論語 顏淵 第十二
(1)  顏淵(がんゑん)問フレ仁(じん)ヲ。子曰ハク、克(か)チレ己(おのれ)ニ復(かへ)ルヲレ禮(れい)ニ爲(な)スレ仁ト。一日(いちじつ)モ克(か)チレ己(おのれ)ニ復レバレ禮ニ、天下ハ歸(き)スレ仁ニ焉。爲(な)スハレ仁ヲ由(よ)ルレ己ニ、而由ランヤレ人ニ乎哉ト。顏淵曰ク、請(こ)フ問ハント二其ノ目(もく)ヲ一。子曰ハク、非(あら)ザレバレ禮ニ勿(なか)レレ視(み)ルコト、非ザレバレ禮ニ勿レレ聽(き)クコト、非ザレバレ禮ニ勿レレ言(い)フコト、非ザレバレ禮ニ勿レトレ動(うご)クコト。顏淵曰ク、囘(くわい)ヤ雖(いへど)モ二不敏(ふびん)ナリト一、請フ事(こと)トセン二斯(こ)ノ語ヲ一矣ト。
顏淵問仁。子曰、克己復禮爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己、而由人乎哉。顏淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。顏淵曰、囘雖不敏、請事斯語矣。
顏淵仁を問ふ。子曰はく、己に克ち禮に復るを仁と爲す。一日も己に克ち禮に復れば、天下は仁に歸す。仁を爲すは己に由る、人に由らんやと。顏淵曰く、請ふ其の目を問はんと。子曰はく、禮に非ざれば視ること勿れ、禮に非ざれば聽くこと勿れ、禮に非ざれば言ふこと勿れ、禮に非ざれば動くこと勿れと。顏淵曰く、囘や不敏なりと雖も、請ふ斯の語を事とせんと。

(2)  仲弓(ちゆうきゆう)問フレ仁ヲ。子曰ハク、出(い)ヅレバレ門(もん)ヲ如(ごと)クシレ見ルガ二大賓(たいひん)ヲ一、使フニハレ民(たみ)ヲ如クスレ承(う)クルガ二大祭(たいさい)ヲ一。己(おのれ)ノ所ヲレ不ルレ欲(ほつ)セ、勿(なか)レレ施(ほどこ)スコト二於人ニ一。在(あ)リテモレ邦(くに)ニ無クレ怨(うら)ミ、在リテモレ家(いへ)ニ無シトレ怨ミ。仲弓曰ク、雍(よう)ヤ雖(いへど)モ二不敏(ふびん)ナリト一、請(こ)フ事(こと)トセン二斯(こ)ノ語(ご)ヲ一矣ト。
仲弓問仁。子曰、出門如見大賓、使民如承大祭。己所不欲、勿施於人。在邦無怨、在家無怨。仲弓曰、雍雖不敏、請事斯語矣。
仲弓仁を問ふ。子曰はく、門を出づれば大賓を見るがごとくし、民を使ふには大祭を承くるがごとくす。己の欲せざる所を、人に施すこと勿れ。邦に在りても怨み無く、家に在りても怨み無しと。仲弓曰く、雍や不敏なりと雖も、請ふ斯の語を事とせんと。

(3)  司馬牛(しばぎう)問フレ仁ヲ。子曰ハク、仁者(じんしや)ハ其ノ言(げん)ヤ也訒(こら)フト。曰ク、其ノ言ヤ也訒ヘバ、斯(すなは)チ謂(い)フカ二之ヲ仁ト一矣乎ト。子曰ハク、爲(な)スハレ之ヲ難(かた)シ。言フニレ之ヲ、得(え)ンヤレ無キヲレ訒フルコト乎ト。
司馬牛問仁。子曰、仁者其言也訒。曰、其言也訒、斯謂之仁矣乎。子曰、爲之難。言之、得無訒乎。
司馬牛仁を問ふ。子曰はく、仁者は其の言や訒ふと。曰く、其の言や訒へば、斯ち之を仁と謂ふかと。子曰はく、之を爲すは難し。之を言ふに、訒ふること無きを得んやと。

(4)  司馬牛問フ二君子(くんし)ヲ一。子曰ハク、君子ハ不レ憂(うれ)ヘ不トレ懼(おそ)レ。曰ク、不レ憂ヘ不レバレ懼レ、斯(すなは)チ謂(い)フカ二之ヲ君子ト一矣乎ト。子曰ハク、内(うち)ニ省(かへり)ミテ不ンバレ疚(やま)シカラ、夫(そ)レ何(なに)カ憂ヘ何カ懼レント。
司馬牛問君子。子曰、君子不憂不懼。曰、不憂不懼、斯謂之君子矣乎。子曰、内省不疚、夫何憂何懼。
司馬牛君子を問ふ。子曰はく、君子は憂へず懼れずと。曰く、憂へず懼れざれば、斯ち之を君子と謂ふかと。子曰はく、内に省みて疚しからずんば、夫れ何か憂へ何か懼れんと。

(5)  司馬牛憂(うれ)ヘテ曰ク、人皆(みな)有ルニ二兄弟(けいてい)一、我獨(ひと)リ亡(な)シト。子夏(しか)曰ク、商(しやう)聞ケリレ之(これ)ヲ矣、死生(しせい)ハ有リレ命(めい)、富貴(ふうき)ハ在(あ)リトレ天ニ。君子敬(けい)シテ而無クレ失(あやま)チ、與(と)レ人恭(うや〳〵)シクシテ而有レバレ禮(れい)、四海(しかい)ノ之内(うち)ハ皆兄弟ナリ也。君子ハ何(なん)ゾ患(うれ)ヘンヤ三乎無キヲ二兄弟一也ト。
司馬牛憂曰、人皆有兄弟、我獨亡。子夏曰、商聞之矣、死生有命、富貴在天。君子敬而無失、與人恭而有禮、四海之内皆兄弟也。君子何患乎無兄弟也。
司馬牛憂へて曰く、人皆兄弟有るに、我獨り亡しと。子夏曰く、商之を聞けり、死生は命有り、富貴は天に在りと。君子敬して失ち無く、人と恭しくして禮有れば、四海の内は皆兄弟なり。君子は何ぞ兄弟無きを患へんやと。

(6)  子張(しちやう)問フレ明(めい)ヲ。子曰ハク、浸潤(しんじゆん)ノ之譖(そし)リ・膚受(ふじゆ)ノ之愬(うつた)ヘ、不ルヲレ行(おこな)ハレ焉、可(べ)キノミレ謂(い)フレ明(めい)ナリト也已矣。浸潤ノ之譖リ・膚受ノ之愬ヘ、不ルハレ行ハレ焉、可キノミレ謂フレ遠(とほ)シト也已矣ト。
子張問明。子曰、浸潤之譖・膚受之愬、不行焉、可謂明也已矣。浸潤之譖・膚受之愬、不行焉、可謂遠也已矣。
子張明を問ふ。子曰はく、浸潤の譖り・膚受の愬へ、行はれざるを、明なりと謂ふべきのみ。浸潤の譖り・膚受の愬へ、行はれざるは、遠しと謂ふべきのみと。

(7)  子貢(しこう)問フレ政(まつりごと)ヲ。子曰ハク、足(た)ラシレ食(しよく)ヲ、足ラシレ兵(へい)ヲ、民信(しん)ニスレ之ヲ矣ト。子貢曰ク、必ズ不シテレ得(え)レ已(や)ムヲ而去(のぞ)カバ、於(おい)テ二斯(こ)ノ三者(さんしや)ニ一何(なに)ヲカ先(さき)ニセント。曰ハク、去(のぞ)カントレ兵ヲ。子貢曰ク、必ズ不シテレ得レ已ムヲ而去ラバ、於テ二斯ノ二者(にしや)ニ一何ヲカ先ニセント。曰ハク、去ランレ食ヲ。自(よ)リレ古(いにし)ヘ皆有リレ死。民(たみ)ニ無クンバレ信(しん)不トレ立タ。
子貢問政。子曰、足食、足兵、民信之矣。子貢曰、必不得已而去、於斯三者何先。曰、去兵。子貢曰、必不得已而去、於斯二者何先。曰、去食。自古皆有死。民無信不立。
子貢政を問ふ。子曰はく、食を足らし、兵を足らし、民之を信にすと。子貢曰く、必ず已むを得ずして去かば、斯の三者に於て何をか先にせんと。曰はく、兵を去かんと。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於て何をか先にせんと。曰はく、食を去らん。古へより皆死有り。民に信無くんば立たずと。

(8)  棘子成(きよくしせい)曰ク、君子ハ質(しつ)アルノミ而已矣、何(なん)ゾ以テレ文(ぶん)ヲ爲(な)サント。子貢(しこう)曰ク、惜(を)シイカナ乎、夫子(ふうし)ノ之説(と)クヤ二君子ヲ一也。駟(し)モ不ランレ及(およ)バレ舌(した)ニハ。文ハ猶(な)ホク レ質ノ也、質ハ猶ホシ レ文ノ也。虎豹(こへう)ノ之鞟(くわく)ハ、猶ホシト 二犬羊(けんやう)ノ之鞟ノ一。
棘子成曰、君子質而已矣、何以文爲。子貢曰、惜乎、夫子之説君子也。駟不及舌。文猶質也、質猶文也。虎豹之鞟、猶犬羊之鞟。
棘子成曰く、君子は質あるのみ、何ぞ文を以て爲さんと。子貢曰く、惜しいかな、夫子の君子を説くや。駟も舌には及ばざらん。文は猶ほ質のごとく、質は猶ほ文のごとし。虎豹の鞟は、猶ほ犬羊の鞟のごとしと。

(9)  哀公(あいこう)問ウテ二於有若(いうじやく)ニ一曰ク、年饑(う)ヱテ用(よう)不レ足(た)ラ、如(いか)レ之ヲ何(ん)セント。有若對(こた)ヘテ曰ク、盍(なん)ゾル レ徹(てつ)セ乎ト。曰ク、二(じ)ニシテ吾猶(な)ホ不レ足ラ、如レ之ヲ何ゾ其(そ)レ徹センヤ也ト。對ヘテ曰ク、百姓(ひやくせい)足ラバ、君孰(たれ)ト與(とも)ニ不ランレ足ラ。百姓不レバレ足ラ、君孰ト與ニ足ラント。
哀公問於有若曰、年饑用不足、如之何。有若對曰、盍徹乎。曰、二吾猶不足、如之何其徹也。對曰、百姓足、君孰與不足。百姓不足、君孰與足。
哀公有若に問うて曰く、年饑ゑて用足らず、之を如何せんと。有若對へて曰く、盍ぞ徹せざると。曰く、二にして吾猶ほ足らず、之を如何ぞ其れ徹せんやと。對へて曰く、百姓足らば、君孰と與に足らざらん。百姓足らざれば、君孰と與に足らんと。

(10)  子張(しちやう)問フ二崇(たか)クシレ德(とく)ヲ辨(わきま)フルコトヲ一レ惑(まど)ヒヲ。子曰ハク、主(しゆ)トシ二忠信(ちゆうしん)ヲ一徙(うつ)ルハレ義ニ、嵩(たか)クスルコトナリレ德ヲ也。愛(あい)シテハレ之ヲ欲(ほつ)シ二其ノ生キンコトヲ一、惡(にく)ンデハレ之ヲ欲ス二其ノ死センコトヲ一。既(すで)ニ欲シ二其ノ生キンコトヲ一、又欲スルハ二其ノ死センコトヲ一、是(こ)レ惑ヒナリ也。〔誠(まこと)ニ不二以テ富(と)マ一、亦(また)祗(まさ)ニ以テ異(こと)ナリ〕ト。
子張問崇德辨惑。子曰、主忠信徙義、嵩德也。愛之欲其生、惡之欲其死。既欲其生、又欲其死、是惑也。誠不以富、亦祗以異。
子張德を崇くし惑ひを辨ふることを問ふ。子曰はく、忠信を主とし義に徙るは、德を嵩くすることなり。之を愛しては其の生きんことを欲し、之を惡んでは其の死せんことを欲す。既に其の生きんことを欲し、又其の死せんことを欲するは、是れ惑ひなり。〔誠に以て富まず、亦祗に以て異なり〕と。

(11)  齊(せい)ノ景公(けいこう)問フ二政(まつりごと)ヲ於孔子(こうし)ニ一。孔子對(こた)ヘテ曰ハク、君(きみ)ハ君タリ、臣(しん)ハ臣タリ、父ハ父タリ、子ハ子タリト。公曰ク、善(よ)イカナ哉。信(まこと)ニ如(も)シ君ノ君タラズ、臣ノ臣タラズ、父ノ父タラズ、子ノ子タラズンバ、雖(いへど)モレ有リトレ粟(ぞく)、吾(われ)得(え)テ而食(く)ラハンヤトレ諸(これ)ヲ。
齊景公問政於孔子。孔子對曰、君君、臣臣、父父、子子。公曰、善哉。信如君君、臣臣、父父、子子、雖有粟、吾得而食諸。
齊の景公政を孔子に問ふ。孔子對へて曰はく、君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たりと。公曰く、善いかな。信に如し君の君たらず、臣の臣たらず、父の父たらず、子の子たらずんば、粟有りと雖も、吾得て諸を食らはんやと。

(12)  子曰ハク、片言(へんげん)可(べ)キ二以(もつ)テ折(さだ)ム一レ獄(ごく)ヲ者ハ、其(そ)レ由(いう)ナルカ也與ト。子路(しろ)ハ無シレ宿(とゞ)ムルコトレ諾(だく)ヲ。
子曰、片言可以折獄者、其由也與。子路無宿諾。
子曰はく、片言以て獄を折むべき者は、其れ由なるかと。子路は諾を宿むること無し。

(13)  子曰ハク、聽(き)クコトレ訟(うつた)ヘヲ吾(われ)ハ猶(な)ホシ レ人ノ也。必ズヤ也使(し)メンカレ無カラレ訟ヘ乎ト。
子曰、聽訟吾猶人也。必也使無訟乎。
子曰はく、訟へを聽くこと吾は猶ほ人のごとし。必ずや訟へ無からしめんかと。

(14)  子張(しちやう)問フレ政(まつりごと)ヲ。子曰ハク、居(お)キテレ之ヲ無クレ倦(う)ムコト、行(おこな)フニレ之ヲ以テストレ忠(ちゆう)ヲ。
子張問政。子曰、居之無倦、行之以忠。
子張政を問ふ。子曰はく、之を居きて倦むこと無く、之を行ふに忠を以てすと。

(15)  子曰ハク、博(ひろ)ク學(まな)ビ二於文(ぶん)ヲ一、約(つゞ)ムルニレ之ヲ以テセバレ禮(れい)ヲ、亦(また)可(べ)キカナ二以テ弗(ざ)ル一レ畔(そむ)カ矣夫ト。
子曰、博學於文、約之以禮、亦可以弗畔矣夫。
子曰はく、博く文を學び、之を約むるに禮を以てせば、亦以て畔かざるべきかなと。

(16)  子曰ハク、君子(くんし)ハ成(な)シ二人ノ之美(び)ヲ一、不レ成サ二人ノ之惡(あく)ヲ一。小人(せうじん)ハ反(はん)ストレ是(これ)ニ。
子曰、君子成人之美、不成人之惡。小人反是。
子曰はく、君子は人の美を成し、人の惡を成さず。小人は是に反すと。

(17)  季康子(きかうし)問フ二政ヲ於孔子(こうし)ニ一。孔子對(こた)ヘテ曰ハク、政(せい)トハ者正(せい)ナリ也。子帥(ひき)ヰルニ以テセバレ正(せい)ヲ、孰(たれ)カ敢(あ)ヘテ不ラントレ正(せい)ナラ。
季康子問政於孔子。孔子對曰、政者正也。子帥以正、孰敢不正。
季康子政を孔子に問ふ。孔子對へて曰はく、政とは正なり。子帥ゐるに正を以てせば、孰か敢へて正ならざらんと。

(18)  季康子(きかうし)患(うれ)ヘテレ盜(たう)ヲ、問フ二於孔子ニ一。孔子對(こた)ヘテ曰ハク、苟(いやし)クモ子(し)ノ之不欲(ふよく)ナラバ、雖(いへど)モレ賞(しやう)ストレ之ヲ不ラントレ竊(ぬす)マ。
季康子患盜、問於孔子。孔子對曰、苟子之不欲、雖賞之不竊。
季康子盜を患へて、孔子に問ふ。孔子對へて曰はく、苟くも子の不欲ならば、之を賞すと雖も竊まざらんと。

(19)  季康子(きかうし)問ウテ二政ヲ於孔子ニ一曰ク、如(も)シ殺シテ二無道(むだう)ヲ一、以テ就(つ)カバ二有道(いうだう)ニ一何如(いかん)ト。孔子對ヘテ曰ハク、子爲(な)スニレ政ヲ焉(いづ)クンゾ用(もち)ヰンレ殺スコトヲ。子欲(ほつ)シテレ善(ぜん)ヲ、而(しかう)シテ民(たみ)善ナリ矣。君子ノ之德(とく)ハ風(かぜ)、小人(せうじん)ノ之德ハ草(くさ)ナリ。草ハ上(くは)フレバ二之ニ風ヲ一必ズ偃(なび)クト。
季康子問政於孔子曰、如殺無道、以就有道何如。孔子對曰、子爲政焉用殺。子欲善、而民善矣。君子之德風、小人之德草。草上之風必偃。
季康子政を孔子に問うて曰く、如し無道を殺して、以て有道に就かば何如と。孔子對へて曰はく、子政を爲すに焉くんぞ殺すことを用ゐん。子善を欲して、而して民善なり。君子の德は風、小人の德は草なり。草は之に風を上ふれば必ず偃くと。

(20)  子張問フ、士ハ何如(いか)ナレバ、斯(すなは)チ可(べ)キカレ謂(い)フ二之ヲ達(たつ)スト一矣ト。子曰ハク、何(なん)ゾヤ哉、爾(なんぢ)ノ所謂(いはゆる)達ストハ者ト。子張對(こた)ヘテ曰ク、在(あ)ツテモレ邦(くに)ニ必ズ聞(きこ)エ、在ツテモレ家ニ必ズ聞(きこ)ユルナリト。子曰ハク、是(こ)レ聞(ぶん)ニシテ也、非(あら)ズレ達(たつ)ニ也。夫(そ)レ達トハ也者、質(しつ)直(ちよく)ニシテ而好(この)ミレ義(ぎ)ヲ、察(さつ)シテレ言(げん)ヲ而觀(み)レ色(いろ)ヲ、慮(おもんばか)リテ以テ下(くだ)レバレ人ニ、在ツテモレ邦ニ必ズ達シ、在ツテモレ家ニ必ズ達セン。夫レ聞(ぶん)トハ也者、色取リテレ仁(じん)ヲ而行(おこな)ヒ違(たが)ヒ、居(を)リテレ之ニ不レバレ疑(うたが)ハ、在リテモレ邦ニ必ズ聞エ、在ツテモレ家ニ必ズ聞エント。
子張問、士何如、斯可謂之達矣。子曰、何哉、爾所謂達者。子張對曰、在邦必聞、在家必聞。子曰、是聞也、非達也。夫達也者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人、在邦必達、在家必達。夫聞也者、色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞。
子張問ふ、士は何如なれば、斯ち之を達すと謂ふべきかと。子曰はく、何ぞや、爾の所謂達すとはと。子張對へて曰く、邦に在つても必ず聞え、家に在つても必ず聞ゆるなりと。子曰はく、是れ聞にして、達に非ず。夫れ達とは、質直にして義を好み、言を察して色を觀、慮りて以て人に下れば、邦に在つても必ず達し、家に在つても必ず達せん。夫れ聞とは、色仁を取りて行ひ違ひ、之に居りて疑はざれば、邦に在りても必ず聞え、家に在つても必ず聞えんと。

(21)  樊遲(はんち)從(したが)ヒテ遊ブニ二於舞雩(ぶう)ノ之下(もと)ニ一曰ク、敢(あ)ヘテ問フト二嵩(たか)クシレ德ヲ脩(をさ)メレ慝(あし)キヲ辨(わきま)フルコトヲ一レ惑(まど)ヒヲ。子曰ハク、善(よ)イカナ哉問(と)ヒヤ。先(さき)ニシテレ事ヲ後(のち)ニスルハレ得(う)ルヲ、非(あら)ズヤレ嵩クスルニレ德ヲ與。攻(せ)メ二其ノ惡ヲ一、無キハレ攻ムルコト二人ノ之惡ヲ一、非ズヤレ脩ムルニレ慝キヲ與。一朝(いつてう)ノ之忿(いか)リニ忘レ二其ノ身ヲ一、以テ及(およ)ボスハ二其ノ親(しん)ニ一、非ズヤレ惑(まど)ヘルニ與ト。
樊遲從遊於舞雩之下曰、敢問嵩德脩慝辨惑。子曰、善哉問。先事後得、非嵩德與。攻其惡、無攻人之惡、非脩慝與。一朝之忿忘其身、以及其親、非惑與。
樊遲從ひて舞雩の下に遊ぶに曰く、敢へて德を嵩くし慝きを脩め惑ひを辨ふることを問ふと。子曰はく、善いかな問ひや。事を先にして得るを後にするは、德を嵩くするに非ずや。其の惡を攻め、人の惡を攻むること無きは、慝きを脩むるに非ずや。一朝の忿りに其の身を忘れ、以て其の親に及ぼすは、惑へるに非ずやと。

(22)  樊遲(はんち)問フレ仁(じん)ヲ。子曰ハク、愛セトレ人ヲ。問フレ知(ち)ヲ。子曰ハク、知レトレ人ヲ。樊遲未(いま)ダレ達(たつ)セ。子曰ハク、擧(あ)ゲテレ直(なほ)キヲ錯(お)ケバ二諸(これ)ヲ枉(まが)レルニ一、能(よ)ク使(し)メント二枉レル者ヲシテ直(なほ)カラ一。
樊遲退(しりぞ)キ、見(み)テ二子夏(しか)ヲ一曰ク、郷(さき)ニ也吾(われ)見(まみ)エテ二於夫子(ふうし)ニ一而問(と)ヒシニレ知ヲ、子曰ハク、擧ゲテレ直キヲ錯ケバ二諸ヲ枉レルニ一、能ク使メント二枉レル者ヲシテ直カラ一。何(なん)ノ謂(い)ヒゾヤ也ト。子夏曰ク、富(と)メルカナ哉言(げん)ヤ乎。舜(しゆん)ノ有(たも)ツトキ二天下ヲ一、選(すぐ)リテ二於衆(しゆう)ニ一擧(あ)ゲシカバ二皐陶(かうえう)ヲ一、不仁者(ふじんしや)ハ遠(とほ)ザカリキ矣。湯(たう)ノ有ツトキ二天下ヲ一、選リテ二於衆ニ一擧ゲシカバ二伊尹(いゐん)ヲ一、不仁者ハ遠ザカリキ矣ト。
樊遲問仁。子曰、愛人。問知。子曰、知人。樊遲未達。子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直。
樊遲退、見子夏曰、郷也吾見於夫子而問知、子曰、擧直錯諸枉、能使枉者直。何謂也。子夏曰、富哉言乎。舜有天下、選於衆擧皐陶、不仁者遠矣。湯有天下、選於衆擧伊尹、不仁者遠矣。
樊遲仁を問ふ。子曰はく、人を愛せと。知を問ふ。子曰はく、人を知れと。樊遲未だ達せず。子曰はく、直きを擧げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしめんと。
樊遲退き、子夏を見て曰く、郷に吾夫子に見えて知を問ひしに、子曰はく、直きを擧げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしめんと。何の謂ひぞやと。子夏曰く、富めるかな言や。舜の天下を有つとき、衆に選りて皐陶を擧げしかば、不仁者は遠ざかりき。湯の天下を有つとき、衆に選りて伊尹を擧げしかば、不仁者は遠ざかりきと。

(23)  子貢(しこう)問フレ友(とも)ヲ。子曰ハク、忠告(ちゆうこく)シテ而善(ぜん)-二導(だう)シ之(これ)ヲ一、不レバレ可(き)カ則(すなは)チ止(や)メヨ。無カラン二自(みづか)ラ辱(はづかし)メラルゝコト一焉ト。
子貢問友。子曰、忠告而善導之、不可則止。無自辱焉。
子貢友を問ふ。子曰はく、忠告して之を善導し、可かざれば則ち止めよ。自ら辱めらるゝこと無からんと。

(24)  曾子(そうし)曰ク、君子ハ以テレ文(ぶん)ヲ會(くわい)シレ友ヲ、以テレ友ヲ輔(たす)クトレ仁(じん)ヲ。
曾子曰、君子以文會友、以友輔仁。
曾子曰く、君子は文を以て友を會し、友を以て仁を輔くと。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)