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世説新語 巻之一

劉義慶
(『』   
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卷一 德行 上

〔一〕 びん仲叔〔注丨後漢の閔貢、字は仲叔、太原の人なり。〕くらまめ〔注丨豆を哺食するなり。〕。世稱節士〔注丨志操有るの士。〕。老病、家貧シクシテ、不ルコト。日猪肝ちよかん一片。屠者或ンゼフルコトヲ。安邑令聞キテ、勅シテ〔注丨戒飭の義。〕セシム〔注丨供給。〕焉。仲叔怪シミテ、歎ジテ、閔仲叔豈口腹わづらハサン安邑。遂ツテタリ
びん仲叔、まめくらひ水を飮む。世節士と稱す。老病、家貧しくして、肉を得ること能はず。日に猪肝ちよかん一片を買ふ。屠者或は與ふることを肯んぜず。安邑の令之を聞きて、吏に勅して常に給せしむ。仲叔怪しみて其の故を問ひ、歎じて曰く、閔仲叔豈に口腹を以て安邑をわづらはさん耶と。遂に去つて沛に客たり。
原文  閔仲叔、含菽飮水。世稱節士。老病、家貧、不能得肉。日買猪肝一片。屠者或不肯與。安邑令聞之、勅吏常給焉。仲叔怪問其故、歎曰、閔仲叔豈以口腹累安邑耶。遂去客沛。
びん仲叔、くら[レ]まめ飮[レ]水。世稱[二]節士[一]。老病、家貧、不[レ]能[レ]得[レ]肉。日買[二]猪肝ちよかん一片[一]。屠者或不[レ]肯[レ]與。安邑令聞[レ]之、勅[レ]吏常給焉。仲叔怪問[二]其故[一]、歎曰、閔仲叔豈以[二]口腹[一]わづら[二]安邑[一]耶。遂去客[レ]沛。
漢文エディタ  |閔(びん)仲叔〈NOTE 後漢の閔貢、字は仲叔、太原の人なり。 〉、|含(くら)ヒ^|菽(まめ)〈NOTE 豆を哺食するなり。 〉ヲ飮ム^水ヲ。世稱ス 2( 節士〈NOTE 志操有るの士。 〉ト )1 。老病、家貧シクシテ、不^能ハ^得ルコト^肉ヲ。日ニ買フ 2( |猪肝(ちよかん)一片ヲ )1 。屠者或ハ不^肯ンゼ^與フルコトヲ。安邑ノ令聞キテ^之ヲ、勅シテ〈NOTE 戒飭の義。 〉^吏ニ常ニ給セシム〈NOTE 供給。 〉焉。仲叔怪シミテ問ヒ 2( 其ノ故ヲ )1 、歎ジテ曰ク、閔仲叔豈ニ以テ 2( 口腹ヲ )1 |累(わづら)ハサン 2( 安邑ヲ )1 耶ト。遂ニ去ツテ客タリ^沛ニ。
注記  ○閔仲叔丨後漢の閔貢、字は仲叔、太原の人なり。  ○菽を含ふ丨豆を哺食するなり。  ○節士丨志操有るの士。  ○勅す丨戒飭の義。  ○給す丨供給。 

〔二〕 趙孝〔注丨字は長平、後漢沛國の人なり。父の名は並。〕田禾でんくわ將軍〔注丨王莽の時に此官を設く。北邊に屯田する兵士の將なり。〕〔注丨父官に在りて其子を擧ぐるを任と謂ふ。〕。毎告歸スル〔注丨休暇を得て歸る。〕、常白衣ニシテ歩擔〔注丨賤者の服を衣て徒歩・荷擔す。〕。嘗長安。欲マラント郵亭〔注丨驛舍〕。亭長先時キヲ 一レ掃灑さうさいシテ。孝既。不まう。長不ルヽコトヲ。因ウテ、田禾將軍子從長安ルト。何時至ラン。孝曰、尋イデラン。於リヌ
趙孝は父田禾でんくわ將軍の任を以て郞と爲る。告歸する毎に、常に白衣にして歩擔す。嘗て長安より還る。郵亭に止まらんと欲す。亭の長先時に孝が當に過ぐべきを聞き、掃灑さうさいして之を待つ。孝既に至る。名をまうさず。長るヽことを肯ぜず。因て問うて曰く、田禾將軍の子長安より來ると。何の時至らん乎と。孝曰く、尋いで至らんと。是に於て遂に去りぬ。
原文  趙孝以父田禾將軍任爲郞。毎告歸、常白衣歩擔。嘗從長安還。欲止郵亭。亭長先時聞孝當過、掃灑待之。孝既至。不白名。長不肯内。因問曰、田禾將軍子從長安來。何時至乎。孝曰、尋至矣。於是遂去。
趙孝以[二]父田禾でんくわ將軍任[一]爲[レ]郞。毎[二]告歸[一]、常白衣歩擔。嘗從[二]長安[一]還。欲[レ]止[二]郵亭[一]。亭長先時聞[二]孝當[一レ]過、掃灑さうさい待[レ]之。孝既至。不[レ]まう[レ]名。長不[レ]肯[レ]。因問曰、田禾將軍子從[二]長安[一]來。何時至乎。孝曰、尋至矣。於[レ]是遂去。
漢文エディタ  趙孝〈NOTE 字は長平、後漢沛國の人なり。父の名は並。 〉ハ以テ 2( 父|田禾(でんくわ)將軍〈NOTE 王莽の時に此官を設く。北邊に屯田する兵士の將なり。 〉ノ任〈NOTE 父官に在りて其子を擧ぐるを任と謂ふ。 〉ヲ )1 爲ル^郞ト。毎ニ 2( 告歸スル〈NOTE 休暇を得て歸る。 〉 )1 、常ニ白衣ニシテ歩擔ス〈NOTE 賤者の服を衣て徒歩・荷擔す。 〉。嘗テ從リ 2( 長安 )1 還ル。欲ス^止マラント 2( 郵亭〈NOTE 驛舍 〉ニ )1 。亭ノ長先時ニ聞キ 2( 孝ガ當ニ _キヲ_ )1^過グ、|掃灑(さうさい)シテ待ツ^之ヲ。孝既ニ至ル。不^|白(まう)サ^名ヲ。長不^肯ゼ^|内(い)ルヽコトヲ。因テ問ウテ曰ク、田禾將軍ノ子從リ 2( 長安 )1 來ルト。何ノ時至ラン乎ト。孝曰ク、尋イデ至ラン矣ト。於テ^是ニ遂ニ去リヌ。
注記  ○趙孝丨字は長平、後漢沛國の人なり。父の名は並。  ○田禾將軍丨王莽の時に此官を設く。北邊に屯田する兵士の將なり。  ○任ず丨父官に在りて其子を擧ぐるを任と謂ふ。  ○告歸す丨休暇を得て歸る。  ○白衣・歩擔丨賤者の服を衣て徒歩・荷擔す。  ○郵亭丨驛舍 

〔三〕 朱文季〔注丨名は暉、南陽の人。〕、與張堪〔注丨字は君淑。〕ジウス。於太學ルヤ文季、甚ンズ。把ツテ〔注丨歡を交ふるなり。〕ツテ、欲スト妻子セント朱生。文季不。張亡ジテ〔注丨死亡。〕後、聞キテ妻子貧困セルヲ、自キテ候視〔注丨伺ひ視る。〕、厚-〔注丨惠與扶助す。〕。子〔注丨朱暉の子、名は頡。〕シミヒテ、大人不堪爲一レ友。何チニクナルト。文季曰、嘗知己之言。吾すでズレバ〔注丨心に銘す。〕於心
朱文季、張堪と縣を同じうす。太學の中に於て文季を見るや、甚だ之を重んず。臂を把つて語つて曰く、妻子を以て朱生に託せんと欲すと。文季敢て對へず。張亡じて後、其の妻子の貧困せるを聞きて、自ら往きて候視し、厚く之に賑贍す。子怪しみ問ひて曰く、大人堪と友たらず。何ぞ忽ちに此のごとくなると。文季曰く、嘗て知己の之言有り。吾すでに於心に信ずれば也と。
原文  朱文季、與張堪同縣。於太學中見文季、甚重之。把臂語曰、欲以妻子託朱生。文季不敢對。張亡後、聞其妻子貧困、自往候視、厚賑贍之。子怪問曰、大人不與堪爲友。何忽如此。文季曰、嘗有知己之言。吾以信於心也。
朱文季、與[二]張堪[一]同[レ]縣。於[二]太學中[一]見[二]文季[一]、甚重[レ]之。把[レ]臂語曰、欲[下]以[二]妻子[一]託[中]朱生[上]。文季不[二]敢對[一]。張亡後、聞[二]其妻子貧困[一]、自往候視、厚賑-[二]贍之[一]。子怪問曰、大人不[二]與[レ]堪爲[一レ]友。何忽如[レ]此。文季曰、嘗有[二]知己之言[一]。吾すで信[二]於心[一]也。
漢文エディタ  朱文季〈NOTE 名は暉、南陽の人。 〉、與 2( 張堪〈NOTE 字は君淑。 〉 )1 同ジウス^縣ヲ。於テ 2( 太學ノ中ニ )1 見ルヤ 2( 文季ヲ )1 、甚ダ重ンズ^之ヲ。把ツテ^臂ヲ〈NOTE 歡を交ふるなり。 〉語ツテ曰ク、欲スト 2{ 以テ 2( 妻子ヲ )1 託セント ┤朱生ニ }1 。文季不 2( 敢テ對ヘ )1 。張亡ジテ〈NOTE 死亡。 〉後、聞キテ 2( 其ノ妻子ノ貧困セルヲ )1 、自ラ往キテ候視シ〈NOTE 伺ひ視る。 〉、厚ク賑- 2( 贍ス〈NOTE 惠與扶助す。 〉之ニ )1 。子〈NOTE 朱暉の子、名は頡。 〉怪シミ問ヒテ曰ク、大人不 2( 與^堪爲ラ )1^友。何ゾ忽チニ如クナルト^此ノ。文季曰ク、嘗テ有リ 2( 知己ノ之言 )1 。吾|以(すで)ニ信ズレバ〈NOTE 心に銘す。 〉 2( 於心ニ )1 也ト。
注記  ○朱文季丨名は暉、南陽の人。  ○張堪丨字は君淑。  ○臂を把る丨歡を交ふるなり。  ○亡ず丨死亡。  ○候視丨伺ひ視る。  ○賑贍丨惠與扶助す。  ○子丨朱暉の子、名は頡。  ○心に信ず丨心に銘す。 

〔四〕 高文通〔注丨文通、名は鳳、南陽せふの人。〕時、鄰里有フモノ。持シテ〔注丨武器〕。文通往キテケドモ。乃〔注丨頭巾を脱して罪を謝する也。〕叩頭シテヒテ、仁義・遜讓、奈何テント。爭者投ジテ
高文通鄕に居る時、鄰里財を爭ふもの有り。兵を持してふ。文通往きて之を解けども已まず。乃ち巾を脱し叩頭して請ひて曰く、仁義・遜讓、奈何ぞ之を棄てんと。爭ふ者兵を投じて罪を謝す。
原文  高文通居鄕時、鄰里有爭財。持兵而。文通往解之不已。乃脱巾叩頭請曰、仁義・遜讓、奈何棄之。爭者投兵謝罪。
高文通居[レ]鄕時、鄰里有[レ]爭[レ]財。持[レ]兵而。文通往解[レ]之不[レ]已。乃脱[レ]巾叩頭請曰、仁義・遜讓、奈何棄[レ]之。爭者投[レ]兵謝[レ]罪。
漢文エディタ  高文通〈NOTE 文通、名は鳳、南陽|葉(せふ)の人。 〉居ル^鄕ニ時、鄰里有リ^爭フモノ^財ヲ。持シテ^兵〈NOTE 武器 〉ヲ而フ。文通往キテ解ケドモ^之ヲ不^已マ。乃チ脱シ^巾ヲ〈NOTE 頭巾を脱して罪を謝する也。 〉叩頭シテ請ヒテ曰ク、仁義・遜讓、奈何ゾ棄テント^之ヲ。爭フ者投ジテ^兵ヲ謝ス^罪ヲ。
注記  ○高文通丨文通、名は鳳、南陽せふの人。  ○兵丨武器  ○巾を脱す丨頭巾を脱して罪を謝する也。 

〔五〕 梁伯鸞〔注丨名は鴻、後漢扶風の人。〕クシテナリ。嘗マル〔注丨獨居〕。不人同ジク。比舍〔注丨比鄰に竃を同じうして食する家。〕リテ、呼伯鸞。及ビテ〔注丨釜の熱してゐてさめざる内に〕熱釜ゲト。伯鸞曰、童子鴻不ナラ。滅シテ
梁伯鸞少くして孤なり。嘗て獨り止まる。人と同じく食せず。比舍先づ炊ぎ已りて、伯鸞を呼ぶ。熱釜に及びて炊げと。伯鸞曰く、童子鴻人の熱に因る者ならざる也と。竃を滅して更にく。
原文  梁伯鸞少孤。嘗獨止。不與人同食。比舍先炊已、呼伯鸞。及熱釜炊。伯鸞曰、童子鴻不因人熱者也。滅竃更燃。
梁伯鸞少孤。嘗獨止。不[二]與[レ]人同食[一]。比舍先炊已、呼[二]伯鸞[一]。及[二]熱釜[一]炊。伯鸞曰、童子鴻不[下]因[二]人熱[一]者[上]也。滅[レ]竃更
漢文エディタ  梁伯鸞〈NOTE 名は鴻、後漢扶風の人。 〉少クシテ孤ナリ。嘗テ獨リ止マル〈NOTE 獨居 〉。不 2( 與^人同ジク食セ )1 。比舍〈NOTE 比鄰に竃を同じうして食する家。 〉先ヅ炊ギ已リテ、呼ブ 2( 伯鸞ヲ )1 。及ビテ〈NOTE 釜の熱してゐてさめざる内に 〉 2( 熱釜ニ )1 炊ゲト。伯鸞曰ク、童子鴻不ル 2{ 因ル 2( 人ノ熱ニ )1 者ナラ }1 也ト。滅シテ^竃ヲ更ニ|燃(た)ク。
注記  ○梁伯鸞丨名は鴻、後漢扶風の人。  ○獨止まる丨獨居  ○比舍丨比鄰に竃を同じうして食する家。  ○熱釜に及びて丨釜の熱してゐてさめざる内に 

〔六〕 范巨卿〔注丨名は式、又の名は氾。〕荊州刺史。友人孔仲山〔注丨名は嵩、新野の人なり。〕、家貧シクシテジテ、姓名ジテ、傭シテ新野縣街卒。値巨卿めぐルニ〔注丨受持の群邑を巡行するなり。〕一レ、縣選ビテ仲山導騎〔注丨道案内〕。巨卿見仲山、驚キテヘテ、子孔仲山耶。吾昔與子倶キテ長裾〔注丨禮を習ひ學を講ずる者の服。〕-〔注丨學べりとの意。〕太學。吾蒙國恩、致牧伯〔注丨諸侯に同じ。〕。而ルニ子懷、處於卒伍。不亦惜シカラ。仲山曰こうえい〔注丨戰國魏の隱士なり。大梁城の門番なりき。〕於賤業、晨門〔注丨論語に出づ。魯の城外の小門の番人たりし人。〕ニス於抱關。貧者士之宜シキナリ〔注丨孔子家語に貧は士の常とあり。〕サンシト。巨卿敕、代ヘシム仲山。仲山以先傭〔注丨前に受けし賃錢に對する勞役。〕ルヲ 一レ、不
范巨卿荊州の刺史と爲る。友人孔仲山、家貧しくして親に奉じて、姓名を變じて、傭して新野縣の街卒と爲る。巨卿が部をめぐるに値ひ、縣仲山を選びて導騎と爲す。巨卿仲山を見て、驚きて臂を捉へて曰く、子は孔仲山に非ず耶。吾昔子と倶に長裾を曳きて、太學に遊息す。吾國恩を蒙り、位を牧伯に致す。而るに子道を懷き身を隱し、於卒伍に處す。亦惜しから不と。仲山曰く、こうえい長く於賤業を守り、晨門志を於抱關に肆にす。貧は士の之宜しきなり。豈に鄙しと爲さん哉と。巨卿縣に敕し、仲山を代へしむ。仲山先傭の未だ竟へざるを以て、肯て去らず。
原文  范巨卿爲荊州刺史。友人孔仲山、家貧親奉、姓名變、傭爲新野縣街卒。値巨卿行部、縣選仲山爲導騎。巨卿見仲山、驚捉臂曰、子非孔仲山耶。吾昔與子倶曳長裾、遊息太學。吾蒙國恩、致位牧伯。而子懷道隱身、處於卒伍。不亦惜乎。仲山曰、贏長守於賤業、晨門肆志於抱關。貧者士之宜。豈爲鄙哉。巨卿敕縣、代仲山。仲山以先傭未竟、不肯去。
范巨卿爲[二]荊州刺史[一]。友人孔仲山、家貧親奉、姓名變、傭爲[二]新野縣街卒[一]。値[二]巨卿めぐ[一レ]部、縣選[二]仲山[一]爲[二]導騎[一]。巨卿見[二]仲山[一]、驚捉[レ]臂曰、子非[二]孔仲山[一]耶。吾昔與[レ]子倶曳[二]長裾[一]、遊-[二]息太學[一]。吾蒙[二]國恩[一]、致[二]位牧伯[一]。而子懷[レ]道隱[レ]身、處[二]於卒伍[一]。不[二]亦惜[一]。仲山曰、こうえい長守[二]於賤業[一]、晨門肆[二]志於抱關[一]。貧者士之宜。豈爲[レ]鄙哉。巨卿敕[レ]縣、代[二]仲山[一]。仲山以[二]先傭未[一レ]竟、不[二]肯去[一]。
漢文エディタ  范巨卿〈NOTE 名は式、又の名は氾。 〉爲ル 2( 荊州ノ刺史ト )1 。友人孔仲山〈NOTE 名は嵩、新野の人なり。 〉、家貧シクシテ親ニ奉ジテ、姓名ヲ變ジテ、傭シテ爲ル 2( 新野縣ノ街卒ト )1 。値ヒ 2( 巨卿ガ|行(めぐ)ルニ〈NOTE 受持の群邑を巡行するなり。 〉 )1^部ヲ、縣選ビテ 2( 仲山ヲ )1 爲ス 2( 導騎〈NOTE 道案内 〉ト )1 。巨卿見テ 2( 仲山ヲ )1 、驚キテ捉ヘテ^臂ヲ曰ク、子ハ非ズ 2( 孔仲山ニ )1 耶。吾昔與^子倶ニ曳キテ 2( 長裾〈NOTE 禮を習ひ學を講ずる者の服。 〉ヲ )1 、遊- 2( 息ス〈NOTE 學べりとの意。 〉太學ニ )1 。吾蒙リ 2( 國恩ヲ )1 、致ス 2( 位ヲ牧伯〈NOTE 諸侯に同じ。 〉ニ )1 。而ルニ子懷キ^道ヲ隱シ^身ヲ、處ス 2( 於卒伍ニ )1 。不 2( 亦惜シカラ )1 |乎(や)ト。仲山曰ク、|贏(こうえい)〈NOTE 戰國魏の隱士なり。大梁城の門番なりき。 〉長ク守リ 2( 於賤業ヲ )1 、晨門〈NOTE 論語に出づ。魯の城外の小門の番人たりし人。 〉肆ニス 2( 志ヲ於抱關ニ )1 。貧ハ者士ノ之宜シキナリ。〈NOTE 孔子家語に貧は士の常とあり。 〉豈ニ爲サン^鄙シト哉ト。巨卿敕シ^縣ニ、代ヘシム 2( 仲山ヲ )1 。仲山以テ 2( 先傭〈NOTE 前に受けし賃錢に對する勞役。 〉ノ未ダ _ルヲ_ )1^竟ヘ、不 2( 肯テ去ラ )1 。
注記  ○范巨卿丨名は式、又の名は氾。  ○孔仲山丨名は嵩、新野の人なり。  ○部を行る丨受持の群邑を巡行するなり。  ○導騎丨道案内  ○長裾丨禮を習ひ學を講ずる者の服。  ○遊息す丨學べりとの意。  ○牧伯丨諸侯に同じ。  ○贏丨戰國魏の隱士なり。大梁城の門番なりき。  ○晨門丨論語に出づ。魯の城外の小門の番人たりし人。  ○貧は士の宜なり丨孔子家語に貧は士の常とあり。  ○先傭丨前に受けし賃錢に對する勞役。 

〔七〕 范史雲〔注丨名は丹。〕黨錮〔注丨後漢末に於ける黨錮の禍なり。〕、推鹿車〔注丨隘小の車なり。中に一鹿を容るゝのみの義といふ。〕妻子、以〔注丨落穗ひろひの類。〕。兒嘗-五斛。隣人尹臺おく一斛。囑シテラシムズルコトヲ〔注丨父に言ふ勿れの意〕。史雲後、即メテセテツテ六斛上レ、言、麥已まじレリ〔注丨雜に同じ。拾ひたると貰へると混じりたりと也。〕。誓ツテクルコトヲ
范史雲黨錮に遭ひ、鹿車を推し妻子を載せ、拾を以て自ら資く。兒嘗て五斛の麥を拾得す。隣人尹臺之に一斛をおくる。兒に囑して通ずることを得ざらしむ。史雲後に知り、即ち併せて六斛を送つて尹に還さしめて、言ふ、麥已にまじれりと。誓つて受くることを肯ぜず。
原文  范史雲遭黨錮、推鹿車載妻子、以拾自資。兒嘗拾得五斛麥。隣人尹臺遺之一斛。囑兒不得通。史雲後知、即令併送六斛還尹、言、麥已襍。誓不肯受。
范史雲遭[二]黨錮[一]、推[二]鹿車[一]載[二]妻子[一]、以[二]拾[一]自資。兒嘗拾-[二]得五斛麥[一]。隣人尹臺おく[二]之一斛[一]。囑[レ]兒不[レ]得[レ]通。史雲後知、即令[下]併送[二]六斛[一]還[上レ]尹、言、麥已まじ。誓不[レ]肯[レ]受。
漢文エディタ  范史雲〈NOTE 名は丹。 〉遭ヒ 2( 黨錮〈NOTE 後漢末に於ける黨錮の禍なり。 〉ニ )1 、推シ 2( 鹿車〈NOTE 隘小の車なり。中に一鹿を容るゝのみの義といふ。 〉ヲ )1 載セ 2( 妻子ヲ )1 、以テ 2( 拾〈NOTE 落穗ひろひの類。 〉ヲ )1 自ラ資ク。兒嘗テ拾- 2( 得ス五斛ノ麥ヲ )1 。隣人尹臺|遺(おく)ル 2( 之ニ一斛ヲ )1 。囑シテ^兒ニ不ラシム^得^通ズルコトヲ〈NOTE 父に言ふ勿れの意 〉。史雲後ニ知リ、即チ令メテ 2{ 併セテ送ツテ 2( 六斛ヲ )1 還サ }1 ^尹ニ、言フ、麥已ニ|襍(まじ)レリ〈NOTE 雜に同じ。拾ひたると貰へると混じりたりと也。 〉ト。誓ツテ不^肯ゼ^受クルコトヲ。
注記  ○范史雲丨名は丹。  ○黨錮丨後漢末に於ける黨錮の禍なり。  ○鹿車丨隘小の車なり。中に一鹿を容るゝのみの義といふ。  ○拾丨落穗ひろひの類。  ○通ずるを得ざらしむ丨父に言ふ勿れの意  ○襍る丨雜に同じ。拾ひたると貰へると混じりたりと也。 

〔八〕 周子居〔注丨名は乘。〕、吾時月レバ黄叔度〔注丨名は憲。汝南の名士なり。〕、則鄙吝之心、已
周子居常に云く、吾時月も黄叔度を見ざれば、則ち鄙吝の之心、已に復た生ずと。
原文  周子居常云、吾時月不見黄叔度、則鄙吝之心、已復生矣。
周子居常云、吾時月不[レ]見[二]黄叔度[一]、則鄙吝之心、已復生矣。
漢文エディタ  周子居〈NOTE 名は乘。 〉常ニ云ク、吾時月モ不レバ^見 2( 黄叔度〈NOTE 名は憲。汝南の名士なり。 〉ヲ )1 、則チ鄙吝ノ之心、已ニ復タ生ズ矣ト。
注記  ○周子居丨名は乘。  ○黄叔度丨名は憲。汝南の名士なり。 

〔九〕 陳仲擧〔注丨陳蕃なり。〕豫章太守。至レバ、便徐孺子〔注丨名は穉。〕所在、欲ント一レ。主簿〔注丨記録係の小官。〕、羣情欲スト府君〔注丨郡守の尊稱。〕ランコトヲ一レ〔注丨公舍なり。〕。陳曰、武王式スル〔注丨車上に跪拜するなり。〕商容〔注丨殷の賢人老子の師。〕之閭、席不アラあたたまルニ。吾之禮スル、有ラント不可
陳仲擧豫章の太守と爲る。至れば、便ち徐孺子が所在を問ひ、先づ之を看んと欲す。主簿白す、羣情府君の先づ廨に入らんことを欲すと。陳曰く、武王商容の之閭に式する、席あたたまるに暇あらず。吾の之賢を禮する、何の不可か有らんと。
原文  陳仲擧爲豫章太守。至、便問徐孺子所在、欲先看之。主簿白、羣情欲府君先入廨。陳曰、武王式商容之閭、席不暇。吾之禮賢、有何不可。
陳仲擧爲[二]豫章太守[一]。至、便問[二]徐孺子所在[一]、欲[二]先看[一レ]之。主簿白、羣情欲[二]府君先入[一レ]廨。陳曰、武王式[二]商容之閭[一]、席不[レ]暇[レ]あたたま。吾之禮[レ]賢、有[二]何不可[一]。
漢文エディタ  陳仲擧〈NOTE 陳蕃なり。 〉爲ル 2( 豫章ノ太守ト )1 。至レバ、便チ問ヒ 2( 徐孺子〈NOTE 名は穉。 〉ガ所在ヲ )1 、欲ス 2( 先ヅ看ント )1^之ヲ。主簿〈NOTE 記録係の小官。 〉白ス、羣情欲スト 2( 府君〈NOTE 郡守の尊稱。 〉ノ先ヅ入ランコトヲ )1^廨〈NOTE 公舍なり。 〉ニ。陳曰ク、武王式スル〈NOTE 車上に跪拜するなり。 〉 2( 商容〈NOTE 殷の賢人老子の師。 〉ノ之閭ニ )1 、席不^暇アラ^|(あたたま)ルニ。吾ノ之禮スル^賢ヲ、有ラント 2( 何ノ不可カ )1 。
注記  ○陳仲擧丨陳蕃なり。  ○徐孺子丨名は穉。  ○主簿丨記録係の小官。  ○府君丨郡守の尊稱。  ○廨丨公舍なり。  ○式す丨車上に跪拜するなり。  ○商容丨殷の賢人老子の師。 

〔一〇〕 徐孺子嘗江夏黄公〔注丨黄瓊、字は世英。〕。後黄公亡歿。孺子往キテ。無〔注丨旅費なり。〕。齎ラシテ磨鏡、自。所在取リテ〔注丨鏡の磨き賃なり。〕、然シテ後得タリムコトヲ
徐孺子嘗て江夏の黄公に事ふ。後黄公亡歿す。孺子往きて葬に會す。資の以て自ら致す無し。磨鏡の具を齎らして、自ら隨ふ。所在直を取りて、然して後前むことを得たり。
原文  徐孺子嘗事江夏黄公。後黄公亡歿。孺子往會葬。無資以自致。齎磨鏡具、自隨。所在取直、然後得前。
徐孺子嘗事[二]江夏黄公[一]。後黄公亡歿。孺子往會[レ]葬。無[二]資以自致[一]。齎[二]磨鏡具[一]、自隨。所在取[レ]直、然後得[レ]前。
漢文エディタ  徐孺子嘗テ事フ 2( 江夏ノ黄公〈NOTE 黄瓊、字は世英。 〉ニ )1 。後黄公亡歿ス。孺子往キテ會ス^葬ニ。無シ 2( 資〈NOTE 旅費なり。 〉ノ以テ自ラ致ス )1 。齎ラシテ 2( 磨鏡ノ具ヲ )1 、自ラ隨フ。所在取リテ^直〈NOTE 鏡の磨き賃なり。 〉ヲ、然シテ後得タリ^前ムコトヲ。
注記  ○江夏の黄公丨黄瓊、字は世英。  ○資丨旅費なり。  ○直丨鏡の磨き賃なり。  

〔一一〕 郭林宗〔注丨名は泰、字は林宗。初め有道君子を以て徴されき。〕キテ宿スル逆旅〔注丨宿舍〕、輙躬自灑掃。及ビテ。後人至ツテ、曰、此郭有道昨宿セシナラン
郭林宗行きて逆旅に宿する毎に、輙ち躬自ら灑掃す。明に及びて去る。後人至つて之を見て、曰く、此れ必ず郭有道昨宿せし處ならん也と。
原文  郭林宗毎行宿逆旅、輙躬自灑掃。及明去。後人至見之、曰、此必郭有道昨宿處也。
郭林宗毎[三]行宿[二]逆旅[一]、輙躬自灑掃。及[レ]明去。後人至見[レ]之、曰、此必郭有道昨宿處也。
漢文エディタ  郭林宗〈NOTE 名は泰、字は林宗。初め有道君子を以て徴されき。 〉毎ニ 3( 行キテ宿スル 2( 逆旅〈NOTE 宿舍 〉ニ )1 、輙チ躬自ラ灑掃ス。及ビテ^明ニ去ル。後人至ツテ見テ^之ヲ、曰ク、此レ必ズ郭有道昨宿セシ處ナラン也ト。
注記  ○郭林宗丨名は泰、字は林宗。初め有道君子を以て徴されき。  ○逆旅丨宿舍  

〔一二〕 李元禮〔注丨李膺、字は元禮。〕風格〔注丨風采・品格〕秀整、高標持〔注丨高擧の貌。身を持すること高く〕。欲天下名敎是非サント。後進之士、有レバ、皆以登龍門〔注丨龍門は水の懸絶する處。魚の之を上るものは化して龍と爲るといふ。〕
李元禮風格秀整、高く自ら標持す。天下の名敎是非を以て己が任と爲さんと欲す。後進の之士、其の堂に升る者有れば、皆以て登龍門と爲す。
原文  李元禮風格秀整、高自標持。欲以天下名敎是非爲己任。後進之士、有升其堂者、皆以爲登龍門。
李元禮風格秀整、高自標持。欲[下]以[二]天下名敎是非[一]爲[中]己任[上]。後進之士、有[下]升[二]其堂[一]者[上]、皆以爲[二]登龍門[一]。
漢文エディタ  李元禮〈NOTE 李膺、字は元禮。 〉風格〈NOTE 風采・品格 〉秀整、高ク自ラ標持ス〈NOTE 高擧の貌。身を持すること高く 〉。欲ス 2{ 以テ 2( 天下ノ名敎是非ヲ )1 爲サント ┤己ガ任ト }1 。後進ノ之士、有レバ 2{ 升ル 2( 其ノ堂ニ )1 者 }1 、皆以テ爲ス 2( 登龍門〈NOTE 龍門は水の懸絶する處。魚の之を上るものは化して龍と爲るといふ。 〉ト )1 。
注記  ○李元禮丨李膺、字は元禮。  ○風格丨風采・品格  ○高く自ら標持す丨高擧の貌。身を持すること高く  ○登龍門丨龍門は水の懸絶する處。魚の之を上るものは化して龍と爲るといふ。 

〔一三〕 李元禮、嘗ジテ荀淑〔注丨字は季和。〕・鍾皓〔注丨字は季明。〕、曰、荀君淸識難くは〔注丨加ふに同じ〕。鍾君至德可シトトス
李元禮、嘗て荀淑・鍾皓を歎じて、曰く、荀君は淸識くはへ難し。鍾君は至德師とすべしと。
原文  李元禮、嘗歎荀淑・鍾皓、曰、荀君淸識難尚。鍾君至德可師。
李元禮、嘗歎[二]荀淑・鍾皓[一]、曰、荀君淸識難[レ]くは。鍾君至德可[レ]師。
漢文エディタ 李元禮、嘗テ歎ジテ 2( 荀淑〈NOTE 字は季和。 〉・鍾皓〈NOTE 字は季明。 〉ヲ )1 、曰ク、荀君ハ淸識難シ^|尚(くは)ヘ〈NOTE 加ふに同じ 〉。鍾君ハ至德可シト^師トス。
注記  ○荀淑丨字は季和。  ○鍾皓丨字は季明。  ○尚ふ丨加ふに同じ 

〔一四〕 陳太丘〔注丨名は寔、字は仲弓。太邱の長と爲る。〕ラントス荀朗陵〔注丨荀淑なり。甞て朗陵侯の相たりき。〕。貧儉ニシテ僕役。乃使元方〔注丨寔の子陳紀なり。〕ヲシテひき、季方〔注丨元方の弟、名は諶。〕ヲシテシテぢやう後從。長文〔注丨元方の子なり。〕サシ-車中。既。荀使叔慈ヲシテ、慈明ヲシテ行酒、餘六龍〔注丨荀淑の八子皆賢なり。時人之を八龍と稱す。即ち元方、季方以外の六子はと也。〕ヲシテ下食。文若亦小サシ-〔注丨膝に同じ。〕。于時太史〔注丨天文係の官。〕、眞人東行スト
陳太丘荀朗陵に詣らんとす。貧儉にして僕役無し。乃ち元方をして車をひきひ、季方をしてぢやうを持して後從せしむ。長文は尚ほ小さし。車中に載著す。既に至る。荀叔慈をして門に應じ、慈明をして行酒し、餘の六龍をして下食せしむ。文若も亦小さし。前に坐著す。時于太史奏す、眞人東行すと。
原文  陳太丘詣荀朗陵。貧儉無僕役。乃使元方將車、季方持杖後從。長文尚小。載著車中。既至。荀使叔慈應門、慈明行酒、餘六龍下食。文若亦小。坐著前。于時太史奏、眞人東行。
陳太丘詣[二]荀朗陵[一]。貧儉無[二]僕役[一]。乃使[二]元方ひき[レ]車、季方持[レ]ぢやう後從[一]。長文尚小。載-[二]著車中[一]。既至。荀使[二]叔慈應[レ]門、慈明行酒、餘六龍下食[一]。文若亦小。坐-[二]著前[一]。于[レ]時太史奏、眞人東行。
漢文エディタ  陳太丘〈NOTE 名は寔、字は仲弓。太邱の長と爲る。 〉詣ラントス 2( 荀朗陵〈NOTE 荀淑なり。甞て朗陵侯の相たりき。 〉ニ )1 。貧儉ニシテ無シ 2( 僕役 )1 。乃チ使ム 2( 元方〈NOTE 寔の子陳紀なり。 〉ヲシテ|將(ひき)ヒ^車ヲ、季方〈NOTE 元方の弟、名は諶。 〉ヲシテ持シテ^|杖(ぢやう)ヲ後從セ )1 。長文〈NOTE 元方の子なり。 〉ハ尚ホ小サシ。載- 2( 著ス車中ニ )1 。既ニ至ル。荀使ム 2( 叔慈ヲシテ應ジ^門ニ、慈明ヲシテ行酒シ、餘ノ六龍〈NOTE 荀淑の八子皆賢なり。時人之を八龍と稱す。即ち元方、季方以外の六子はと也。 〉ヲシテ下食セ )1 。文若モ亦小サシ。坐- 2( 著ス〈NOTE 膝に同じ。 〉前ニ )1 。于^時太史〈NOTE 天文係の官。 〉奏ス、眞人東行スト。
注記  ○陳太丘丨名は寔、字は仲弓。太邱の長と爲る。  ○荀朗陵丨荀淑なり。甞て朗陵侯の相たりき。  ○元方丨寔の子陳紀なり。  ○季方丨元方の弟、名は諶。  ○長文丨元方の子なり。  ○餘の六龍丨荀淑の八子皆賢なり。時人之を八龍と稱す。即ち元方、季方以外の六子はと也。  ○丨膝に同じ。  ○太史丨天文係の官。 

〔一五〕 陳元方子長文〔注丨名は群〕、有英才。與季方子孝先〔注丨名は忠〕、各論功德こうとく。爭ヒテスルコト於太丘〔注丨祖父陳寔〕。太丘曰、元方兄、季方シト弟。
陳元方が子長文、英才有り。季方が子孝先與、各其の父の功德こうとくを論ず。之を爭ひて决すること能はず。於太丘にふ。太丘曰く、元方は爲り兄難く、季方は爲り弟難しと。
原文  陳元方子長文、有英才。與季方子孝先、各論其父功德。爭之不能决。咨於太丘。太丘曰、元方難爲兄、季方難爲弟。
陳元方子長文、有[二]英才[一]。與[二]季方子孝先[一]、各論[二]其父功德こうとく[一]。爭[レ]之不[レ]能[レ]决。[二]於太丘[一]。太丘曰、元方難[レ]爲[レ]兄、季方難[レ]爲[レ]弟。
漢文エディタ  陳元方ガ子長文〈NOTE 名は群 〉、有リ 2( 英才 )1 。與 2( 季方ガ子孝先〈NOTE 名は忠 〉 )1 、各論ズ 2( 其ノ父ノ|功德(こうとく)ヲ )1 。爭ヒテ^之ヲ不^能ハ^决スルコト。|咨(と)フ 2( 於太丘〈NOTE 祖父陳寔 〉ニ )1 。太丘曰ク、元方ハ難ク^爲リ^兄、季方ハ難シト^爲リ^弟。
注記  ○長文丨名は群  ○孝先丨名は忠  ○太丘丨祖父陳寔 

〔一六〕 荀巨伯〔注丨漢桓帝時代の人。〕友人。値胡賊ムルニ一レ。友人語ツテ巨伯、吾今死ナン矣。子可シト。巨伯曰、遠ツテ相視。子令ヲシテ。敗ツテムルハ、豈荀巨伯ナラン。賊既、謂ヒテ巨伯、大軍至。一郡盡。汝何男子ニシテ、而敢ヘテマルト。巨伯曰、友人有疾。不ツル〔注丨委棄す。〕。寧ラント友人。賊相謂ヒテ、我輩無義之人ニシテ、而入ルト有義之國。遂かへシテ〔注丨班も亦還也。〕而還。一郡竝ビニキコトヲ
荀巨伯遠く友人の疾を看る。胡賊の郡を攻むるに値ふ。友人巨伯に語つて曰く、吾今死なん。子去るべしと。巨伯曰く、遠く來つて相視る。子吾をして去らしむ。義を敗つて以て生を求むるは、豈に荀巨伯が行ふ所ならん邪と。賊既に至り、巨伯に謂ひて曰く、大軍至る。一郡盡く空し。汝何の男子にして、而敢へて獨り止まると。巨伯曰く、友人疾有り。之を委つるに忍びず。寧ろ我が身を以て友人の命に代らんと。賊相謂ひて曰く、我が輩無義の之人にして、而有義の之國に入ると。遂に軍をかへして還る。一郡竝びに全きことを獲。
原文  荀巨伯遠看友人疾。値胡賊攻郡。友人語巨伯曰、吾今死矣。子可去。巨伯曰、遠來相視。子令吾去。敗義以求生、豈荀巨伯所行邪。賊既至、謂巨伯曰、大軍至。一郡盡空。汝何男子、而敢獨止。巨伯曰、友人有疾。不忍委之。寧以我身代友人命。賊相謂曰、我輩無義之人、而入有義之國。遂班軍而還。一郡竝獲全。
荀巨伯遠看[二]友人疾[一]。値[二]胡賊攻[一レ]郡。友人語[二]巨伯[一]曰、吾今死矣。子可[レ]去。巨伯曰、遠來相視。子令[二]吾去[一]。敗[レ]義以求[レ]生、豈荀巨伯所[レ]行邪。賊既至、謂[二]巨伯[一]曰、大軍至。一郡盡空。汝何男子、而敢獨止。巨伯曰、友人有[レ]疾。不[レ]忍[レ]委[レ]之。寧以[二]我身[一]代[二]友人命[一]。賊相謂曰、我輩無義之人、而入[二]有義之國[一]。遂かへ[レ]軍而還。一郡竝獲[レ]全。
漢文エディタ  荀巨伯〈NOTE 漢桓帝時代の人。 〉遠ク看ル 2( 友人ノ疾ヲ )1 。値フ 2( 胡賊ノ攻ムルニ )1^郡ヲ。友人語ツテ 2( 巨伯ニ )1 曰ク、吾今死ナン矣。子可シト^去ル。巨伯曰ク、遠ク來ツテ相視ル。子令ム 2( 吾ヲシテ去ラ )1 。敗ツテ^義ヲ以テ求ムルハ^生ヲ、豈ニ荀巨伯ガ所ナラン^行フ邪ト。賊既ニ至リ、謂ヒテ 2( 巨伯ニ )1 曰ク、大軍至ル。一郡盡ク空シ。汝何ノ男子ニシテ、而敢ヘテ獨リ止マルト。巨伯曰ク、友人有リ^疾。不^忍ビ^委ツル〈NOTE 委棄す。 〉ニ^之ヲ。寧ロ以テ 2( 我ガ身ヲ )1 代ラント 2( 友人ノ命ニ )1 。賊相謂ヒテ曰ク、我ガ輩無義ノ之人ニシテ、而入ルト 2( 有義ノ之國ニ )1 。遂ニ|班(かへ)シテ〈NOTE 班も亦還也。 〉^軍ヲ而還ル。一郡竝ビニ獲^全キコトヲ。
注記  ○荀巨伯丨漢桓帝時代の人。  ○委つ丨委棄す。  ○班す丨班も亦還也。 

〔一七〕 くわきん〔注丨字は子魚。平原の人なり。〕スルコト子弟、雖閒室〔注丨閑居の室〕之内、嚴ナルコト朝典〔注丨朝廷の儀式〕。陳元方〔注丨前出。〕兄弟、恣ニス柔愛之道。而シテ二門之裏、兩ナガラ雍熈之軌〔注丨和睦して樂しむ道。軌は則也。〕焉。
くわきん子弟を遇すること甚だ整ひ、閒室の之内と雖も、嚴なること朝典のごとし。陳元方の兄弟、柔愛の之道を恣にす。而して二門の之裏、兩ながら雍熈の之軌を失はず。
原文  華遇子弟甚整、雖閒室之内、嚴若朝典。陳元方兄弟、恣柔愛之道。而二門之裏、兩不失雍熈之軌焉。
くわきん遇[二]子弟[一]甚整、雖[二]閒室之内[一]、嚴若[二]朝典[一]。陳元方兄弟、恣[二]柔愛之道[一]。而二門之裏、兩不[レ]失[二]雍熈之軌[一]焉。
漢文エディタ  |華(くわきん)〈NOTE 字は子魚。平原の人なり。 〉遇スルコト 2( 子弟ヲ )1 甚ダ整ヒ、雖モ 2( 閒室〈NOTE 閑居の室 〉ノ之内ト )1 、嚴ナルコト若シ 2( 朝典〈NOTE 朝廷の儀式 〉ノ )1 。陳元方〈NOTE 前出。 〉ノ兄弟、恣ニス 2( 柔愛ノ之道ヲ )1 。而シテ二門ノ之裏、兩ナガラ不^失ハ 2( 雍熈ノ之軌〈NOTE 和睦して樂しむ道。軌は則也。 〉ヲ )1 焉。
注記  ○華丨字は子魚。平原の人なり。  ○閒室丨閑居の室  ○朝典丨朝廷の儀式  ○陳元方丨前出。  ○雍熈之軌丨和睦して樂しむ道。軌は則也。 

〔一八〕 管寧〔注丨字は幼安。〕・華、共園中。見ルヲ片金〔注丨一片の黄金。〕。管揮ツテ瓦石ナラ。華捉ヘテ而擲-。又嘗ジクシテ。有乘・軒冕シテ〔注丨大車に乘り高位の冠を著けて〕グル。寧讀ムコトシテデテ。寧割、分ツテ、子ザル
管寧・華、共に園中に菜を鋤く。地に片金有るを見る。管鋤を揮つて瓦石と異ならず。華捉へて之を擲ち去る。又嘗て席を同じくして書を讀む。乘・軒冕して門を過ぐる者有り。寧讀むこと故のごとし。書を廢して出でて看る。寧席を割き、坐を分つて曰く、子は吾が友に非ざる也と。
原文  管寧・華、共園中鋤菜。見地有片金。管揮鋤與瓦石不異。華捉而擲去之。又嘗同席讀書。有乘・軒冕過門者。寧讀如故。廢書出看。寧割席、分坐曰、子非吾友也。
管寧・華、共園中鋤[レ]菜。見[三]地有[二]片金[一]。管揮[レ]鋤與[二]瓦石[一]不[レ]異。華捉而擲-[二]去之[一]。又嘗同[レ]席讀[レ]書。有[二]乘・軒冕過[レ]門者[一]。寧讀如[レ]故。廢[レ]書出看。寧割[レ]席、分[レ]坐曰、子非[二]吾友[一]也。
漢文エディタ  管寧〈NOTE 字は幼安。 〉・華、共ニ園中ニ鋤ク^菜ヲ。見ル 3( 地ニ有ルヲ 2( 片金〈NOTE 一片の黄金。 〉 )1 。管揮ツテ^鋤ヲ與 2( 瓦石 )1 不^異ナラ。華捉ヘテ而擲チ- 2( 去ル之ヲ )1 。又嘗テ同ジクシテ^席ヲ讀ム^書ヲ。有リ 2( 乘・軒冕シテ〈NOTE 大車に乘り高位の冠を著けて 〉過グル^門ヲ者 )1 。寧讀ムコト如シ^故ノ。廢シテ^書ヲ出デテ看ル。寧割キ^席ヲ、分ツテ^坐ヲ曰ク、子ハ非ザル 2( 吾ガ友ニ )1 也ト。
注記  ○管寧丨字は幼安。  ○片金丨一片の黄金。  ○乘軒冕して丨大車に乘り高位の冠を著けて 

〔一九〕 管幼安在遼東。隣人有牛。暴幼安。幼安牽キテ〔注丨涼しき場所に繋ぎ留む。〕凉處、自ルコト飮食、過ギタリ於牛主。牛主得ヅルコト、若スガ嚴刑
管幼安遼東に在り。隣人牛有り。幼安が田を暴す。幼安牛を牽きて凉處に著け、自ら飮食を與ること、於牛主に過ぎたり。牛主牛を得て大に慙づること、嚴刑を犯すがごとし。
原文  管幼安在遼東。隣人有牛。暴幼安田。幼安牽牛著凉處、自與飮食、過於牛主。牛主得牛大慙、若犯嚴刑。
管幼安在[二]遼東[一]。隣人有[レ]牛。暴[二]幼安田[一]。幼安牽[レ]牛著[二]凉處[一]、自與[二]飮食[一]、過[二]於牛主[一]。牛主得[レ]牛大慙、若[レ]犯[二]嚴刑[一]。
漢文エディタ  管幼安在リ 2( 遼東ニ )1 。隣人有リ^牛。暴ス 2( 幼安ガ田ヲ )1 。幼安牽キテ^牛ヲ著ケ〈NOTE 涼しき場所に繋ぎ留む。 〉 2( 凉處ニ )1 、自ラ與ルコト 2( 飮食ヲ )1 、過ギタリ 2( 於牛主ニ )1 。牛主得テ^牛ヲ大ニ慙ヅルコト、若シ^犯スガ 2( 嚴刑ヲ )1 。
注記  ○凉處に著く丨涼しき場所に繋ぎ留む。 

〔二〇〕・王朗〔注丨字は景興。仕へて魏の司徒となる。〕、倶ジテ。有リテ一人依附〔注丨依托隨從〕セントンズ。朗曰、幸。何爲レゾ不可ナラント。後賊追ツテ。王欲テン〔注丨棄て去る。〕たづさフル、本-、正耳。既已〔注丨依托せんと欲せしことを許したり。〕自託。寧ケン相棄。遂〔注丨救助し携同す。〕コトメノ。世以華・王之優劣
・王朗、倶に船に乘じて難を避く。一人有りて依附せんと欲す。輒ち之を難んず。朗曰く、幸に尚ほ寛し。何爲れぞ不可ならんと。後賊追つて至る。王たづさふる所の人を舍てんと欲す。曰く、本と疑ふ所以は、正に此が爲めのみ。既已に其の自託を納る。寧ぞ急を以て相棄つべけん邪と。遂に攜へ拯ふこと初めのごとし。世此を以て華・王の之優劣を定む。
原文  華・王朗、倶乘船避難。有一人欲依附。輒難之。朗曰、幸尚寛。何爲不可。後賊追至。王欲舍所攜人。曰、本所以疑、正爲此耳。既已納其自託。寧可以急相棄邪。遂攜拯如初。世以此定華・王之優劣。
・王朗、倶乘[レ]船避[レ]難。有[二]一人[一]欲[二]依附[一]。輒難[レ]之。朗曰、幸尚寛。何爲不可。後賊追至。王欲[レ]舍[二]所[レ]たづさ人[一]。曰、本所-[二]以疑[一]、正爲[レ]此耳。既已納[二]其自託[一]。寧可[二]以[レ]急相棄[一]邪。遂攜拯如[レ]初。世以[レ]此定[二]華・王之優劣[一]。
漢文エディタ  華・王朗〈NOTE 字は景興。仕へて魏の司徒となる。 〉、倶ニ乘ジテ^船ニ避ク^難ヲ。有リテ 2( 一人 )1 欲ス 2( 依附〈NOTE 依托隨從 〉セント )1 。輒チ難ンズ^之ヲ。朗曰ク、幸ニ尚ホ寛シ。何爲レゾ不可ナラント。後賊追ツテ至ル。王欲ス^舍テン〈NOTE 棄て去る。 〉ト 2( 所ノ^|攜(たづさ)フル人ヲ )1 。曰ク、本ト所- 2( 以ハ疑フ )1 、正ニ爲メ^此ガ耳。既已ニ納ル〈NOTE 依托せんと欲せしことを許したり。 〉 2( 其ノ自託ヲ )1 。寧ゾ可ケン 2( 以テ^急ヲ相棄ツ )1 邪ト。遂ニ攜ヘ拯フ〈NOTE 救助し携同す。 〉コト如シ^初メノ。世以テ^此ヲ定ム 2( 華・王ノ之優劣ヲ )1 。
注記  ○王朗丨字は景興。仕へて魏の司徒となる。  ○依附丨依托隨從  ○舍つ丨棄て去る。  ○自託を納る丨依托せんと欲せしことを許したり。  ○攜へ拯ふ丨救助し携同す。 

〔二一〕 華子魚從會稽。賓客・義故〔注丨義を以て結べる故舊〕、贈遺累數百金。子魚皆無。密各題識〔注丨贈る所の人名を誌す〕、臨ミテルニゲテ衆人、本クシテムノ諸君之心、而シテクル。單車遠行。將カラントクヲ〔注丨多くの金錢を有する體なり。左傳に匹夫罪無し、璧を懷いて其れ罪ありと。〕コト一レ。願ハクハセト。衆乃各留
華子魚會稽より都に還る。賓客・義故、贈遺數百金を累ぬ。子魚皆拒む所無し。密に各題識し、去るに臨みて衆人に語げて曰く、本と諸君を拒むの之心無くして、而して受くる所遂に多し。單車遠行す。將に璧を懷くを以て罪と爲ること無からんとす。願はくは之が計を爲せと。衆乃ち各贈る所を留む。
原文  華子魚從會稽還都。賓客・義故、贈遺累數百金。子魚皆無所拒。密各題識、臨去語衆人曰、本無拒諸君之心、而所受遂多。單車遠行。將無以懷璧爲罪。願爲之計。衆乃各留所贈。
華子魚從[二]會稽[一]還[レ]都。賓客・義故、贈遺累[二]數百金[一]。子魚皆無[レ]所[レ]拒。密各題識、臨[レ]去語[二]衆人[一]曰、本無[下]拒[二]諸君[一]之心[上]、而所[レ]受遂多。單車遠行。將[レ]無[二]以[レ]懷[レ]璧爲[一レ]罪。願爲[二]之計[一]。衆乃各留[レ]所[レ]贈。
漢文エディタ  華子魚從リ 2( 會稽 )1 還ル^都ニ。賓客・義故〈NOTE 義を以て結べる故舊 〉、贈遺累ヌ 2( 數百金ヲ )1 。子魚皆無シ^所^拒ム。密ニ各題識シ〈NOTE 贈る所の人名を誌す 〉、臨ミテ^去ルニ語ゲテ 2( 衆人ニ )1 曰ク、本ト無クシテ 2{ 拒ムノ 2( 諸君ヲ )1 之心 }1 、而シテ所^受クル遂ニ多シ。單車遠行ス。將ニ^無カラント 2( 以テ^懷クヲ^璧ヲ爲ル〈NOTE 多くの金錢を有する體なり。左傳に匹夫罪無し、璧を懷いて其れ罪ありと。 〉コト )1^罪ト。願ハクハ爲セト 2( 之ガ計ヲ )1 。衆乃チ各留ム^所ヲ^贈ル。
注記  ○義故丨義を以て結べる故舊  ○題識す丨贈る所の人名を誌す  ○璧を懷くを以て罪と爲る丨多くの金錢を有する體なり。左傳に匹夫罪無し、璧を懷いて其れ罪ありと。 

〔二二〕 王叔治〔注丨名は修、北海の人。〕七歳ニシテ。母以社日〔注丨立春後五戊を春社とし、立秋後五戊を秋社とす。〕。來歳隣里修社會〔注丨社日の會。〕。叔治-シテ亡母、哀甚ダシ初喪ヨリ。隣里爲
王叔治七歳にして母を喪ふ。母社日を以て亡す。來歳隣里社會を修む。叔治亡母を感念して、哀初喪より甚だし。隣里之が爲に社を罷む。
原文  王叔治七歳喪母。母以社日亡。來歳隣里修社會。叔治感念亡母、哀甚初喪。隣里爲之罷社。
王叔治七歳喪[レ]母。母以[二]社日[一]亡。來歳隣里修[二]社會[一]。叔治感-[二]念亡母[一]、哀甚[二]初喪[一]。隣里爲[レ]之罷[レ]社。
漢文エディタ  王叔治〈NOTE 名は修、北海の人。 〉七歳ニシテ喪フ^母ヲ。母以テ 2( 社日〈NOTE 立春後五戊を春社とし、立秋後五戊を秋社とす。 〉ヲ )1 亡ス。來歳隣里修ム 2( 社會〈NOTE 社日の會。 〉ヲ )1 。叔治感- 2( 念シテ亡母ヲ )1 、哀甚ダシ 2( 初喪ヨリ )1 。隣里爲ニ^之ガ罷ム^社ヲ。
注記  ○王叔治丨名は修、北海の人。  ○社日丨立春後五戊を春社とし、立秋後五戊を秋社とす。  ○社會丨社日の會。 

〔二三〕 王祥事ヘテ後母〔注丨父融の後妻。〕朱夫人メリ。家一李樹。結ンデ。母恒使。時風雨忽。祥抱キテ而泣。祥嘗リテ別牀〔注丨一人のみ臥する別室の牀。〕。母自キテ〔注丨闇中に斫殺せんとするなり。〕。値私起〔注丨たま/\小便にたちたる爲め。〕、空シク-得被。既ツテ、知ツテンデ〔注丨斬らんとして得ざりしを憾む。〕ルヲ一レ、因ツテ。母於感悟、愛スルコトレガ
王祥後母朱夫人に事へて甚だ謹めり。家に一李樹有り。を結んで殊に好し。母恒に之を守らしむ。時に風雨忽ち至る。祥樹を抱きて泣く。祥嘗て別牀に在りて眠る。母自ら往きて闇に之を斫る。祥が私起に値ひ、空しく被を斫り得。既に還つて、母の之を憾んで已まざるを知つて、因つて前に跪き死を請ふ。母是に於て感悟し、之を愛すること己れが子のごとし。
原文  王祥事後母朱夫人甚謹。家有一李樹。結子殊好。母恒使守之。時風雨忽至。祥抱樹而泣。祥嘗在別牀眠。母自往闇斫之。値祥私起、空斫得被。既還、知母憾之不已、因跪前請死。母於是感悟、愛之如己子。
王祥事[二]後母朱夫人[一]甚謹。家有[二]一李樹[一]。結[レ]殊好。母恒使[レ]守[レ]之。時風雨忽至。祥抱[レ]樹而泣。祥嘗在[二]別牀[一]眠。母自往闇斫[レ]之。値[二]祥私起[一]、空斫-[二]得被[一]。既還、知[二]母憾[レ]之不[一レ]已、因跪[レ]前請[レ]死。母於[レ]是感悟、愛[レ]之如[二]己子[一]。
漢文エディタ  王祥事ヘテ 2( 後母〈NOTE 父融の後妻。 〉朱夫人ニ )1 甚ダ謹メリ。家ニ有リ 2( 一李樹 )1 。結ンデ^|子(み)ヲ殊ニ好シ。母恒ニ使ム^守ラ^之ヲ。時ニ風雨忽チ至ル。祥抱キテ^樹ヲ而泣ク。祥嘗テ在リテ 2( 別牀〈NOTE 一人のみ臥する別室の牀。 〉ニ )1 眠ル。母自ラ往キテ闇ニ斫ル〈NOTE 闇中に斫殺せんとするなり。 〉^之ヲ。値ヒ 2( 祥ガ私起〈NOTE たま/\小便にたちたる爲め。 〉ニ )1 、空シク斫リ- 2( 得被ヲ )1 。既ニ還ツテ、知ツテ 2( 母ノ憾ンデ〈NOTE 斬らんとして得ざりしを憾む。 〉^之ヲ不ルヲ )1^已マ、因ツテ跪キ^前ニ請フ^死ヲ。母於テ^是ニ感悟シ、愛スルコト^之ヲ如シ 2( 己レガ子ノ )1 。
注記  ○後母丨父融の後妻。  ○別牀丨一人のみ臥する別室の牀。  ○闇に斫る丨闇中に斫殺せんとするなり。  ○私起丨たま/\小便にたちたる爲め。  ○之を憾む丨斬らんとして得ざりしを憾む。 

〔二四〕文王〔注丨諱は昭、宣帝の第二子。〕阮嗣宗〔注丨阮籍〕至愼。毎之言、言皆玄遠、未-〔注丨是非の品隲を下さず。〕人物
晉の文王阮嗣宗が至愼を稱す。之と言ふ毎に、言皆玄遠、未だ甞て人物を臧否せず。
原文  晉文王稱阮嗣宗至愼。毎與之言、言皆玄遠、未甞臧否人物。
晉文王稱[二]阮嗣宗至愼[一]。毎[二]與[レ]之言[一]、言皆玄遠、未[三]甞臧-[二]否人物[一]。
漢文エディタ  晉ノ文王〈NOTE 諱は昭、宣帝の第二子。 〉稱ス 2( 阮嗣宗〈NOTE 阮籍 〉ガ至愼ヲ )1 。毎ニ 2( 與^之言フ )1 、言皆玄遠、未ダ 3( 甞テ臧- 2( 否セ〈NOTE 是非の品隲を下さず。 〉人物ヲ )1 。
注記  ○晉文王丨諱は昭、宣帝の第二子。  ○阮嗣宗丨阮籍  ○臧否せず丨是非の品隲を下さず。 

〔二五〕 王戎・和同時大喪〔注丨親喪を謂ふ。〕。倶セラル。王骨支〔注丨骨立しての如く僅に床上に支持するなり。〕。和哭泣シテ。武帝〔注丨諱は炎、文帝の長子〕、謂ヒテ劉仲雄〔注丨劉毅〕、卿數省スヤ王・和いな。聞和哀苦過グト一レ。使ムトヲシテ一レ。仲雄曰、和フト、神氣不。王戎雖、而哀毀骨立。臣以ヘラク、和生孝ニシテ〔注丨生人の禮を盡すなり。〕、王戎死孝ナリ〔注丨死を哀むの情を盡すなり。〕。陛下、不シテカラ 、而應シト
王戎・和同時に大喪に遭ふ。倶に孝を以て稱せらる。王骨床を支ふ。和哭泣して禮を備ふ。武帝、劉仲雄に謂ひて曰く、卿數王・和を省すやいなや。和哀苦禮に過ぐと聞く。人をして之を憂へしむと。仲雄曰く、和禮を備ふと雖も、神氣損ぜず。王戎禮を備へずと雖も、而哀毀骨立す。臣以へらく、和は生孝にして、王戎は死孝なりと。陛下、應にを憂ふべからずして、而應に戎を憂ふべしと。
原文  王戎・和同時遭大喪。倶以孝稱。王骨支床。和哭泣備禮。武帝、謂劉仲雄曰、卿數省王・和不。聞和哀苦過禮。使人憂之。仲雄曰、和雖備禮、神氣不損。王戎雖不備禮、而哀毀骨立。臣以、和生孝、王戎死孝。陛下、不應憂、而應憂戎。
王戎・和同時遭[二]大喪[一]。倶以[レ]孝稱。王骨支[レ]床。和哭泣備[レ]禮。武帝、謂[二]劉仲雄[一]曰、卿數省[二]王・和[一]いな。聞[二]和哀苦過[一レ]禮。使[二]人憂[一レ]之。仲雄曰、和雖[レ]備[レ]禮、神氣不[レ]損。王戎雖[レ]不[レ]備[レ]禮、而哀毀骨立。臣以、和生孝、王戎死孝。陛下、不[レ]應[レ]憂[レ]、而應[レ]憂[レ]戎。
漢文エディタ  王戎・和同時ニ遭フ 2( 大喪〈NOTE 親喪を謂ふ。 〉ニ )1 。倶ニ以テ^孝ヲ稱セラル。王骨支フ^床ヲ〈NOTE 骨立しての如く僅に床上に支持するなり。 〉。和哭泣シテ備フ^禮ヲ。武帝〈NOTE 諱は炎、文帝の長子 〉、謂ヒテ 2( 劉仲雄〈NOTE 劉毅 〉ニ )1 曰ク、卿數省スヤ 2( 王・和ヲ )1 |不(いな)ヤ。聞ク 2( 和哀苦過グト )1^禮ニ。使ムト 2( 人ヲシテ憂ヘ )1^之ヲ。仲雄曰ク、和雖モ^備フト^禮ヲ、神氣不^損ゼ。王戎雖モ^不ト^備ヘ^禮ヲ、而哀毀骨立ス。臣以ヘラク、和ハ生孝ニシテ〈NOTE 生人の禮を盡すなり。 〉、王戎ハ死孝ナリ〈NOTE 死を哀むの情を盡すなり。 〉ト。陛下、不シテ^應ニ _カラ_ ^憂フ^ヲ、而應ニ _シト_ ^憂フ^戎ヲ。
注記  ○大喪丨親喪を謂ふ。  ○骨丨骨立しての如く僅に床上に支持するなり。  ○武帝丨諱は炎、文帝の長子  ○劉仲雄丨劉毅  ○生孝丨生人の禮を盡すなり。  ○死孝丨死を哀むの情を盡すなり。 

〔二六〕 沐德信少クヨリ淸介〔注丨淸麗耿介〕アリ。呉使諸葛子瑜・朱義封ヲシテ樊城。遣ハシ船兵、斫ツテ牂牁しやうか〔注丨舟を繋ぐ杙。〕トス。兵人作。有スル。呼ビテ後熟〔注丨飯の熟すること遲れたる者。〕ハシム。後熟者荅ヘテ、不ルノミハサ〔注丨御世話にならず。〕。呼者曰、汝欲スルラント沐德信
沐德信少くより淸介を以て名あり。呉諸葛子瑜・朱義封をして樊城を圍ましむ。船兵を於山の東に遣はし、材を斫つて牂牁しやうかとす。兵人食を作る。先づ熟する者有り。後熟の者を呼びて共に食はしむ。後熟の者荅へて言く、煩はさざるのみ爾と。呼ぶ者曰く、汝沐德信と作らんと欲すると。
原文  沐德信少以淸介名。呉使諸葛子瑜・朱義封圍樊城。遣船兵於山東、斫材牂牁。兵人作食。有先熟者。呼後熟者共食。後熟者荅言、不煩爾。呼者曰、汝欲作沐德信那。
沐德信少以[二]淸介[一]名。呉使[三]諸葛子瑜・朱義封圍[二]樊城[一]。遣[二]船兵於山東[一]、斫[レ]材牂牁しやうか。兵人作[レ]食。有[二]先熟者[一]。呼[二]後熟者[一]共食。後熟者荅言、不[レ]煩爾。呼者曰、汝欲[レ]作[二]沐德信[一]
漢文エディタ  沐德信少クヨリ以テ 2( 淸介〈NOTE 淸麗耿介 〉ヲ )1 名アリ。呉使ム 3( 諸葛子瑜・朱義封ヲシテ圍マ 2( 樊城ヲ )1 。遣ハシ 2( 船兵ヲ於山ノ東ニ )1 、斫ツテ^材ヲ|牂牁(しやうか)〈NOTE 舟を繋ぐ杙。 〉トス。兵人作ル^食ヲ。有リ 2( 先ヅ熟スル者 )1 。呼ビテ 2( 後熟ノ者〈NOTE 飯の熟すること遲れたる者。 〉ヲ )1 共ニ食ハシム。後熟ノ者荅ヘテ言ク、不ルノミ^煩ハサ爾〈NOTE 御世話にならず。 〉ト。呼ブ者曰ク、汝欲スル^作ラント 2( 沐德信ト )1 |那(か)ト。
注記  ○淸介丨淸麗耿介  ○牂牁丨舟を繋ぐ杙。  ○後熟の者丨飯の熟すること遲れたる者。  ○煩はさず丨御世話にならず。 

〔二七〕 杜恕著ハシテ家戒、道張子臺〔注丨名は閣。〕。視ルニタリ鄙朴。然レドモ心中、不天地間、何者美好ナルヲ〔注丨何者が最も美好なるかを知らず、富貴を慕はざる義〕。作クナラバクノ、自ヅカラ富貴ナラ。患禍當キト リシテ而來タル
杜恕家戒を著はして、張子臺を道ふ。之を視るに鄙朴の人に似たり。然れども其の心中、天地の間、何者か美好なるを知らず。人と作り此くのごとくならば、自づから富貴ならざるべし。患禍當に何くよりして來たるべきと。
原文  杜恕著家戒、道張子臺。視之似鄙朴人。然其心中、不知天地間、何者美好。作人如此、自可不富貴。患禍當何從而來。
杜恕著[二]家戒[一]、道[二]張子臺[一]。視[レ]之似[二]鄙朴人[一]。然其心中、不[レ]知[二]天地間、何者美好[一]。作[レ]人如[レ]此、自可[レ]不[二]富貴[一]。患禍當[二]何從而來[一]。
漢文エディタ  杜恕著ハシテ 2( 家戒ヲ )1 、道フ 2( 張子臺〈NOTE 名は閣。 〉ヲ )1 。視ルニ^之ヲ似タリ 2( 鄙朴ノ人ニ )1 。然レドモ其ノ心中、不^知ラ 2( 天地ノ間、何者カ美好ナルヲ )1 〈NOTE 何者が最も美好なるかを知らず、富貴を慕はざる義 〉。作リ^人ト如クナラバ^此クノ、自ヅカラ可シ^不ル 2( 富貴ナラ )1 。患禍當ニ _キト_ 2( 何ク從リシテ而來タル )1 。
注記  ○張子臺丨名は閣。  ○何者か美好なるを知らず。丨何者が最も美好なるかを知らず、富貴を慕はざる義 

〔二八〕 皇甫謐〔注丨字は士安。皇甫嵩が曾孫なり〕、有從姑子じゆうこし梁柳。爲城陽太守、將カント。或ヒトメテ士安セシム。士安曰、柳爲リシ布衣ふい〔注丨未だ仕へずして卑賤なりし時〕、過ルニ、吾送迎スルヤ、食不鹽菜。今送ルハ、是ミテ城陽太守、而輕ンズルナリ梁柳。非〔注丨心中不安なり。〕一レンズル
皇甫謐、從姑子じゆうこし梁柳有り。城陽の太守と爲り、將に官に之かんとす。或ひと士安に勸めて之を餞せしむ。士安曰く、柳布衣ふい爲りし時、吾に過るに、吾送迎するや門を出ず、食鹽菜に過ぎず。今之を送るは、是れ城陽の太守を貴みて、而梁柳を輕んずるなり。心の安んずる所に非ずと。
原文  皇甫謐、有從姑子梁柳。爲城陽太守、將之官。或勸士安餞之。士安曰、柳爲布衣時、過吾、吾送迎不出門、食不過鹽菜。今送之、是貴城陽太守、而輕梁柳。非心所安。
皇甫謐、有[二]從姑子じゆうこし梁柳[一]。爲[二]城陽太守[一]、將[レ]之[レ]官。或勸[二]士安[一]餞[レ]之。士安曰、柳爲[二]布衣ふい[一]時、過[レ]吾、吾送迎不[レ]出[レ]門、食不[レ]過[二]鹽菜[一]。今送[レ]之、是貴[二]城陽太守[一]、而輕[二]梁柳[一]。非[二]心所[一レ]安。
漢文エディタ  皇甫謐〈NOTE 字は士安。皇甫嵩が曾孫なり 〉、有リ 2( |從姑子(じゆうこし)梁柳 )1 。爲リ 2( 城陽ノ太守ト )1 、將ニ^之カント^官ニ。或ヒト勸メテ 2( 士安ニ )1 餞セシム^之ヲ。士安曰ク、柳爲リシ 2( |布衣(ふい) )1 時〈NOTE 未だ仕へずして卑賤なりし時 〉、過ルニ^吾ニ、吾送迎スルヤ不^出^門ヲ、食不^過ギ 2( 鹽菜ニ )1 。今送ルハ^之ヲ、是レ貴ミテ 2( 城陽ノ太守ヲ )1 、而輕ンズルナリ 2( 梁柳ヲ )1 。非ズ〈NOTE 心中不安なり。 〉ト 2( 心ノ所ニ )1^安ンズル。
注記  ○皇甫謐丨字は士安。皇甫嵩が曾孫なり  ○布衣たりし時丨未だ仕へずして卑賤なりし時  ○心の安んずる所に非ず丨心中不安なり。 

〔二九〕令袁毅、在リテ貪濁たんだく-きゐシテ〔注丨金品を贈賄す。〕朝貴。甞山巨源〔注丨山濤なり。〕絲百斤。巨源不サンコトヲ〔注丨殊更に他とかはりたる行動〕、受ケテ、命ジテ〔注丨うつばりに吊す。〕シム。後毅事露ハル。案-〔注丨案問調査〕衆官。吏至リテ巨源、於梁上タリ。已數年、塵埃アリ、封印如
鬲の令袁毅、政に在りて貪濁たんだく、朝貴に饋遺きゐして以て譽を營む。甞て山巨源に絲百斤を遺る。巨源異を爲さんことを欲せず、之を受けて、命じて之を梁に懸けしむ。後毅事露はる。衆官を案驗す。吏巨源に至りて、梁上に於て絲を得たり。已に數年、塵埃あり、封印故のごとし。
原文  鬲令袁毅、在政貪濁、饋遺朝貴以營譽。甞遺山巨源絲百斤。巨源不欲爲異、受之、命懸之梁。後毅事露。案驗衆官。吏至巨源、於梁上得絲。已數年、塵埃、封印如故。
鬲令袁毅、在[レ]政貪濁たんだく饋-[二]遺きゐ朝貴[一]以營[レ]譽。甞遺[二]山巨源絲百斤[一]。巨源不[レ]欲[レ]爲[レ]異、受[レ]之、命懸[二]之梁[一]。後毅事露。案-[二]驗衆官[一]。吏至[二]巨源[一]、於[二]梁上[一]得[レ]絲。已數年、塵埃、封印如[レ]故。
漢文エディタ  鬲ノ令袁毅、在リテ^政ニ|貪濁(たんだく)、|饋- 2( 遺(きゐ)シテ〈NOTE 金品を贈賄す。 〉朝貴ニ )1 以テ營ム^譽ヲ。甞テ遺ル 2( 山巨源〈NOTE 山濤なり。 〉ニ絲百斤ヲ )1 。巨源不^欲セ^爲サンコトヲ^異〈NOTE 殊更に他とかはりたる行動 〉ヲ、受ケテ^之ヲ、命ジテ懸ケ〈NOTE うつばりに吊す。 〉シム 2( 之ヲ梁ニ )1 。後毅事露ハル。案- 2( 驗〈NOTE 案問調査 〉ス衆官ヲ )1 。吏至リテ 2( 巨源ニ )1 、於テ 2( 梁上ニ )1 得タリ^絲ヲ。已ニ數年、塵埃アリ、封印如シ^故ノ。
注記  ○饋遺丨金品を贈賄す。  ○山巨源丨山濤なり。  ○異丨殊更に他とかはりたる行動  ○梁に懸く丨うつばりに吊す。  ○案驗丨案問調査 

〔三〇〕 王偉元〔注丨名は。〕門生爲本縣一レスル。求シテセンコトヲ。王曰、卿學不をほ〔注丨庇ひ護る。〕一レ、吾德不フニ一レ。屬ストモ、何カアラント。乃シテ乾飯〔注丨ほしいひの類。〕、兒負ヒテ〔注丨鹽・味噌〕、送ツテ所役。諸生隨者千人ナリ。令おもヘラク偉元已ルト。整ヘテ。偉元乃下道〔注丨間道〕ヨリ土牛〔注丨城外に立てて寒氣を送るもの。〕けいせつシテ〔注丨身を屈むること磬の如くなるをいふ。〕、自門生爲、故ツテルト。因ツテ涕泣シテ而去。令即-。一縣皆以
王偉元が門生本縣の役する所と爲る。令に屬して爲に脱せんことを求む。王曰く、卿學以て身ををほふに足らず、吾が德以て卿を庇ふに足らず。之に屬すとも、何の益かあらんと。乃ち歩して乾飯を擔ひ、兒鹽を負ひて、所役の生を送つて縣に到る。諸生隨ふ者千人なり。令おもへらく偉元已に詣ると。衣を整へて出て迎ふ。偉元乃ち下道より土牛の傍に至り、けいせつして立ち、自ら言ふ門生縣の役と爲る、故に來つて別を送ると。因つて手を執り涕泣して去る。令即ち此の生を放遣す。一縣皆以て耻と爲す。
原文  王偉元門生爲本縣所役。求屬令爲脱。王曰、卿學不足以庇身、吾德不足以庇卿。屬之、何益。乃歩擔乾飯、兒負鹽、送所役生縣到。諸生隨者千人。令以偉元已詣。整衣出迎。偉元乃下道至土牛傍、折立、自言門生爲縣役、故來送別。因執手涕泣而去。令即放遣此生。一縣皆以爲耻。
王偉元門生爲[二]本縣所[一レ]役。求[二]屬[レ]令爲脱[一]。王曰、卿學不[レ]足[二]以をほ[一レ]身、吾德不[レ]足[二]以庇[一レ]卿。屬[レ]之、何益。乃歩擔[二]乾飯[一]、兒負[二]鹽[一]、送[二]所役生[一]縣到。諸生隨者千人。令おも偉元已詣。整[レ]衣出迎。偉元乃下道至[二]土牛傍[一]、けいせつ立、自言門生爲[二]縣役[一]、故來送[レ]別。因執[レ]手涕泣而去。令即放-[二]遣此生[一]。一縣皆以爲[レ]耻。
漢文エディタ  王偉元〈NOTE 名は。 〉ガ門生爲ル 2( 本縣ノ所ト )1^役スル。求ム 2( 屬シテ^令ニ爲ニ脱センコトヲ )1 。王曰ク、卿學不^足ラ 2( 以テ|庇(をほ)フ〈NOTE 庇ひ護る。 〉ニ )1^身ヲ、吾ガ德不^足ラ 2( 以テ庇フニ )1^卿ヲ。屬ストモ^之ニ、何ノ益カアラント。乃チ歩シテ擔ヒ 2( 乾飯〈NOTE ほしいひの類。 〉ヲ )1 、兒負ヒテ 2( 鹽〈NOTE 鹽・味噌 〉ヲ )1 、送ツテ 2( 所役ノ生ヲ )1 縣ニ到ル。諸生隨フ者千人ナリ。令|以(おも)ヘラク偉元已ニ詣ルト。整ヘテ^衣ヲ出テ迎フ。偉元乃チ下道〈NOTE 間道 〉ヨリ至リ 2( 土牛〈NOTE 城外に立てて寒氣を送るもの。 〉ノ傍ニ )1 、|折(けいせつ)シテ〈NOTE 身を屈むること磬の如くなるをいふ。 〉立チ、自ラ言フ門生爲ル 2( 縣ノ役ト )1 、故ニ來ツテ送ルト^別ヲ。因ツテ執リ^手ヲ涕泣シテ而去ル。令即チ放- 2( 遣ス此ノ生ヲ )1 。一縣皆以テ爲ス^耻ト。
注記  ○王偉元丨名は。  ○庇ふ丨庇ひ護る。  ○乾飯丨ほしいひの類。  ○鹽丨鹽・味噌  ○下道丨間道  ○土牛丨城外に立てて寒氣を送るもの。  ○折す丨身を屈むること磬の如くなるをいふ。 

〔三一〕 梁王・趙王〔注丨梁王とうと趙王倫と〕、國之近屬、貴-ナリ當時。裴令公〔注丨名は楷、字は叔則〕、歳ゴトニヒテ二國租錢數百萬ハレム中表〔注丨内外の親黨。表は外なり。〕之貧者。或ヒトツテ、何乞物フト。裴曰、損シテ有餘、補フハ不足、天之道也
梁王・趙王、國の之近屬、當時に貴重なり。裴令公、歳ごとに二國の租錢數百萬を請ひて以て中表の之貧者に恤はれむ。或ひと之を譏つて曰く、何ぞ乞物を以て惠を行ふと。裴曰く、有餘を損して、不足を補ふは、天の之道也と。
原文  梁王・趙王、國之近屬、貴重當時。裴令公、歳請二國租錢數百萬以恤中表之貧者。或譏之曰、何以乞物行惠。裴曰、損有餘、補不足、天之道也。
梁王・趙王、國之近屬、貴-[二]重當時[一]。裴令公、歳請[二]二國租錢數百萬[一]以恤[二]中表之貧者[一]。或譏[レ]之曰、何以[二]乞物[一]行[レ]惠。裴曰、損[二]有餘[一]、補[二]不足[一]、天之道也。
漢文エディタ  梁王・趙王〈NOTE 梁王|(とう)と趙王倫と 〉、國ノ之近屬、貴- 2( 重ナリ當時ニ )1 。裴令公〈NOTE 名は楷、字は叔則 〉、歳ゴトニ請ヒテ 2( 二國ノ租錢數百萬ヲ )1 以テ恤ハレム 2( 中表〈NOTE 内外の親黨。表は外なり。 〉ノ之貧者ニ )1 。或ヒト譏ツテ^之ヲ曰ク、何ゾ以テ 2( 乞物ヲ )1 行フト^惠ヲ。裴曰ク、損シテ 2( 有餘ヲ )1 、補フハ 2( 不足ヲ )1 、天ノ之道也ト。
注記  ○梁王・趙王丨梁王とうと趙王倫と  ○裴令公丨名は楷、字は叔則  ○中表丨内外の親黨。表は外なり。 

〔三二〕 王戎云、太保〔注丨王祥〕-シテ正始せいし、不能言之流〔注丨王・何の輩を指す。〕。及ビテ之言フニ、理中淸遠〔注丨理旨淸高幽遠なり〕。將カランヤト
王戎云く、太保正始せいし中に居在して、能言の之流に在らず。之と言ふに及びて、理淸遠に中る。將た德を以て其の言を掩ふ無からんやと。
原文  王戎云、太保居在正始中、不在能言之流。及與之言、理中淸遠。將無以德掩其言。
王戎云、太保居-[二]在正始せいし中[一]、不[レ]在[二]能言之流[一]。及[二]與[レ]之言[一]、理中[二]淸遠[一]。將無[三]以[レ]德掩[二]其言[一]。
漢文エディタ  王戎云ク、太保〈NOTE 王祥 〉居- 2( 在シテ|正始(せいし)中ニ )1 、不^在ラ 2( 能言ノ之流〈NOTE 王・何の輩を指す。 〉ニ )1 。及ビテ 2( 與^之言フニ )1 、理中ル 2( 淸遠ニ )1 〈NOTE 理旨淸高幽遠なり 〉。將タ無カランヤト 3( 以テ^德ヲ掩フ 2( 其ノ言ヲ )1 。
注記  ○太保丨王祥  ○能言之流丨王・何の輩を指す。  ○理淸遠に中る丨理旨淸高幽遠なり 

〔三三〕 王安豐遭かん〔注丨喪に居るなり〕、至性過。裴令往キテシテ、若使メバ一慟ヲシテシテ一レ、濬沖必滅性〔注丨孝經に毀れども性を滅せずとあり。〕之譏
王安豐かんに遭ひ、至性人に過ぐ。裴令往きて之を弔して曰く、若し一慟をして果して能く人を傷らしめば、濬沖必ず滅性の之譏を免れずと。
原文  王安豐遭、至性過人。裴令往弔之曰、若使一慟果能傷人、濬沖必不免滅性之譏。
王安豐遭[レ]かん、至性過[レ]人。裴令往弔[レ]之曰、若使[二]一慟果能傷[一レ]人、濬沖必不[レ]免[二]滅性之譏[一]。
漢文エディタ  王安豐遭ヒ^|(かん)ニ〈NOTE 喪に居るなり 〉、至性過グ^人ニ。裴令往キテ弔シテ^之ヲ曰ク、若シ使メバ 2( 一慟ヲシテ果シテ能ク傷ラ )1^人ヲ、濬沖必ズ不ト^免レ 2( 滅性〈NOTE 孝經に毀れども性を滅せずとあり。 〉ノ之譏ヲ )1 。
注記  ○に遭ふ丨喪に居るなり  ○滅性之譏丨孝經に毀れども性を滅せずとあり。 

〔三四〕 王戎父渾有令名。官至凉州刺史。渾薨。所〔注丨歴任せし所。〕九郡義故、懷德惠、相率ヰテスコト〔注丨錢財を以て人の喪を助くるなり。〕數百萬、戎悉
王戎が父渾令名有り。官凉州の刺史に至る。渾薨ず。歴る所の九郡の義故、其の德惠に懷き、相率ゐてを致すこと數百萬、戎悉く受けず。
原文  王戎父渾有令名。官至凉州刺史。渾薨。所歴九郡義故、懷其德惠、相率致賻數百萬、戎悉不受。
王戎父渾有[二]令名[一]。官至[二]凉州刺史[一]。渾薨。所[レ]歴九郡義故、懷[二]其德惠[一]、相率致[レ]數百萬、戎悉不[レ]受。
漢文エディタ  王戎ガ父渾有リ 2( 令名 )1 。官至ル 2( 凉州ノ刺史ニ )1 。渾薨ズ。所ノ^歴ル〈NOTE 歴任せし所。 〉九郡ノ義故、懷キ 2( 其ノ德惠ニ )1 、相率ヰテ致スコト〈NOTE 錢財を以て人の喪を助くるなり。 〉^|賻(ふ)ヲ數百萬、戎悉ク不^受ケ。
注記  ○歴る所丨歴任せし所。  ○賻を致す丨錢財を以て人の喪を助くるなり。 

〔三五〕 裴叔則營新宅。甚。與兄共。兄心シテ而口。叔則知、便シテ〔注丨其心を推しはかる。〕使ヲシテ
裴叔則新宅を營む。甚だ麗し。兄と共に遊ぶ。兄心に之を欲して口に言はず。叔則其の意を知り、便ち推して兄をして住せしむ。
原文  裴叔則營新宅。甚麗。與兄共遊。兄心欲之而口不言。叔則知其意、便推使兄住。
裴叔則營[二]新宅[一]。甚麗。與[レ]兄共遊。兄心欲[レ]之而口不[レ]言。叔則知[二]其意[一]、便推使[二]兄住[一]。
漢文エディタ  裴叔則營ム 2( 新宅ヲ )1 。甚ダ麗シ。與^兄共ニ遊ブ。兄心ニ欲シテ^之ヲ而口ニ不^言ハ。叔則知リ 2( 其ノ意ヲ )1 、便チ推シテ〈NOTE 其心を推しはかる。 〉使ム 2( 兄ヲシテ住セ )1 。
注記  ○推す丨其心を推しはかる。 

〔三六〕 王平子〔注丨名は澄。〕胡母こぼ彦國げんこく〔注丨名は輔之。〕諸人、皆以任放〔注丨放縱に同じ。豪傑風也。〕。或裸體樂廣がくくわうツテ、名敎〔注丨忠孝仁義の敎。〕中自ヅカラ樂地。何爲レゾルヤ
王平子・胡母こぼ彦國げんこく諸人、皆任放を以て達と爲す。或は裸體の者有り。樂廣がくくわう笑つて曰く、名敎の中自づから樂地有り。何爲れぞ乃ち爾るや也と。
原文  王平子・胡母彦國諸人、皆以任放爲達。或有裸體者。樂廣笑曰、名敎中自有樂地。何爲乃爾也。
王平子・胡母こぼ彦國げんこく諸人、皆以[二]任放[一]爲[レ]達。或有[二]裸體者[一]。樂廣がくくわう笑曰、名敎中自有[二]樂地[一]。何爲乃爾也。
漢文エディタ  王平子〈NOTE 名は澄。 〉・|胡母(こぼ)|彦國(げんこく)〈NOTE 名は輔之。 〉諸人、皆以テ 2( 任放〈NOTE 放縱に同じ。豪傑風也。 〉ヲ )1 爲ス^達ト。或ハ有リ 2( 裸體ノ者 )1 。|樂廣(がくくわう)笑ツテ曰ク、名敎〈NOTE 忠孝仁義の敎。 〉ノ中自ヅカラ有リ 2( 樂地 )1 。何爲レゾ乃チ爾ルヤ也ト。
注記  ○王平子丨名は澄。  ○胡母彦國丨名は輔之。  ○任放丨放縱に同じ。豪傑風也。  ○名敎丨忠孝仁義の敎。 

〔三七〕 衛洗馬〔注丨名は。洗馬は官名。〕ヘラク、人有ルハルコト、可。非意相干サバ〔注丨非理の意を以て相犯すの意か〕、可シト。故終身不喜慍之色
衛洗馬常に以へらく、人及ばざること有るは、情を以て恕すべし。非意相干さば、理を以て遣るべしと。故に終身喜慍の之色を見ず。
原文  衛洗馬常以、人有不及、可以情恕。非意相干、可以理遣。故終身不見喜慍之色。
衛洗馬常以、人有[レ]不[レ]及、可[二]以[レ]情恕[一]。非意相干、可[二]以[レ]理遣[一]。故終身不[レ]見[二]喜慍之色[一]。
漢文エディタ  衛洗馬〈NOTE 名は。洗馬は官名。 〉常ニ以ヘラク、人有ルハ^不ルコト^及バ、可シ 2( 以テ^情ヲ恕ス )1 。非意相干サバ〈NOTE 非理の意を以て相犯すの意か 〉、可シト 2( 以テ^理ヲ遣ル )1 。故ニ終身不^見 2( 喜慍ノ之色ヲ )1 。
注記  ○衛洗馬丨名は。洗馬は官名。  ○非理相干す丨非理の意を以て相犯すの意か 

〔三八〕 顧榮在洛陽。嘗〔注丨酒食の招待に應ず。〕せい。覺せき人有ルヲスルノ之色。因ツテメテ〔注丨己の食すべき部分を與ふるなり。〕焉。同坐嗤。榮曰、豈ラン終日執ツテ而不。後遭ヒテ。毎危急、常リテ一人左右。已ニシテヘバ所以、乃ケシ人也。
顧榮洛陽に在り。嘗て人のせいに應ず。せきを行ふ人炙を欲するの之色有るを覺る。因つて己をめて施す。同坐之を嗤ふ。榮曰く、豈に終日之を執つて其の味を知らざる者有らん乎と。後亂に遭ひて江を渡る。危急を經る毎に、常に一人有りて左右す。已にして其の所以を問へば、乃ち炙を受けし人也。
原文  顧榮在洛陽。嘗應人請。覺行炙人有欲炙之色。因輟己施焉。同坐嗤之。榮曰、豈有終日執之而不知其味者乎。後遭亂渡江。毎經危急、常有一人左右。已問其所以、乃受炙人也。
顧榮在[二]洛陽[一]。嘗應[二]人せい[一]。覺[三]行[レ]せき人有[二]欲[レ]炙之色[一]。因[レ]己施焉。同坐嗤[レ]之。榮曰、豈有[下]終日執[レ]之而不[レ]知[二]其味[一]者[上]乎。後遭[レ]亂渡[レ]江。毎[レ]經[二]危急[一]、常有[二]一人[一]左右。已問[二]其所以[一]、乃受[レ]炙人也。
漢文エディタ  顧榮在リ 2( 洛陽ニ )1 。嘗テ應ズ〈NOTE 酒食の招待に應ず。 〉 2( 人ノ|請(せい)ニ )1 。覺ル 3( 行フ^|炙(せき)ヲ人有ルヲ 2( 欲スルノ^炙ヲ之色 )1 。因ツテ|輟(や)メテ^己ヲ施ス〈NOTE 己の食すべき部分を與ふるなり。 〉焉。同坐嗤フ^之ヲ。榮曰ク、豈ニ有ラン 2{ 終日執ツテ^之ヲ而不ル^知ラ 2( 其ノ味ヲ )1 者 }1 乎ト。後遭ヒテ^亂ニ渡ル^江ヲ。毎ニ^經ル 2( 危急ヲ )1 、常ニ有リテ 2( 一人 )1 左右ス。已ニシテ問ヘバ 2( 其ノ所以ヲ )1 、乃チ受ケシ^炙ヲ人也。
注記  ○請に應ず丨酒食の招待に應ず。  ○己を輟めて施す丨己の食すべき部分を與ふるなり。 

〔三九〕 光祿〔注丨名は訥、字は士言。官光祿大夫に至る。〕クシテ孤貧、性至孝ナリ。常メニ炊爨シテ。王平北〔注丨王敦は平北將軍たり。〕佳名、以兩婢おく。因ツテツテ中郞。有リテ人戲、奴價倍〔注丨二婢の代りに訥が仕へしを指す。〕、百里奚亦何ズシモカランヤ於五之皮〔注丨五羊の皮なり。〕ヨリ
光祿少くして孤貧、性至孝なり。常に自ら母の爲めに炊爨して食を作る。王平北其の佳名を聞き、兩婢を以て之におくる。因つて取つて中郞と爲す。人之に戲る者有りて曰く、奴の價婢に倍すと。云く、百里奚亦何ぞ必ずしも於五の之皮より輕からんや邪と。
原文  光祿少孤貧、性至孝。常自爲母炊爨作食。王平北聞其佳名、以兩婢餉之。因取爲中郞。有人戲之者曰、奴價倍婢。云、百里奚亦何必輕於五之皮邪。
光祿少孤貧、性至孝。常自爲[レ]母炊爨作[レ]食。王平北聞[二]其佳名[一]、以[二]兩婢[一]おく[レ]之。因取爲[二]中郞[一]。有[二]人戲[レ]之者[一]曰、奴價倍[レ]婢。云、百里奚亦何必輕[二]於五之皮[一]邪。
漢文エディタ  光祿〈NOTE 名は訥、字は士言。官光祿大夫に至る。 〉少クシテ孤貧、性至孝ナリ。常ニ自ラ爲メニ^母ノ炊爨シテ作ル^食ヲ。王平北〈NOTE 王敦は平北將軍たり。 〉聞キ 2( 其ノ佳名ヲ )1 、以テ 2( 兩婢ヲ )1 |餉(おく)ル^之ニ。因ツテ取ツテ爲ス 2( 中郞ト )1 。有リテ 2( 人戲ル^之ニ者 )1 曰ク、奴ノ價倍ス〈NOTE 二婢の代りに訥が仕へしを指す。 〉ト^婢ニ。云ク、百里奚亦何ゾ必ズシモ輕カランヤ 2( 於五|(こ)ノ之皮〈NOTE 五羊の皮なり。 〉ヨリ )1 邪ト。
注記  ○光祿丨名は訥、字は士言。官光祿大夫に至る。  ○王平北丨王敦は平北將軍たり。  ○奴の價は婢に倍す丨二婢の代りに訥が仕へしを指す。  ○五之皮丨五羊の皮なり。 

〔四〇〕 〔注丨名は亮。〕乘馬的盧〔注丨白額線の口に入れる者なり。惡馬の相と傳ふ。〕。或ヒトゲテ、賣ラバラン。即セン。寧ケンヤトモンゼ〔注丨自家に不安心なり。〕而移於他人哉。昔孫叔敖殺シテ兩頭、以メニス後人〔注丨賈誼新書に見ゆ。〕。古之美談ナリ。效、不亦達ナラ
公の乘馬に的盧有り。或ひと語げて賣り去らしむ。云ふ、之を賣らば必ず買ふ者有らん。即ち復た其の主を害せん。寧ろ己に安んぜずとも而於他人に移すべけんや哉。昔孫叔敖兩頭の蛇を殺して、以て後人の爲めにす。古の之美談なり。之に效ふ、亦達ならずや乎と。
原文  公乘馬有的盧。或語令賣去。云、賣之必有買者。即復害其主。寧可不安己而移於他人哉。昔孫叔敖殺兩頭蛇、以爲後人。古之美談。效之、不亦達乎。
公乘馬有[二]的盧[一]。或語令[二]賣去[一]。云、賣[レ]之必有[二]買者[一]。即復害[二]其主[一]。寧可[三]不[レ]安[レ]己而移[二]於他人[一]哉。昔孫叔敖殺[二]兩頭蛇[一]、以爲[二]後人[一]。古之美談。效[レ]之、不[二]亦達[一]乎。
漢文エディタ  公〈NOTE 名は亮。 〉ノ乘馬ニ有リ 2( 的盧〈NOTE 白額線の口に入れる者なり。惡馬の相と傳ふ。 〉 )1 。或ヒト語ゲテ令ム 2( 賣リ去ラ )1 。云フ、賣ラバ^之ヲ必ズ有ラン 2( 買フ者 )1 。即チ復タ害セン 2( 其ノ主ヲ )1 。寧ロ可ケンヤ 3( 不トモ^安ンゼ^己ニ〈NOTE 自家に不安心なり。 〉而移ス 2( 於他人ニ )1 哉。昔孫叔敖殺シテ 2( 兩頭ノ蛇ヲ )1 、以テ爲メニス 2( 後人ノ )1 〈NOTE 賈誼新書に見ゆ。 〉。古ノ之美談ナリ。效フ^之ニ、不ヤ 2( 亦達ナラ )1 乎ト。
注記  ○公丨名は亮。  ○的盧丨白額線の口に入れる者なり。惡馬の相と傳ふ。  ○己に安んぜず丨自家に不安心なり。  ○孫叔敖、兩頭の蛇を殺して後人の爲めにす。丨賈誼新書に見ゆ。 

〔四一〕 鄧攸とういう〔注丨字は伯道。〕クルヤ、於道中、全ウス。既、取一妾、甚寵愛。歴年〔注丨數年を經過したる後〕、訊一レ。妾具サニ北人遭フト。憶ヘバ父母姓名、乃せい〔注丨姪に同じ。〕也。攸素德業、言行無てん〔注丨缺點〕。聞キテ哀恨、終身遂一レ
鄧攸とういう始め難を避くるや、道中に於て己が子を棄て、弟の子を全うす。既に江を過ぎ、一妾を取り、甚だ寵愛す。歴年の後、其の由る所を訊く。妾具さに説く是れ北人亂に遭ふと。父母の姓名を憶へば、乃ち攸の之せい也。攸素と德業有り、言行てん無し。之を聞きて哀恨し、終身遂に復た妾を畜へず。
原文  鄧攸始避難、於道中棄己子、全弟子。既過江、取一妾、甚寵愛。歴年後、訊其所由。妾具説是北人遭亂。憶父母姓名、乃攸之甥也。攸素有德業、言行無。聞之哀恨、終身遂不復畜妾。
|鄧攸(とういう)〈NOTE 字は伯道。 〉始メ避クルヤ^難ヲ、於テ 2( 道中ニ )1 棄テ 2( 己ガ子ヲ )1 、全ウス 2( 弟ノ子ヲ )1 。既ニ過ギ^江ヲ、取リ 2( 一妾ヲ )1 、甚ダ寵愛ス。歴年ノ後〈NOTE 數年を經過したる後 〉、訊ク 2( 其ノ所ヲ )1^由ル。妾具サニ説ク是レ北人遭フト^亂ニ。憶ヘバ 2( 父母ノ姓名ヲ )1 、乃チ攸ノ之|甥(せい)〈NOTE 姪に同じ。 〉也。攸素ト有リ 2( 德業 )1 、言行無シ^|(てん)〈NOTE 缺點 〉。聞キテ^之ヲ哀恨シ、終身遂ニ不 2( 復タ畜ヘ )1^妾ヲ。
漢文エディタ  |鄧攸(とういう)〈NOTE 字は伯道。 〉始メ避クルヤ^難ヲ、於テ 2( 道中ニ )1 棄テ 2( 己ガ子ヲ )1 、全ウス 2( 弟ノ子ヲ )1 。既ニ過ギ^江ヲ、取リ 2( 一妾ヲ )1 、甚ダ寵愛ス。歴年ノ後〈NOTE 數年を經過したる後 〉、訊ク 2( 其ノ所ヲ )1^由ル。妾具サニ説ク是レ北人遭フト^亂ニ。憶ヘバ 2( 父母ノ姓名ヲ )1 、乃チ攸之|甥(せい)〈NOTE 姪に同じ。 〉也。攸素ト有リ 2( 德業 )1 、言行無シ^|(てん)〈NOTE 缺點 〉。聞キテ^之ヲ哀恨シ、終身遂ニ不 2( 復タ畜ヘ )1^妾ヲ。
注記  ○鄧攸丨字は伯道。  ○歴年の後丨數年を經過したる後  ○甥丨姪に同じ。  ○丨缺點 

〔四二〕 阮光祿在。曾好車。借者無ルコト皆給〔注丨何人にても皆借用して用を足すと也。〕。有ルモノ一レ。意欲シテラント而不ヘテ。阮後キテ、歎ジテ、吾有レドモ車而使ヲシテヘテ。何ント。遂
阮光祿に在り。曾て好車有り。借る者皆給せざること無し。人の母を葬るもの有り。意借らんと欲して敢へて言はず。阮後に之を聞きて、歎じて曰く、吾車有れども人をして敢へて借らざらしむ。何ぞ車を以てんと。遂に之を焚く。
原文  阮光祿在。曾有好車。借者無不皆給。有人葬母。意欲借而不敢言。阮後聞之、歎曰、吾有車而使人不敢借。何以車爲。遂焚之。
阮光祿在[レ]。曾有[二]好車[一]。借者無[レ]不[二]皆給[一]。有[二]人葬[一レ]母。意欲[レ]借而不[二]敢言[一]。阮後聞[レ]之、歎曰、吾有[レ]車而使[三]人不[二]敢借[一]。何以[レ]車。遂焚[レ]之。
漢文エディタ  阮光祿在リ^ニ。曾テ有リ 2( 好車 )1 。借ル者無シ^不ルコト 2( 皆給セ )1 〈NOTE 何人にても皆借用して用を足すと也。 〉。有リ 2( 人ノ葬ルモノ )1^母ヲ。意欲シテ^借ラント而不 2( 敢ヘテ言ハ )1 。阮後ニ聞キテ^之ヲ、歎ジテ曰ク、吾有レドモ^車而使ム 3( 人ヲシテ不ラ 2( 敢ヘテ借ラ )1 。何ゾ以テ^車ヲ|爲(せ)ント。遂ニ焚ク^之ヲ。
注記  ○皆給せざること無し丨何人にても皆借用して用を足すと也。 

〔四三〕 謝奕作。有一老翁犯一レ。謝以醇酒〔注丨極上の良酒。〕。乃ツテ過醉、而猶〔注丨大醉するも猶罰杯を止めず〕。太傅時年七八歳ナリ。著靑布、在。諫メテ、阿兄、老翁可。何ケント。奕於メテ、阿奴欲スルカラシメント。遂
謝奕の令と作る。一老翁法を犯す有り。謝醇酒を以て之を罰す。乃ち過醉に至つて、而猶ほ未だ已めず。太傅時に年七八歳なり。靑布を著て、兄の邊に在りて坐す。諫めて曰く、阿兄、老翁念ふべし。何ぞ此を作すべけんと。奕是に於て容を改めて曰く、阿奴放ち去らしめんと欲するか邪と。遂に之を遣る。
原文  謝奕作令。有一老翁犯法。謝以醇酒罰之。乃至過醉、而猶未已。太傅時年七八歳。著靑布、在兄邊坐。諫曰、阿兄、老翁可念。何可作此。奕於是改容曰、阿奴欲放去邪。遂遣之。
謝奕作[二]令[一]。有[二]一老翁犯[一レ]法。謝以[二]醇酒[一]罰[レ]之。乃至[二]過醉[一]、而猶未[レ]已。太傅時年七八歳。著[二]靑布[一]、在[二]兄邊[一]坐。諫曰、阿兄、老翁可[レ]念。何可[レ]作[レ]此。奕於[レ]是改[レ]容曰、阿奴欲[二]放去[一]邪。遂遣[レ]之。
漢文エディタ  謝奕作ル 2( ノ令ト )1 。有リ 2( 一老翁犯ス )1^法ヲ。謝以テ 2( 醇酒〈NOTE 極上の良酒。 〉ヲ )1 罰ス^之ヲ。乃チ至ツテ 2( 過醉ニ )1 、而猶ホ未ダ^已メ〈NOTE 大醉するも猶罰杯を止めず 〉。太傅時ニ年七八歳ナリ。著テ 2( 靑布ヲ )1 、在リテ 2( 兄ノ邊ニ )1 坐ス。諫メテ曰ク、阿兄、老翁可シ^念フ。何ゾ可ケント^作ス^此ヲ。奕於テ^是ニ改メテ^容ヲ曰ク、阿奴欲スルカ 2( 放チ去ラシメント )1 邪ト。遂ニ遣ル^之ヲ。
注記  ○醇酒丨極上の良酒。  ○過醉に至るも、猶ほ未だ已めず。丨大醉するも猶罰杯を止めず 

〔四四〕 謝太傅はなは〔注丨甚に同じ。〕ンズ。常季野〔注丨褚裒の字。〕ものい、而四時之氣亦備ハル〔注丨外に言はざれども内に褒貶するところ有りとの意。〕
謝太傅はなは公を重んず。常に稱す、季野ものいはずと雖も、而四時の之氣亦備はると。
原文  謝太傅絶重公。常稱、季野雖不言、而四時之氣亦備。
謝太傅はなは重[二]公[一]。常稱、季野雖[レ]不[レ]ものい、而四時之氣亦備。
漢文エディタ  謝太傅|絶(はなは)ダ〈NOTE 甚に同じ。 〉重ンズ 2( 公ヲ )1 。常ニ稱ス、季野〈NOTE 褚裒の字。 〉雖モ^不ト^|言(ものい)ハ、而四時ノ之氣亦備ハル〈NOTE 外に言はざれども内に褒貶するところ有りとの意。 〉ト。
注記  ○絶だ丨甚に同じ。  ○季野丨褚裒の字。  ○言はざれども四時の氣亦備はる丨外に言はざれども内に褒貶するところ有りとの意。 

〔四五〕 劉尹在。臨ンデ綿めんてつ〔注丨氣息奄々絶えんとするなり〕。聞閣下ツテ鼓舞スルヲ、正シテ、莫レトルコト淫祀〔注丨亂りに神を祀る。〕。外〔注丨外間の侍臣。〕シテ車中ラント上レ。眞長〔注丨劉尹の字。〕ヘテ、丘ルコトトナリ。勿レトスコト一レヒヲ
劉尹郡に在り。終に臨んで綿めんてつす。閣下に神を祠つて鼓舞するを聞き、色を正して曰く、淫祀を得ること莫れと。外車中の牛を殺して神を祭らんと請ふ。眞長答へて曰く、丘の之ること久しとなり。復た煩ひを爲すこと勿れと。
原文  劉尹在郡。臨終綿。聞閣下祠神鼓舞、正色曰、莫得淫祀。外請殺車中牛祭神。眞長答曰、丘之久矣。勿復爲煩。
劉尹在[レ]郡。臨[レ]終綿めんてつ。聞[二]閣下祠[レ]神鼓舞[一]、正[レ]色曰、莫[レ]得[二]淫祀[一]。外請[下]殺[二]車中牛[一]祭[上レ]神。眞長答曰、丘之久矣。勿[二]復爲[一レ]煩。
漢文エディタ  劉尹在リ^郡ニ。臨ンデ^終ニ|綿(めんてつ)ス〈NOTE 氣息奄々絶えんとするなり 〉。聞キ 2( 閣下ニ祠ツテ^神ヲ鼓舞スルヲ )1 、正シテ^色ヲ曰ク、莫レト^得ルコト 2( 淫祀〈NOTE 亂りに神を祀る。 〉ヲ )1 。外〈NOTE 外間の侍臣。 〉請フ 2{ 殺シテ 2( 車中ノ牛ヲ )1 祭ラント }1 ^神ヲ。眞長〈NOTE 劉尹の字。 〉答ヘテ曰ク、丘ノ之ルコト久シ矣トナリ。勿レト 2( 復タ爲スコト )1^煩ヒヲ。
注記  ○綿丨氣息奄々絶えんとするなり  ○淫祀丨亂りに神を祀る。  ○外丨外間の侍臣。  ○眞長丨劉尹の字。 

〔四六〕 謝公〔注丨謝安石〕夫人教。問太傅那得いかんメヨリルトフルヲ一レ。答ヘテ、我常フト〔注丨耳目の聞見する所、悉く是れ敎訓なるを指して言ふなり〕
謝公夫人兒を教ふ。太傅に問ふ、那得いかんぞ初めより君が兒を教ふるを見ざると。答へて曰く、我常に自ら兒を教ふと。
原文  謝公夫人教兒。問太傅、那得初不見君教兒。答曰、我常自教兒。
謝公夫人教[レ]兒。問[二]太傅[一]、那得いかん初不[レ]見[二]君教[一レ]兒。答曰、我常自教[レ]兒。
漢文エディタ  謝公〈NOTE 謝安石 〉夫人教フ^兒ヲ。問フ 2( 太傅ニ )1 、|那得(いかん)ゾ初メヨリ不ルト^見 2( 君ガ教フルヲ )1^兒ヲ。答ヘテ曰ク、我常ニ自ラ教フト^兒ヲ〈NOTE 耳目の聞見する所、悉く是れ敎訓なるを指して言ふなり 〉。
注記  ○謝公丨謝安石  ○自ら兒を敎ふ丨耳目の聞見する所、悉く是れ敎訓なるを指して言ふなり 

〔四七〕 范宣年八歳、後園〔注丨撥なり。引き拔く義。〕、誤ツテ。人問、痛ムカ。答ヘテ、非ムガ。身體髪膚、不〔注丨孝經の語を用ふるなり。〕ヘテ毀傷。是。宣潔行・廉約ナリ。韓豫章〔注丨韓伯嘗て豫章の太守たり。〕絹百匹。不。減五十匹。復。如減半、遂一匹。既ニシテ。韓後范同〔注丨同車に同乘す。〕。就キテ車中、裂二丈ヘテ、人寧ケンヤ使ヲシテカラ一レ〓〝巾+軍〟こん〔注丨こしまき〕。范笑ツテ而受
范宣年八歳、後園に菜をり、誤つて指を傷り大に啼く。人問ふ、痛むか邪と。答へて曰く、痛むが爲に非ず。身體髪膚、敢へて毀傷せずと。是を以て啼く耳と。宣は潔行・廉約なり。韓豫章絹百匹を遺る。受けず。五十匹に減ず。復た受けず。是の如く減半し、遂に一匹に至る。既にして終に受けず。韓後に范と同に載る。車中に就きて、二丈を裂き范に與へて云く、人寧ろ婦をしてこん無からしむべけんや邪と。范笑つて之を受く。
原文  范宣年八歳、後園挑菜、誤傷指大啼。人問、痛邪。答曰、非爲痛。身體髪膚、不敢毀傷。是以啼耳。宣潔行・廉約。韓豫章遺絹百匹。不受。減五十匹。復不受。如是減半、遂至一匹。既終不受。韓後與范同載。就車中、裂二丈與范云、人寧可使婦無〓〝巾+軍〟邪。范笑而受之。
范宣年八歳、後園[レ]菜、誤傷[レ]指大啼。人問、痛邪。答曰、非[レ]爲[レ]痛。身體髪膚、不[二]敢毀傷[一]。是以啼耳。宣潔行・廉約。韓豫章遺[二]絹百匹[一]。不[レ]受。減[二]五十匹[一]。復不[レ]受。如[レ]是減半、遂至[二]一匹[一]。既終不[レ]受。韓後與[レ]范同載。就[二]車中[一]、裂[二]二丈[一]與[レ]范云、人寧可[レ]使[二]婦無[一レ]〓〝巾+軍〟こん邪。范笑而受[レ]之。
漢文エディタ  范宣年八歳、後園ニ|挑(と)リ〈NOTE 撥なり。引き拔く義。 〉^菜ヲ、誤ツテ傷リ^指ヲ大ニ啼ク。人問フ、痛ムカ邪ト。答ヘテ曰ク、非ズ^爲ニ^痛ムガ。身體髪膚、不〈NOTE 孝經の語を用ふるなり。 〉ト 2( 敢ヘテ毀傷セ )1 。是ヲ以テ啼ク耳ト。宣ハ潔行・廉約ナリ。韓豫章〈NOTE 韓伯嘗て豫章の太守たり。 〉遺ル 2( 絹百匹ヲ )1 。不^受ケ。減ズ 2( 五十匹ニ )1 。復タ不^受ケ。如ク^是ノ減半シ、遂ニ至ル 2( 一匹ニ )1 。既ニシテ終ニ不^受ケ。韓後ニ與^范同ニ載ル〈NOTE 同車に同乘す。 〉。就キテ 2( 車中ニ )1 、裂キ 2( 二丈ヲ )1 與ヘテ^范ニ云ク、人寧ロ可ケンヤ^使ム 2( 婦ヲシテ無カラ )1^|〓〝巾+軍〟(こん)〈NOTE こしまき 〉邪ト。范笑ツテ而受ク^之ヲ。
注記  ○挑る丨撥なり。引き拔く義。  ○身體髪膚敢へて毀傷せず。丨孝經の語を用ふるなり。  ○韓豫章丨韓伯嘗て豫章の太守たり。  ○同に載る丨同車に同乘す。  ○〓〝巾+軍〟丨こしまき 

〔四八〕 王子敬〔注丨名は獻之。〕病篤。道家上章〔注丨章を奏して危を除かんとする道家の法。〕、應シト 首過〔注丨罪過を自白するなり。〕。問子敬、由來有ルカト異同得失。子敬云、不ルコトヲ餘事。唯フノミトちけセシ〔注丨獻之初め曇の女を娶りき。〕一レ
王子敬病篤し。道家上章す、應に首過すべしと。子敬に問ふ、由來何の異同得失有るかと。子敬云く、餘事有ることを覺へず。唯だちけと婚を離せしを憶ふのみと。
原文  王子敬病篤。道家上章、應首過。問子敬、由來有何異同得失。子敬云、不覺有餘事。唯憶與家離婚。
王子敬病篤。道家上章、應[二]首過[一]。問[二]子敬[一]、由來有[二]何異同得失[一]。子敬云、不[レ]覺[レ]有[二]餘事[一]。唯憶[下]與[二]ちけ[一]離[一レ]婚。
漢文エディタ  王子敬〈NOTE 名は獻之。 〉病篤シ。道家上章〈NOTE 章を奏して危を除かんとする道家の法。 〉ス、應ニ _シト_ 2( 首過ス〈NOTE 罪過を自白するなり。 〉 )1 。問フ 2( 子敬ニ )1 、由來有ルカト 2( 何ノ異同得失 )1 。子敬云ク、不^覺ヘ^有ルコトヲ 2( 餘事 )1 。唯ダ憶フノミト 2{ 與 2( |家(ちけ) )1 離セシ〈NOTE 獻之初め曇の女を娶りき。 〉ヲ }1 ^婚ヲ。
注記  ○王子敬丨名は獻之。  ○上章丨章を奏して危を除かんとする道家の法。  ○首過す丨罪過を自白するなり。  ○家と婚を離す丨獻之初め曇の女を娶りき。 

〔四九〕 殷仲堪既荊州。値水儉、食常〔注丨椀に同じ。〕ノミ。盤外餘肴。飯粒脱-スレバ盤席、輒ツテくら。雖ストヰン〔注丨躬行率先の義。〕、亦縁眞素。毎ツテ子弟、勿我受クルヲ方州、云フコトくわつへいセン〔注丨昔時の抑欝を解き去るの義。〕昔時。今吾處シテ。貧者士之常ナリ〔注丨列子に見ゆ〕。焉クンゾンヤツテ而捐ツルコトヲ。爾ともがらセヨト
殷仲堪既に荊州たり。水儉に値ひ、食常に五のみ。盤外に餘肴無し。飯粒盤席の間に脱落すれば、輒ち拾つて以て之をくらふ。物を率ゐんと欲すと雖も、亦其の性の眞素に縁る。毎に子弟に語つて云く、我任を方州に受くるを以て、我昔時の意を豁平くわつへいせんと云ふこと勿れ。今吾之に處して易へず。貧は士の之常なり。焉くんぞ枝に登つて其の本を捐つることを得んや。爾がともがら其れ之を存せよと。者
原文  殷仲堪既爲荊州。値水儉、食常五。盤外無餘肴。飯粒脱落盤席間、輒拾以之。雖欲率物、亦縁其性眞素。毎語子弟云、勿以我受任方州、云我豁平昔時意。今吾處之不易。貧者士之常。焉得登枝而捐其本。爾曹其存之。
殷仲堪既爲[二]荊州[一]。値[二]水儉[一]、食常五。盤外無[二]餘肴[一]。飯粒脱-[二]落盤席間[一]、輒拾以くら[レ]之。雖[レ]欲[レ]率[レ]物、亦縁[二]其性眞素[一]。毎語[二]子弟[一]云、勿[丁]以[三]我受[二]任方州[一]、云[丙]我豁[乙]平くわつへい昔時意[甲]。今吾處[レ]之不[レ]易。貧者士之常。焉得[三]登[レ]枝而捐[二]其本[一]。爾ともがら其存[レ]之。
漢文エディタ  殷仲堪既ニ爲リ 2( 荊州 )1 。値ヒ 2( 水儉ニ )1 、食常ニ五〈NOTE 椀に同じ。 〉ノミ。盤外ニ無シ 2( 餘肴 )1 。飯粒脱- 2( 落スレバ盤席ノ間ニ )1 、輒チ拾ツテ以テ|(くら)フ^之ヲ。雖モ^欲スト^率ヰン〈NOTE 躬行率先の義。 〉ト^物ヲ、亦縁ル 2( 其ノ性ノ眞素ニ )1 。毎ニ語ツテ 2( 子弟ニ )1 云ク、勿レ 4[ 以テ 3( 我受クルヲ 2( 任ヲ方州ニ )1 、云フコト 3[ 我|豁 2[ 平(くわつへい)セン〈NOTE 昔時の抑欝を解き去るの義。 〉ト昔時ノ意ヲ ]1 。今吾處シテ^之ニ不^易ヘ。貧ハ者士ノ之常ナリ〈NOTE 列子に見ゆ 〉。焉クンゾ得ンヤ 3( 登ツテ^枝ニ而捐ツルコトヲ 2( 其ノ本ヲ )1 。爾ガ|曹(ともがら)其レ存セヨト^之ヲ。
注記  ○丨椀に同じ。  ○物を率ゐん丨躬行率先の義。  ○昔時の意を豁平す丨昔時の抑欝を解き去るの義。  ○貧は士の常なり。丨列子に見ゆ 

〔五〇〕桓南郡〔注丨桓玄南郡公となる。〕・楊廣、共殷荊州、宜シクシト ツテ殷覬南蠻〔注丨南蠻校尉の任。〕。覬亦即、嘗ツテ行散〔注丨藥を服して散歩するなり。〕、率爾下舍かしや、便復還。内外無、意色蕭然トシテ、遠〔注丨楚の令尹子文の姓なり。論語に其喜慍の色無きを稱せり。〕之無キニ一レ。時論以トス
初め桓南郡・楊廣、共に殷荊州に、宜しく殷覬が南蠻を奪つて以て自ら樹つべしと説く。覬も亦即ち其の旨を曉り、嘗て行散に因つて、率爾に下舍かしやに去り、便ち復還らず。内外預り知る者無く、意色蕭然として、遠く生の之慍り無きに同じ。時の論此を以て之を多とす。
原文  初桓南郡・楊廣、共説殷荊州、宜奪殷覬南蠻以自樹。覬亦即曉其旨、嘗因行散、率爾去下舍、便不復還。内外無預知者、意色蕭然、遠同生之無慍。時論以此多之。
初桓南郡・楊廣、共説[下]殷荊州、宜[中]奪[二]殷覬南蠻[一]以自樹[上]。覬亦即曉[二]其旨[一]、嘗因[二]行散[一]、率爾去[二]下舍かしや[一]、便不[二]復還[一]。内外無[二]預知者[一]、意色蕭然、遠同[二]生之無[一レ]慍。時論以[レ]此多[レ]之。
漢文エディタ  初メ桓南郡〈NOTE 桓玄南郡公となる。 〉・楊廣、共ニ説ク 2{ 殷荊州ニ、宜シク _シト_ ┤奪ツテ 2( 殷覬ガ南蠻〈NOTE 南蠻校尉の任。 〉ヲ )1 以テ自ラ樹ツ }1 。覬モ亦即チ曉リ 2( 其ノ旨ヲ )1 、嘗テ因ツテ 2( 行散〈NOTE 藥を服して散歩するなり。 〉ニ )1 、率爾ニ去リ 2( |下舍(かしや)ニ )1 、便チ不 2( 復還ラ )1 。内外無ク 2( 預リ知ル者 )1 、意色蕭然トシテ、遠ク同ジ 2( 生〈NOTE 楚の令尹子文の姓なり。論語に其喜慍の色無きを稱せり。 〉ノ之無キニ )1^慍リ。時ノ論以テ^此ヲ多トス^之ヲ。
注記  ○桓南郡丨桓玄南郡公となる。  ○南蠻丨南蠻校尉の任。  ○行散丨藥を服して散歩するなり。  ○丨楚の令尹子文の姓なり。論語に其喜慍の色無きを稱せり。 

〔五一〕 桓南郡既殷荊州とら將佐十許人。咨議〔注丨參軍中の上席者。〕羅企生亦在焉。桓素ヨリスルコト企生。將 ラントスル〔注丨他の捕囚者を戮殺せんとす〕、先ヲシテゲテ。若セバ、當シト ルス。企生答ヘテ、爲リテ殷荊州、今荊州奔亡、存亡未。我何アリテセント桓公。既〔注丨刑場〕。桓又遣ヲシテ一レストハント。答ヘテ、昔晉文王殺。而シテ〔注丨康の子なり。文天祥が正氣歌に侍中の血といへる者是なり。〕忠臣。從ツテ一弟ハント老母。桓亦如。桓先羔裘かうきう、與企生母胡。胡時豫章。企生〔注丨凶問なり。〕。即日焚
桓南郡既に殷荊州を破り、殷が將佐十許人をとらふ。咨議羅企生も亦在り。桓素より企生を待すること厚し。將に戮する所有らんとして、先づ人をして語げて云はしむ。若し我に謝せば、當に罪を釋るすべしと。企生答へて曰く、殷荊州の吏と爲りて、今荊州奔亡し、存亡未だ判れず。我何の顔ありて桓公に謝せんと。既に市に出づ。桓又人をして何を言はんと欲すと問はしむ。答へて曰く、昔晉の文王康を殺す。而して紹晉の忠臣と爲る。公に從つて一弟を乞ひ以て老母を養はんと。桓も亦言の如く之を宥す。桓先に曾て一羔裘かうきうを以て、企生が母胡に與ふ。胡時に豫章に在り。企生が問至る。即日裘を焚く。
原文  桓南郡既破殷荊州、收殷將佐十許人。咨議羅企生亦在焉。桓素待企生厚。將有所戮、先遣人語云。若謝我、當釋罪。企生答曰、爲殷荊州吏、今荊州奔亡、存亡未判。我何顔謝桓公。既出市。桓又遣人問欲何言。答曰、昔晉文王殺康。而紹爲晉忠臣。從公乞一弟以養老母。桓亦如言宥之。桓先曾以一羔裘、與企生母胡。胡時在豫章。企生問至。即日焚裘。
桓南郡既破[二]殷荊州[一]、とら[二]殷將佐十許人[一]。咨議羅企生亦在焉。桓素待[二]企生[一]厚。將[レ]有[レ]所[レ]戮、先遣[二]人語云[一]。若謝[レ]我、當[レ]釋[レ]罪。企生答曰、爲[二]殷荊州吏[一]、今荊州奔亡、存亡未[レ]判。我何顔謝[二]桓公[一]。既出[レ]市。桓又遣[二]人問[一レ]欲[二]何言[一]。答曰、昔晉文王殺[二]康[一]。而紹爲[二]晉忠臣[一]。從[レ]公乞[二]一弟[一]以養[二]老母[一]。桓亦如[レ]言宥[レ]之。桓先曾以[二]一羔裘かうきう[一]、與[二]企生母胡[一]。胡時在[二]豫章[一]。企生問至。即日焚[レ]裘。
漢文エディタ  桓南郡既ニ破リ 2( 殷荊州ヲ )1 、|收(とら)フ 2( 殷ガ將佐十許人ヲ )1 。咨議〈NOTE 參軍中の上席者。 〉羅企生モ亦在リ焉。桓素ヨリ待スルコト 2( 企生ヲ )1 厚シ。將ニ _テ_ ^有ラント^所^戮スル〈NOTE 他の捕囚者を戮殺せんとす 〉、先ヅ遣ム 2( 人ヲシテ語ゲテ云ハ )1 。若シ謝セバ^我ニ、當ニ _シト_ ^釋ルス^罪ヲ。企生答ヘテ曰ク、爲リテ 2( 殷荊州ノ吏ト )1 、今荊州奔亡シ、存亡未ダ^判レ。我何ノ顔アリテ謝セント 2( 桓公ニ )1 。既ニ出ヅ^市〈NOTE 刑場 〉ニ。桓又遣ム 2( 人ヲシテ問ハ )1^欲スト 2( 何ヲ言ハント )1 。答ヘテ曰ク、昔晉ノ文王殺ス 2( 康ヲ )1 。而シテ紹〈NOTE 康の子なり。文天祥が正氣歌に侍中の血といへる者是なり。 〉爲ル 2( 晉ノ忠臣ト )1 。從ツテ^公ニ乞ヒ 2( 一弟ヲ )1 以テ養ハント 2( 老母ヲ )1 。桓モ亦如ク^言ノ宥ス^之ヲ。桓先ニ曾テ以テ 2( 一|羔裘(かうきう)ヲ )1 、與フ 2( 企生ガ母胡ニ )1 。胡時ニ在リ 2( 豫章ニ )1 。企生ガ問〈NOTE 凶問なり。 〉至ル。即日焚ク^裘ヲ。
注記  ○咨議丨參軍中の上席者。  ○戮す丨他の捕囚者を戮殺せんとす  ○市丨刑場  ○紹丨康の子なり。文天祥が正氣歌に侍中の血といへる者是なり。  ○問丨凶問なり。 

〔五二〕 王恭〔注丨字は孝伯。〕會稽。王大〔注丨王忱わうしん、小字は佛大。〕。見スルヲ六尺たかむしろ〔注丨竹裘の席。〕。因ツテ、卿東ヨリ。故 。可シト一領ボス上レ。恭無フコト。大去ツテ後、即ゲテスル。既餘席、便。後大聞、甚キテ、吾本おも卿多シト。故ムル。對ヘテ、丈人不〔注丨君は恭の人と爲りを悉知せず〕。恭シト長物〔注丨無用の餘物。〕
王恭會稽より還る。王大之を看る。其の六尺のたかむしろに坐するを見る。因つて恭に語ぐ、卿東より來る。故に應に此の物有るべし。一領を以て我に及ぼすべしと。恭言ふこと無し。大去つて後、即ち坐する所の者を擧げて之に送る。既に餘席無く、便ち薦の上に坐す。後大之を聞き、甚だ驚きて曰く、吾本と卿多しとおもふ。故に求むる耳と。對へて曰く、丈人恭を悉さず。恭が人とり長物無しと。
原文  王恭從會稽還。王大看之。見其坐六尺簟。因語恭、卿東來。故應有此物。可以一領及我。恭無言。大去後、即擧所坐者送之。既無餘席、便坐薦上。後大聞之、甚驚曰、吾本謂卿多。故求耳。對曰、丈人不悉恭。恭作人無長物。
王恭從[二]會稽[一]還。王大看[レ]之。見[三]其坐[二]六尺たかむしろ[一]。因語[レ]恭、卿東來。故應[レ]有[二]此物[一]。可[下]以[二]一領[一]及[上レ]我。恭無[レ]言。大去後、即擧[二]所[レ]坐者[一]送[レ]之。既無[二]餘席[一]、便坐[二]薦上[一]。後大聞[レ]之、甚驚曰、吾本おも[二]卿多[一]。故求耳。對曰、丈人不[レ]悉[レ]恭。恭[レ]人無[二]長物[一]。
漢文エディタ  王恭〈NOTE 字は孝伯。 〉從リ 2( 會稽 )1 還ル。王大〈NOTE |王忱(わうしん)、小字は佛大。 〉看ル^之ヲ。見ル 3( 其ノ坐スルヲ 2( 六尺ノ|簟(たかむしろ)〈NOTE 竹裘の席。 〉ニ )1 。因ツテ語グ^恭ニ、卿東ヨリ來ル。故ニ應ニ _シ_ ^有ル 2( 此ノ物 )1 。可シト 2{ 以テ 2( 一領ヲ )1 及ボス }1 ^我ニ。恭無シ^言フコト。大去ツテ後、即チ擧ゲテ 2( 所ノ^坐スル者ヲ )1 送ル^之ニ。既ニ無ク 2( 餘席 )1 、便チ坐ス 2( 薦ノ上ニ )1 。後大聞キ^之ヲ、甚ダ驚キテ曰ク、吾本ト|謂(おも)フ 2( 卿多シト )1 。故ニ求ムル耳ト。對ヘテ曰ク、丈人不^悉サ^恭ヲ〈NOTE 君は恭の人と爲りを悉知せず 〉。恭ガ|作(な)リ^人ト無シト 2( 長物〈NOTE 無用の餘物。 〉 )1 。
注記  ○王恭丨字は孝伯。  ○王大丨王忱わうしん、小字は佛大。  ○簟丨竹裘の席。  ○丈人恭を悉さず。丨君は恭の人と爲りを悉知せず  ○長物丨無用の餘物。 

〔五三〕 呉郡陳遺、家至孝ナリ。母好ミテラフ鐺底〔注│釜の底〕焦飯。遺作主簿、恒一嚢、毎、輒-焦飯、歸ルトキ。後値ウテ孫恩〔注│一名は靈秀。〕賊出ヅルニ呉郡、袁府君即日便。遺已--數斗焦飯、未-〔注│歸省・贈與〕、遂シテ。戰ことく、敗。軍人潰散、逃-シテ山澤、皆多饑死。遺獨焦飯タリクルヲ。時人以純孝之報也
呉郡の陳遺、家至孝なり。母好みて鐺底の焦飯を食らふ。遺郡の主簿と作り、恒に一嚢を裝し、食をる毎に、輒ち焦飯を貯録し、歸るとき以て母に遺る。後孫恩が賊呉郡に出づるに値うて、袁府君即日便ち征す。遺已に數斗の焦飯を聚斂し得て、未だ家に展歸せず、遂に帶して以て軍に從ふ。於ことくに戰ひ、敗る。軍人潰散し、山澤に逃走して、皆多く饑死す。遺獨り焦飯を以て活くるを得たり。時の人以て純孝の之報也と爲す。
原文  呉郡陳遺、家至孝。母好食鐺底焦飯。遺作郡主簿、恒裝一嚢、毎食、輒貯録焦飯、歸以遺母。後値孫恩賊出呉郡、袁府君即日便征。遺已聚斂得數斗焦飯、未展歸家、遂帶以從軍。戰於滬、敗。軍人潰散、逃走山澤、皆多饑死。遺獨以焦飯得活。時人以爲純孝之報也。
呉郡陳遺、家至孝。母好食[二]鐺底焦飯[一]。遺作[二]郡主簿[一]、恒裝[二]一嚢[一]、毎[レ][レ]食、輒貯-[二]録焦飯[一]、歸以遺[レ]母。後値[三]孫恩賊出[二]呉郡[一]、袁府君即日便征。遺已聚-[二]斂-得數斗焦飯[一]、未[三]展-[二]歸家[一]、遂帶以從[レ]軍。戰[二]於ことく[一]、敗。軍人潰散、逃-[二]走山澤[一]、皆多饑死。遺獨以[二]焦飯[一]得[レ]活。時人以爲[二]純孝之報也[一]。
漢文エディタ  呉郡ノ陳遺、家至孝ナリ。母好ミテ食ラフ 2( 鐺底〈NOTE 釜の底 〉ノ焦飯ヲ )1 。遺作リ 2( 郡ノ主簿ト )1 、恒ニ裝シ 2( 一嚢ヲ )1 、毎ニ^ル^食ヲ、輒チ貯- 2( 録シ焦飯ヲ )1 、歸ルトキ以テ遺ル^母ニ。後値ウテ 3( 孫恩〈NOTE 一名は靈秀。 〉ガ賊出ヅルニ 2( 呉郡ニ )1 、袁府君即日便チ征ス。遺已ニ聚- 2( 斂シ-得テ數斗ノ焦飯ヲ )1 、未ダ 3( 展- 2( 歸〈NOTE 歸省・贈與 〉セ家ニ )1 、遂ニ帶シテ以テ從フ^軍ニ。戰ヒ 2( 於|滬(ことく)ニ )1 、敗ル。軍人潰散シ、逃- 2( 走シテ山澤ニ )1 、皆多ク饑死ス。遺獨リ以テ 2( 焦飯ヲ )1 得タリ^活クルヲ。時ノ人以テ爲ス 2( 純孝ノ之報也ト )1 。
注記  ○鐺底丨釜の底  ○孫恩丨一名は靈秀。  ○展歸丨歸省・贈與  

〔五四〕 呉道助・附子〔注丨坦之と隱之との小字〕兄弟けいてい-丹陽郡。後遭母童夫人〔注丨喪事〕、朝夕哭臨。及ビテルニ、賓客弔省スルニモ、號踊哀絶〔注丨泣き叫んで悶絶す〕。路人メニ落涙。韓康伯時丹陽。母殷在。毎二呉之哭、輒メニ悽惻、語ツテ康伯、汝若ラバ選官〔注丨吏部選衡の官。〕、當シト -〔注丨營治す〕。康伯亦甚相知。韓後果シテ吏部尚書。大呉哀制〔注丨哀毀して性を毀ふに至るなり〕、小呉貴達
呉道助・附子、兄弟けいてい丹陽郡に居在す。後母童夫人の艱に遭ひ、朝夕哭臨す。思ひ至るに及びて、賓客弔省するにも、號踊哀絶す。路人も之が爲めに落涙す。韓康伯時に丹陽の尹たり。母殷郡に在り。二呉の之哭を聞く毎に、輒ち爲めに悽惻し、康伯に語つて曰く、汝若し選官と爲らば、當に好く此の人を料理すべしと。康伯も亦甚だ相知る。韓後果して吏部尚書と爲る。大呉は哀制を免せず、小呉は遂に大に貴達す。
原文  呉道助・附子、兄弟居在丹陽郡。後遭母童夫人艱、朝夕哭臨。及思至、賓客弔省、號踊哀絶。路人爲之落涙。韓康伯時爲丹陽尹。母殷在郡。毎聞二呉之哭、輒爲悽惻、語康伯曰、汝若爲選官、當好料理此人。康伯亦甚相知。韓後果爲吏部尚書。大呉不免哀制、小呉遂大貴達。
呉道助・附子、兄弟けいてい居-[二]在丹陽郡[一]。後遭[二]母童夫人艱[一]、朝夕哭臨。及[二]思至[一]、賓客弔省、號踊哀絶。路人爲[レ]之落涙。韓康伯時爲[二]丹陽尹[一]。母殷在[レ]郡。毎[レ]聞[二]二呉之哭[一]、輒爲悽惻、語[二]康伯[一]曰、汝若爲[二]選官[一]、當[三]好料-[二]理此人[一]。康伯亦甚相知。韓後果爲[二]吏部尚書[一]。大呉不[レ]免[二]哀制[一]、小呉遂大貴達。
漢文エディタ  呉道助・附子〈NOTE 坦之と隱之との小字 〉、|兄弟(けいてい)居- 2( 在ス丹陽郡ニ )1 。後遭ヒ 2( 母童夫人ノ艱〈NOTE 喪事 〉ニ )1 、朝夕哭臨ス。及ビテ 2( 思ヒ至ルニ )1 、賓客弔省スルニモ、號踊哀絶ス〈NOTE 泣き叫んで悶絶す 〉。路人モ爲メニ^之ガ落涙ス。韓康伯時ニ爲リ 2( 丹陽ノ尹 )1 。母殷在リ^郡ニ。毎ニ^聞ク 2( 二呉ノ之哭ヲ )1 、輒チ爲メニ悽惻シ、語ツテ 2( 康伯ニ )1 曰ク、汝若シ爲ラバ 2( 選官〈NOTE 吏部選衡の官。 〉ト )1 、當ニ _シト_ 3( 好ク料- 2( 理ス〈NOTE 營治す 〉此ノ人ヲ )1 。康伯モ亦甚ダ相知ル。韓後果シテ爲ル 2( 吏部尚書ト )1 。大呉ハ不^免セ 2( 哀制ヲ )1 〈NOTE 哀毀して性を毀ふに至るなり 〉、小呉ハ遂ニ大ニ貴達ス。
注記  ○呉道助・附子丨坦之と隱之との小字  ○艱丨喪事  ○號踊哀絶す丨泣き叫んで悶絶す  ○選官丨吏部選衡の官。  ○料理す丨營治す  ○哀制を免せず丨哀毀して性を毀ふに至るなり 

〔五五〕 郭文擧入呉興餘杭山窮谷、倚於樹〔注丨木は材木なり、樹は林樹なり。〕苫覆せんぷシテ〔注丨草もて屋を覆ふ。〕而居、都壁障。餘杭こやうルニテス韋袴褶ゐこしふ〔注丨皮ばかま〕一具、文擧不。使者置キテ室中而去。乃ツテ衣爛スルニ、竟服用
郭文擧呉興餘杭山の窮谷の中に入り、木を於樹に倚せ、苫覆せんぷして居り、都て壁障無し。餘杭の令こやう贈るに韋袴褶ゐこしふ一具を以てす、文擧納れず。使者室中に置きて去る。乃ち衣爛するに至つて、竟に服用せず。
原文  郭文擧入呉興餘杭山窮谷中、倚木於樹、苫覆而居、都無壁障。餘杭令顧贈以韋袴褶一具、文擧不納。使者置室中而去。乃至衣爛、竟不服用。
郭文擧入[二]呉興餘杭山窮谷中[一]、倚[二]木於樹[一]、苫覆せんぷ而居、都無[二]壁障[一]。餘杭令こやう贈以[二]韋袴褶ゐこしふ一具[一]、文擧不[レ]納。使者置[二]室中[一]而去。乃至[二]衣爛[一]、竟不[二]服用[一]。
漢文エディタ  郭文擧入リ 2( 呉興餘杭山ノ窮谷ノ中ニ )1 、倚セ 2( 木ヲ於樹ニ〈NOTE 木は材木なり、樹は林樹なり。 〉 )1 、|苫覆(せんぷ)シテ〈NOTE 草もて屋を覆ふ。 〉而居リ、都テ無シ 2( 壁障 )1 。餘杭ノ令|顧(こやう)贈ルニ以テス 2( |韋袴褶(ゐこしふ)〈NOTE 皮ばかま 〉一具ヲ )1 、文擧不^納レ。使者置キテ 2( 室中ニ )1 而去ル。乃チ至ツテ 2( 衣爛スルニ )1 、竟ニ不 2( 服用セ )1 。
注記  ○木を樹に寄す丨木は材木なり、樹は林樹なり。  ○苫覆す丨草もて屋を覆ふ。  ○韋袴褶丨皮ばかま 

〔五六〕 謝石奴〔注丨謝安が弟石なり。時に衛將軍たり。〕ウテ呉隱之衛將軍主簿。隱之將セント。謝知貧潔ニシテ、遣ハスモキヲ 率薄〔注丨簡易粗薄〕ナル、乃シテ〔注丨自家の厨帳を移して其厨房を飾る。〕厨帳經營。使者至。方一婢キテ〔注丨一犬を賣りて其代價にて諸事を辨ずるなり。〕一レ。此外蕭然トシテズルコト
謝石奴呉隱之を請うて衛將軍の主簿と爲す。隱之將に女を嫁せんとす。謝其の貧潔にして、女を遣はすも必ず當に率薄なるべきを知り、乃ち厨帳を移して其の經營を助けしむ。使者至る。方に一婢の犬を牽きて之を賣るを見る。此の外蕭然としてずること無し。
原文  謝石奴請呉隱之爲衛將軍主簿。隱之將嫁女。謝知其貧潔、遣女必當率薄、乃令移厨帳助其經營。使者至。方見一婢牽犬賣之。此外蕭然無
謝石奴請[二]呉隱之[一]爲[二]衛將軍主簿[一]。隱之將[レ]嫁[レ]女。謝知[三]其貧潔、遣[レ]女必當[二]率薄[一]、乃令[下]移[二]厨帳[一]助[中]其經營[上]。使者至。方見[二]一婢牽[レ]犬賣[一レ]之。此外蕭然無[レ]
漢文エディタ  謝石奴〈NOTE 謝安が弟石なり。時に衛將軍たり。 〉請ウテ 2( 呉隱之ヲ )1 爲ス 2( 衛將軍ノ主簿ト )1 。隱之將ニ^嫁セント^女ヲ。謝知リ 3( 其ノ貧潔ニシテ、遣ハスモ^女ヲ必ズ當ニ _キヲ_ 2( 率薄〈NOTE 簡易粗薄 〉ナル )1 、乃チ令ム 2{ 移シテ〈NOTE 自家の厨帳を移して其厨房を飾る。 〉 2( 厨帳ヲ )1 助ケ ┤其ノ經營ヲ }1 。使者至ル。方ニ見ル 2( 一婢ノ牽キテ^犬ヲ賣ル〈NOTE 一犬を賣りて其代價にて諸事を辨ずるなり。 〉ヲ )1^之ヲ。此ノ外蕭然トシテ無シ^ズルコト。
注記  ○謝石奴丨謝安が弟石なり。時に衛將軍たり。  ○率薄丨簡易粗薄  ○厨帳を移す丨自家の厨帳を移して其厨房を飾る。  ○犬を牽きて之を賣る丨一犬を賣りて其代價にて諸事を辨ずるなり。 

〔五七〕 汜毓しいくよゝ敦睦ナリ。客-靑州、逮ブマデ七世ナリ。人號、兒常父、衣シト常主〔注丨家人和穆、叔姪相視ること猶ほ父子の如く、兄弟衣服を別たず〕
汜毓しいくよゝ敦睦なり。靑州に客居し、毓に逮ぶまで七世なり。人其の家を號す、兒に常父無く、衣に常主無しと。
原文  汜毓家世敦睦。客居靑州、逮毓七世。人號其家、兒無常父、衣無常主。
汜毓しいくよゝ敦睦。客-[二]居靑州[一]、逮[レ]毓七世。人號[二]其家[一]、兒無[二]常父[一]、衣無[二]常主[一]。
漢文エディタ  |汜毓(しいく)家|世(よゝ)敦睦ナリ。客- 2( 居シ靑州ニ )1 、逮ブマデ^毓ニ七世ナリ。人號ス 2( 其ノ家ヲ )1 、兒ニ無ク 2( 常父 )1 、衣ニ無シト 2( 常主 )1 〈NOTE 家人和穆、叔姪相視ること猶ほ父子の如く、兄弟衣服を別たず 〉。
注記  ○兒に常父無く、衣に常主無し丨家人和穆、叔姪相視ること猶ほ父子の如く、兄弟衣服を別たず  

〔五八〕 王悦之〔注丨王献之が孫。〕キヨリはげ淸操。爲吏部郞時、隣省有會同〔注丨會合燕集〕スル。遺餅一おう。辭シテ。曰、所復小小ナリ。然レドモせうヨリこのかランコトヲ之惠
王悦之少きより淸操をはげむ。吏部郞と爲る時、隣省會同する者有り。之に餅一おうを遺る。辭して受けず。曰く、費す所は誠に復小小なり。然れどもせうよりこのかた人の之惠に當らんことを欲せずと。
原文  王悦之少厲淸操。爲吏部郞時、隣省有會同者。遺之餅一甌。辭不受。曰、所費誠復小小。然少來不欲當人之惠。
王悦之少はげ[二]淸操[一]。爲[二]吏部郞[一]時、隣省有[二]會同者[一]。遺[二]之餅一おう[一]。辭不[レ]受。曰、所[レ]費誠復小小。然せうこのか不[レ]欲[レ]當[二]人之惠[一]。
漢文エディタ  王悦之〈NOTE 王献之が孫。 〉少キヨリ|厲(はげ)ム 2( 淸操ヲ )1 。爲ル 2( 吏部郞ト )1 時、隣省有リ 2( 會同〈NOTE 會合燕集 〉スル者 )1 。遺ル 2( 之ニ餅一|甌(おう)ヲ )1 。辭シテ不^受ケ。曰ク、所ハ^費ス誠ニ復小小ナリ。然レドモ|少(せう)ヨリ|來(このか)タ不ト^欲セ^當ランコトヲ 2( 人ノ之惠ニ )1 。
注記  ○王悦之丨王献之が孫。  ○會同丨會合燕集 


卷之一<了>

        
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