春秋左氏傳序(晉:杜預)
(1) 春秋ハ者、魯ノ史記ノ之名也。記スレ事ヲ者ハ、以テレ事ヲ繫ケレ日ニ、以テレ日ヲ繫ケレ月ニ、以テレ月ヲ繫ケレ時ニ、以テレ時ヲ繫クレ年ニ。所-下以紀シ二遠近ヲ一、別ツ中同異ヲ上也。故ニ史ノ之所ハレ記ス、必ズ表ハシテレ年ヲ以テ首ムレ事ヲ。年ニ有リ二四時一。故ニ錯擧シテ以テ爲ス二所ノレ記ス之名ト一也。
(2) 周禮ニ有リ二史官一。掌リ二邦國四方ノ之事ヲ一、達ス二四方ノ之志ヲ一。諸侯モ亦各〻有リ二國史一。大事ハ書シ二之ヲ於策ニ一、小事ハ簡牘而已。孟子曰ク、楚ニ謂ヒ二之ヲ檮杌ト一、晉ニ謂ヒ二之ヲ乘ト一、而シテ魯ニ謂フモ二之ヲ春秋ト一、其ノ實ハ一也ト。
(3) 韓宣子適キレ魯ニ、見テ三易象ト與ヲ二魯ノ春秋ヲ一曰ク、周ノ禮盡ク在リレ魯ニ矣。吾乃チ今ニシテ知ルト四周公ノ之德ト與ヲ三周ノ之所-二以王タル一。韓子ノ所ハレ見ル、蓋シ周ノ之舊典禮經ナラン也。
(4) 周德既ニ衰ヘ、官失フ二其ノ守リヲ一。上ノ人不レ能ハレ使ムルコト二春秋ヲシテ昭明ナラ一、赴告ノ策書、諸〻ノ所二記注スル一、多ク違フ二舊章ニ一。仲尼因リ二魯史ノ策書ノ成文ニ一、考ヘテ二其ノ眞僞ニ一、而志ス二其ノ典禮ヲ一。上ハ以テ遵ヒ二周公ノ之遺制ニ一、下ハ以テ明カニス二將來ノ之法ヲ一。其ノ敎ヘノ之所ニシテレ存スル、文ノ之所ハレ害スル、則チ刊リテ而正シレ之ヲ、以テ示ス二勸戒ヲ一。其ノ餘ハ則チ皆即チ用フ二舊史ヲ一。史ニ有リ二文質一、辭ニ有リ二詳略一、不ル二必ズシモ改メ一也。故ニ傳ニ曰ク、其レ善キ志ナリト。又曰ク、非ズンバ二聖人ニ一、孰カ能ク脩メント。蓋シ周公ノ之志、仲尼從ヒテ而明カニスル也。
(5) 左丘明受ケテ二經ヲ於仲尼ニ一、以爲ヘラク經ハ者不刊ノ之書也ト。故ニ傳或ハ先ンジテレ經ニ以テ始メレ事ヲ、或ハ後レテレ經ニ以テ終ヘレ義ヲ、或ハ依リテレ經ニ以テ辯ヘレ理ヲ、或ハ錯ヘテレ經ヲ以テ合ハセレ異ヲ、隨ヒテレ義ニ而發ス。其ノ例ノ之所レ重ナル、舊史ノ遺文ハ、略シテ不二盡クハ擧ゲ一。非ザル二聖人所ノレ脩ムル之要ニ一故也。
(6) 身ハ爲リ二國史ト一、躬ラ覽ル二載籍ヲ一。必ズ廣ク記シテ而備サニ言フレ之ヲ。其ノ文緩クシテ、其ノ旨遠シ。將ニレ令メント下學者ヲシテ原ネレ始メヲ要メレ終リヲ、尋ネ二其ノ枝葉ヲ一、究メ中其ノ所ヲ上レ窮マル。優ニシテ而柔ニシレ之ヲ、使ム二自ラ求メ一レ之ヲ。饜ニシテ而飫ニシレ之ヲ、使ム二自ラ趣カ一レ之ニ。若シ二江海ノ之浸、膏澤ノ之潤ノ一。渙然トシテ冰釋シ、怡然トシテ理順フ。然ル後ニ爲スレ得タリト也。
(7) 其ノ發シテレ凡ヲ言フハレ例ヲ、皆經國ノ之常制、周公ノ之垂法、史書ノ舊章ナリ。仲尼從ヒテ而脩メレ之ヲ、以テ成ス二一經ノ之通體ヲ一。其ノ微カニシレ顯ヲ闡キレ幽ヲ、裁-二成スル義類ヲ一者ハ、皆據リテ二舊例ニ一而發シレ義ヲ、指シテ二行事ヲ一以テ正ス二褒貶ヲ一。諸〻ノ稱ス、書ス、不レ書セ、先ヅ書ス、故ニ書ス、不レ言ハ、不レ稱セ、書シテ曰クノ之類ハ、皆所-下以ナリ起シ二新舊ヲ一發ス中大義ヲ上。謂フ二之ヲ變例ト一。然レドモ亦有リ二史ノ所レ不ルレ書セ、即チ以テ爲スレ義ト者一。此レ蓋シ春秋ノ新意ナラン。故ニ傳ニハ不レ言ハレ凡ヲ、曲サニシテ而暢ブルレ之ヲ也。其ノ經ニ無ク二義例一、因リテ二行事ニ一而言フハ、則チ傳ハ直ニ言フ二其ノ歸趣ヲ一而已。非ザルレ例ニ也。
(8) 故ニ發スノレ傳ヲ之體ニ有リレ三、而シテ爲メニスルノレ例ノ之情ハ有リレ五。一ニ曰ク、微ニシテ而顯ナリ。文見ハレテ二於此ニ一、而起スコトレ義ヲ在リレ彼ニ。稱スルハレ族ヲ尊ビ、舍ツルハレ族ヲ尊ブ二夫人ヲ一。梁亡ブ、城クノ二縁陵ニ一之類是レ也。二ニ曰ク、志シテ而晦シ。約メテレ言ヲ示シレ制ヲ、推シテ以テ知ルレ例ヲ。參會ニハ不レ地イハ、與ニ謀ルニ曰フノレ及ト之類是レ也。三ニ曰ク、婉ニシテ而成スレ章ヲ。曲ゲテ從ヒ二義訓ニ一、以テ示ス二大順ヲ一。諸〻ノ所二諱避スル一、璧モテ假ルノ二許田ヲ一之類是レ也。四ニ曰ク、盡シテ而不レ汚ゲズ。直-二書シ其ノ事ヲ一、具ヘテレ文ヲ見ハスレ意ヲ。丹ニスレ楹ヲ、刻ムレ桷ニ、天王求ムレ車ヲ、齊公獻ズノレ捷ヲ之類是レ也。五ニ曰ク、懲ラシテレ惡ヲ而勸ムレ善ヲ。求メテレ名ヲ而亡ヒ、欲シテレ蓋ハント而章ハル。書ス二齊豹ニ盜ト一、三叛人ニ名イフノ之類是レ也。推シテ二此ノ五體ヲ一、以テ尋ネ二經傳ヲ一、觸レテレ類ニ而長クシレ之ヲ、附セバ二于二百四十二年ノ行事ニ一、王道ノ之正、人倫ノ之紀備ハレリ矣。
(9) 或曰ク、春秋ハ以テレ錯フルヲレ文ヲ見ハスレ義ヲ。若シ如クンバレ所ノレ論ズル、則チ經ハ當ニシ レ有ル三事同ジク文異ニシテ而無キモノ二其ノ義一也。先儒ノ所レ傳フル、皆不ト二其レ然ラ一。荅ヘテ曰ク、春秋ハ雖モ下以テ二一字ヲ一爲スト中褒貶ヲ上、然レドモ皆須ヒテ二數句ヲ一以テ成スレ言ヲ。非ザルレ如キニ四八卦ノ之爻、可キガ三錯綜シテ爲ス二六十四ト一也。固ヨリ當ニシ 二依リテレ傳ニ以テ爲ス一レ斷ヲ。
(10) 古今言フ二左氏春秋ヲ一者多シ矣。今其ノ遺文可キレ見ル者ハ十數家ナリ。大體ハ轉タ相祖述シ、進ンデハ不レ成サ下爲ニ錯-二綜シテ經文ヲ一以テ盡スコトヲ中其ノ變ヲ上、退キテハ不レ守ラ二丘明ノ之傳ヲ一。於テ二丘明ノ之傳ニ一、有レバレ所レ不ルレ通ゼ、皆沒シテ而不レ説カ。而シテ更ニ膚-二引シ公羊・穀梁ヲ一、適ニ足レリ二以テ自ラ亂ルニ一。預今所-二以ハ爲ス一レ異ヲ、專ラ脩メテ二丘明ノ之傳ヲ一以テ釋クレ經ヲ。經ノ之條貫ハ、必ズ出ヅ二於傳ニ一。傳ノ之義例ハ、揔テ歸ス二諸ヲ凡ニ一。推シテ二變例ヲ一以テ正シ二褒貶ヲ一、簡ビテ二二傳ヲ一而去ル二異端ヲ一。蓋シ丘明ノ之志也。其ノ有レバ二疑錯一、則チ備サニ論ジテ而闕キレ之ヲ、以テ俟ツ二後賢ヲ一。
(11) 然レドモ劉子駿ハ、創-二通シ大義ニ一、賈景伯父子・許惠卿ハ、皆先儒ノ之美レタル者也。末ニ有リ二潁子嚴ナル者一。雖モ二淺近ナリト一亦復タ名家ナリ。故ニ特ニ擧ゲ二劉・賈・許・潁ノ之違ヒヲ一、以テ見ハス二同異ヲ一。分チテ三經ノ之年ト與ヲ二傳ノ之年一相附シ、比ベ二其ノ義類ヲ一、各〻隨ヒテ而解クレ之ヲ。名ケテ曰フ二經傳集解ト一。又別ニ集メテ二諸例及ビ地名・譜第・歴數ヲ一、相與ニ爲スレ部ヲ。凡テ四十部十五卷、皆顯ハシ二其ノ異同ヲ一、從ヒテ而釋クレ之ヲ。名ケテ曰フ二釋例ト一。將ニレ令メント三學者ヲシテ觀二其ノ所ヲ一レ聚ムル。異同ノ之説ハ、釋例詳カニスレ之ヲ也。
(12) 或曰ク、春秋ノ作ハ、左傳及ビ穀梁無シ二明文一。説ク者以爲ヘラク、仲尼自リレ衞反リレ魯ニ、脩メ二春秋ヲ一立テ二素王ヲ一、丘明爲ルト二素臣ト一。言フ二公羊ヲ一者モ亦云フ、黜ケテレ周ヲ而王トスレ魯ヲ。危クシレ行ヒヲ言ハ遜ヒ、以テ避ク二當時ノ之害ヲ一。故ニ微カニシ二其ノ文ヲ一、隱スト二其ノ義ヲ一。公羊ノ經ハ止マツテ二獲麟ニ一、而左氏ノ經ハ終ル二孔丘卒スニ一。敢テ問フトレ所ヲレ安ンズル。荅ヘテ曰ク、異ナリ二乎余ノ所ニ一レ聞ク。仲尼曰ク、文王既ニ沒スレドモ、文不レ在ラレ茲ニ乎ト。此レ制作ノ之本意也。歎ジテ曰ク、鳳鳥不レ至ラ、河不レ出ダサレ圖ヲ。吾已ンヌル矣夫ト。蓋シ傷ム二時王ノ之政ヲ一也。麟鳳ノ五靈ハ、王者ノ之嘉瑞也。今、麟ノ出ヅル、非ズ二其ノ時ニ一。虚シクシテ二其ノ應ヲ一而失フ二其ノ歸ヲ一。此レ聖人ノ所-二以爲ス一レ感ヲ也。絶ツ二筆ヲ於獲麟ノ之一句ニ一者ハ、所ナレバ二感ジテ而起ル一、固ヨリ所-二以爲ス一レ終リト也。
(13) 曰ク、然ラバ則チ春秋ハ何ゾ始マルト二於魯ノ隱公ニ一。荅ヘテ曰ク、周ノ平王ハ東周ノ之始王也。隱公ハ讓國ノ之賢君也。考フレバ二乎其ノ時ヲ一、則チ相接ハリ、言ヘバ二乎其ノ位ヲ一、則チ列ネレ國ヲ、本ヅケバ二乎其ノ始メヲ一、則チ周公ノ之祚胤也。若シ平王能ク祈リ二天ノ永命ヲ一、紹-二開シ中興ヲ一、隱公能ク弘-二宣シ祖業ヲ一、光-二啓セバ王室ヲ一、則チ西周ノ之美可クレ尋ヌ、文武ノ之跡不レ墜チ。是ノ故ニ因リテ二其ノ歴數ニ一、附ケ二其ノ行事ヲ一、采リテ二周ノ之書ヲ一、以テ會-二成シ王義ヲ一、垂ル二法ヲ將來ニ一。所ノレ書スル之王ハ、即チ平王也。所ノレ用フル之歴ハ、即チ周正也。所ノレ稱スル之公ハ、即チ魯隱也。安クンゾ在ラン二其ノ黜ケテレ周ヲ而王トスルニ一レ魯ヲ乎。子曰ク、如シ有ラバ二用フルレ我ヲ者一、吾其レ爲サン二東周ヲ一乎ト。此レ其ノ義也。
(14) 若シ夫レ制作ノ之文ハ、所-二以ニシテ章カニシレ往ヲ考フル一レ來ヲ、情ハ見ハル二乎辭ニ一。言高ケレバ則チ旨遠ク、辭約ヤカナレバ則チ義微カナリ。此レ理ノ之常ニシテ、非ザルレ隱スニレ之ヲ也。聖人ハ苞-二周ス身ノ之防ギヲ一。既ニ作ルノ之後、方ニ復タ隱諱シテ以テ避クトハレ患ヒヲ、非ザルレ所ニレ聞ク也。子路欲シレ使メント二門人ヲシテ爲サ一レ臣ト、孔子以テ爲スレ欺クトレ天ヲ。而ルニ云フハ二仲尼ヲ素王ト、丘明ヲ素臣ト一、又非ザル二通論ニ一也。先儒以爲ヘラク、制作三年ニシテ、文成ツテ致ストレ麟ヲ。既ニ已ニ妖妄ナリ。又引キテレ經ヲ以テ至ルトハ二仲尼卒スニ一、亦又近シレ誣フルニ。據ル下公羊ノ經ハ止マリ二獲麟ニ一、而左氏ハ小邾射不ルニ上レ在ラ二三叛ノ之數ニ一。故ニ余以爲ヘラク、感ジテレ麟ニ而作ルト。作ルコト起レバ二獲麟ニ一、則チ文止マルハ二於所ニ一レ起ル、爲スレ得タリト二其ノ實ヲ一。至ツテハ三於反シレ袂ヲ拭ヒレ面ヲ、稱スルニ二吾ガ道窮マレリト一、亦無シレ取ルコト焉。
(1) ○以事繫日・・・─年月日に結びつけて事件を記す。
○史之所記─史は記録を司る史官。
○錯擧─春と秋を採り上げて四時を代表させる。
(2) ○史官─『周礼』春官宗伯に大史・小史・内史・外史・御史の五つの史官を載せる(五史)。史官は暦数・記録等を司った。
○國史─諸侯の国々の記録。
○策─竹簡を編んだもの。文書。
○簡牘─竹の札と木の札。編んでいないもの。
(3) ○韓宣子─韓起。晋の大夫。『左伝』昭公二年(前五四〇)春の記事。
○舊典禮經─周室東遷以前の整った典礼の経典。
(4) ○失守─節義をなくした。
○赴告─赴は訃報。告は天子の誥辞や布告。
○舊章─伝統的なしきたり、典礼。
○成文─史記等の文書。
○考─是非正邪を区別する。
○勸戒─善を勧め、悪を戒める。
○文質─文飾したものと生地のままのもの。
○傳─左伝。
○善志─立派な歴史記録。
○脩─修と通用。整備・編修する。
(5) ○不刊之書─一字も刊ることのできない書。
○辯理─道理を明らかに説く。
○合異─彼此の経文を並べ合わせて筋道を通す。
○發─隠れた意味を明らかにする。
(6) ○身爲國史─左丘明は魯の史官という伝承を指す。
○文緩而旨遠─ゆったりと説き来たって、その趣意は深遠である。
○學者─学ぶ者。
○優柔─悠揚迫らない叙述。
○饜飫─意を尽くすこと。
○江海─長江と大海。
○膏澤─恵みの雨、慈雨。
○渙然─水が一面に及ぶように、理解が行き渡る様子。
○爲得─学ぶ者に真意を自ずから領会させる。
(7) ○發凡─「凡そ」で書き起こして用字の意義の区別を挙げる。春秋の体例。
○微顯闡幽─経文の字義明らかなものは説明を控え、奥に潜む意味を明示する。
○裁成─上手に整えてまとめ上げる。
○行事─その人の行った事。
○起新舊─古い体例と新規の体例を区別する。注記することで変例(新意)を示す。
○不言凡─旧例(正例)ではないので、委曲を尽して述べる。
○歸趣─その人の行事が帰着したところ。
○非例─叙述だけで褒貶の意を含まないもの。
(8) ○有三─旧例・変例・非例。
○爲例之情─体例を立てるための基本的な考え方。
○微而顯─文辞は簡約で意義は言外に明確である。
○志而晦─文辞の背景を探究して初めて推知できる。
○婉而成章─臣下の忌憚すべきことを婉言により示す。
○義訓─職分として戒めるべきこと。
○盡而不汚─思うさま書いて曲筆することをしない。
○章─表章。明らかにする。
○經傳─経文と伝文。
○長─応用・敷衍する。
○紀─紀綱。践み行うべき道。
(9) ○文異─孔子の刪定を経ているものとそのままであるものとの文の違い。
○無其義─刪定以前の文のままであれば、一字褒貶の意義を持たないものもある理屈になる。
○固─言うまでもなく。
(10) ○轉─代わる代わる、ますます。
○錯綜─前段では「いろいろ組み合わせる」意。本段では「複雑に入り交じ(らせ)る」意から、比較按配すること。
○膚引─膚浅な、うわべだけの援引。
○適─ちょうど、いかにも、まさしく。
○足─~してしまいやすい。~してしまうものだ。
○預─豫(予)。
○條貫─一貫する筋道。
○揔─摠の俗字。総に同じ。すべて、皆。
○諸凡─もろもろの凡例。春秋五十凡。
○推變例─変例に孔子の改変の意を読み込む。
○異端─聖教に外れた説。
○闕之─「正褒貶」「去異端」等の判断は保留する。
(11) ○劉子駿─前漢の劉歆。
○創通─はじめて通暁する。
○賈景伯父子─後漢の賈逵(かき)とその父賈徽。
○許惠卿─後漢の許淑。
○潁子嚴─後漢の潁容。
○淺近─学識が浅い。
○復─重ね加えて。
○相附─同じ年の記事を互いに対応させる。
○諸例・譜第・歴數─諸種の義例、系譜と年立て。
○釋例─『春秋釈例』。
○所聚─春秋に集めた諸例。
(12) ○無明文─公羊伝には「乱世を撥(をさ)めて諸(これ)を正に反すは、春秋より〔諸に〕近きは莫し。」(哀公十六年)とある。
○素王・素臣─漢代以降、無道の王に取って代わる新王の資格として、素王の主張が現れた。無位無官の身でも王法を述べる者とそれを輔ける者。
○危行言遜─無道の世には行動は高潔にし、言辞は控え目にして身を保つ。(『論語』)
○微其文隱其義─微言大義(大意)の主張。
○所安─落ち着く点。定見。
○文王既沒、文不在茲乎─『論語』を引く。
○鳳鳥・・・─同じく『論語』を引く。
○麟鳳五靈─麟・鳳・亀・龍・白虎。青龍・朱雀・白虎・玄武の四神もこれに重なる。
○王者嘉瑞─王者が世に現れることの瑞祥。
○虚其應─瑞兆に応ずる聖主がいないこと。
○歸─本来の居場所。
○所感而起─深く慨歎した結果、起筆したゆえん。
○固所以爲終也─獲麟の章で絶筆したのはいかにも当然である。
(13) ○讓國─隠公が父恵公の寵姫の生んだ弟(のち桓公)に遠慮して一時摂位したことを指す。
○列國─他の諸侯と同列。
○祚胤─魯の始祖伯禽は周公旦の嫡子。
○紹開─先人の遺業を受け継ぎ、更に展開する。
○光啓─大いに功業を明らかにする。
○周之舊─周公以来の古いしきたり。
○會成─集大成。
○所書之王─「王正月」の「王」。
○周正─周暦。古代暦には夏正・殷正・周正等があったと伝え、周正は冬至の月を正月とした。
○如有用・・・─『論語』を引く。
○爲東周─周の王道を東方の魯に再興する。
(14) ○若夫─さてそもそも、さてところで。
○理之常─文章の道理から当然起こること。
○苞周─あまねく備えている。周到である。
○方復─そこにまた(さらに)。
○患─災難。
○子路欲・・・─『論語』を引く。
○通論─筋道の通った議論。
○致麟─文章が成った結果として麟を出現させる。
○既已─もはやまったく。
○近誣─ほとんど作り事である。
○小邾射─「三叛人」の名を挙げて非難の意を込めたという義例の三叛人は「邾庶其、莒牟夷、邾黒肱」であり、この中に入っていない小邾射の事件は獲麟後である。
○文止於所起─慨歎した端緒の話で終筆すること。
○反袂・・・─公羊伝に記す。前文で穀梁を外し、ここで公羊を論外として外し、左氏を正伝とする。
王の言行を左右に侍する史官が暦日と共に記録して後日の勧戒に備え、儀表と成したものを春秋と呼んだ。魯の春秋は、隠公元年(前七二二)から哀公十四年(前四八一)まで十二代二四〇年余りの王室と周辺諸侯の重大事件を記録する。左伝は戦国時代魏の史官による「左氏春秋」を孔子の頃の人左丘明に仮托した書という。漢代まで公羊伝・穀梁伝が春秋学の権威だったが、晋の杜預の「春秋経伝集觧」を経て、唐初の孔穎達「五経正義」に至り、左氏伝が春秋学の正統となった。但し、その基本とする前漢の劉歆が秘府に見出だしたという古文の左氏春秋について竄入・偽造を主張する説もあり、左氏伝の成立と真偽についてはなお議論がある。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)