意ナラン。故ニ傳ニ不^言ハ^凡ヲ、 ̄曲`つぶ´サニシテ而 ̄暢`の´ブルナリ^之ヲ也。其ノ經ニ無ク 2( 義例 )1 、因リテ 2( 行事ニ )1 而言フハ、則チ傳ハ ̄直`た´ダ言フノミ 2( 其ノ【歸趣】〈NOTE 結果 〉ヲ )1 而已。【非ザルナリ^例ニ也。】〈NOTE これもまた旧章に代わる新たな体例というべきものだ。 〉
注記
〇發シテ㆑凡ヲ以テ ― 凡そ云々と説き起こして。左伝にはこの凡例が五十あり、春秋五十凡という。 〇例 ― 義例。 〇垂法 ― 後世に残した遵則 〇舊章 ― 伝統的規範 〇微カニシ㆑顯ヲ闡キ㆑幽ヲ ― 義理の明らかなものは省筆し、奥に隠れた真意を闡明する。 〇裁㆐㆓成スル ― 整備する 〇正ス㆓褒貶ヲ㆒ ― 褒貶の基準を厳正にする 〇起シ㆓新舊ヲ㆒ ― 古い体例と新意の体例を意味づける。 〇變例 ― 周公の定めた旧例(正例)に対していう。 〇史 ― 史官 〇歸趣 ― 結果 〇非ザルナリ㆑例ニ也。 ― これもまた旧章に代わる新たな体例というべきものだ。
概要
したがって伝を記す体例には以上の旧例・変例・非例の三種があるが、さらに細部の意味づけが五種ほどある。
第一は、言葉は簡約だが意味を推せば明らかになるもの。「秋、叔孫僑如、斉に如きて女を逆ふ。」(成公十四年)と族名を記したのは君命を尊んだからであり、「九月、僑如、夫人婦姜氏を以て斉より至る。」と族名を省いたのは夫人を尊んだからである、と記す例。また「梁亡ぶ。」(僖公十九年)とのみ記し、滅ぼした国名を書かないのは梁が自ら招いたからだ、と記す例。そして「春、諸侯、縁陵に城く。」(僖公十四年)と記して具体的に国名を挙げないのは参加しない国があったからだ、と記す例などがそれである。
第二は、記述を曖昧にして意味を隠したり、片言隻語で当時の約束事を推知させるもの。会盟に赴く場合には地名を記し、同盟国が来る場合には地名を記さない例。軍を発するのに、共謀して事を起こす場合には「及」を使う例などがそれに当たる。
第三は、婉曲な表現でありながら筋道が通るもの。あえて曲筆して、臣子の拠るべき恭順の大道を示している。忌避すべきことについてこの筆法を用いる。「鄭伯、璧を以て許の田を仮る。」(桓公元年)などの例がそれである。〔鄭の荘公が周王巡守の湯沐の邑である祊を諸侯朝宿の邑である魯の許と強引に交換した暴挙を、璧で借りたという言い回しによって周・魯の体面を繕った。〕
第四は、事柄を率直に書き記し、評価を下すもの。「秋、桓宮の楹を丹にす。」(荘公二十三年)「春、桓宮の桷に刻む。」(同二十四年)などの例。〔先君桓公の廟の柱を丹塗りにし、垂木に彫刻を施したことを記し、天子に並ぶ驕りを行った非礼を指弾した。〕「天王、家父をして来りて車を求めしむ。」(桓公十五年)「斉侯来りて戎捷を献ず。」(荘公三十一年)などの例。〔周王が家宰を遣わして車を要求した。斉の桓公が自ら山戎との戦利品を献上してきた。いずれも礼に外れる行為であった。〕
そして第五は悪を懲らして善を勧める「勧善懲悪」の趣意。名声を追求して滅亡し、悪を覆い隠そうとしてかえって露見する類である。「盗、衛侯の兄縶を殺す。」(昭公二十年)では衛の公孫縶を殺害した卿の斉豹を盗と呼び、「邾の庶其、漆・閭丘を以て来奔す。」(襄公二十一年)「莒の牟夷、牟婁と防・茲とを以て来奔す。」(昭公五年)「邾の黒肱、濫を以て来奔す。」(昭公三十一年)において、自身に管理を任されていた街の支配権を手土産に魯に亡命してきた三人の謀叛人の名を書き記して筆誅を加えたなどの例がこれである。
この五つの用法を踏まえて経と伝とを探究し、同じようなケースに当てはめていったなら、隠公から哀公に至る二四二年の出来事から王道政治の正しい姿、君臣道徳のあるべき姿が『春秋』にはすべて備わっていることがわかるだろう。
訓読
故ニ發ス㆑傳ヲ之體ニ有リ㆑三、而シテ爲ニスル㆑例ノ之情ニ有リ㆑五。一ニ曰ク、微ニシテ而顯ナリ、文見ハレテ㆓於此ニ㆒、而起スコト㆑義ヲ在リ㆑彼ニ、稱スルハ㆑族ヲ尊ブナリ㆓君命ヲ㆒、舍ツルハ㆑族ヲ尊ブナリ㆓夫人ヲ㆒、梁亡ブ、城クノ㆓縁陵㆒之類是レナリ也。二ニ曰ク、志シテ而晦シ、約ニシテ㆑言ヲ示シ㆑制ヲ、推シテ以テ知ル㆑例ヲ、參會ニハ不㆑地イハ、與ニ謀ルニ曰フノ㆑及ト之類是レナリ也。三ニ曰ク、婉ニシテ而成ス㆑章ヲ、曲ゲテ從ヒ㆓義訓ニ㆒、以テ示ス㆓大順ヲ㆒、諸〻ノ所㆓諱避スル㆒、璧モテ假ル㆓許田ヲ㆒ノ之類是レナリ也。四ニ曰ク、盡シテ而不㆑汚ゲ、直㆐㆓書シ其ノ事ヲ㆒、具ヘテ㆑文ヲ見ハス㆑意ヲ、丹ニス㆑楹ヲ、刻ム㆑桷ニ、天王求ム㆑車ヲ、齊侯獻ズノ㆑捷ヲ之類是レナリ也。五ニ曰ク、懲ラシテ㆑惡ヲ而勸ム㆑善ヲ、求メテ㆑名ヲ而亡ヒ、欲シテ㆑蓋ハント而章ハル、書ス㆓齊豹ニ盜ト㆒、三叛人ニ名イフノ之類是レナリ也。
推シテ㆓此ノ五體ヲ㆒、以テ尋ネ㆓經傳ヲ㆒、觸レテ㆑類ニ而長ウシ㆑之ヲ、附セバ㆓于二百四十二年ノ行事ニ㆒、王道ノ之正、人倫ノ之紀備ハレリ矣。
白文
故發傳之體有三、而爲例之情有五。一曰、微而顯、文見於此、而起義在彼、稱族尊君命、舍族尊夫人、梁亡、城縁陵之類是也。二曰、志而晦、約言示制、推以知例、參會不地、與謀曰及之類是也。三曰、婉而成章、曲從義訓、以示大順。諸所諱避、璧假許田之類是也。四曰、盡而不汚。直書其事、具文見意、丹楹、刻桷、天王求車、齊侯獻捷之類是也。五曰、懲惡而勸善、求名而亡、欲蓋而章、書齊豹盜、三叛人名之類是也。推此五體、以尋經傳、觸類而長之、附于二百四十二年行事、王道之正、人倫之紀備矣。
原文
故に|發{おこ}す[㆑]傳を之體に有り[㆑]【三】〈NOTE 旧例、変例、非例。 〉、|而{しか}して【爲にする[㆑]例の之情】〈NOTE 義例を説明するための配慮 〉に有り[㆑]五。一に曰く、【微にして而顯なり】〈NOTE 微言に深意を込めているのが明らかであること。 〉、文見はれて[㆓]於|此{ここ}に[㆒]、而起すこと[㆑]義を在り[㆑]|彼{かしこ}に、稱するは[㆑]族を尊ぶなり[㆓]君命を[㆒]、|舍{す}つるは[㆑]族を尊ぶなり[㆓]夫人を[㆒]、梁亡ぶ、|城{きづ}くの[㆓]|縁陵{えんりやう}[㆒]之|類{るい}是れなり也。二に曰く、【|志{しる}して而|晦{くら}し】〈NOTE 書いてあることの意味が分かりにくい。 〉、約にして[㆑]言を示し[㆑]【制】〈NOTE 決まり 〉を、推して以て知る[㆑]例を、參會には不[㆑]地いは、與に謀るに曰ふの[㆑]|及{と}と之類是れなり也。三に曰く、【|婉{ゑん}にして而成す[㆑]章を】〈NOTE 婉曲だが文意を通す。 〉、曲げて從ひ[㆓]義訓に[㆒]、以て示す[㆓]【|大順{たいじゆん}】〈NOTE 臣下のしたがうべき道理 〉を[㆒]、諸〻の所[㆓]諱避する[㆒]、璧もて假る[㆓]|許田{きよでん}を[㆒]の之類是れなり也。四に曰く、盡して而不[㆑]|汚{ま}げ、直[㆐][㆓]書し其の事を[㆒]、【具へて[㆑]文を見はす[㆑]意を】〈NOTE 十分に書き記して、趣意を尽くす。 〉、|丹{たん}にす[㆑]|楹{えい}を、刻む[㆑]|桷{かく}に、|天王{てんわう}求む[㆑]車を、齊侯獻ずの[㆑]|捷{せふ}を之類是れなり也。五に曰く、懲らして[㆑]惡を而勸む[㆑]善を、求めて[㆑]名を而亡ひ、|欲{ほつ}して[㆑]|蓋{おほ}はんと而|章{あら}はる、書す[㆓]|齊豹{せいへう}に|盜{たう}と[㆒]、三|叛人{はんじん}に名いふの之類是れなり也。
推して[㆓]此の五體を[㆒]、以て尋ね[㆓]經傳を[㆒]、【觸れて[㆑]類に而長うし[㆑]之を】〈NOTE 同類の事例にこれらの例を敷衍して意義を求めること。 〉、附せば[㆓]于二百四十二年の行事に[㆒]、王道の之正、【人倫の之紀】〈NOTE 臣子が守るべき人倫の紀綱。 〉備はれり矣。
矣。
旧タグ
故ニ ̄發`おこ´ス^傳ヲ之體ニ有リ^【三】〈NOTE 旧例、変例、非例。 〉、 ̄而`しか´シテ【爲ニスル^例ノ之情】〈NOTE 義例を説明するための配慮 〉ニ有リ^五。一ニ曰ク、【微ニシテ而顯ナリ】〈NOTE 微言に深意を込めているのが明らかであること。 〉、文見ハレテ 2( 於 ̄此`ここ´ニ )1 、而起スコト^義ヲ在リ^ ̄彼`かしこ´ニ、稱スルハ^族ヲ尊ブナリ 2( 君命ヲ )1 、 ̄舍`す´ツルハ^族ヲ尊ブナリ 2( 夫人ヲ )1 、梁亡ブ、 ̄城`きづ´クノ 2(  ̄縁陵`えんりやう´ )1 之 ̄類`るい´是レナリ也。二ニ曰ク、【 ̄志`しる´シテ而 ̄晦`くら´シ】〈NOTE 書いてあることの意味が分かりにくい。 〉、約ニシテ^言ヲ示シ^【制】〈NOTE 決まり 〉ヲ、推シテ以テ知ル^例ヲ、參會ニハ不^地イハ、與ニ謀ルニ曰フノ^ ̄及`と´ト之類是レナリ也。三ニ曰ク、【 ̄婉`ゑん´ニシテ而成ス^章ヲ】〈NOTE 婉曲だが文意を通す。 〉、曲ゲテ從ヒ 2( 義訓ニ )1 、以テ示ス 2( 【 ̄大順`たいじゆん´】〈NOTE 臣下のしたがうべき道理 〉ヲ )1 、諸〻ノ所 2( 諱避スル )1 、璧モテ假ル 2(  ̄許田`きよでん´ヲ )1 ノ之類是レナリ也。四ニ曰ク、盡シテ而不^ ̄汚`ま´ゲ、直- 2( 書シ其ノ事ヲ )1 、【具ヘテ^文ヲ見ハス^意ヲ】〈NOTE 十分に書き記して、趣意を尽くす。 〉、 ̄丹`たん´ニス^ ̄楹`えい´ヲ、刻ム^ ̄桷`かく´ニ、 ̄天王`てんわう´求ム^車ヲ、齊侯獻ズノ^ ̄捷`せふ´ヲ之類是レナリ也。五ニ曰ク、懲ラシテ^惡ヲ而勸ム^善ヲ、求メテ^名ヲ而亡ヒ、 ̄欲`ほつ´シテ^ ̄蓋`おほ´ハント而 ̄章`あら´ハル、書ス 2(  ̄齊豹`せいへう´ニ ̄盜`たう´ト )1 、三 ̄叛人`はんじん´ニ名イフノ之類是レナリ也。
推シテ 2( 此ノ五體ヲ )1 、以テ尋ネ 2( 經傳ヲ )1 、【觸レテ^類ニ而長ウシ^之ヲ】〈NOTE 同類の事例にこれらの例を敷衍して意義を求めること。 〉、附セバ 2( 于二百四十二年ノ行事ニ )1 、王道ノ之正、【人倫ノ之紀】〈NOTE 臣子が守るべき人倫の紀綱。 〉備ハレリ矣。
注記
〇三 ― 旧例、変例、非例。 〇爲ニスル㆑例ノ之情 ― 義例を説明するための配慮 〇微ニシテ而顯ナリ ― 微言に深意を込めているのが明らかであること。 〇志シテ而晦シ ― 書いてあることの意味が分かりにくい。 〇制 ― 決まり 〇婉ニシテ而成ス㆑章ヲ ― 婉曲だが文意を通す。 〇大順 ― 臣下のしたがうべき道理 〇具ヘテ㆑文ヲ見ハス㆑意ヲ ― 十分に書き記して、趣意を尽くす。 〇觸レテ㆑類ニ而長ウシ㆑之ヲ ― 同類の事例にこれらの例を敷衍して意義を求めること。 〇人倫ノ之紀 ― 臣子が守るべき人倫の紀綱。
概要
ある人の議論に、『春秋』は言葉の相違によって趣意を示すものである。君のいうとおりであるとしたら、同じ事実に対して(旧例と変例とで)表現が異なっていても、趣意に関わりのないものが存在するはずだ。先儒はそういう説を立ててはいない、と言った。それに対する答えはこうだ。『春秋』はなるほど一字によって褒貶を行うものだが、数句並べて初めて文となる。『周易』の卦爻が交錯して六十四の変化をなすような類ではない。解釈にあたっては、伝をたよりに判断すべきものである。
昔から『左氏春秋』を称する者は多く、今日伝わるもので主なものだけでも十数家の所伝があるが、たいていは先人の所説を祖述するだけで、あえて経文を組み合わせてその異同を討究するものはなく、かといって丘明の伝を受け継ぐものもいない。意味の通じない箇所があっても素通りしてしまう。それでいて『公羊伝』や『穀梁伝』を孫引きして得々としているありさまだ。私がそれらと異なるのは、もっぱら丘明の伝を探り、それに基づいて経文を解釈している点にある。経文の条理は必ず丘明の伝によって明らかになる。伝の義例はすべて凡例に行き着く。孔子の加除した変例を推究して褒貶の意義を正しく捉え、公羊・穀梁の二伝の取るべきを択んで異端を取り除く。これは丘明の素志に適うことと考える。疑念や錯誤のあるものは、論究を十分に行い、断案はあえて下さず、後生の発明に俟つことにした。
訓読
或曰ク、春秋ハ以テ㆑錯フルヲ㆑文ヲ見ハス㆑義ヲ。若シ如クンバ㆑所ノ㆑論ズル、則チ經ハ當ニ シ ㆑有ル㆔事同ジク文異ニシテ而無キモノ㆓其ノ義㆒也。先儒ノ所㆑傳フル、皆不ト㆓其レ然ラ㆒。荅ヘテ曰ク、春秋ハ雖モ㆘以テ㆓一字ヲ㆒爲スト㆗褒貶ヲ㆖、然レドモ皆須ヒテ㆓數句ヲ㆒以テ成ス㆑言ヲ。非ザルナリ㆑如キニ㆕八卦ノ之爻、可キガ㆔錯綜シテ爲ス㆓六十四ト㆒也。固ヨリ當ニ シト ㆓依リテ㆑傳ニ以テ爲ス㆒㆑斷ヲ。
古今言フ㆓左氏春秋ヲ㆒者多シ矣。今其ノ遺文ノ可キ㆑見ル者十數家アリ。大體轉タ相祖述シ、進ンデハ不㆑成サ㆘爲ニ錯㆐㆓綜シテ經文ヲ㆒以テ盡クスコトヲ㆗其ノ變ヲ㆖、退キテハ不㆑守ラ㆓丘明ノ之傳ヲ㆒。於ケル㆓丘明ノ之傳ニ㆒、有レバ㆑所㆑不ル㆑通ゼ、皆沒シテ而不㆑説カ、而シテ更ニ膚㆐㆓引シ公羊・穀梁ヲ㆒、適ニ足ル㆓以テ自ラ亂ルニ㆒。預今所㆐㆓以ハ爲ス㆒㆑異ヲ、專ラ脩メテ㆓丘明ノ之傳ヲ㆒以テ釋ク㆑經ヲ。經ノ之條貫ハ、必ズ出ヅ㆓於傳ニ㆒。傳ノ之義例ハ、揔テ歸ス㆓諸ヲ凡ニ㆒。推シテ㆓變例ヲ㆒以テ正シ㆓褒貶ヲ㆒、簡ビテ㆓二傳ヲ㆒而去ル㆓異端ヲ㆒。蓋シ丘明ノ之志ナリ也。其ノ有レバ㆓疑錯㆒、則チ備サニ論ジテ而闕キ㆑之ヲ、以テ俟ツ㆓後賢ヲ㆒。
白文
或曰、春秋以錯文見義。若如所論、則經當有事同文異而無其義也。先儒所傳、皆不其然。荅曰、春秋雖以一字爲褒貶、然皆須數句以成言。非如八卦之爻、可錯綜爲六十四也。固當依傳以爲斷。
古今言左氏春秋者多矣。今其遺文可見者十數家。大體轉相祖述、進不成爲錯綜經文以盡其變、退不守丘明之傳。於丘明之傳、有所不通、皆沒而不説、而更膚引公羊穀梁、適足以自亂。預今所以爲異、專脩丘明之傳以釋經。經之條貫、必出於傳。傳之義例、揔歸諸凡。推變例以正褒貶、簡二傳而去異端。蓋丘明之志也。其有疑錯、則備論而闕之、以俟後賢。
原文
|或{あるひと}曰く、春秋は【以て[㆑]|錯{まじ}ふるを[㆑]文を】〈NOTE 文辞をさまざまに入り交えて 〉見はす[㆑]義を。若し如くんば[㆑]所の[㆑]論ずる、則ち經は|當{まさ}に _し_ [㆑]有る[㆔]事同じく文異にして而無きもの[㆓]其の義[㆒]也。先儒の所[㆑]傳ふる、皆不と[㆓]其れ然ら[㆒]。荅へて曰く、春秋は雖も[㆘]以て[㆓]一字を[㆒]爲すと[㆗]褒貶を[㆖]、然れども皆|須{もち}ひて[㆓]數句を[㆒]以て成す[㆑]言を。非ざるなり[㆑]如きに[㆕]|八卦{はつくわ}の之|爻{かう}、可きが[㆔]錯綜して爲す[㆓]六十四と[㆒]也。|固{もと}より當に _しと_ [㆓]依りて[㆑]傳に以て爲す[㆒㆑]斷を。
古今言ふ[㆓]左氏春秋を[㆒]者多し矣。今其の遺文の可き[㆑]見る者十數家あり。大體【|轉{うた}た】〈NOTE おしなべて次々に 〉|相{あひ}祖述し、【進んでは】〈NOTE 積極的な方面では 〉不[㆑]成さ[㆘]|爲{ため}に錯[㆐][㆓]綜して經文を[㆒]以て【盡くす】〈NOTE 真意を解明しつくす 〉ことを[㆗]其の變を[㆖]、退きては【不[㆑]守ら】〈NOTE 祖述することもしない 〉[㆓]丘明の之傳を[㆒]。於ける[㆓]丘明の之傳に[㆒]、有れば[㆑]所[㆑]不る[㆑]通ぜ、皆沒して而不[㆑]説か、而して更に【|膚[㆐][㆓]引{ふいん}し】〈NOTE 表面をなぞって引証する 〉|公羊{くやう}・|穀梁{こくりやう}を[㆒]、【|適{まさ}に足る[㆓]以て自ら亂るに[㆒]。】〈NOTE 自己矛盾に陥っているに過ぎない 〉|預{よ}今所[㆐][㆓]以は爲す[㆒㆑]|異{い}を、專ら脩めて[㆓]丘明の之傳を[㆒]以て釋く[㆑]經を。經の之【|條貫{でうくわん}】〈NOTE 理路 〉は、必ず出づ[㆓]於傳に[㆒]。傳の之義例は、|揔{すべ}て歸す[㆓]|諸{これ}を【凡】〈NOTE 凡例 〉に[㆒]。推して[㆓]變例を[㆒]以て正し[㆓]褒貶を[㆒]、|【簡{えら}びて[㆓]二傳を[㆒]】〈NOTE 公羊伝・穀梁伝から良いものを選んで 〉而去る[㆓]異端を[㆒]。蓋し丘明の之|志{こころざし}なり也。其の有れば[㆓]【疑錯】〈NOTE 真偽の疑わしいもの 〉[㆒]、則ち備さに論じて而【|闕{か}き[㆑]之を】〈NOTE 無理に結論を求めず 〉、以て|俟{ま}つ[㆓]後賢を[㆒]。
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 ̄或`あるひと´曰ク、春秋ハ【以テ^ ̄錯`まじ´フルヲ^文ヲ】〈NOTE 文辞をさまざまに入り交えて 〉見ハス^義ヲ。若シ如クンバ^所ノ^論ズル、則チ經ハ ̄當`まさ´ニ _シ_ ^有ル 3( 事同ジク文異ニシテ而無キモノ 2( 其ノ義 )1 也。先儒ノ所^傳フル、皆不ト 2( 其レ然ラ )1 。荅ヘテ曰ク、春秋ハ雖モ 2{ 以テ 2( 一字ヲ )1 爲スト ┤褒貶ヲ }1 、然レドモ皆 ̄須`もち´ヒテ 2( 數句ヲ )1 以テ成ス^言ヲ。非ザルナリ^如キニ 4(  ̄八卦`はつくわ´ノ之 ̄爻`かう´、可キガ 3( 錯綜シテ爲ス 2( 六十四ト )1 也。 ̄固`もと´ヨリ當ニ _シト_ 2( 依リテ^傳ニ以テ爲ス )1^斷ヲ。
古今言フ 2( 左氏春秋ヲ )1 者多シ矣。今其ノ遺文ノ可キ^見ル者十數家アリ。大體【 ̄轉`うた´タ】〈NOTE おしなべて次々に 〉 ̄相`あひ´祖述シ、【進ンデハ】〈NOTE 積極的な方面では 〉不^成サ 2{  ̄爲`ため´ニ錯- 2( 綜シテ經文ヲ )1 以テ【盡クス】〈NOTE 真意を解明しつくす 〉コトヲ ┤其ノ變ヲ }1 、退キテハ【不^守ラ】〈NOTE 祖述することもしない 〉 2( 丘明ノ之傳ヲ )1 。於ケル 2( 丘明ノ之傳ニ )1 、有レバ^所^不ル^通ゼ、皆沒シテ而不^説カ、而シテ更ニ【 ̄膚[㆐][㆓]引`ふいん´シ】〈NOTE 表面ヲナゾッテ引証スル 〉 ̄公羊`くやう´・ ̄穀梁`こくりやう´ヲ )1 、【 ̄適`まさ´ニ足ル 2( 以テ自ラ亂ルニ )1 。】〈NOTE 自己矛盾に陥っているに過ぎない 〉 ̄預`よ´今所- 2( 以ハ爲ス )1^ ̄異`い´ヲ、專ラ脩メテ 2( 丘明ノ之傳ヲ )1 以テ釋ク^經ヲ。經ノ之【 ̄條貫`でうくわん´】〈NOTE 理路 〉ハ、必ズ出ヅ 2( 於傳ニ )1 。傳ノ之義例ハ、 ̄揔`すべ´テ歸ス 2(  ̄諸`これ´ヲ【凡】〈NOTE 凡例 〉ニ )1 。推シテ 2( 變例ヲ )1 以テ正シ 2( 褒貶ヲ )1 、 ̄【簡`えら´ビテ 2( 二傳ヲ )1 】〈NOTE 公羊伝・穀梁伝から良いものを選んで 〉而去ル 2( 異端ヲ )1 。蓋シ丘明ノ之 ̄志`こころざし´ナリ也。其ノ有レバ 2( 【疑錯】〈NOTE 真偽の疑わしいもの 〉 )1 、則チ備サニ論ジテ而【 ̄闕`か´キ^之ヲ】〈NOTE 無理に結論を求めず 〉、以テ ̄俟`ま´ツ 2( 後賢ヲ )1 。
注記
〇以テ㆑錯フルヲ㆑文ヲ ― 文辞をさまざまに入り交えて 〇轉タ ― おしなべて次々に 〇進ンデハ ― 積極的な方面では 〇盡クス ― 真意を解明しつくす 〇不㆑守ラ ― 祖述することもしない 〇膚㆐㆓引シ ― 表面をなぞって引証する 〇適ニ足ル㆓以テ自ラ亂ルニ㆒。 ― 自己矛盾に陥っているに過ぎない 〇條貫 ― 理路 〇凡 ― 凡例 〇簡ビテ㆓二傳ヲ㆒ ― 公羊伝・穀梁伝から良いものを選んで 〇疑錯 ― 真偽の疑わしいもの 〇闕キ㆑之ヲ ― 無理に結論を求めず
概要
けれども、新の劉子駿(劉歆)は最初に『春秋』の大義に通暁し、後漢の賈徽と賈景伯(賈逵)の父子と許恵卿(許淑)もまた優れた先儒である。後漢末には潁子厳(潁容)という者があり、学は深くないがこれも名家である。そこで、特にこの四家の相違を取り上げてその同異が分かるようにした。さらに経と伝とを年次順に組み合わせ、その趣意を比較してそれによって解釈をしたものを『経伝集解』という。また別にそれぞれの義例、および地名・系譜・暦日を集め、あわせて一部となした。すべてあわせて四十部、十五巻である。どれもそれぞれの異同が明らかになるように工夫し、それに基づいて解釈を施したものが『春秋釈例』である。これらにより、学に志す者がこの集成を眺められるようにした。異同の議論は『釈例』に詳しい。
訓読
然レドモ劉子駿ハ、創メテ㆐㆓通ジ大義ニ㆒、賈景伯父子・許惠卿ハ、皆先儒ノ之美レタル者ナリ也。末ニ有リ㆓潁子嚴ナル者㆒、雖モ㆓淺近ナリト㆒亦復タ名家ナリ。故ニ特ニ擧ゲ㆓劉・賈・許・潁ノ之違ヒヲ㆒、以テ見ハス㆓同異ヲ㆒。分カチテ㆔經ノ之年ト與ヲ㆓傳ノ之年㆒相附シ、比ベ㆓其ノ義類ヲ㆒、各〻隨ツテ而解ク㆑之ヲ。名ケテ曰フ㆓經傳集解ト㆒。又別ニ集メ㆓諸例及ビ地名・譜第・歴數ヲ㆒、相與ニ爲ス㆑部ヲ。凡ソ四十部、十五卷ナリ。皆顯ハシ㆓其ノ異同ヲ㆒、從ヒテ而釋ク㆑之ヲ。名ケテ曰フ㆓釋例ト㆒。將ニ __ ㆑令メント㆔學者ヲシテ觀㆓其ノ所ヲ㆒㆑聚ムル。異同ノ之説ハ、釋例詳カニスルナリ㆑之ヲ也。
白文
然劉子駿、創通大義、賈景伯父子許惠卿、皆先儒之美者也。末有潁子嚴者、雖淺近亦復名家。故特擧劉賈許潁之違、以見同異。分經之年與傳之年相附、比其義類、各隨而解之。名曰經傳集解。又別集諸例及地名譜第歴數、相與爲部。凡四十部、十五卷。皆顯其異同、從而釋之。名曰釋例。將令學者觀其所聚。異同之説、釋例詳之也。
原文
然れども【劉子駿】〈NOTE 前漢の劉歆。劉向の子。 〉は、創めて[㆐][㆓]通じ大義に[㆒]、【賈景伯父子】〈NOTE 後漢の賈徽・賈逵父子。 〉・【許惠卿】〈NOTE 後漢の許淑 〉は、皆先儒の之|美{すぐ}れたる者なり也。末に有り[㆓]【潁子嚴】〈NOTE 後漢の潁容 〉なる者[㆒]、雖も[㆓]【淺近】〈NOTE 浅学卑近 〉なりと[㆒]亦復た名家なり。故に特に擧げ[㆓]劉・賈・許・潁の之|違{たが}ひを[㆒]、以て見はす[㆓]同異を[㆒]。分かちて[㆔]經の之年と與を[㆓]傳の之年[㆒]相附し、|比{くら}べ[㆓]其の義類を[㆒]、各〻隨つて而解く[㆑]之を。名けて曰ふ[㆓]|經傳集解{けいでんしつかい}と[㆒]。又別に集め[㆓]諸例及び地名・【譜第】〈NOTE 系譜 〉・歴數を[㆒]、相|與{とも}に爲す[㆑]部を。凡そ四十部、十五卷なり。皆顯はし[㆓]其の異同を[㆒]、從ひて而釋く[㆑]之を。名けて曰ふ[㆓]【|釋例{しやくれい}】〈NOTE 春秋釈例 〉と[㆒]。將に __ [㆑]令めんと[㆔]學者をして|觀{み}[㆓]其の所を[㆒㆑]聚むる。異同の之説は、釋例|詳{つまびら}かにするなり[㆑]之を也。
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然レドモ【劉子駿】〈NOTE前漢の劉歆。劉向の子。〉ハ、創メテ- 2( 通ジ大義ニ )1 、【賈景伯父子】〈NOTE 後漢の賈徽・賈逵父子。 〉・【許惠卿】〈NOTE 後漢の許淑 〉ハ、皆先儒ノ之 ̄美`すぐ´レタル者ナリ也。末ニ有リ 2( 【潁子嚴】〈NOTE 後漢の潁容 〉ナル者 )1 、雖モ 2( 【淺近】〈NOTE 浅学卑近 〉ナリト )1 亦復タ名家ナリ。故ニ特ニ擧ゲ 2( 劉・賈・許・潁ノ之 ̄違`たが´ヒヲ )1 、以テ見ハス 2( 同異ヲ )1 。分カチテ 3( 經ノ之年ト與ヲ 2( 傳ノ之年 )1 相附シ、 ̄比`くら´ベ 2( 其ノ義類ヲ )1 、各〻隨ツテ而解ク^之ヲ。名ケテ曰フ 2(  ̄經傳集解`けいでんしつかい´ト )1 。又別ニ集メ 2( 諸例及ビ地名・【譜第】〈NOTE 系譜 〉・歴數ヲ )1 、相 ̄與`とも´ニ爲ス^部ヲ。凡ソ四十部、十五卷ナリ。皆顯ハシ 2( 其ノ異同ヲ )1 、從ヒテ而釋ク^之ヲ。名ケテ曰フ 2( 【 ̄釋例`しやくれい´】〈NOTE 春秋釈例 〉ト )1 。將ニ __ ^令メント 3( 學者ヲシテ ̄觀`み´ 2( 其ノ所ヲ )1^聚ムル。異同ノ之説ハ、釋例 ̄詳`つまびら´カニスルナリ^之ヲ也。
注記
〇劉子駿 ― 前漢の劉歆。劉向の子。 〇賈景伯父子 ― 後漢の賈徽・賈逵父子。 〇許惠卿 ― 後漢の許淑 〇潁子嚴 ― 後漢の潁容 〇淺近 ― 浅学卑近 〇譜第 ― 系譜 〇釋例 ― 春秋釈例
概要
またある人が私に、次のように尋ねた。『春秋』の制作について『左伝』と『穀梁伝』には明記したものがない。『左伝』を解説する者のなかには、孔子が衛国から魯に帰国し、『春秋』を著して素王〔身は王者ではないが、王者たるに値する者〕にふさわしい見解を樹立し、丘明が素王を鼓吹する素臣を以て任じたのだ、と考えた者もあった。『公羊伝』を説く者もまた、孔子は周王を退けて魯を真の王者としたのであり、高潔な態度を持しながら言葉は抑損して、当座の禍害を避けたもので、だから微言のうちに大義を隠したのだ、と述べている。そして『公羊伝』は「哀公十四年、春、西のかた狩をして麟を獲たり。」の記述に終わっているのに、『左伝』では「哀公十六年、夏、四月己丑、孔子卒す。」の記述で終わっている。これらの諸伝について、納得のいく説明をしてほしいという。
私は答えた。自分の聞くところは異なる。孔子は言った。「文王はもう亡くなったが、文王の残した道はここに存しているではないか。」(論語・子罕)これが『春秋』制作の本意である。また孔子は歎いた。「鳳鳥はやってこない。黄河は再び図を負った龍馬を出すこともない。私はもうお終いだ。」(同)と。これは当時の王政の有様を嘆き悲しんだのだ。麟・鳳・亀・龍・白虎の五つつの霊獣は、元来、王者が現れる吉祥のしるしである。今は本来、麟が現れるべき時ではない。現れた甲斐もなく、人に捕らえられて戻る場所もない。これが聖人の嘆じたゆえんである。獲麟の一句で筆を絶ったのは、この嘆きに基づいたものなのだから、これをもって巻を閉じるのは当然である。
訓読
或曰ク、春秋ノ之作ハ、左傳及ビ穀梁ニ無シ㆓明文㆒。説ク者以爲ヘラク、仲尼自リ㆑衞反リ㆑魯ニ、脩メテ㆓春秋ヲ㆒立テ㆓素王ヲ㆒、丘明爲ルト㆓素臣ト。言フ㆓公羊ヲ㆒者モ亦云ク、黜ケテ㆑周ヲ而王トス㆑魯ヲ。危クシ㆑行ヒヲ言ハ遜リ、以テ避ク㆓當時ノ之害ヲ㆒。故ニ微カニシ㆓其ノ文ヲ㆒、隱スト㆓其ノ義ヲ㆒。公羊ノ經止マリテ㆓獲麟ニ㆒、而左氏ノ經ハ終ル㆓孔子卒スニ㆒。敢テ問フト㆑所ヲ㆑安ンズル。
荅ヘテ曰ク、異ナリ㆓乎余ガ所ニ㆒㆑聞ク。仲尼曰ク、文王既ニ沒スレドモ、文ハ不ヤ㆑在ラ㆑茲ニ乎ト。此レ制作ノ之本意ナリ也。歎ジテ曰ク、鳳鳥不㆑至ラ、河不㆑出ダサ㆑圖、吾已ンヌルカナ矣夫ト。蓋シ傷ムナリ㆓時王ノ之政ヲ㆒也。麟鳳ノ五靈ハ、王者ノ之嘉瑞ナリ也。今、麟ノ出ヅルハ、非ズ㆓其ノ時ニ㆒。虚シクシテ㆓其ノ應ヲ㆒而失フ㆓其ノ歸ヲ㆒、此レ聖人ノ所㆐㆓以ナリ爲ス㆒㆑感ヲ也。絶ツ㆓筆ヲ於獲麟ノ之一句ニ㆒者ハ、所ナレバ㆓感ジテ而起ル㆒、固ヨリ所㆐㆓以ナリ爲ス㆒㆑終リ也ト。
白文
或曰、春秋之作、左傳及穀梁無明文。説者以爲、仲尼自衞反魯、脩春秋立素王、丘明爲素臣。言公羊者亦云、黜周而王魯。危行言遜、以避當時之害。故微其文、隱其義。公羊經止獲麟、而左氏經終孔子卒。敢問所安。
荅曰、異乎余所聞。仲尼曰、文王既沒、文不在茲乎。此制作之本意也。歎曰、鳳鳥不至、河不出圖、吾已矣夫。蓋傷時王之政也。麟鳳五靈、王者之嘉瑞也。今、麟出、非其時。虚其應而失其歸、此聖人所以爲感也。絶筆於獲麟之一句者、所感而起、固所以爲終也。
原文
|或{あるひと}曰く、春秋の之【作】〈NOTE 制作 〉は、左傳及び穀梁に無し[㆓]明文[㆒]。説く者|以爲{おも}へらく、仲尼【|自{よ}り[㆑]衞反り[㆑]魯に】〈NOTE 哀公十一年 〉、脩めて[㆓]春秋を[㆒]立て[㆓]【素王】〈NOTE 王者の徳を備えている者。漢代の董仲舒に始まり、一世を風靡した俗説。 〉を[㆒]、丘明爲ると[㆓]素臣と。言ふ[㆓]公羊を[㆒]者も亦云く、|黜{しりぞ}けて[㆑]周を而王とす[㆑]魯を。【|危{たか}くし[㆑]行ひを】〈NOTE 高潔に振る舞う。論語・憲問 〉言は|遜{へりくだ}り、以て避く[㆓]當時の之害を[㆒]。故に微かにし[㆓]其の文を[㆒]、隱すと[㆓]其の義を[㆒]。公羊の經止まりて[㆓]【獲麟】〈NOTE 哀公十四年 〉に[㆒]、而左氏の經は終る[㆓]【孔子卒す】〈NOTE 哀公十六年 〉に[㆒]。敢て問ふと[㆑]【所を[㆑]安んずる】〈NOTE 定説 〉。
荅へて曰く、異なり[㆓]乎余が所に[㆒㆑]聞く。仲尼曰く、【文王既に沒すれども、文は不や[㆑]在ら[㆑]|茲{ここ}に乎】〈NOTE 論語・子罕 〉と。此れ【制作の之本意】〈NOTE 文王の精神を伝えようとしたことをいう。 〉なり也。歎じて曰く、【鳳鳥不[㆑]至ら、|河{か}不[㆑]出ださ[㆑]|圖{と}】〈NOTE 論語・子罕。舜の代に麟が現れ、伏羲のときに黄河から竜馬が図(河図)を負って現れたという。 〉、吾已んぬるかな矣夫と。蓋し傷むなり[㆓]時王の之政を[㆒]也。麟鳳の【五靈】〈NOTE 麟鳳亀龍白虎 〉は、王者の之【嘉瑞】〈NOTE めでたい兆し 〉なり也。今、麟の出づるは、非ず[㆓]其の時に[㆒]。虚しくして[㆓]其の|應{おう}を[㆒]而失ふ[㆓]其の歸を[㆒]、此れ聖人の所[㆐][㆓]以なり爲す[㆒㆑]感を也。絶つ[㆓]筆を於獲麟の之一句に[㆒]者は、所なれば[㆓]感じて而起る[㆒]、固より所[㆐][㆓]以なり爲す[㆒㆑]終り也と。
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 ̄或`あるひと´曰ク、春秋ノ之【作】〈NOTE 制作 〉ハ、左傳及ビ穀梁ニ無シ 2( 明文 )1 。説ク者 ̄以爲`おも´ヘラク、仲尼【 ̄自`よ´リ^衞反リ^魯ニ】〈NOTE 哀公十一年 〉、脩メテ 2( 春秋ヲ )1 立テ 2( 【素王】〈NOTE 王者の徳を備えている者。漢代の董仲舒に始まり、一世を風靡した俗説。 〉ヲ )1 、丘明爲ルト 2( 素臣ト。言フ 2( 公羊ヲ )1 者モ亦云ク、 ̄黜`しりぞ´ケテ^周ヲ而王トス^魯ヲ。【 ̄危`たか´クシ^行ヒヲ】〈NOTE 高潔に振る舞う。論語・憲問 〉言ハ ̄遜`へりくだ´リ、以テ避ク 2( 當時ノ之害ヲ )1 。故ニ微カニシ 2( 其ノ文ヲ )1 、隱スト 2( 其ノ義ヲ )1 。公羊ノ經止マリテ 2( 【獲麟】〈NOTE 哀公十四年 〉ニ )1 、而左氏ノ經ハ終ル 2( 【孔子卒ス】〈NOTE 哀公十六年 〉ニ )1 。敢テ問フト^【所ヲ^安ンズル】〈NOTE 定説 〉。
荅ヘテ曰ク、異ナリ 2( 乎余ガ所ニ )1^聞ク。仲尼曰ク、【文王既ニ沒スレドモ、文ハ不ヤ^在ラ^ ̄茲`ここ´ニ乎】〈NOTE 論語・子罕 〉ト。此レ【制作ノ之本意】〈NOTE 文王の精神を伝えようとしたことをいう。 〉ナリ也。歎ジテ曰ク、【鳳鳥不^至ラ、 ̄河`か´不^出ダサ^ ̄圖`と´】〈NOTE 論語・子罕。舜の代に麟が現れ、伏羲のときに黄河から竜馬が図(河図)を負って現れたという。 〉、吾已ンヌルカナ矣夫ト。蓋シ傷ムナリ 2( 時王ノ之政ヲ )1 也。麟鳳ノ【五靈】〈NOTE 麟鳳亀龍白虎 〉ハ、王者ノ之【嘉瑞】〈NOTE めでたい兆し 〉ナリ也。今、麟ノ出ヅルハ、非ズ 2( 其ノ時ニ )1 。虚シクシテ 2( 其ノ ̄應`おう´ヲ )1 而失フ 2( 其ノ歸ヲ )1 、此レ聖人ノ所- 2( 以ナリ爲ス )1^感ヲ也。絶ツ 2( 筆ヲ於獲麟ノ之一句ニ )1 者ハ、所ナレバ 2( 感ジテ而起ル )1 、固ヨリ所- 2( 以ナリ爲ス )1^終リ也ト。
注記
〇作 ― 制作 〇自リ㆑衞反リ㆑魯ニ ― 哀公十一年 〇素王 ― 王者の徳を備えている者。漢代の董仲舒に始まり、一世を風靡した俗説。 〇危クシ㆑行ヒヲ ― 高潔に振る舞う。論語・憲問 〇獲麟 ― 哀公十四年 〇孔子卒ス ― 哀公十六年 〇所ヲ㆑安ンズル ― 定説 〇文王既ニ沒スレドモ、文ハ不ヤ㆑在ラ㆑茲ニ乎 ― 論語・子罕 〇制作ノ之本意 ― 文王の精神を伝えようとしたことをいう。 〇鳳鳥不㆑至ラ、河不㆑出ダサ㆑圖 ― 論語・子罕。舜の代に麟が現れ、伏羲のときに黄河から竜馬が図(河図)を負って現れたという。 〇五靈 ― 麟鳳亀龍白虎 〇嘉瑞 ― めでたい兆し
概要
質問者は言った。それならば、『春秋』はどうして魯の隠公から始まっているのか。
私は答えた。周の平王は東周の最初の王である。隠公は自らは摂政を務め、桓公に譲位した賢君である。平王の晩年と隠公の摂政の初めは年代が隣接し、魯は列国に位し、その始祖は武公の弟周公(の子である伯禽)に始まる系族である。もし平王が中興の大業を成し、隠公が先祖の偉業を受け継いで王室の栄光を発揮させることができたなら、西周の盛時が再現し、文王・武王の功績が失墜することはなかったであろう。これがために年次に従い、代々の事蹟を記し、創業当時の王政を再現し、その王法を将来に及んで模範として示したのである。経伝に「王」とするのは周の平王であり、暦法は周の正暦である。「公」とあるのは魯の隠公である。それなのに、どうして周室をなみして魯を王とするわけがあろうか。孔子は言った。「もし自分を登用するものがあれば、自分はこの東方の地に周の盛時を実現するつもりだ。」(論語・陽貨)これがすなわち『春秋』に説く義なのである。さて孔子の制作した叙述の体例については、過去を闡明し、あるべき未来を考えさせるためのものであり、その思いは言葉によく表れている。言葉が高潔なものであれば、その趣意は高遠になり、言葉が簡潔であればその意味は奥に隠れる。これは理の当然であり、ことさらに隠したわけではないのだ。
訓読
曰ク、然ラバ則チ春秋ハ何ゾ始マルト㆓於魯ノ隱公ニ㆒。荅ヘテ曰ク、周ノ平王ハ、東周ノ之始メノ王ナリ也。隱公ハ、讓國ノ之賢君ナリ也。考フレバ㆓乎其ノ時ヲ㆒、則チ相接ハリ、言ヘバ㆓乎其ノ位ヲ㆒、則チ列國、本ヅケバ㆓乎其ノ始ニ㆒、則チ周公ノ之祚胤ナリ也。若シ平王能ク祈メ㆓天ノ永命ヲ㆒、紹㆐㆓開シ中興ヲ㆒、隱公能ク弘㆐㆓宣シ祖業ヲ㆒、光㆐㆓啓セバ王室ヲ㆒、則チ西周ノ之美可ク㆑尋ヌ、文武ノ之跡不ラン㆑墜チ。是ノ故ニ因リテ㆓其ノ歴數ニ㆒、附ケ㆓其ノ行事ヲ㆒、采リテ㆓周ノ之舊ヲ㆒、以テ會㆐㆓成シ王義ヲ㆒、垂ル㆓法ヲ將來ニ㆒。所ノ㆑書スル之王ハ、即チ平王ナリ也、所ノ㆑用ヰル之歴ハ、即チ周正ナリ也。所ノ㆑稱スル之公ハ、即チ魯隱ナリ也。安クンゾ在ランヤ㆓其ノ黜ケテ㆑周ヲ而王トスルニ㆒㆑魯ヲ乎。子曰ク、如シ有ラバ㆓用ヰル㆑我ヲ者㆒、吾其レ爲サンカ㆓東周ヲ㆒乎ト。此レ其ノ義ナリ也。若シ夫レ制作ノ之文ハ、所㆐㆓以ニシテ章カニシ㆑往ヲ考フル㆑來ヲ、情ハ見ハル㆓乎辭ニ㆒。言高ケレバ則チ旨遠シ。辭約マヤカナレバ則チ義微カナリ。此レ理ノ之常ニシテ、非ザル㆑隱スニ㆑之ヲ也。
白文
曰、然則春秋何始於魯隱公。荅曰、周平王、東周之始王也。隱公、讓國之賢君也。考乎其時、則相接、言乎其位、則列國、本乎其始、則周公之祚胤也。若平王能祈天永命、紹開中興、隱公能弘宣祖業、光啓王室、則西周之美可尋、文武之跡不墜。是故因其歴數、附其行事、采周之舊、以會成王義、垂法將來。所書之王、即平王也、所用之歴、即周正也。所稱之公、即魯隱也。安在其黜周而王魯乎。子曰、如有用我者、吾其爲東周乎。此其義也。若夫制作之文、所以章往考來、情見乎辭。言高則旨遠。辭約則義微。此理之常、非隱之也。
原文
曰く、然らば則ち春秋は何ぞ始まると[㆓]於魯の隱公に[㆒]。荅へて曰く、周の平王は、東周の之始めの王なり也。隱公は、【讓國】〈NOTE 弟の桓公に譲ろうとしたこと。 〉の之賢君なり也。考ふれば[㆓]乎其の時を[㆒]、則ち【相|接{まじ}はり】〈NOTE 周の平王と魯の隠公の時代はわずかに交叉している。 〉、言へば[㆓]乎其の位を[㆒]、則ち列國、本づけば[㆓]乎其の始に[㆒]、則ち周公の之|祚胤{そいん}なり也。若し平王能く|祈{もと}め[㆓]天の永命を[㆒]、【紹[㆐][㆓]開し中興を[㆒]】〈NOTE 祖先の遺業を受け継いで王室を中興させる。 〉、隱公能く弘[㆐][㆓]宣し祖業を[㆒]、光[㆐][㆓]啓せば王室を[㆒]、則ち西周の之美可く[㆑]尋ぬ、【文武】〈NOTE 文王・武王の偉業 〉の之跡不らん[㆑]墜ち。是の故に因りて[㆓]其の歴數に[㆒]、附け[㆓]其の行事を[㆒]、采りて[㆓]周の之【舊】〈NOTE 旧習、祖法。 〉を[㆒]、以て會[㆐][㆓]成し王義を[㆒]、垂る[㆓]法を將來に[㆒]。所の[㆑]書する之王は、即ち平王なり也、所の[㆑]用ゐる之歴は、即ち【周正】〈NOTE 周の正当の暦 〉なり也。所の[㆑]稱する之公は、即ち魯隱なり也。|安{いづ}くんぞ在らんや[㆓]其の黜けて[㆑]周を而王とするに[㆒㆑]魯を乎。子曰く、如し有らば[㆓]用ゐる[㆑]我を者[㆒]、吾其れ爲さんか[㆓]東周を[㆒]乎と。此れ其の義なり也。若し夫れ制作の之文は、所[㆐][㆓]以にして|章{あきら}かにし[㆑]往を考ふる[㆑]來を、情は見はる[㆓]乎辭に[㆒]。言高ければ則ち旨遠し。辭|約{つづ}まやかなれば則ち義【微かなり】〈NOTE 含蓄として保たれ、露わでなくなる。 〉。此れ理の之常にして、|非{あら}ざる[㆑]隱すに[㆑]之を也。
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曰ク、然ラバ則チ春秋ハ何ゾ始マルト 2( 於魯ノ隱公ニ )1 。荅ヘテ曰ク、周ノ平王ハ、東周ノ之始メノ王ナリ也。隱公ハ、【讓國】〈NOTE 弟の桓公に譲ろうとしたこと。 〉ノ之賢君ナリ也。考フレバ 2( 乎其ノ時ヲ )1 、則チ【相 ̄接`まじ´ハリ】〈NOTE 周の平王と魯の隠公の時代はわずかに交叉している。 〉、言ヘバ 2( 乎其ノ位ヲ )1 、則チ列國、本ヅケバ 2( 乎其ノ始ニ )1 、則チ周公ノ之 ̄祚胤`そいん´ナリ也。若シ平王能ク ̄祈`もと´メ 2( 天ノ永命ヲ )1 、【紹- 2( 開シ中興ヲ )1 】〈NOTE 祖先の遺業を受け継いで王室を中興させる。 〉、隱公能ク弘- 2( 宣シ祖業ヲ )1 、光- 2( 啓セバ王室ヲ )1 、則チ西周ノ之美可ク^尋ヌ、【文武】〈NOTE 文王・武王の偉業 〉ノ之跡不ラン^墜チ。是ノ故ニ因リテ 2( 其ノ歴數ニ )1 、附ケ 2( 其ノ行事ヲ )1 、采リテ 2( 周ノ之【舊】〈NOTE 旧習、祖法。 〉ヲ )1 、以テ會- 2( 成シ王義ヲ )1 、垂ル 2( 法ヲ將來ニ )1 。所ノ^書スル之王ハ、即チ平王ナリ也、所ノ^用ヰル之歴ハ、即チ【周正】〈NOTE 周の正当の暦 〉ナリ也。所ノ^稱スル之公ハ、即チ魯隱ナリ也。 ̄安`いづ´クンゾ在ランヤ 2( 其ノ黜ケテ^周ヲ而王トスルニ )1^魯ヲ乎。子曰ク、如シ有ラバ 2( 用ヰル^我ヲ者 )1 、吾其レ爲サンカ 2( 東周ヲ )1 乎ト。此レ其ノ義ナリ也。若シ夫レ制作ノ之文ハ、所- 2( 以ニシテ ̄章`あきら´カニシ^往ヲ考フル^來ヲ、情ハ見ハル 2( 乎辭ニ )1 。言高ケレバ則チ旨遠シ。辭 ̄約`つづ´マヤカナレバ則チ義【微カナリ】〈NOTE 含蓄として保たれ、露わでなくなる。 〉。此レ理ノ之常ニシテ、 ̄非`あら´ザル^隱スニ^之ヲ也。
注記
〇讓國 ― 弟の桓公に譲ろうとしたこと。 〇相接ハリ ― 周の平王と魯の隠公の時代はわずかに交叉している。 〇紹㆐㆓開シ中興ヲ㆒ ― 祖先の遺業を受け継いで王室を中興させる。 〇文武 ― 文王・武王の偉業 〇舊 ― 旧習、祖法。 〇周正 ― 周の正当の暦 〇微カナリ ― 含蓄として保たれ、露わでなくなる。
概要
孔子のような聖人は、一身の守りは十分だ。すでに制作をものしながら、同時に韜晦して患難を避けたなどという話は聞いたことがない。弟子の子路が〔病床にあった孔子の万一のときのために大夫の例で葬礼を行おうとして、〕にわかに門人を家臣に仕立てようとした。孔子は後にそれを知り、「天を欺くものだ。」とした。(論語・子罕)それさえあるに、孔子を素王、丘明を素臣と〔董仲舒に始まる公羊学派が〕呼ぶのは、一般に通用しない議論である。先儒はまた、『春秋』の制作が三年でなされ、できあがったことによって麟を出現させたのだ、と考えるものもあるが、もはや根も葉もない臆説である。さらにまた経文を引用して孔子が歿したことを記すに至っては、欺瞞も甚だしい。『公羊伝』の経文は獲麟で終わっており、『左氏伝』ではその後に「小邾射、句繹を以て来奔す。」(哀公十四年)とあるが、この名が先の三叛人の中に無いことからも、このことは明らかである。したがって、自分の考えでは、やはり『春秋』は孔子が麟に衝撃を受けて制作したものだと見る。その動機が獲麟にあるなら、ここで擱筆したというのが実情であろう。それを、孔子が袂を反して面を拭い、「わが道窮まれり。」と言ったなどと〔『公羊伝』が〕いうのも、私は取らない。
訓読
聖人苞ネタリ㆓周身ノ之防ヲ㆒。既ニ作ル之後、方ニ復タ隱諱シテ以テ避クトハ㆑患ヒヲ、非ザルナリ㆑所ニ㆑聞ク也。子路欲ス㆑使メント㆓門人ヲシテ爲ラ㆒㆑臣。孔子以テ爲ス㆑欺クト㆑天ヲ。而ルニ云フハ㆓仲尼ヲ素王、丘明ヲ素臣ト㆒、又非ザルナリ㆓通論ニ㆒也。先儒以爲ヘラク、制作三年ニシテ、文成リテ致スト㆑麟ヲ。既ニ已ニ妖妄ナリ。又引キテ㆑經ヲ以テ至ルトハ㆓仲尼卒スニ㆒、亦又近シ㆑誣フルニ。據ル㆘公羊ノ經ハ止ミ㆓獲麟ニ㆒、而左氏ハ小邾射不ルニ㆖㆑在ラ㆓三叛ノ之數ニ㆒。故ニ余以爲ヘラク、感ジテ㆑麟ニ而作ルト。作ルコト起コレバ㆓獲麟ニ㆒、則チ文ノ止ムハ㆓於所ニ㆒㆑起コル、爲ス㆑得タリト㆓其ノ實ヲ㆒。至リテハ㆔於反シテ㆑袂ヲ拭ヒ㆑面ヲ、稱スルニ㆓吾ガ道窮マレリト㆒、亦無シ㆑取ルコト焉ト。
白文
聖人苞周身之防。既作之後、方復隱諱以避患、非所聞也。子路欲使門人爲臣。孔子以爲欺天。而云仲尼素王、丘明素臣、又非通論也。先儒以爲、制作三年、文成致麟。既已妖妄。又引經以至仲尼卒、亦又近誣。據公羊經止獲麟、而左氏小邾射不在三叛之數。故余以爲、感麟而作。作起獲麟、則文止於所起、爲得其實。至於反袂拭面、稱吾道窮、亦無取焉。
原文
聖人【|苞{か}ねたり[㆓]周身の之|防{ばう}を[㆒]】〈NOTE 身を守る術を十分に身につけている。 〉。既に作る之後、|方{まさ}に復た|隱諱{いんき}して以て避くとは[㆑]|患{うれ}ひを、非ざるなり[㆑]所に[㆑]聞く也。【子路欲す[㆑]使めんと[㆓]門人をして爲ら[㆒㆑]臣。】〈NOTE 論語・子罕。孔子の葬儀を立派にしようとした。 〉孔子以て爲す[㆑]欺くと[㆑]天を。而るに云ふは[㆓]仲尼を素王、丘明を素臣と[㆒]、又非ざるなり[㆓]通論に[㆒]也。先儒|以爲{おも}へらく、制作三年にして、文成りて致すと[㆑]麟を。既に已に妖妄なり。又引きて[㆑]經を以て至るとは[㆓]仲尼|卒{しゆつ}すに[㆒]、亦又近し[㆑]【|誣{し}ふる】〈NOTE 事実を歪曲する。 〉に。據る[㆘]公羊の經は止み[㆓]獲麟に[㆒]、而左氏は【|小邾射{せうちゆえき}不るに[㆖㆑]在ら[㆓]三叛の之數に[㆒]】〈NOTE 哀公十四年獲麟の後、三人の謀叛のことが記されていない。 〉。故に余以爲へらく、感じて[㆑]麟に而作ると。作ること起これば[㆓]獲麟に[㆒]、則ち文の止むは[㆓]於所に[㆒㆑]起こる、爲す[㆑]得たりと[㆓]其の實を[㆒]。至りては[㆔]於反して[㆑]|袂{たもと}を|拭{ぬぐ}ひ[㆑]面を、【稱するに[㆓]吾が道窮まれりと[㆒]】〈NOTE 公羊伝の説 〉、【亦無し[㆑]取ること焉】〈NOTE 全く取るに足らない。 〉と。
旧タグ
聖人【 ̄苞`か´ネタリ 2( 周身ノ之 ̄防`ばう´ヲ )1 】〈NOTE 身を守る術を十分に身につけている。 〉。既ニ作ル之後、 ̄方`まさ´ニ復タ ̄隱諱`いんき´シテ以テ避クトハ^ ̄患`うれ´ヒヲ、非ザルナリ^所ニ^聞ク也。【子路欲ス^使メント 2( 門人ヲシテ爲ラ )1^臣。】〈NOTE 論語・子罕。孔子の葬儀を立派にしようとした。 〉孔子以テ爲ス^欺クト^天ヲ。而ルニ云フハ 2( 仲尼ヲ素王、丘明ヲ素臣ト )1 、又非ザルナリ 2( 通論ニ )1 也。先儒 ̄以爲`おも´ヘラク、制作三年ニシテ、文成リテ致スト^麟ヲ。既ニ已ニ妖妄ナリ。又引キテ^經ヲ以テ至ルトハ 2( 仲尼 ̄卒`しゆつ´スニ )1 、亦又近シ^【 ̄誣`し´フル】〈NOTE 事実を歪曲する。 〉ニ。據ル 2{ 公羊ノ經ハ止ミ 2( 獲麟ニ )1 、而左氏ハ【 ̄小邾射`せうちゆえき´不ルニ }1 ^在ラ 2( 三叛ノ之數ニ )1 】〈NOTE 哀公十四年獲麟の後、三人の謀叛のことが記されていない。 〉。故ニ余以爲ヘラク、感ジテ^麟ニ而作ルト。作ルコト起コレバ 2( 獲麟ニ )1 、則チ文ノ止ムハ 2( 於所ニ )1^起コル、爲ス^得タリト 2( 其ノ實ヲ )1 。至リテハ 3( 於反シテ^ ̄袂`たもと´ヲ ̄拭`ぬぐ´ヒ^面ヲ、【稱スルニ 2( 吾ガ道窮マレリト )1 】〈NOTE 公羊伝の説 〉、【亦無シ^取ルコト焉】〈NOTE 全く取るに足らない。 〉ト。
注記
〇苞ネタリ㆓周身ノ之防ヲ㆒ ― 身を守る術を十分に身につけている。 〇子路欲ス㆑使メント㆓門人ヲシテ爲ラ㆒㆑臣。 ― 論語・子罕。孔子の葬儀を立派にしようとした。 〇誣フル ― 事実を歪曲する。 〇小邾射不ルニ㆖㆑在ラ㆓三叛ノ之數ニ㆒ ― 哀公十四年獲麟の後、三人の謀叛のことが記されていない。 〇稱スルニ㆓吾ガ道窮マレリト㆒ ― 公羊伝の説 〇亦無シ㆑取ルコト焉 ― 全く取るに足らない。