閑居友
(慶政)
(續群書類從 第三二輯下 卷第九五四・雜部一〇四
續群書類從完成會 1925.8.15、訂正三版 1957.7.15)
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閑居友 卷上
目録
(*章番号は入力者が施した。)
眞如親王天竺にわたり給ふ事
〔一〕
昔眞如親王といふ人いまそかりけり。ならの御門(*平城天皇)の第三のおん子なり。いまだかしらおろしたまはぬさきには、たかをかの親王(*高岳親王)とぞ申ける。かざりをおとしたまひてのちは(*落飾の後。高岳親王は、平城天皇が晩年に住んだ平城京の北の「楊梅宮」趾に「超證寺(超昇寺)」を建立したという。後出第五話を参照)、道詮律師(*法隆寺夢殿を再興。真言宗も兼学。)にあひて、三論宗をきはめ、弘法大師にしたがひて眞言をならひ給けり。法門ともにおぼつかなきことおほしとて、ついにもろこしにぞわたり給ける(貞観四年〔八六二〕)。宗叡僧正(*五台山・天台山等を経て帰国後、僧正となる。東大寺別当・東寺長者・清和天皇戒師。)とともなひ給けるが、宗叡は文殊のすみ給五臺山おがまんとてゆき給ふ。親王はものならふべき師をたづね給けるほどに、むかしこのやまとの國の人にて、圓載和尚(*円仁・円珍らと渡唐。帰国に難船で没する。)といひし人の唐にとゞまりたりけるが、親王のわたり給よしをきゝて、御門(*懿宗〔在位八五九—八七三〕)に奏したりければ、御門あはれみて、法味和尚といふ人におほせつけられて、學問ありけれど、心にもかなはざりければ、つゐに天竺にぞわたりたまひにける。錫杖をつきてあしにまかせてひとりゆく。ことはり(*ママ)にもすぎてわづらひおほし。さてやうやうすゝみゆくほどに、(*羅越国〔日本三代実録・元慶五年(八八一)〕)つゐに虎にゆきあひて、むなしくいのちおはりぬとなん。
このことは親王の傳(*頭陀親王入唐略記か。)にも見へ(*ママ)侍らねば、しるしいれぬるなるべし。昔のかしこき人々の、天竺にわたり給へる事をしるせるふみにも、大唐・新羅の人々はかずあまたみへ侍れど、この國の人はひとりもみえざんめるに、この親王のおもひたち給けん心のほど、いと/\あはれにかしこく侍り。昔はやすみしる(*ママ。「やすみしし」か。)まうけのすべらぎ(*皇太子)にて、もゝのつかさ(*百官)にあふがれきといへども、いまは道のほとりのたびのたましゐとして、ひとりいづくにおもむきたまひけんと、返々もあはれに侍り。大唐の義朗律師の天竺にゆくとて、身をほろぼしたる事をいふ所(*義浄『大唐西域求法高僧伝』)に、師子州にもすでにみへず、中印度にもまたきこえず、おほくはこれたましゐ累代にかへしなど侍をみるにも、かなしみのなみだかきやりがたし。玄奘・法顯などのむかしのあとにおもひあはするにも、さこそはけはしくあやうく侍けめとあはれなり。
さてかへり給べきほどもすぎぬれば、いきしにわきまへがたしとて、こまかにぞたづねありける。もろこしの返事に、天竺にわたり給ほどに、みちにておはりたまふよしほのかにきくと侍けるにぞ、はじめてたましゐをうつし給よしをしりにける。わたりたまひけるみちのよういに大かんし(*柑子)を三もちたまひたりけるを、つかれたるすがたしたる人いできてこひければ、とりいでゝ中にもちいさきをあたへ給けり。この人おなじくはおほきなるをあづからばやといひければ、我はこれにてすゑもかぎらぬみ〔ち脱カ。〕をゆくべし。汝はこゝもとの(*原文「こゝのもと」)人也。さしあたりたるうへ(*ママ)をふせぎて(*それから別の人に)はたりぬべしとありければ、この人、菩薩の給はざる事なし、汝心ちいさし、心ちいさからん人のほどこすものをばうくべからずとて、かきけちうせにけり。親王あやしくて、化人の出來てわがこゝろをはからひけるにぞと、くやしくあぢきなしと侍る事思いでられて、とにかくにこゝろすゞろに(*上の空で)侍り。さてもしん王の身は、はるかのさかひにうつり給けれども、みつぎものは猶あとにそなへられけんこそ、なさけふかくきこえ侍れ。
さても發心集(*鴨長明)には、傳記の中にある人々あまた見え侍めれど、このふみ(*閑居友)には傳にのれる人をばいるゝことなし。かつはかたがたはゞかりも侍り。またよの中の人のならひは、わづかにをのれがせばくあさくものを見たるまゝに、これはそれがしがせるものゝ中にありし事ぞかしなど、よにもたやすげにいふ人もあるべし。またもとよりふでをとりてものをしるせるものゝ心ざしは、我このことをしるしとゞめずは、後のよの人、いかでかこれをしるべきと思よりはじまれるわざなるべし。さればこそ章安大師(*天台智顗に学び、『法華文句』『法華玄義』『摩訶止観』を編集。『涅槃玄義』『涅槃経疏』等を著す。)は、この事もしおちなば將來もかなしむべしとはかきたまふらめ。いはんやまたふるき人のこゝろもたくみに、詞もとゝのほりてしるせんを、いまあやしげにひきなしたらんもいかゞとおぼえ侍。またこのかきしるせるおくどもに、いさゝか天竺・震旦・日域のむかしのあとを、ひとふでなどひきあはせたることの侍ば、これをはしにてしりそむるえ(*縁)ともやなり侍らんなど思ひ給へて(*原文「思ひ給ひて」)、つかうまつれる也。長明は人の耳をもよろこばしめ、またけちえん(*結縁)にもせんとてこそ、傳のうちの人をものせけんを、よの人のさやうにはおもはで侍にならひて、かやうにもおもひ侍るなるべし。ゆめ/\くさがくれなきかげにも、我をそばむる詞かなとはおもふまじき也。
如幻僧都の發心の事
〔二〕
昔、如幻僧都といふ人おはしけり。もとはならの京東大寺にすみて、華嚴宗をぞならひたまひける。そのころは善珠大德學問のこう(*功)たかくて、ねぶりをのぞき、こゑをしのびてみえければ、時の人もいみじきことにいひあへりけり。僧都これをみて、我いかにがくもんすともこの人にまさるべからず、しかじ(*如かじ)この道をあらためて、ひとすぢにおこなひの道におもむきて、この人よりはさきだちて世のきこえをもとり、位をもあがらんと思ひて、くまの(*熊野)にこもりて、身をくだきほねをおりてひとすぢにおこなひたまひけり。かゝるほどに、かたはらにわがおこなひを五六かさねたらんほどに、おこなふものありけり。これをみて、あさましと思ひて、さてもかくして世中にありては、つゐにはいかなるべきことゝおもひつゞくるに、いとあぢきなくよしなくて、やがてはしりいでたまひにけり。
さてはりまの國たかをだにといふ所におはして、他事なく後世のおこなひして、つねにはこゝろをすまして華嚴經をぞよみたまひける。かゝるほどに、弟子にならんとて、人あまたいできあつまりて、後にはほひなき(*本意なき)ほどに侍ければ、はなれたる所にあやしのいほりをかまへて、ただひとりゐて、くひものなども身づからいとなみて、弟子をばとき/〃\ぞこさせける。ある時いま七日ばかりはきびしきおこなひをすること侍べし、ゆめ/\きたる事なかれとありければ、そのほど人ゆきかふ事なかりけり。日ごろすぎて、いほりのほどにいひしらぬにほひの侍ければ、あやしくてみければ、てをあはせて西にむかひてて(*ママ)、いのちつきたまひにけるなるべし。そのとしは六十二、ころは十二月二日にて侍りける。くはんおん(*観音)を本尊にしたまひけるとかや。
この人の事、往生傳(*『三外往生記』に見えるという。慶政は大江匡房『続本朝往生伝』、三善為康『拾遺往生伝』、同『後拾遺往生伝』等を書写した。)に侍めれどこのことは侍らざめれば、しるし侍なるべし。かの傳には唯識因明の道をあきらかにならへると侍にや。僧都になれるよしも見えず。もし僧都といへるはひがことにや侍らん。かのはりまのたかをだにゝ、ゑにかける御すがたのおはするは、きのしたにいしをしきものにて、ひがさと經ぶくろとばかりを、きたまひたるすがたとぞきゝ侍し。發心のはじめより、命終まですみておぼえ侍り。
玄賓僧都門をさして善珠僧都をいれぬ事
〔三〕
昔ならの京、興福寺の僧にて玄賓僧都といふ人おはしけり。知行ともにそなはりて、御門僧都の位をさづけ給ければ、歌をよみてはひかくれにける。
とつくに(*外国。畿内の外の諸国、外国。)はやまみづきよしことしげき君が御代にはすまぬまされり
となん侍ける。ことにあはれにこそ侍れ。とつくにとはとほつ國といへるにこそ。まことにさかへてたゝれる(*「堺〔さか〕へだゝれる」か。)國の人もかずはで(*「かずへで」か)、いたづらにきよき山水ながれたる所おほく侍らんものをと、ことに身にしみて侍り。さてその心ざしをとげたまひける後の事なめり。御門のおほせにて、弘法大師のせうそくし給へることばにも、山ふかくいみじくおもひすましておはするよしとぶらひたまひためるは、御返事いかゞ侍けん、いぶせく思ひやられ侍。この僧都はそのかみよりなをのがるゝ心のふかくおはしけるなめり。
善珠大德の僧正になりて、怡申てかへり給ひけるに、あめふりければ、みのかさをきてなん歸りたまひける。夜もふけ風も身にしみわたりければ、もとのゐ所にはやも歸りてしがなと思ひて、からうじてゆきつきて、西面の僧房のとぐちにたちてたゝき給に、あへてをとするいらへもなし。やゝひさしくたゝかれて、此玄賓のきみいとひきやかに(*低やかに)、たそ(*誰そ)といらへられけり。あなあさまし、たゝかばあけ給へとさばかりむへ(*未詳。「うれへ」か。)きこえつるかひもなく、いといたうあめにふられてわづらはしきに、いかでかおそくをとづれたまふ、まどろみ給へるかとありければ、いたくよきふるまひこのむ人はきたれひしき(*未詳。「きとわびしきめ」か。「きと」は「ふと」の意。)めにもあへば思もしりたまへかしとて、おそくあくるぞかしとぞいらへ、うちたまひける。
この善珠僧正(*秋篠寺開基。)もいみじきおこなひ人也。靈異記(*日本霊異記)といふふみに、はし(*波斯国)にて國王となりたりとぞ侍れど、まことにはとそつ(*兜率)の内院にむまれたまへる人也。(*生前)僧房のかべに徒ばき(*「つばき」。原文「御はき」。第十六話にも「つばき」〔椿〕とあるべきところを「御はき」とする。「徒ばき」の誤写。)かけたりとて、内院よりかへされて、さま/〃\のもちものかへしそなへて、いみじき名香どもかひて、ゆにわかして僧房のかべをあらひ給ひて、内院の往生とげたる人也。そのかべはちかごろまでかうばしく侍けりとぞ。さてもこの僧都の事、發心集にもみえ侍めれど、このことは侍ざめれば、よきついでに因縁もほしく侍てかき侍ぬるなるべし。すべてこの國によをのがるゝ人の中に、此人はことにうらやましくぞ侍。止觀のなかには、德をつゝめ(*包み)、きずをあらはし、狂をあげ、實をかくせといひ、またもしあとをのがれんにのがるゝ事あたはずは、まさに一擧萬里にして、絶域他方にすべしといへり。いまこのあとをたづぬるに、かのをしへにつぶとかなひて侍にや、あはれにかしこくこそ侍れ。もろこしの釋惠叡のとくをかくしわびて、八千をへだてたる國にゆきて、あやしのものゝもとに、僧のかたちともみえずなりて、ひつじをかひて世をわたりておはしけるは、みるめもさらにかきくらされて侍ぞかし。今此玄賓の君のあとをみるに、あるときはつぶね(*奴)となりて人にしたがひてむまをかひ、或ときはわたしぶねにみなれざほ(*水馴れ棹)さして、月日ををくるばかりごとにせられけん事、ことにしのびがたくも侍かな。あきはてぬれば(*「山田もるそうづの身こそあはれなれあきはてぬればとふ人もなし」〔続古今〕。「そうづ」は「そほづ・そほど」〔案山子〕を、「秋果て」と「飽き果て」とを掛ける。)となげき、またはけがさじ(*「三輪川の清き流れにすすぎして衣の袖をまたはけがさじ」〔和漢朗詠集〕)とちかひ給けん心のうち、猶々やるかたなくぞ侍べき。あはれほとけのかゝる心をあたへたまひて、たゞいまもはしりいでゝ、あとかたなくひとりかなしみひとりなげきて、そでををさへ、なみだをながしてあらばやとなげゝどもかひなくて、としもかさなりぬるぞかし。げに人もしらぬさかひにあらんは、いみじくすみわたりてぞ侍ぬべき。むげにちかき所なれども、そのかみまゝの入江を見侍しに、ひらやまおろし(*比良山颪)ふきすさみて、むかしおぼしきおばながすゑにうづらいとあはれにきこえしが、つねに心にとゞまりて、人もとがめぬ山のふもとにうづらをともとして、あやしの草のいほの身ひとつかくすべきむすびてみ侍ばや。さてまたすみにくゝば、いづくにもゆきかくる(*原文「ゆきかくゝ」)ぞかしなど、つねにおぼえ侍也。しかあるに、いまだこゝをはなるべきときのいたらぬにこそ侍めれ、さはるべき事のありとしもなき身の、昨日もくれ、けふもすぎぬること、猶々心のほかに侍。さてまたつくづくと思には、此あやしの山の中に(*慶政は西山に法華山寺を創建した)、身をかくしても、八とせの秋ををくりきぬ。天竺・晨旦のふみをも、こゝにておゝくひらけり。さるべき契にて、此山のしばおりくぶべきえにこそはあるらめとおもひのどむるときもあり。かゝるまゝには、たゞかやうの人のあとをおもひいでゝ、したひかなしみて、心をやすめ侍れば、せめてのむつましさに、しるしいれ侍ぬるなるべし。
空也上人あなものさはがしやとわびたまふ事
〔四〕
昔空也上人山の中におはしけるが、つねにはあな物さはがしやとのたまひければ、あまた有けるでしたちも、つゝしみてぞ侍ける。たび/〃\かくありて、あるときかきけつやうにうせ給ひにけり。心のをよぶほどたづねけれども、さらにえあふこともなくて月ごろになりぬ。さてもあるべきならねば、みなおもひ/\にちりにけり。
かゝるほどに、あるでしなすべき事ありて、市にいでゝ侍ければ、あやしのこもひきまはしたるなかに人あるけしきして、前にことやうなるものさしいだして、くひものゝはしばしうけあつめて、をきたるありけり。いかすぢの人ならんとさすがゆかしくて、よりてみたれば、ゆくゑなくなしてし我師にておはしける。あなあさまし、ものさはがしとのたまひせし(*「のたまはせし」か。)うへに、かきくらしたまひてし後は、ふつに世中にまじらひていまそかるらんとはおもはざりつるをといひければ、もとのすみかのものさはがしかりしが、このほどはいみじくのどかにて思ひしよりも心もすみまさりてなん侍也。そこたちをはぐゝみきこえんとて、とかくおもひめぐらしゝ心のうちの物さはがしさ、たゞおしはかり給べし。このいちのなかは、かやうにてあやしのものさしいだしてまち侍れば、くひものをのづからいできて、さらにともしきことなし。心ちるかたなくて、一すぢにいみじく侍。またかうべに雪をいたゞきて、世中をわしるたぐひあり。又めのまへにいつはりをかまへて、くやしかるべきのちのよをわすれたる人あり。これらをみるに、かなしみのなみだかきつくすべきかたなし。觀念たよりあり。(*【類】「観念のたよりなきにしもあらず。」〔方丈記〕)心しづかなり。いみじかりける所也とぞ侍ける。弟子もなみだにしづみ、きく人もさくりもあへずよゝとなきけるとなん。そのあとゝかや、きたこうぢいのくま(*北小路猪熊。古く市町という由。〔拾遺抄註〕)に、石のそとばの侍めるは、いにしへはそこになんいちのたちけるに侍、或は或はそのそとばは玄呟法師(*未詳)のために、空也上人のたて給へりけるとも申にや。
まことにあまたの人をはぐゝまんとたしなみ給ひけん。さこそはと思ひやられ侍。あはれこの世中の人々のいとなみども(*原文「いとなくとも」)、こともかくまじき物ゆへに、あまた給まはりたる、いみじき事に思ひて、これがためにさまざまの心をみだることはかなくも侍るかな。いのちのかずみちはてゝ、ひとり中有のたびにおもむかんとき、たれかしたがひとぶらふものあらん。すみやかにこの空也上人のかしこきはからひにしたがひて、身はにしきの帳の中にありとも、心には市のなかにまじはる思ひをなすべきなめり。またこの空也上人の事、傳には延喜御門の御子ともいひ、また水のながれよりいでき給へる化人也とも侍めり。そのふるまひことにあはれにありがたく侍めり。
淸海上人の發心の事
〔五〕
むかしならの京、超證寺に、淸海といふ人おはしけり。もとは興福寺の僧にて、がくもん(*仏典の教修)をぞむねとたしなみける。かかるにこの國のならひ、いまもむかしもうたてさは、東大寺・興福寺ふたでらの僧ども中あしき事ありて、東大寺へいくさをとゝのへてよせけり。この淸海のきみもゆみやなぐひ身にそへてゆきけり。さるほどに道にて時(*鬨)をつくりて、いくさおめきしけるに身のけたちて、こはなにとしつる身のありさまぞ、恩愛のいゑをいでゝ佛のみちにいる身は、人のくるしみをたすけ、ほとけのみのりすたれんをかなしみなげくべきに、いまかたちは僧のかたちに、たちまちに堂塔・僧房をやき、佛像・經卷そこなひ、僧を殺さんとてゆく事、こはなにのわざならんとかなしくあぢきなし(*不条理だ、情けない)。いまみつけられて、いかになるとてもいかゞせん、しかじはやくこゝよりゆきわかれなんと思て、やがてはひかくれにけり。
さて眞如親王のあと超證寺(*超昇寺とも。前出第一話を参照。)といふ所にこもりゐて、ひそかに法花の四種三昧をぞおこなひける。觀念こう(*功)つもりて、香の煙の中に化佛のあらはれ給けるを、すゑの代の人にえんむすばせんとて、ひとつとりとゞめたまひたりけり。三寸ばかりのほとけにてぞおはしましける。すべてこの人觀念成就してゐたまひたりける、めぐり一里を淨土になし給けるなり。そもそも四種三昧といへるは、一には常坐三昧、いはく九十日をかぎりて結跏正坐して、思を法界にかけて、一切の法は佛法なりと信じて、寂滅法界に安住すればこゝにゐながら諸佛をみたてまつり、佛の諸法をきく也。二には常行三昧、いはく九十日をかぎりて身につねに行道し、くちにつねにあみだ佛の名をとなへ、心につねにあみだ佛をねんじて、やすみやむことなし。神をばこはずして諸佛をみたてまつり、佛の説法をきく也。三には半行半坐三昧、いはく日夜六時(*一日を六時に分け、その定められた時刻に行う意。)に六根のつみを懺悔して、百千萬億阿僧祇刧のつみを滅して、五欲をはなれずして六根をきよめ、釋迦・多寳・文殊・藥王のもろ/\の大菩薩をみたてまつる。四には非行非坐三昧、いはく隨自意三昧なるべし。大千塵數の佛の國にたからをみてゝ、まづしき人に布施せんよりは、この三昧をききておどろかざらん(*「おどろかん」か。)にはしかじ。もしずいき(*随喜)せむものは、三世の諸佛菩薩ずいきし給と侍めれば、たのもしくたうとくぞ侍。〔惠心要法文/の心をのす。〕四種三昧の中の常行三昧にははれたる星をみるがごとく、化佛をみたてまつるなど、止觀にはときて侍めれば、さやうに侍けるにこそとたうとく思ひやられ侍。陳の太建十七年(*五九七年)天台大師をはりをとり給ひしに、智朗禪師(*智顗の弟子)のしに給ひなんのちは、誰をかたうとみあふぐべきととひたてまつりしに、四種三昧、これ汝が明道師也とぞこたへ給ひける。このやまとの國のはりまの書寫のひじり(*性空)も、人のきて功德をとふときは、四種三昧をこたへ給けり。まことにいみじき功德にこそ。この淸海の君の拾遺往生傳(*三善為康)にのせられて侍めれど、この事はみえざめればしるしのせ侍める。
あづまのひじりてづから山おくりする事
〔六〕
昔あづまの方に、いみじく思ひすましたる聖ありけり。たゞひとりのみありて、すべてあたりに人をよせずぞ侍ける。ただわが心と(*自分の考えで)ぞとき/〃\いでゝ人にもみえけるまゝ、身にもちたる物すこしもなし。佛も經もなし。ましてそのほかのものつゆちりもなし。かゝるべき事やちかづきておぼえけん、日ごろしめをきたりける山にのぼりて、ひうちけ(*燧笥か。)に歌をぞかきて侍ける。
たのむ人なき身とおもへばいまはとててづからしつるやまをくりかな
さてはるかにほどへて、なすべきことありて山にいれる人これをみいだしたりけるとなん。ことにあはれにしのびがたく侍。
なにももたらぬこそことにあはれにこのもしく侍れ。かの天竺の比丘の、坐禪のゆかのほかにはなにもなくて、まろうどの菩薩のおはしたるに、このはをかきあつめて、それにゐさせたてまつりける事をみ侍しより、此事はいみじくこのもしく侍。いにしへのきちかきたちばな(*花橘)をあいせし人、くちなはとなりて木のもとにありなども傳にはみえ侍。又釋迦佛昔たゞ人にておはしましけるに、毒虵となりて、さきにつちにうづめりしこがねをまつふ(*「まとふ」か。)とも侍めるは。かゝるに、此人なにのもたるものにかは、つゆばかりの心もはたらき侍べき。猶々うらやましく侍。もろこしにまかりて侍しにも(*作者の渡宋経験をいう)、さらになにもなくて、けさと鉢とばかりもちたる人せう/\見え侍き。猶ほとけの御國にさかひちかき國なれば、あはれにもかゝるよと思ひあはせられ侍き。また、人をとをざかる事、いみじくたうとく侍。なにわざにつけてもひとり侍ばかりすみたる事はなし。むかしの高僧のあとをたづぬれば、みなかやうにのみ侍にや。猶々あはれに侍。うたさへいうに(*優に)侍にこそ。
淸水のはしのしたの乞食の説法の事
〔七〕
昔淸水のはしのしたに、こもにてあやしの家ゐせるものゝ、ひるはつぢにいでゝさるまたぶり(*後段でも「ふかかる」「ふるかる」の誤写が見られ、「さかまたぶり」の誤写と思われる。「股ぶり杖・鹿杖〔かせづゑ〕」を逆さに立て、「物狂ひ」の風で卜占等をしたものらしい。)といふことをたてゝ(*稼業として)ものをこひてよをわたるありけり。こしにはこものきれをまきてぞ有ける。
かゝるほどに、ときの大臣なる人、いみじく心をいたして佛事する事ありける。だうし(*導師)は時にとりてたうとくきこゆる人にてぞおはしける。このさるまたぶりのそう(*僧体の者を僧といったものか。)にはにたゝずみて、事のこくげんをいみじくうかゞひたりげに侍ければ、さやうのこちしき(*「こちたき」に同じ。共に「言痛し」から。ひどい)かたは人、などはかやうの所にはみえくる。事なればこそ(*仏事が始まったら去るか、つまみ出されるかするだろう)など、人々は思けるほどに、すでに事よくなりて侍けるに、この僧日ごろのすがたにて(*原文「すがにて」)、日がくしのま(*日隠間・階隠間〔はしがくしのま〕。寝殿の階段に屋根を覆ったあたり。)よりあゆみいりて、かうざにのぼりにけり。あれはいかにと、めもはつかなるわざかな(*目も当てられないほど驚き呆れたことだ、というほどの意か。)とあやしみあひたりけれど、やうこそはあるらめとて、ほうようなどしてはじまりにけり。さて説法いひしらずいみじく、昔のふるな尊者(*富楼那。法明如来とも。釈迦十大弟子の一人で、弁舌に優れた)、かたちをかくしてきたりたまへるかなといひあつかふほどに侍りけり。我(*自身)もさめ/〃\となきけり。この道師すべかりつる人も、あめしづくとなきけり。みすのうち・庭のほどなどは、所せきほどにぞ侍ける。さてなみだをしのごひて、かう坐よりおり給ければ(*尊敬語が現れる)>、此あるじもたいめんせんとおもひ、人々もそのよしおもひけるほどに、おりはてければ、やがてれいのさかまたぶり(*原文「さるまたぶり」)たてゝくるひいでゝまぎれにけり。その後はあしき事しつとやおもひたまひけん、かきくらしうせにけりとなん。いかにもたゞ人にはあらざりけりとぞ、人々もいひあひたりける。げにたゞ人にはあらざりける人にこそ侍けれ。
されば、止觀の中には德をかくさんとおもはゞ、そら物ぐるひをすべしなど侍ぞかし。ほかのふるまひはものさはがしきにかたどりけめども(*よそ見にはばか騒ぎの真似をしていたのでもあろうが)、心のうちはいかばかり諸法空寂のことはりに住しておはしけんと、たうとく侍り。
おしのまねしたる上人のまことの人に法文云事
〔八〕
中比あづまのかたに、國々をまはりて物もいはで物をたゝきて(*鉢叩の類)、かたのごとくものなどこひてくふをしなる僧ありけり。いかにもげにものいはぬものとはおぼえず、たゞいつはれる事とぞみえける。またすがたことざまもいみじくたうとく、なつかしくぞ侍ける。ある僧此事をあやしみて、いみじうくい物などよういして、そも/\此たびうき世をいで給べきまことの道はいかゞ心え侍べき。たゞ一くちのたまはせよかし。人の心のいさゝかもつき侍らんは、いみじき御功德にこそ侍らめといひけれど、耳にもきゝいれずたちはしりいでけるを、はるかにはしりしたひて、いかでかさばかりの心ざしをばうしなひ給べき。かならず身におぼしつめたらむ事ひとついひすてゝをはせよといひけれく〔はカ〕、かへりて豈離伽耶、別求常寂、非寂光外、別有娑婆とぞいひすてゝさりにける。まことにいみじくたうとく侍ける事也。
天台宗法文のたましゐ、たゞこれにて侍にこそ。かやうにつねにおもひけん心のそこは、いかばかりきよくすみわたりて侍けん。このふみの心は、此うきよのほかにべちに佛の國なし、まどひの人のまへには、あやしの木草しげりたるけがらはしき所とみゆれども、さとりのまなこのまへにはなみのをと、風のこゑみなたへなるみのりをとなへ侍ぞかし。されば、天竺・晨旦のいみじき高僧たちは、みな繩床に安坐して定印をむすび、まなこをとぢて、かやうに觀ぜしかば、とくいたりこうつもりてつねに諸佛菩薩をみ、つねに六道の有さまを見るとも侍めり。かやうの事かきつくしがたく、いひいづるにもはゞかりあるべし。心ざしあらむ人、わざとかやうの事しれらん人にたづぬべし。いまこのあづまの僧のふるまひ、あはれにおぼえ侍。さてしも觀念坐禪はすでによもくだり、時もすぎにたりなどいふ人も侍べし。かならずしもさに(*原文「さい」)侍まじきにや。ひろく禪家のふみにみえたり。
あづまのかたに不輕おがみかゝる老僧の事
〔九〕
中ごろあづまのかたに、としいとたけたるひじりの、いひしらずきたなげなるが、かみながくき物けがれたるありけり。みと見る人をおがみて、我深敬汝等、不敢輕慢所以者何、汝等皆行菩薩道、當得作佛の文をなんとなへける。おがむとてもなをざりのけなし。まことをいたしてぞみえける。いかにもたゞにはあらず、ふかく思ひいれたる人なるべしとみえたり。さて人などのあはぬ所にては、いとまををしみて、いとはやくぞはしりける。あしなどにはひざまでつちどもしみつきて、ひたいてもつちかた(*過多か。)にてぞ侍ける。いかなる所をもきらはずおがみければ、さこそは侍けめ、おもひけん心のそこ、ふかかるべし(*原文「ふるかるべし」)とおぼえて、きくもかしこく侍。
この國にはなにとならはして侍けるや覽、七月十四日にぞ、たかきいやしきもなく、このつとめをばし侍。たゞのときはいとかたくみえ侍にや。これは釋迦如來昔不輕菩薩といはれ給しときしそめ給ひけるおこなひなりければ、いつとなくもし侍べき事にこそ侍めれ。されば證如聖などは、このつとめをして家ごとにありきたまひしぞかし。あるときは門にてつねならぬにほひをかぐなどみゆれば(*原文「ゆみれば」)、たのもしくぞきこゆる。
すべて不輕といふ事の心は、衆生のむねのそこに、佛性のおはしますをうやまひおがみたてまつる也。我等かやうなるまどひの凡夫こそ、このことはりをしらねども、さとりのまへには、いかなるあり・けらまでも、思ひくたすべきものなく、佛性をそなへて侍也。地獄・餓鬼までもみな佛性なきものはひとりもなきは、このことはりをしりぬれば、あやしのとり・けだものまでも、たうとからぬ事なし。されば佛ねはんにいりたまはんとせし時、おほきなる光をはなち給て、十方をてらし給しに、地獄のそこまでその光いたりて、光のうちにこゑありて、もろ/\の衆生にみな佛性ありととなへしかば、そのくるしみ皆のぞこりて、天上にむまるとぞ侍める。こまかにはねはん經にみえたり。かの玄常上人の鳥けだものをみて、こしをかゞめたまひけん、この心にこそ侍けめ。いはんやわきまへある人のすがたにうかびいづるたぐひは、いますこしこの佛性のあらはれ(*原文「あられ」)やすかるべき身なれば、ことにたうとくも侍べし。あやしのわざまでも心にいれつるは、かならずそのおもひをとぐる事なれば、此身に佛性有としりて、とくあらはさんとおもはんに、いかでかむなしく侍らん。いはんやこれは、ほとけといふかたうど(*方人。味方)のちからをくはへたまへば、たよりあるべき事也。またかやうによろづの人に佛性のおはします事をしりなば、人をにくみあざけることなどもをのづからとゞまる中だちともなるべし。よなよなは佛をいだきてねぶり、あさな/\は佛とゝもにおくと傳教大士(*原文「傳。大士」)のときたまへるはたのもしくぞきこゆる。心ざしのあらん人、こまかにたづねたら〔まカ〕ふべし。このことをつねに心にすてざらむ人は、女人なりとも男子となづく、惡人成とも善人といふべしなど、經には侍めるは、正法のいのちすでにのどにいたれり。いかでかおこたりていたづらにかげをすぐさんや(*原文「いかでかおこたりていたづらにいたれり。いかでかおこたりていたづらにかけをすぐさんや」)。
覺弁法師涅槃經ときて高座にておはる事
〔一〇〕
ちかうの事にや、伊賀の國に覺弁といふ僧有ける。國中のものみなこぞりてたうとみあふぎけり。かゝるに、此くにゝ五時のみのりをのべときて、人にえんをむすばする事ありけり。そのころは春のなかば二月をなむさだめて十五日を結願にしけり。あるときこの僧かたへにいふやう、我は十四日に法花經をときのぶべきにて侍れども、いさゝか思ふやう侍り、十五日にかへてねはん經をとかんと思ふ也、かへ給てんやといふ。この人、いとやすきこと也、なじかはこれことの小事におぼしわづらひ給べき、さう也といふ。さて悦てかへりぬ。十五日にはゆあみ、かしらそり、きよきものなどきて、すでにかうざにのぼりて、のりとく事つねよりもたうとし。みなあはれみあへり。扨此人いふやう、むかしもろこしの竺道生(*鳩摩羅什の翻訳した法華経の注疏を始めた。廬山で入滅。)のねはん經をとくとて、かうざにてのりときおはりて、やがてしに給ひけん(*原文「給ひてん」)事、いみじくとうとく侍り。あはれ只今かくて死に侍らばやなどいひもあへず、さめ/〃\となく。やゝひさしうかほもあげねば、あやしと思ふほどに、やがてなん身まかりにけるとなん。
この事をきゝしに、かぎりなくあはれにたうとくおぼえき。高僧傳をみ侍しに、かの竺道生の所にて、おほくのなみだをこぼせり。廬山精舍にて法坐にのぼりてのりをとき給に、おはりなんとせしとき、たちまちにてにもちたる塵尾(*麈尾〔しゅび〕・払子〔ほっす〕。「麈」は「{鹿/主}」で大鹿の意。)のかうざよりおちけるにぞ、ねはんにいりにけりとはしりそめ侍ける。
すべて此經は、いづれの經よりもなつかしきものから、わびしくかなしく侍り。先はじめにかくのごとくわれき(*「いはれき」等の誤写か)。起一時佛拘尸那城(*「拘尸那竭羅〔クシナガラ〕」)力士、生地阿夷羅跋提河(*後半三字は「バッダイガ」と読む由。)のほとり、沙羅雙樹のあひだにまし/\きといふより、なにとなくなみだうかびて、心ぼそくあぢきなし。心もみなうきたちて、なにのあやめおぼえず。あやしのむし・鳥などのたぐひも、みなまいりのぞみけるに、いかなるつみのむくひまで、そのときいづれの所にありてまいりあはざりけんと、さらに身もうらめしくかきくらしてぞおぼゆる。しかあるに、この覺弁の君の、經をとき、その坐にてをはりをとりけん、いたうあはれに侍りし。かのもろこしの道希法師(*『大唐西域高僧伝』、『撰集抄』に所伝あり。)の天竺にむかひて、俱尸那城般涅槃寺にすみわたり侍けるを、のちに燈法師(*唐僧。「燈師」〔『大唐西域求法高僧伝』〕)のたづねゆきてみければ、身まかりにけるとおぼしくて、漢字の經ばかりのこりて侍けるは、ことにいとおしくたうとくきこゆるぞかし。この事遊心集(*元曉『遊心安楽道』か。上巻跋文を参照。)にかたばかりのせ侍しにや。
はりまの國の僧の心をおこす事
〔一一〕
中ごろはりまの國に、おちたる(*落魄した)僧ゆきとまりておるありけり。するわざもなければ、あさゆふもなげかしくて、田をつくりてなむ身をすぐしける。秋かり冬おさむるわざも、おもふほどもえなかりけるなめり、所のおさなり(*原文「なかり」)けるもの、なすべきものにみしむ(*未進)ありとて、とらへてろうにこめたりけり。さすがにほどある事なれば、つゐにはいでにける成べし。さて歸てめこ(*妻子)にいふやう、いまはわれにいとまくれよ、ゆるぎなくおもひかためたるなり(*原文「なめり」。原文なら妻子の印象の記述になる。)とて、ある山寺にのぼりぬ。ことわざなく一すぢに念佛をぞ申ける。人々みなあはれみて、よう/\(*要用)の事はのたまはせかけよと、我も/\といふ。さてしばしはさるほどのかれうを(*乾飯〔かれいひ〕か。「これうを」とするテキストもある由。その場合は小糧か。)日に二たびくひけるが、後には一日に一合のかれうを一たびなんくひける。さて三年といふに、をのがいほりのまへにふだをかきてたてたり。なにわざをうれへたるふだぞとみれば、ひさしくよにありても、そのようなく侍れば、心と命をすてゝむと思ひ給へ(*原文「給ひ」)侍也。このうへの山にみをきたるいはやの侍にまかりなんこもりぬる。もし我を我とおぼさば、ものさはがしくたづねとぶらひたまふ事なかれとぞかきたる。人みなあはれみて、たづねとふ事もなし。さてをのづから日ごろにもなりにければ、心ある人々せう/\たづねありきけるに、西むきにありけるいはやに、いきたるやうにて、手をあはせ、西にむかひてしにたりけり。時の人いみじくあはれがりけり。その名をば發心房とぞいひける。いとあはれ也けること哉。
げにいたづらにあけくれて、つゐに病にとりこめられなん後には、身もよはく、心もおぼれて、思ひのごとくもなくてをはりをとらむ事、ほいなくぞ侍べき。わが心のたがはぬ時、佛のちかひをあふぎて、命をすてゝむ事かしこかるべし。たれをあはれまんとちかひたまへる佛なればか、さばかりをしうするいのちをたてまつらん人をみすぐし給べき。手足のゆびをたきて、佛に供養するを法花經にもうへなき功德とほめたり。梵網經等にもあまたすゝめたり。いはんやこのいのちをみな佛にたてまつりて、この功德をさゝげて、うきよをいづるたねとせむとねがはんは、ゆゝしき心ざしなるべし。また求道の人寒きたりこのみつきて、山をいでゝさとにむかふに、山にすむ大虵のいまより後、經のこゑをきかざらむ事をかなしみて、眼にちのなみだをながして、たかき木にのぼりて、はるかにみをくるに、やう/\とをくなりつゝ、つゐにみえずなりぬれば、つみのほどをかなしみて、さま/〃\の善心をおこして、木のうへより身をなげたりける、都卒天にむまれて、昔のかばねを供養すなど、經には侍ぞかし。もろこしの傳には、釋の惠猛高岸より身をなげてしぬるに、いまだなかばのほどにて、紫雲身をまつとも侍。また明安といふ尼、江のほとりに身をなぐるに、金色の光ありて、水のなかにいるとも侍めるは、いみじくたうとくこそ侍れ。しかはあれど、かやうの事むかしよりいまにいたるまで、とかくさまざまに一かたならずいふ人もあるべし。せんは(*詮は)たゞ我心にはからひて、すゝみもしりぞきもすべきにこそ。善導和尚(*唐僧。『観無量寿経疏』等を著し、称名念仏を唱える。)はあまねくすゝめ、義淨三藏(*唐僧。『大唐西域求法高僧伝』等を著す。)はひろくいましめたまへり。これみなきをはかりてのたまふなるべし。よく/\おもふべし。
あふみのいしだうの僧の世をのがるゝ事
〔一二〕
中ごろ近江國石塔といふ所に僧ありけり。としなかばにあまりて、世をいとふ心なんふかく侍ける。さて日にそへては、人にかたをならぶる事などあきたく(*飽きたく—うんざりするようで)侍ければ、寺のまじらひをはなれんと思ひて、いとまをこひけれど、人々をしみてゆるさず。さて此人いみじく思ひなげきて、日ごろをふるほどに、そこちかくところのをさなる男の身まかれるありけり。そのあとにつねにゆきて、あるときはえむのうへに夜をあかし、あるときはひるしのびにきてたちかへる事も有けり。かゝりければ、このあるじのめは、日ごろも心おこしたる人ときくにあはせて、心の色をもまさんとするよな(*「するかな」か)、あはれなるべき心の中のなさけかなと思ひおり。さてたびかさなりければ、人々あやしのわざやなどいひけり。ある人はつみのうき事なきこえたまひそ、我にをきてはうけひかず、かかる事きかじなどもてはなるゝものもあり。かくて月ごろをくる程に、げにたゞ事ともおぼえずありければ、あまねく此すぢがちにいひなりにけり。さてこの寺には、さやうのきこえある人はなしとて房にきたり、さま/〃\にはぢがましき事ありて、おひいだしつ。この人としごろありつきて、はなれまうく侍れど、今は更にかひなしとていでぬ。さてはるかなる所にあやしのいほりをむすびて、たゞひとりおりけり。
さてこのめつたへきゝてわびなげくことかぎりなけれども、いまだこまやかなるたいめんもせねば、なげくにもたよりなし。又人づてにきこえさすべき事にもあらねば、さてのみ日ををくる。さてその後は、此人ふつとこの家によりくることなし。夜ひるをわかず念佛を申、つねには道場にゐて、にしにむかひて定印をむすびて觀念をしけり。くひものなどは人のなさけをかくるときは、それをなん日ををくるばかり(*の)事にしける。またをのづからたえまなどのあるときは、さとにいでゝこふ事もありけり。かくてあまたのとしをへぬ。
さてあるときこの女の家にきて、げざん(*見参)すべき事ありといひけり。あやしくなに事ならんとて、いそぎてあひたれば、いかにもよをのがるゝ事を思ひあつかひて侍しにぞ(*思い煩っておりましたところに)、この御とくに(*こちら様のお蔭で)としごろのほいをなんとげて侍。いま極樂にまいらんずる事のちかく侍れば、その悅申さん(*お礼を申し上げたい)とてなんまうできたるといひていでぬ。さて七月七日草のとさししづかにして、ひそかにいきたえにけり。その時あやしき雲空にみえければ、人人おどろきてたづぬるに、この人のかくれぬる事をしりぬ。さて七日があひだあまねく人にえんをなんむすばせける。いみじくありがたく侍ける心のうちなるべし。人のならひにはいかになりはつるとても、程にふれつゝほねをばうづむとも、名をばうづまじとおもひためるに、いまこの人のさま、いかでか佛も御覽じとがめず侍べき。かやうにふつに身をすて侍んには、をはりのとき、かならずめだしき(*愛だしき—めでたい)ほどの瑞相の侍なめり。なを/\あはれに侍り。
かう野のひじりの山がらによりて心をおこす事
〔一三〕
中比高野にみなみづくし(*南筑紫)といふ往生人(*わうじやうにん—極楽往生を願う人)ありけり。つくしのものゝふたり。かうやにすみて、此西にすみかをならべて侍ければ、時の人南づくし・北づくしといひけるなるべし。この人南づくしは、日に一合のかれう(*語義未詳。前出。)をくひて、さらにそのほかのものもくはずありければ、やせおとろへてぞ侍ける。あるときさるべき人々あつまりて、なじかは(*原文「まじかは」)かくばかり身をいましめ給べき、佛はみのりをならひをこなふをこそほい(*本意)とはおおせられためれ、たゞ物などおゝからぬほどにくひ、つとめをもよくしておはせかしといひければ、聖のいふやう、昔の心のおこり侍りしころ、このみてちやうもん(*聴聞)をし侍しに、たうときひじりののりときたまひしをきゝしかば、昔かしこき人ありき、いまだいゑにありけるとき(*在家・在俗の時)、いみじくことりをあいしてかひけるが、一籠にやまがら(*山雀)二いれたりけるに、一のやまがらはものもくはでつねにはこの腹につきて籠の目よりいでんとののしりて(*原文「ののして」)、やせほそりて、水をだにおほくはのまで、いでむとするいとなみのほかさらにことわざ(*異業)なし、いま一のやまがら、ものいみじくゝらひて、いさみほこれり、身もこえふとりてぞありける、さるほどにこのやせたるやまがらいたく身もほそりて、いかにしたりけん、このめ(*籠の目)よりぬけいでゝとびてさりぬ、これをみて、そのあるじのおとこ、さればうきよをいでんといとなまむ人も、さるべきにこそ侍めれ、つねにうちしめりて、たかきこゑわらひもせず(*原文「こ」字なし)、心おもひに物などもくはでこそあるべかめれとさとりて、やがてかしらをろしていみじくをこなひ侍と説たまひしをきゝしが、いみじく身にしみて、我もし出家の心ざしをとげたらばさらむよ(*ぜひそうしたいものだ)とおもひそめしのち、いまはやあまたのとしをゝくりはべりぬ、我ものいみじくゝひて、ちからありとても、なにのをこなひをかし侍べき、はやゆるぎなく思ひかためてし事なれば、いかにのたまはすともしたがふまじき也とぞいらへける。さて人々もなみだをおとしていふ事もなくなりにけりとなん。
この事をきゝしより、ふかく身にしみてわするゝときなし。かのやまがらのいにしへもことにあはれにしのばしく侍。されば佛は三口くへともおしへ給、或は五口くへともおほせられたり。また舍利弗(*釈迦の弟子。智慧者として目連と並称された。)は五口六口くひて、これをたすには水をもてせよといへり。されば龍樹菩薩(*二・三世紀頃の僧。『中論』『大智度論』を著す。)は身を益して(*役して)馬をやしなふごとくはすべからずととき給ひ、天台大師は食の法たる事は、もと身をたすけて道にすゝまさんがため也とゝきたまへり。これらのおしへをきかずして、をのづからやまがらのゆへにさとりをゝこしけん心、げにありがたく侍べし。またつたへきゝて、げにと身にしみけん人もかしこき心なり。
つら/\おもひつゞくれば、この一もりのくひものはかずもなきわづらひよりきたれるにはあらずや。春のひのながきに、山田を返すしづのお(*賤の男)のひくしめなはのうちはへて(*ずっとたゆむことなく)いとなみたりつる(*原文「いとなみたるつる」)わづらひ、(*この前後の言葉続きが不明。この間に語句の省略があるか。)おどろかすなるこの山田のはらのかりいほ、しもさゆるまでたしなみて、をしね(*小稲)をつめるいとなみ、或はのぼればくだるいなぶねに、みなれざほさしわび、或はあふさかやまのはげしきに、あしをはやむるこまもあり、又てづからおひ、てづからになへるいとなみ、そのかずいくそばくや。いかにいはんや、山人のねるやねり(*「わるやわり」「ぬるやねず」等か)、そのてもたゆく、ちからきつくせる(*「力・気尽くせる」か。)たき木にてこれをいとなみ、月の夜ごろはいねもせず、からくいとなめるしほがまのゆくゑなどをおもふに、なみだもとゞまらずおぼえて、我これをくひて、けふその經・その傳をひらきて聊心をゝこしつ、この功德をばあまねくわかちて、このいとなみの人々にほどこすなど思ひゐで(*思ひ出で)侍ぞかし。しかあるに、はゞかりなく、いたはりなく、いみじくおほくくひてしはてには、こぼしちらしなどせん事、そのつみいかばかりぞや。ねがはくは帳のほかをいでず、しとねのうへをくだらずいまそからんあたりにて、げにとおぼしとがめさせたまはゞ、功德にや侍らゆ〔んカ〕。さればもろこしには、いかなるものゝひめ君も、くひものなどしどけなげにくひちらしなどはゆめ/\せず、よにうたてき事になん申侍し也(*これも渡宋の際の見聞に基づく)。この國はいかにならはしたりける事やらん、はやく世になりにたれば、あらためがたかるべし。たゞかなひぬべからんほどを御つゝしみあれかし。佛のこのいちりう(*一粒)のよねを思はるゝに、百のこうをもちゐたりとおほせられ、龍樹菩薩のこれをはかりおもふに、食はすくなけれども、あせはおほしとのたまへる、あはれにこそ侍れ。
常陸國のおとこ心をおこして山にいる事
〔一四〕
中比常陸國にいふかひなきあやしの男ありけり。春にて侍けるなめり、田がへしになんまかれりけるに、れいよりもげにすき(*鋤・耜)いりぬべくおぼえければ、まだ日(*原文「また目」)もくれなくに、いゑにかへりきにけり。めなりける女、いかにとゝがむれば、さればこそ、けふはいかに侍やらん、ものゝくひたくて、よは/\しくおぼゆればきたる也、なにゝても物よういせよ、くはむといふ。此女おもはずにけにくゝいらへて、さらば火ふきてふきつけよといふ。男火をふきけるに、えなんふきつけでわづらひけるを、この女あなにくのかたはや、ふかくのものはとて、はきものしてかほをふみたりける。この男とばかりためらひて、やをらはひかくれぬ。さともの(*原文「さてもの」)してこゝかしこたづねけれど、さらになし。人々もきゝあやしむほどに、としなかばかりへて、隣のさとのものなすべき事ありてふかき山にいりたるに、この男をのづからゆきあひぬ。あなあさまし、いましけるはといへば、その事也、しか/〃\の女のあたり侍しに、道心のおこりて、ものほしとおもひてたのみてきたるかひもなく、はげしくあたりしに、ましてしたる事もなくて、あのよにておにゝつらふまれん事こそかなしくあぢきなけれ。しかじ、はやくかゝるうきよの中をのがれて、後世とらむとおもひて、やがてなんはしりいでにし也、さてかまをこしにさしたりしをもちて、てづからかみをきりすててはべる、僧にあひてはんそり(*半挿盥〔はんざふだらひ〕か伴僧〔ばんそう〕か。半剃りではない。)してそらばやと思也、かならず僧ぐしきこえておはせとぞいひける。さてくひものはおりにふれて木草のみあるを、石などにてうちたゝきてくへば、またくうへに(*全く上に)のぞむことなし、おりにふれつゝ風のふき、このはのかはりゆくをときにてたのしみ、身にあまりておぼゆる也とぞいひける。さてさとにゆきてそのよしをいひければ、人々あつまりて僧あひぐしてゆきぬ。かしらそりかひ(*戒)たもちなどして、あさの衣やう/\のもの・けさなどよういしたりければ、よくとさうぞきてやがておくざまにゆきかくれぬ。さま/〃\くひ物などもたせてゆきたりけれども、ふつにめもみいれず、人にもなにくれといふ事なし。そのゝちとしごろありて、人に一二どあひたりけれども、とりなどのやうにてちかくもよらねば、ものなどいひかたらふにもをよばずとなん。つゐにはいかゞなり侍にけん、あはれにおぼつかなくこそ。
するがの國うつの山にいゑゐせる僧の事
〔一五〕
むげにちかき事にや、するがの國うつの山に、そこともなくさそひ(*さそらひ・さそらへ)ありく僧ありけり。つねはあやしのむしろごもかた/\と、つちにてつくりたる鍋や、いときたなげなるおけ・ひさごなどかた/\としどけなげにになひてぞありける。さてゆきどまる所にてむしろごもめぐりにひきまはして、さるべきやうにいゑゐしつゝ、ひでものして(*煮焚きして)くひなどしける。つねにはそのさとのものどもにつかはれて、ひんくなる事をばいみじく心えてしければ、びんぎ房(*便宜房)とぞつけたりける。ただの乞食などは、さすがにおぼえず、おもへる所あるにしなんみえける。ある人たづねゆきて、さても僧のまねがたにてかくは侍ど、まめやかにいかにして世をいづべしともおぼえ侍らず、まことゝおぼしさだめたらむ道ひとつをしへ給へといひければ、れいのになひたるものうちになひて、たちうらむ、くらうらむ、はらまきうらん、よろづうらんといひてぞたちける。さて、この人、まうけ給ぬしな/〃\のものをうりても、せむは身をやしなふをほいとする事なれば、いづれのをこなひにてもよくだにせば後世をとりてんずるぞほひなるべきとのたまはするにとぞ侍なれ、しかはあれど、おこなひやすくて、しかもはやく世をいづる事のきかまほしく侍ぞといひけれど、やがてものになひておくざまへいりにけり。この人、何事をこそとりわきてそのをこなひとみゆる事なくぞ侍ける。あるときは人のいゑにもあり、あるときは木のしたにもゐけり。そのおはりには、このほどなやましくおぼえ侍ればとて、人のもとをいでゝ、つねの山のこかげにゆきて、二日ばかりありて、西にむかひてぞしにたりける。
この人のすみ所こそ、あはれにきこえ侍れ。つたの下道心ぼそくゝらがりて、おりにふれつゝ、いかにすみわたり侍けむ。むかしみし人もさだめてありけん(*原文「あひけん」)ものを、おもひをくふしなくば、せうそこする事もあらじとあはれ也。
下野守義朝の郞等の心をおこす事
〔一六〕
中比四郞入道とて、こゝかしこおがみありくものありけり。下野守義朝の郞等なりけり。むらなき(*「さうなき」の誤写か。)かうのもの(*剛の者)にてぞありける。つみのほどをおもふに、きもまどひむねつぶれて、にはかにをのがみちをあらためてぼだいになんおもむきにける(*出家の意)。出家の日よりしほたち(*塩断ち)、五こくをたちて、いとわた(*糸綿)のけをきず、夏冬をわかずかき(*柿色)のあさのこそでのあはせたるを一なんきたりける。あやしのらうれう(*粮糧か。)とおぼしくて、そばむぎのこのあらゝかなるをぞたくはへたる。むまのなかばばかりにたゞ一度それをくひてのちは、またなにわざもなし。さのみはそばむぎのこもいかでかとある人の(*原文「いかでかあると人の」)いひければ、なき時はせりをつみてくひ、また松のはをくひて、さてこそはあれとぞいひける。さて夏冬のかはるには、きものはいかでおなじさまにてはととひければ、このちかごろよりは、身のうへにかぜのわたるもいとさむくもおぼえず、日のてるもいといたくもおぼえず、ゆなどあみ侍も、あつきもぬるきもいとさだかにもおぼえぬ也とぞいひける。まことにそのさまたゞほねとかはとにぞ見えける。しゝ(*肉)のあらばや、身にしむ霜かぜもあらん。さてふかき山に入て、徒ば木(*椿〔つばき〕。原文「御はき」)のみをとりてあぶらにしぼりて、たうときやま/\てら/〃\にたてまつるをおこなひにて侍とぞいひける。人みなあはれみて、さま/〃\なさけをあたへけれど(*原文「あたりけれど」。「あたえけれど」の誤写か)、えさするもの(*得さする物)などはふつにえずなん侍ける。つねにさだめたる所は、宇治のそばにたはら(*田原)といふ所とぞ。そのよはひは八十ばかりにぞ侍ける。
稻荷山のふもとに日をおがみて泪をながす入道の事
〔一七〕
ちかごろいなり(*伏見稲荷)の返りざかに、きし(*崖)のうへにあやしのこもひとつうちしきて、としいとおひたる入道たゞひとりゐて、西にむかひてゆふ日をおがみて、さめ/〃\となくありけり。いかにと人のとひければ、我はしなのゝ國のたみにて侍しが、世中いといたうあぢきなう侍しかば、かくまかりなりて侍、みやこはなにわざにつけてもよく侍ときゝて、とふ/\(*疾う/\)まかりのぼりて侍し、しる事もなければ、たゞあみだ佛をたのみたてまつりて、夜ひるとくしてむかへたまへとなきをめきあつらへたてまつるよりほかのことなし、夜はこのしもなる人のあたりに侍る、一夜うちねぬれば、さらにめもあはず、あはれよのはやくあけて日のいで給へかしと、夜もすがらまちたてまつる、さてかねもうち、夜もほのめくほどになりぬれば、このきしにゐ侍て、東にむかひてはや日のいでたまへかしと思おりて、日もいでゝやう/\南にめぐり給へば、それにしたがひてまた南にむかひて、とくして我をぐして西へおはしませとねがひ侍て、かやう時に(*未詳)西の山のはにかゝらせ給ときには、こゑもおしまずなかれ侍て、我すてゝはいづくへおはしますぞとすゞろにかなしくて、みどりこにて侍しとき、母のものにまかりいでしが心ぼそくしたはしく侍しよりは、猶くらぶべくもなくかなしく侍て、あみだ佛いかにしたまひつるぞとなくよりほかの事なし、いまも人のみ給に、すこししのび侍らんとつかうまつりつる、さらにかなはで、かくみとがめさせ給までに侍けるにこそとぞいひける。さてこのとふ人、いとあはれに思ひて、ときどきものとゝのへてつかはしなどしけり。あるときたづねさすれば、あとかたもなしとなんかたり侍し。
いといたう(*原文「いとう」)あはれにおぼえ侍。いとこまかにこそなけれども、をのづから日想觀(*『観無量寿経』に説く極楽浄土の観想法の一つ。夕陽を観想する。)にあたりて侍けるにこそ。あめなどのはげしくふりけんに、いかゞわびしく侍けん。思ひはかりある人こそ、さま/〃\になぐさむかたも侍れ、みじかき心には、さらにはるゝかたなく思ひみだれてこそ侍けめ。またかの人の行ゑ、いかになりにけん、ことにおぼつかなく侍。(*阿弥陀仏の弘誓には)たれゆへたてそめ給ちかひなればかは、たのむ人を御らんじすぐすべきなれば、さだめてかのみくにゝこそはむまれ侍にけめ。いとおしく侍ける心かな。
あやしの入道空也上人南無阿彌陀佛みかはの入道南無あみだ佛ととなふる事
〔一八〕
中比東の京に、あやしのまづしき入道ありけり。するわざも侍らず、たゞつねには空也上人南無阿彌陀佛、參河入道(*円通大師寂照。『東斎随筆』寂昭の項を参照。)南無阿彌陀佛、書寫聖人南無あみだ佛、惠心僧都南無阿彌陀佛といふ念佛をぞ申ける。後にはこういりて(*年功を積んで)、いみじくたうとくぞきこえける。おひのねぶりはやさめて、夜ぶかく夢をのこしたる人々、ねざめのとこにあはれかけずといふ事なし。あるときはかきくらしうせて日かずふるまでみえぬ事もあり、またなにとしてやらんかへりきてまがひありく(*人々に交じって動き回る)ときもあり。かずならぬいゑのありけるをしるべにて、ふるわたり(*「ふるきわたり」〔古びた渡し場〕か。)をぞむねとのゐ所にはしたりける。めもこもうせにければ、さゝや(*「さぞな」〔丨いかにも〕か。)なにゝかは心のとゞまるふしも侍らん、いみじく思ひすましてなんみえける。
かゝるほどに、この人心なやましきとて、さしいでもせず、ひとりゐたりけり。かくて四五日して、やおら(*そっと)はひいでゝ、人々にたいめ(*対面)して、まかりかくれなん事のちかく侍れば、みもきこえみえもきこえむとてなどあはれにいひつゝ、その邊の人々にふれまはりて、かへりてやがてほどなく身まかれりけり。わたりの人々いとあはれにて、なみだにむせびけるとなん。あはれにしのばしく侍り。
あやしの僧の宮づかへのひまに不淨觀をこらす事
〔一九〕
むかしひえの山に、なにがしとかやいひける人のもとにつかはれける中間僧(*中間法師〔ちゆうげんほふし〕。身分の低い僧。)あり。しう(*主)のためにひと事もたがふふるまひなし。いみじくま心にて、(*主の僧は)いとおしきものにぞおもはれたりける。
かかるほどに、としごろへて後、ゆふぐれにはかならずうせて、つとめてとくいでくる事をしけり。しうもいみじくにくき事に思ひて、さかもと(*坂本)にゆきくだるにこそあめれなどおもひけり。かへりたるときも、うちしめりて、人にはか/〃\しくおもてなどあはする事もなし。つねにはなみだぐみてのみみえければ、ゆきかふところの事をあきたらずおもひてかゝるにこそとぞゆるぎなく、しうも人も思ひさだめける。
さてあるとき人をつけてみせければ、にしさかもとをくだりてれんだい野(*蓮台野)にぞゆきにける。このつかひあやしく、なにわざぞとみければ、あちこちわけすぎて、いいしらずいま/\しくみだれたる死人のそばにゐて、めをとぢ、めをひらき祈て、たび/\かやうにしつゝ、こゑもおしまずぞなきける。夜もすがらかやうにして、かねもうつほどになりぬれば、なみだをしのごひてなんかへりける。このつかひおもはずにかなしくおぼえて、おもふらん心のほどはしらねども、なみだをながすことかぎりなし。さてかへりきぬ。いかにとたづぬれば、その事に侍、この人あやしく露ふかくしほれけるはことはりにぞ侍べき。かう/\の事の侍て、はやうせけるなるべし、いみじきひじりのおこなひを、みだりにあやしのさまにおもひけるしけるつみのほどものがれがたくて、かなしくてといひけり。(*この部分には錯簡があると思われる。「はやう」以降、恐らくは下文のごとくか。「はやういみじきひじりのおこなひをしけるなるべし。みだりにあやしのさまにおもひけるつみのほどものがれがたく、かなしくてといひけり。」)
あるじおどろきて、其後はいみじきうやまひをいたして、さらにつねの人にふるまひくらべず。あるとき、あしたのかゆをもてきたりけるに、あたりに人もなく侍ければ、まことにや、をのれは不淨觀(*白骨観に同じ。下文『次第禅門』の他、『法華玄義』、『摩訶止観』等に説く。)こらす事あんなるといひければ、さる事いかでか侍らん、さやうの事はちゑある人こそ侍なれ、この身のありさまはみなしろしめしたるらむといひけり。いかにかゝる事はいふぞ、みなしりたるものを、そののちは心ばかりはとうとくありがたく思に、かく心をきてあるこそ(*「かなしけれ・うたてけれ」等。)といひければ、その事に侍、なにとふかくはしり侍らねども、おろ/\はつかうまつり侍といひければ、さだめてしるしあるらんな、そのかゆ觀じてみせたまへといひければ、おしき(*折敷)うちおほひて、とばかり觀念してあけて侍ければ、みなしろきむしにぞなりてける。これをみて、このあるじさめ/〃\となきて、かならず我をみちびき給へと、ねんごろにぞあつらへける。
いとありがたく侍ける事にこそ。天台大師の次第禪門といふ文に、をろかならんもの、つかのほとりにゆきて、みだれくさりたらん死人をみれば、觀念成就しやすしと侍めれば、この人もさやうに侍けるにこそ。また止觀(*『摩訶止観』)のなかに觀をときて侍には、山河も皆不淨也、くひもの・きもの又ふじやう也、飯はしろき虫のごとし、衣はくさきものゝかはのごとしなど侍めれば、かの人の觀念まことにいみじくて、をのづから聖敎の文にあひかなひて侍けるにこそ。されば天竺の佛敎比丘は、うつはものはとぐろのごとし、飯は虫のごとし、衣はくちなはのかはのごとしととき、もろこしの道宣律師(*唐僧。『続高僧伝』等を著す。)は、器はこれ人の骨也、飯はこれ人の肉なりとは説たまふぞかし。かやうのいみじき人々のときをき給ふ事をもしらぬあやしの僧の、をのづからそのをしへにあたりて侍けん、たのもしく侍かな。その願を成就するまでこそなくとも、かやうにしりそめなば、さすがいは木ならねば、五欲の思やう/\うすくなりて、むかしにもあらぬ心になり侍なんずるぞかし。おりふしのうつればかはるころもでに、すゞろに心をくだき、あさゆふのしばおりくぶるけぶりゆへに、いたづらに身をなやまし侍らんは、げにくちなはのかはをたづね、しろきむしをもとめて、にしにはしり東にかへりみるにかはらざるべし。
かやうにいふを、世中の人はたへがたのことや、いける身のならひ、此二ことはたかきもあやしきもみなあることぞかし、さなくばいかでか時のまもながらへておこなひをもすべきなど、あらぬさまにいふ事も有べし。これはいみじきひがこと也。されば佛もふつにもちゐる事なかれとはいましめたまはず、たゞかやうに思ひやりて、いみじきおもひをなす事なかれとをしへ給める、このことはりをしらぬもの、こまやかなるあぢはひには、貪欲(*とんよく)の心もふかくおこり、をろそかなるあぢはひ、をちぶれたるころもには、しんい(*瞋恚〔しんい・しんに〕)の思ひあさからず、よしあしはかはれども、りんゑ(*輪廻〔りんゑ・りんね〕)のたねとなる事はこれおなじかるべし。かならずよしあしにつけて、慈悲心をさきとして、あはれいかなるものゝいとなみたしなみて、わびしと思へらんとあはれをかくべし。うきよにあるべき(*原文「ありべき」)人にまじらひけるならひのくちおしさは、さしあたりて人のめたゝしく(*目立っていると)思ひたるときには、さはおもへども(*衣食に汲々とする振舞いはすまいと思っても)、しのびがたきことも侍べきにや。それにつけても、あはれむやくに(*無益に)侍べき事かな。ゆめのうちのかりそめ事ゆへに、ながきよにねぶらん事からくぞ侍べきなど思べきにや。かやうにだに思ひて、すこしかなしむ心も侍かし。
あやしのおとこ野はらにてかばねをみて心をおこす事
〔二〇〕
中比の事にや、山城國に男ありけり。あひ思ひたけ〔めカ〕る(*「あひ思ひたりける」の誤写か。)女なん侍ける。なにとか侍けん、うと/\しきさまにのみぞなりゆきける。この女打くどき、かくのみなりゆけば、世中(*夫婦仲)もうきたちておぼゆる、たれもとしのいたういふかひなくならぬ時、をのがよゝになりなんも、ひとつのなさけなるべしといひけり。このおとこおどろきて、えさらずおもふ事むかしにつゆちりもたがはず、たゞし一の事ありて、うと/\しきやうにおぼゆる事ぞある、すぎにしころものへゆくとて、のはらのありしにやすみしに、死たる人のかしらのほねのありしをつく/〃\とみしほどに、世中あぢきなくかなしくて、たれもしなむのちはかやうに侍べきぞかし、この人もいかなる人にかしづきあふがれけん、たゞいまはいとけうとくいぶせきどくろにて侍めり、今より我め(*妻)のかほのやうをさぐりて、このさまにおなじきかとみんよと思ひて、かへりてさぐりあはするに、さら也、などかはことならん、それよりなにとなく心もそらにおぼえて、かくおぼしとがむるまでなりにけるにこそあなれといひけり。かくて月ごろすぎて、めにいふやう、出家の功德によりて佛の國にむまればかならずかへりきて、ともをいざなはむとき、心ざしのほどはみえまうさんずるぞとて、かきけつやうにうせぬとなん。
ありがたく侍ける心にこそありけれ。たれもみなさやうの事はみるぞかし。さすがいは木ならねば、みるときはかきくらさるゝ事もあり、いかにいはんやまのあたりみし人の、ふかきなさけ、むつましきすがた、さもとおぼゆるふるまひなどの、たゞうたゝねの夢にてやみぬるは、ことに心もおこりぬべきぞかし。しかはあれど、うかりける心のならひにて、時うつり事さりぬれば、こゑたつるまでこそなけれども、わらひなども侍べきことにこそ。かゝるに、このおとこのふかく思ひいれて、わすれず侍けん事、かねてはかの天竺の比丘のごとく、むかしのよに不淨觀などをこらしける人の、このたびおもはぬえんにあひて、うきよをいづるたねとなしけるにやともおぼゆ。むかしいかなりけるかばねの、せめてもこの人をみちびかんとて、あだしのゝ露きえもはてなでのこりたるやらんとおぼつかなくあはれ也。あはれや昔のひじりのかばねにやともおもひやり侍。羅什三藏(*鳩摩羅什)の御母のつかのほとりにて、人の骨のしろきをみたまひて、道心おこして、ながくうきよをいではて給けん、思ひいでられてあはれなり。げにも心あらむ人、これをみむばかり道心おこりぬべき事やは侍る。されば弘法大師は、しろきむしあなの中にむごめき(*原文「むくめき」)、あをきはへ口の内にとぶむかしのよしみ(*前身の意か。)をたづねんとするに、一たびはかなしみ、一たびははづべしとぞかきたまへる。止觀のなかに、人のしにて身のみだるゝより、つゐにそのほねをひろひてけぶりとなすまでの事をときて侍るは、みるめのかなしう侍ぞかし。かやうのふみもくらきおとこのをのづからその心をこりけむ事、猶々ありがたく侍べし。
からはしがはらの女のかばねの事
〔二一〕
いまだむげにいとけなく侍しほどの事にや、からはし(*唐橋)ちかき川原に、身まかれる女をすてたる事侍き。此女はをのがしう(*主)の夫なるもの(*妻のある者)にしのびにゆきあふとて、しうのめ(*妻)いみじうそねみて、おとこのほかにあるまに(*原文「あひまに」)さま/〃\のはかり事をかまへて、いひしらずことばもをよばぬ事どもして、しにびにひ〔てカ〕すて(*忍びに引き棄て)させたるなりけり。しぬる女は十九にぞなり侍りける。さらぬ事だにもありや(*そうでなくてさえ)、よの人のさがなさは、ゆきあつまりて、みるもの稻麻竹葦のごとく(*「たうまちくゐ」丨群集が幾重にも取り囲む様。)ぞ侍し。ふるさとのちかく侍しかばまかりてみ侍しに、ふつに人のすがたにはあらで、おほきなる木のきれのやうにてぞ、あしてもなくて侍し。きたなく(*原文「きななく」)けがらはしきこと、たとへていはんかたなし。たとひ大海のみづをかたぶけてあらふとも、猶きよむる事かたかるべし。たゞみるだにもしのびがたくたへがたし。このときたれかふすまかさね、まくらをならぶる事あらん。たかきとくだれるとこそかはれども、その身のなり行さまはたゞおなじかるべし。はだへしゝむらをつゝみ、すぢほねをまつひて、心にくきやうにみゆるうへに、楚山のまゆずみ(*楚山青黛)色あざやかにかき、蜀江のころも(*蜀江錦衣)にほひなつかしうたきなしたればこそ、むつまじくもおぼえ侍らめ、風吹(*き)日さらし、かはみだれすぢとけてきよき草葉をけがし、おほぞらをさへくさくなすときは、たれかかたをつみ(*未詳)ことばをかはさんや。されば龍樹菩薩は、愛のあだのいつはりをさとりぬととき給ふ。天台大師はもしこれをみおはりぬれば、よくの心すべてやみぬと釋し給へり。またこれまではなをいぶせ(*き)ながらもむかしのなごりを見るかたもあるべし。つゐにしろき木のえだのやうにて、野はらのちりとくちはてゝ、たゞよもぎがもとに白露をとゞめ、あさぢがはらに秋風をのこして、いさゝかのなごりもなくなり侍ぬるは、いますこし夢まぼろしのやうにぞ侍べき。さてもうきよのならひなりければ、かゝる身のありさまをしらで、うらみにうらみをかさねて、あかしくらす人もあるらむ。かやうにあだなる身のはてをしるべにて、あるにもあらぬ身のゆへに、いたづらにつもりける罪こそくやしけれなど、おもひつゞけて心をなをさば、かきあつむる心ざしたちぬとすくしとても(*未詳)、この河原のかばねのぬしいたうむざう(*「無慙」)也。一すぢにかなしくうらめしき心にてこそ侍けめ。さらに(*原文「さうに」)よもよき所にむまれはべらじかしとあはれにて、いさゝかみ侍し人を、たかきあやしきをえらばず、その名をかきあつめて、しのびにかたはらにをきて、すこしうかみぬべきにやと思給ふる。密ごん(*陀羅尼)どもおろ/\よみ侍中に、いきたるすがたをこそみねども、からはしがはらのしにかばねとしるし入てとひ(*「となへ」か。)侍ぞかし。
(*以下は、上巻の跋と見るべきか。)
さてもこのかきをくたびに袖のしぼるゝもしほ草(*随想・筆記)の中に、そのかほなどのきはやかにて、たゞいまその人にむかへる心ちのして、ところせきまで(*窮屈なほどに)おぼゆるもあり。またほのかにみし人などは、かすみたるやうにおぼゆるも侍べし。抑(*そもそも)この事を思ひより侍し事、三乘のひじりを見し人は、みなつみをのぞき、さとりをひらきし、またむかしの高僧をみし人は、みなほどにしたがへる益(*やく)ありき。いまこの身にとくもし侍らましかば、みも見えもする人々、すこしのやくもあるべきを、いひつくしがたく、あさましく、わづかに比丘の名をぬすみみて、返て三寳をあざむくつみをまねくべきみなれば、そのやくかけてもあるまじき事かなしさにおどろきて、みし人のむかしがたりになりゆくかずをしるして、なさけをばこひ侍也。もしこのなさけ、甘露の雨となり、淸凉の風となりて、ほの/〃\ありかをとぶらはゞ、それをあやしの身にえむをむすべる一の益に、かつ/〃\つかうまつらんと思ひたちにけるなるべし。新羅國元曉(*がんぎょう)の疏文(*『遊心安楽道』)かとよ、他作自受のことはりなしといへども、しかも縁起難思のちからありといへる、たのもしくこそ侍れ。
閑居友 卷下
目録
(*章番号は入力者が施した。)
津の國の山中の尼の發心の事
〔一〕
昔、津の國の山の中に、あやしの草庵してあまのすむありけり。五こくをたちて、いちゐ・かしのみをなんとりをきてくひものにはてうじける。まへに池をつゞけにほりて、それにいれおきて、あまたかし(*未詳)などしけり。色もあをみおとろへてよしあしもみえわかぬほどになんありける。ある人おもはずにゆきあひて、なにとしてかこゝにはすむといひければ、我としいとさかりなりしに、おとこにをくれ侍て、四十九日のわざなどはてゝ、その日やがてかしらおろしてこの山にいりて、いまださとにゆく事なし。なにとなくわさからず(*「あさからず」か。)思ひて侍しを、はからざるになきものにみなして侍しより、世中なにゝかはせむとおもひてかくなりて侍。子もあまた侍。田畠やうの物かずあまたありしかど、これはみなゆめのうちのことなればと思ひすてゝきとぞいひける。心にはさまざま思はれたるさまなるを、さすがにことにいでゝかず/〃\にはいはぬさまにぞみえける。
たかきもくだれるも女となりぬる身は、心は千草におもへども(*「秋の野に乱れて咲ける花の色の千種にものを思ふ頃かな」〔古今集〕)、よろづえかなはでのみぞやむめるを、思ひとりけん心のほどげにあさからずぞ侍べき。まことに偕老同穴の契、こんよをひきかけてたのむるわざあらましなれども、つみふかき事あまたきこゆるぞかし。もろこしの御門は、そらをゆかばつばさをならぶるとり(*比翼の鳥〔長恨歌〕)とならんとちぎり、やまとのしまの女は、野とならばうづらとなりてなきおらむ(*「野とならば鶉となりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ」〔伊勢物語〕)とかこてり。あるはこひんなみだの色ぞゆかしき(*「夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき」〔後拾遺和歌集・藤原定子〕)とおもひをき、或はなきとこにねん君ぞかなしき(*「声をだに聞かで別るる魂よりもなき床に寝む君ぞかなしき」〔古今集〕)とわづらへか(*「わづらへば」か)、まことをいたしてとはずはうかびがたくや侍らん。
つら/\おもひつゞくれば、いけるほどはいかなれやは、ふじのたかねに事よせて、たえぬ思ひをあらはし(*「富士の嶺の絶えぬ思ひをするからにときはに燃ゆる身とぞなりぬる」〔万葉集〕、「不尽の嶺の煙絶えなんたとふべき方なき恋を人に知らせん」〔和泉式部続集〕)、きよ見がせきをひきかけて、袖のなみだをしらする(*「見し人の面影とめよ清見がた袖にせきもる波のかよひ路」〔新古今集・飛鳥井雅経〕)に、むなしくとりべのゝけぶりとのぼり、いたづらにあさぢがはらの露ときえぬるは、(*など〔か〕)いたまずしもあるらむ。なさけふかゝらん人、おりにふれ時にしたがひてかなしみをます事ふかくぞ侍べき。
式部卿の御子、かんゐん(*閑院)の五の君にすみわたり給けるを、いくほどもあらで御子身まかりにけるとき、かのすみたまひける帳のかたびら(*原文「かた、日々」)のひもにむかしのてにて、かず數に我をわすれぬものならば山の霞をあはれとはみよ(*古今和歌集)とかきてむすびたまへりけるは、あやしの身にわづかにつたえて、みるだにも、春のあけぼのゝ山のはかすみわたりてみゆるには、すゞろにおもひいでられて、むかしのなさけのわすれがたく侍に、ましてかの五の君の心のうちいかばかり春はことにたちまよひて侍けんとあはれなり。またうらのはまゆふをひきかけて、うらみかさねん(*「忘るなよ忘るときかばみ熊野の浦の浜木綿恨みかさねん」〔金葉集・道命阿闍梨〕)とかこち、つゆのあだものをよすがにてあふにしかへば(*「命やは何ぞは露のあだものをあふにしかへば惜しからなくに」〔古今集・紀友則〕)とくらべけん。げにあはれにしのびがたきえ(*縁)にこそあるらめかし。一たびははかなく、一たびはむざう(*「無慙」)也。
むろの君顯基にわすられて道心おこす事
〔二〕
中比の事にや、中納言顯基(*源顕基〔一〇〇〇丨四七〕。源俊賢男、藤原頼通養子。従三位権中納言。)むろの遊人を思ひて、いみじくいひかはして侍けるが、いかなる事かありけん、かれ/〃\になりゆきて、もとのむろのとまりへなむかへしと〔おカ〕くりける。この女母なりけるものにいふやう、これへもまうでくまじく侍つれども、そのいきておはせんほどはいかでかとおもひてつれなくふたゝびふるさとへなんうちむき侍ぬるなり。これにはありとも、さき/〃\のやうなるふるまひはいまはし侍まじき也。その心をえ給へとて、ふつとゝいで(*「訪ひ出」か。)もせず、つねには心をすまして念佛をぞ申ける。おやもしばしこそはいさめけれ、のちにはとかくいふ事なし。かゝるほどに日にそへていゑのさまいふかひなくなりゆきけり。されどもおどろくけしきもさらになし。さるほどにはゝやまひしてしぬ。つもりゆく日ごとに、うちおどろかすかねのをとも、えかなはぬほどになんありければ、つねにはさめ/〃\となきおるよりほかの事なし。まれ/\つきたるものも、いみにことよせて、いづちやらむゆきちりぬ。
かくて四十九日もすでにあすになりにけり。そのゆふがたものあまたつみたるふねなん侍ける。この女あやしのものひとりぐして、このふねにのりぬ。このふねは中納言のもとにしもざまにつかはれけるものゝ、ゐ中にやられ(*原文「やうれ」)たりけるがのぼりけるなるべし。さてこのふねのぬしおどろきて、これはそれがしが御ふねなり、いかでかのせ奉らん、さはしろしめしたりやといひければ、しりたる也、などてかはくるしかるべきとてのりぬ。さて、つとめてまことのもの五十(*砂金五十か。宋銭の流入もこの頃という。)とらせたりけり。この女かへるとて、おやのけうやう(*孝養)はけふなんしはてつとて、かみをきりてうちをきていでぬ。さてその日の佛事どもして、日ごろありつるものどもにわかちとらせなどして、わが身はやがてその日出家して、しづかなる所しめて、いみじくをこなひ侍ける。
さてこのふねのもの京にのぼりて、かう/\の事侍しと中納言にいひければ、さればようゐせしとみしものはなをうるせかりける(*賢い、気が回る)ものかな、おなじくは百とらせよ、などて(*「などありて」か。)なみだぐみきこえられける。
さやうのあそび人となりぬれば、さるべきさきのよの事にて、いかなれどもはしかみて(*未詳)こそ侍を、あぢきなし、よしなしとおもひさだめけん事、たぐひなく侍べし。人にわすらるゝ人は、みなうらみにまたうらみをかさねつゝ、つみに猶つみをそふる事にて侍を、ひたすらおもひわすれて、うきよをのがるゝ中だちとなしけんこと、いといみじうおぼえ侍。たへなりとみし人の、うらみ(*原文「うちみ」)のこゝろにたえずして、おそろしき名をとゞめたる事は、あがりてもあまたきこゆるに、あまつさへ(*原文「あまさへ」)よをいとふしるべとせん事は、なをたぐひなかるべし。中納言はいみじき往生人にておはしけると往生でんにも侍ぬれば、さるべき事にておどろかれぬたもとにもしめかしとて、秋風もふきそめけるやらんとまでおぼゆ。
うらみふかき女いきながら鬼になる事
〔三〕
中比のことにや、みのゝ國ときゝしなめり、いたうむげならぬおとこ、事のたよりにつけてかのくにゝある人のむすめにゆきかふ(*「ゆきかよふ」か。)事有けり。ほどもはるかなりければ、さこそは心のほかのたえまもありけめ、(*女の方は)いまだ世中をみなれぬ心にや、ふつとうきふしに思なしてけり。まれのあふせもまたかやうのこゝろやみえけん、おとこもをそろしくなむなりにける。さて冬草のかれなんはてにければ(*複合動詞の区分)、この女すべてものもくはず、またとしのはじめにもなりぬべければ、そのぞめきにもこの人のものくはぬ事をとがむる(*原文「事もさとむる」)人もなし。
さてつねにさうじをたてゝひきかづきてのみ有ければ、心なくよりくる人もなし。かゝるほどに、あたりちかくあめいれたるおけのありけるをとりつゝ、我かみを五にもとゞりにゆひ(*原文「いひ」)あげて、此あめをぬりほして、つのゝやうになんなしつ。人つゆしることなし。さてくれなゐのはかまをきて、よるしのびにはしりうせにけり。これをもいゑのうちの人さらに(*原文「さうに」)しらず。さてこの人うせにたり。よしなき人ゆへに、こゝろをそらになして、ふちかはに身をすてたるかなどたづねもとむれども、さらなり、なじかはあらむ。
さてのみすぎ行ほどに、年月もつもりぬ。ちゝはゝもみなうせぬ。三十年ばかりとかやありて、おなじ國のうちに、はるかなる野中に、やぶれたるだうのありけるに鬼のすみ、馬・牛からおさなきものをとりてくふといふ事、あまねくいひあへりけり。とをめにみたるものどもは、かのだうの天井のうへになんかくれゐるといひける。あまたのさとのもの、をの/\いひあはせて、さらばこのだうに火をつけてやきて見ん、さてだうをあつまりてつくるにこそは侍らめ、佛をあたむ(*「仇む」)心にてもやさば(*原文「もやかは」)こそつみにだも侍らめなどいひつゝ、その日とさだめて、ゆみ・しこ(*尻籠丨箙)かいつけ、やみのあきま(*未詳)などしたゝめてよりきにけり。さて火をつけてやくほどに、なからほどやくるに、てんじやうよりつの五あるもの、あかきもの(*原文「あかきも」。「裳」ではない。)こしにまきたるが、いひしらずけうとげなる(*原文「うとげなる」)はしり(*原文「はりし」)おりたり。さらばこそとて、をの/\ゆみをひきてむかひたりければ、しばしもの申さん、さうなくなあやまちたまひそといひけり。なにものぞといひければ、我はこれそこのなにがしのむすめなり、くやしき心をおこして、かう/\の事をしていでゝ侍しなり、さてそのおとこはやがてとりころしてき、その後はいかに(*も)もとのすがたにはえならで侍しほどに、世中もつゝましく、ゐ所もなくて、このだうになんかくれて侍つる、さるほどに、いける身のつたなさは、ものゝほしさたへしのぶべくもなし、すべてからかりけるわざにて、身のくるしみいひのべがたし、夜ひるは身のうちもえこがるゝやうにおぼえて、くやしくよしなきことかぎりなし、ねがはくはそこたちかならずあつまりて、心をいたして、一日のうちに法華經かきくやすしてとぶらひたまへ、またこの内の人々をの/\めこあらむ人は、かならずこの事いひひろめて、あなかしこさやうの心をおこすなといましめたまへとぞいひける。さてさめ/〃\となきて、火の中にとびいりてやけてしにゝけり。
けうときものから、さすがまたあはれなり。げにこゝろのはやりのまゝに、たゞ一念の妄念にばかされて(*迷わされて)、ながきくるしみをうけゝむ、さこそはくやしくかなしく侍けめ。その人のゆくゑよもよく侍らじものを、けふやう(*孝養丨追善供養)もしやしけん、それまではかたるともおぼえず侍き。
まづしき女の身まかれるかみにて誦經物する事
〔四〕
ちかごろ東の京に、おさなくよりとりむすめをしたるものありけり。平家の流なりければ、源平のみだれの後は、たゞいのちのいけるばかりをいみじき事にて、世をわたる事などいひしらずぞ侍ける。かゝりけるほどに、前後相違(*順縁・逆縁)のうらみむかしよりありける事なれば、このとりむすめさきだちて身まかりにけり。其後さしつゞきてこのとりおやまたうせぬ。五七日にあたれるつとめて、このとりむすめのおとこなりけるものいできて、むかしの人侍らましかば、いかばかりいとなみたしなみ侍らまし、かまへて誦經物(*誦経の礼に贈る施物。)へつかうまつらんとし侍が、いかにもえかなひ侍らで思ひあまり、これにても侍らんとて、これをなむもちてまうできたるとて、かみにひきつゝみたるものをとりいでゝ、さめ/〃\とこゑもおしまずなきにけり。このとりおやのむすめなるもの、なにならんとさすがにゆかしくて、ひきあけて見れば、かのむかしの人のいまはとて、そりおろしたりけるかみなりけり。これを見るにいといたうかなしうて、しのびあへずなきおりけり。むかしのありかもさすがおもかげありておぼえて、ふたりの人なくよりほかの事なし。さてこれはみんにつけてよしなし、ひきかへしたまひねとて、うつぶしにけるとかや。
はつせの觀音に月まいりする女の事
〔五〕
中比東の京に、たよりなきわかき女ありける。かたのやうなる宮づかへなどしけれど、さしあたりて身をたすくばかりのはかりごとにもあたらでのみすぎゆきけり。かゝるまゝに、月ごとにはつせのくわんおん(*初瀬〔長谷〕の観音)にまいりて、さま/〃\にぞ身をうれへ侍ける。かくて三とせの冬にもなりぬれど、さらに(*原文「さうに」)そのしるしなし。さすがやすからぬ道なれば、いよ/\そのふところ(*暮らし向きの意か。)もせばくぞなりまさりける。また世中のならひなれば、人もくちやすからずもてあつかひけり。
さてこの女さのみげ道(*下道か。)のよういもしあふべくもあらざりければ、この度まいりて、みのほどもうれへはて侍なば、いまは(*原文「いまだ」)さてこそはやみなめ、人のいふもことはり也などおもふより、まだきにかきくらされてぞ、かなしくはべりける。さていつよりも心をとゝのへてまいりにけり。このたびはかぎりぞかしとおもふに、あやしの木草までもめにかゝりて、かきくらさるゝこと限りなし。扨其夜涙(*「涙の袖」等か。)をかたしきて、御前にうたゝねともなくまろびふしにけり。扨夢のうちに僧のいみじく尊とく年たけて、とく(*原文「とし」)いたれりと見ゆるがいでき給て、哀に思ふぞよ、うらめしくなおもひそよ、そのあとのかたにふしたる女房のうすぎぬをやをらとりてきて、はやくおきてかへりねとおほせらるゝ有けり。
夢さめておもふやう、あまり(*原文「あまし」)のわざ、はては人のものぬすむほどの身のほう(*「報」、「かほう〔果報〕」か。)にてさへ侍けるよ、たとひとりたるとてもきぬ一はいくほどの事かは侍べきとはおもひながら、さりとてはやうこそはあるらめ、さばかり身をまかせてまいり侍らんかひには、たとひみつけられていかなるはぢをみるとても、それをだにもほとけのほうこうにこそはせめなど思ひて、あとのかたをみるに、まことにきぬひきら〔ゝ〕ていねたる女房あり。やをらひきおとしてとるも、さら也、ほとけの御はからひなればなじかは人もしらむ。さてとりてきて、やがていにけり。むねうちつぶれてわびしくもかなしけれども、ねんじかへしてはつせがはのほどまでいでにけり。うしろにものいとのゝしりてきければ、あなかなし、さればこそとおもひてみれば、この事あやしむべき人にはあらで、むまにのりたるものゝあまたまかりいでけるなるべし。
さてこのむまにのりたるおとこのいふやう、あのさきにみゆるは女房にておはするにこそ、いかに夜ぶかくはたゞひとりいでたまふにか、きぬなどきたるはことよろしき人にこそ侍めれ、あれとゞめきこえよ、むまにのせてあかゝらん所までおくりきこえんといひけり。さてもとのおとこはしりつきて、このよしをいひければ、そらおそろしけれども、たゞ佛をたのみて、さらばさもとてのりにけり。夜もほのめきて、人のかほみゆるほどにてこの女をみれば、わがあさからず思ひしものゝ、やまひにわづらひてうせにしにつゆもたがはず、よろこびてぐしていきにけり。おとこはみのゝ國の人にあふがれたるものにてぞ侍ける。何事もともしき事なかりけり。さてこの女をまたなくいみじきものにおもひて、年月をくりけり。
かゝるにこの男京にのぼるべきことありていふやう、これにひとりおはせんも月日もいたづらにおぼえなん、京にしたしき人はなきか、かつはかやうにゆくゑもなくかきくらしてしも、いぶせくもおもふらん、ともにのぼりて、さやうの事もあきらめばやといひけり。この女したしきものひとりもなけれども、さすが有のまゝにいはむといかゞおぼえけん、あねにてありしものこそたゞひとり侍しか、さらばのぼりもせんとていでたちけり。おとこさま/〃\あねのれう(*料)とて、物どもあまたよういなどしてけり。さてのぼりて、あはたぐち(*粟田口)より京に入ぬ。むねうちさはぎて、よしなきあだごとをいひて、あとなき事よとおもはれなば、身もいたづらになりぬべし、また佛のてらしたまはんこともおそれあり、なにのくるはしにかくはいひけるにかとかなしくて、三條わたりになりて、しばしまちたまへ、このほどをたづねんといひて、いたくむげならぬいへのいとふるびてみゆるが、ひらかど(*平門)に車よせなどさるほどにしたるが、いたくさはがしくもなくてうちしめりたるやうなる(*あまり雑然としていず、閑静な様子の)ありけり。
そこにて馬よりおりて、さしいりてみるに、めのわらはのありけるに、御ぜんはこの(*「こゝ」か。)におはしますかといひければ、おはしますめりといひけり。たが(*誤写があるか。「其に」などか。)いでたまへ、もの申さんといはせたれば、四十ばかりなる女房、いたくおもひくたすべくもなき、つまどにいでゝ、たれにかおはするといふ。この人、申すにつけてはゞかりおほく侍れど、此二三年ゐ中に侍つるが、おとこのまかりのぼりて侍し、したしきものやある、そこにとまらむと申侍也、これをあねにておはする所と申さむはいかゞ侍べきといひけり。このあるじ、さらにはゞかりなし、とくそのよしをきこえたまへといひつ。さてこのいゑに入て、さきのよういの物どもうちへやりてけり。さてたびのぐどもしたゝめのどめてのち(*片付け、くつろいだ後で)、うちよりよびければゆきぬ。あるじの女のいふやう、さてもいかに侍事にてありしぞなどし(*「問ひ」等か。)給ひければ、ありのまゝにはじめよりかたりつ。是をきゝて、このあるじよゝとなきおりけり。あやしと思ひていかにととへば、かのはつせにて、きぬうしなひてありしものは我にて侍也、いとかなはぬこゝろに觀音のちかひをあふぎてまいりしほどに、ある事はなくて、あまりさへきぬをうしなひて侍しかば、人のはかなさはなにとなくうらめしき心ちして、そのゝちはあゆみをはこぶ事もなし、いゑのさまも日にしたがひてかずならずのみなりゆきて、おとこもうせてさへ侍れば思かたなく侍つるなり、我身ばかりにてはいかにもかなふまじく侍ければ、せめても行すゑをてらしたまひて、かやうにさま/〃\のものどもをたまはり侍事、一たびは御身のなさけとおもへども、二たびおもふには佛のたまはせたるものぞかしとおもふぞ、とにかくにせきかねて侍也といふ。これをきゝて、此女こゑもおしまずなきけり。二人いといたうなきまさりてなごむるかたもなかりけり。扨さるべき昔のことにてこそ侍らめ、いまよりはまことのあねをとゝに露ちりたがふまじなど、ねんごろにたのめつ、またたのむほどなれば、おとこにもかすめはつべきにあらざりければ、ありのまゝにしらせつ。おとこもいみじくあはれがりて、いよ/\ほとけの御はからひなれば、あさからずぞ思ひける。
げにあはれに侍ける御めぐみのふかきよな。すべて觀音のあはれみは、ことにたぐひをいでゝ(*傑出して)侍にや、もろこしに侍しとききゝ侍し(*原文「侍しときゝ侍し」)は、をろかなるおとこの一人侍けるが、法華經をよまんとするにえかなわず侍ければ、いみじくかたちよき女の、いづくよりともなくてきたりて、めとなりそひゐてねんごろにをしへて、一部おはりて後觀音のかたちにあらはれてうせたまへる事ありけり。かやうにありがたき御あはれみを思ふに、そゞろにたのもしく侍。一期のゆふべには、蓮臺さゝげたまひて、ふかき御めぐみあらむずらんかし、とたのもしくかたじけなくおぼえ侍。
もろこしの后のあにわび人に成てかたへをはぐゝむ事
〔六〕
もろこしに侍しと(*「とき」ともとれるが、次話も同じ書き出しであり、唐土に赴いた仲間の土産話の意か。)人のかたり侍しは、むかしこの國の王の后のあににてある人ありけり。にはかにはしりいでゝ、ここかしこあともさだめずぞありける。まづしくあやしきすがたにてあれば、人もなにのあやめ(*分別)もなし。とをきほどにては、おりにふれつゝわびしくわづらはしき事のみありけり。をとうとの后、からうじてよびよせて、さま/〃\にくどきて、いまよりはのどまりておはすべし、さるべきこともはからひあて申さんときこえさせければ、さにこそは侍らめとてゐたるほどに、また人めをはかりてにげいでにけり。かくする事たび/\になりにければ、后もこの事かなはじとて、國々に宣旨申くだして、あやしのわび人のさすらひゆかむに、かならずやどをかしくひものを用意して、ねんごろにあたるべしとぞ侍ける。さてその人ひとりのゆへに、おほくのわび人みなそのかげにかくれて、わづらひなくて悅あひたりけるとなむ。
さてそのかたしろ(*形代丨姿)をゑにかきて、あはれみたうとみて、人みなもちゐたり。あはれこのほどうりてこよかし、かひとらせんといひき。わび人のすがたにて、頭に木のかはをかぶりにして、竹のつえつきて、わらぐつはきたるすがたとぞ。これはその時の世中にわび人ども(*困窮者)のおほくて、ものもこひえでわびありきけるを見て、かれらをたすけんためにかくしつゝあるきけるなりけり。げにありがたきあはれみのこゝろなるべし。人のならひは我よくなりて、わび人をあはれまんとこそあらまし(*心づもり)にもすめるを、これはまことにふかきかなしみのあまりとおぼえて、いと/\たうとく侍り。いまいづくのくにゝかむまれておはすらん、むつましくこそ侍れ。
もろこしの人馬牛の物うれふるを聞て發心する事
〔七〕
もろこしに侍しと人のかたり侍しは、むかし此國にいやしからぬ人ありけり、そのいゑきはめてゆたかなり、秋夜高樓にのぼりて月をながめてありけるに、夜しづまり人ねさだまりて、をとずる物なし、かゝりけるに、そこなりけるむまとうしとものがたりをなんしける。
馬のいふやう、あなかなし、わびし、いかなるつみのむくひにて、この人につかはれて、ひるは日ぐらしといふばかりにかくつかはれおるらん、よるも心よくうちやすむべきに、つえめことにいたくわびしく、あまりくるしくて心のまゝにもえやすまず、あすまたいかさまにつかはれんとすらむ、これをおもふに、とにかくにいねもやすからずといふ。また牛のいふやう、さればこそあはれかなしきものかな、我かゝる身をうけたるとはおもへども、さしあたりては、たゞこの人のうらめしとするかたなくおぼゆるといひけり。
これを聞に、心もあられずかなしくて、めとむすめとにいふやう、我はこよひしのびて此家をいでんとおもふ心あり、かゝる事侍ぞや、いまありへんまゝには、かやうの事ぞつもるべき。たからは身のあだにて侍ものぞ(*原文「もこそ」)、此家をばすてゝ、いづくともなくゆきて、人もなからん所の、しづかならんにゆきて、後世の事おもひてあらんずる也、そこたちはこゝにとまるべしといひければ、ふたりの人のいふやう、たれをたのみてある身なればか、のこりては侍べき、いづくにてもおはせんかたにこそしたがひきこえめといふ、さらばさにこそは侍なれとて、おやこ三人忍びにいでにけり。さてはるかにゆきて、思ひがけぬ山のふもとにいほりかたのやうにかまへて、さうき(*笊器丨竹籠・笊〔ざる〕。笊笥〔さうけ〕。)といふものを日に三つくりて、此むすめもてうりにいだしける、かくてよをわたりけるほどに、ある時このさうきをかふ人なし、むなしく返りぬ、又つぎの日のぶんぐしてもていでたれども、その日もかうものなし、またつぎの日のぶんぐして、九のさうきをもてゆきたりけれども、この日もかうものなし、むすめ思なげきて、かくてのみ日はかさなる、わが父母の命もながらへがたかるべし、いかさまにせんとわづらひけるほどに、道にぜにを一貫おとしたりけり、この女さうきをこのぜにゝむすびつけて、さうきのあたひをかぞへて、ぜにをとりて、殘のぜにとさうきとをばもとの所にをきてきにけり、さてこのよしをかたりければ、父おほきにおどろきていふやう、なにわざいとなまんとてもちたるぜにゝかありつらむ、おやのものにても有つらん、しうのものにてもあるべし、たとひとるにても、一のさうきをゝきて一のあたひをこそとるべけれ、いかなるものかひとりして、さうきを九かう事あるべき、かかるにごりたる(*原文「にごりめる」)心もたらんものはうとましくおぼゆ、はやみなもてゆきて、もとの錢につらぬきぐしてたゞさうきをとりてこよといふ、むすめゆきてみるに、このぜになをありければ、もとのまゝにしてさうきをとりてきてみれば、ちゝも母もともにてをあはせて、かうべをたれてしにゝけり、あなかなしのわざや、我もありてはなにかせむとて、むすめもそばにゐてしにゝけりとなん。
これをきゝ侍しに、あはれつくしがたく侍き。まことにさやうの心をもちてこそ佛のみちをもねがふべきに、身にはわづかに道をまなぶやうにすれども、心はつねににごりにしみたらんは、定て三寳をあざむくとがも有べし、いかゞ侍べからんとかなしくあぢきなし。かのむかしの三人、いまいかなる菩薩にて、いづれの佛のみ國にかいまそかるらむ。ねがはくは我心をあはれみて、念々にかれにひとしからむとおもふこゝろを給へと、心のうちにねんじ侍き。さても(*唐土では)この人どものすがたをもゑにかきてうるとぞかたり侍し。すべてもろこしは、かやうの事はいみじくなさけありて、なきあとまでも侍にや。このやまとの國には、さやうの人のすがたかうものもよにあらじ、かきてうらんとする人も又まれなるべきにや。
建禮門院御いほりにしのびの御幸の事
〔八〕
文治二年の春、建禮門女院世をすてゝこもりゐさせたまへるもとに、いかさまにしていまそかるらむとて、夜をこめて忍びの御幸ありけり。そのおはします所に、いとあやしげなるあまのとしおひたるありけるに、女院はいづくにおはしますぞとゝはせたまひければ、このうへの山にはなつみにいらせ給ぬといらへけり。いとあはれにきこしめして、いかでか世をすつといひながら、みづからは(*入らせ給ひぬる)ときこえさせたまへば、あまの申やう、家をいでさせ給ばかりにて、いかでかさる御をこなひも侍ん、忉利天の億千歳のたのしみ・大梵天の深禪定の樂にも、かやうの御をこなひのちからにてあはせたまはんずるには侍らずや、うき世をいでゝ佛のみくににむまれんとねがはん人、いかでかすつとならばなをざりの事侍べき、さきのよにかゝる御をこなひなかりけるゆへにこそ、かゝるうきめを御覽ずる事にて侍らめといひけり。御ともの人々は、すがたよりはあはれなるものいひかなといひしろひ、また院もあはれにおぼしめしたり。
さて御すまゐを御らんじまはしければ、一まにはあみだの三尊たてまいらせて、はな・かういといみじくそなへさせたまへり。一まにはふさせ給所とみえて、あやしげなる御ぞ(*御衣)・かみのきぬなどあり。さうじ(*精進)には經のようもん(*要文)どもかゝれたり。つくゑには經よみさしてあむめり。心をしづむべきふみども、ならびに地獄ゑなどさもとおぼえてならべをかれたり。これを御覽ずるに、なにとなくむかしの御あたりちかき御たから物どもにはたとしへなきをあはれにかなしくおぼさる。たれもあはれとやおぼされけん、あるはなをし(*直衣)のそでをかほにあて、あるはおもてをかべにむかへて、おの/\ことばずくなになりておはしけるほどに、山のうへよりあま二人おりたりけり。ひとりははなこ(*花籠丨花筐)をもち、ひとりはつまぎ(*爪木)をひろひもちたり。やう/\ちかづき給を見れば、はなこもちたるは女院にてものしたまひけり。つま木もちたるは昔ちかくめしつかはせ給ける人なりけり。をの/\なみだをながして、あきれあひたまへり。
さてそばのまよりいらせ給ひて、御そでかきあはせてむかひまいらせておはしましけり。いかに事にふれて、たよりなき御事も侍らんかしなど、さま/〃\かたらはせたまへば、なにとはたよりなくもわびしくも侍べき、いみじき善知識にこそ侍れ、つねに思ひいではべれば、なみだもとゞまらず、花の都をいでしより、かへりみればわがすみかとおぼしくて、けぶりたちのぼりてゆくさきもなみだにかくれふたがり、いづれが山河ともわかれず、八しまのさとにまかりたりしかば、そのかたみしなをしなどのやうにおぼえて、ゆみやのほかにさゝげもちたる物なし、さてそこもかなふまじとて、八しまをいでゝゆくゑもしらぬうみにぞうかみて、おきふしはなみだにしづみ侍しほどに、ふねにおそろしきものどものりうつり侍しかば、今上をば、人のいだきたてまつりて、海にいり給ひき。人々或は神璽をさゝげ、あるはほうけん(*宝剣)をもちて、うみにうかみて、かの御ともにいりぬとなのりしこゑばかりしてうせにき。のこれるものども、めのまへにいのちをうしなひ、あるはなはにてさま/〃\にしたゝめいましむ、すこしもなさけをのこすことなし、いまはとてうみにいりなんとせしときは、やきいし(*焼石丨温石〔をんじやく〕)・すゞりなどふところにいれてしづめにして、(*母二位尼は)今上をいだきたてまつりて、まづいせ太神宮をおがませまいらせ、つぎに西方をおがみていらせ給しに、我も入なんとし侍しかば、女人をばむかしよりころす事なし、かまへてのこりとゞまりて、いかなるさまにても後のよをとぶらひ給べし、おやこのするとぶらひは、かならずかなふ事也、たれかは今上の後世をも我後世をもとぶらはんとありしに、今上はなに心もなく、ふりわけがみにみづら(*原文「みづから」)ゆひて、あを色の御衣をたてまつりしをみたてまつりしに、心もきえうせて、けふまであるべしともおぼえず(*原文「ず」無し)侍き、されども後世をとぶらひたてまつらむとて、身をすて、いのちをかろめていのりたてまつれば、いかでか諸佛菩薩もおさめたまはざるべき、かゝれば是にすぎたる善知識はなしとこそおぼえ侍れとぞ申させたまひける。さてよもふけ月もかたぶきにければ、御ともの人もなみだにしほれつゝかへりにけるとなん。これはかの院の御あたりの事をしるせる文(*未詳)に侍き。なにとなくみすぐしがたくて、かきのせ侍なるべし。
宮ばらの女房の不淨のすがたをみする事
〔九〕
昔それがしの僧都とてたうとき人、ある宮ばらの女房に心ざしをうつす事ありけり。おもひかねてや侍けん、うちくどき、心のそこをあらはしければ、この女とばかりためらひて、なじかはさまでにわづらひたまふべき、さとにまかりていでたらんに、かならず案内し侍らんといひけり。この人たゞ大かたのなさけかとはおもへども、さすがまたむかしにはにずなん思ひをりける。かゝるにいくほどもあらで、このほどまかりいでたる事侍、こよひはこれに侍べしといひたり。さるべきやうにいでたちてゆきぬ。この人いであひて、おほせのゆるぎなくおもひければ、まかりいでゝ侍、たゞし此身のありさまくさくけがらはしき事たとへていはんかたなし、かしらのうちにはなづき(*脳髄)まなくはへたり(*「はれたり」等か)、はだへの中にはしゝむら・ほねをまつへり、すべてちながれてうみしる(*膿汁)たりて、一す(*一寸か。)ちかづくべき事なし、しかあるを、さま/〃\のほかのにほひをまとひて(*原文「ゆとひて」)、いさゝかその身をかざりて侍れば、なにとなく心にくきさまに侍にこそありけれ、そのま事(*真実)のありさまをみたまはゞ、さだめてけうとくおそろしくこそおぼしなりたまはめ、このよしをもこまかにくどき申さむとて、さとへとは申侍し也とて、人やある、火ともしてまいれといひければ、きりとうだい(*切燈台)に火いとあかくともしてきたり。さてひきもの(*引き物丨壁代・帳・几帳等)をあげつゝ、かくなん侍を、いかでか御覽じしのびたまふべきとて、いでたりけり。かみはそゝけあがりておになどのやうにて、あでやかなりしかほもあをくき(*未詳)にかはりて、あしなどもその色ともなくいぶせくきたなくて、ちところ/〃\つきたるきぬのありか、まことにくさくたえがたきさまにてさしいでゝ、さめ/〃\となきて、日ごとにつくろひ侍わざをとゞめて、たゞわがみのなりゆくにまかせて侍れば、すがたもきるもの(*原文「きかもの」)もかくなん侍にはあらずや、そこは佛道ちかき御身なれば、いつはりの色を見せたてまつらむも、かた/〃\おそれも侍ぬべければ、かやうに(*原文「かやかに」)うちとけ侍ぬるやと、かきくどきいひけり。この人露ものいふ事なし。さめ/〃\となきて、いみじきともにあひたてまつりて、心をなんあらため侍ぬるとて、車にいそぎのりてかへりにけりとなむ。
まことにいみじくかしこく侍ける女の心なりけり。いまのよにもさほどおどろくしき(*次第)までこそなけれども、すつとなれば人の身はあらぬものになり侍にこそ。かの水のおとにかげを見て、身をいたづらになしもてけん、さこそはすたれけん、かほだて(*未詳)はかなしく侍けめ。をのゝこまち(*小野小町)が事をかきしるせるものをみれば、すがたもきるものも、めをはぢしめ侍ぞかし。ましていたくかほもよからぬ人のなりゆくにまかせて侍らんは、などてかはこの女房のいつはりのすがたにことなるべき。いはんやいきとまり身ひえて、夜をかさね日をおくらん時をや。いかにいはむや、はだへひはれ(*「干割れ」か。)うみしるながれて、すぢとけしゝむらとくるときをや。まことに心をしづめてのどかに(*落ち着いて)おもふべし。
なにがしの院の女房の釋迦佛をたのむ事
〔一〇〕
いとゝをからぬ事にや、事のえんありて、なにがしの院の女房をほのしれる事ありて、ある時やまひにふしたるよしつたへきゝしかば、かぎりなくあはれと思へども、さやうのところはおりあしきときもあるらん、事いみ(*言忌みとも。)すべきかたもまたなきにしもあらじとおもひて、ためらひ侍しほどに、をのづから日かずにもなりぬ。さとごとのたよりにくるしかるまじきとかやほのきゝて、まかりむかひたりしかば、見し人ともなくおとろへにけるなるべし。西のかたをみれば、帳のあなたに釋迦佛の御てに五色のいとつけてをきたり、さても身思る(*おぼゆる)にも佛のねがはぬ事やは侍、いづくの淨土をか御心にかけておはすらんといへば、なにとなくたのみなれにしかば、靈山・淨土にむまればやとおもふ也といへり。
今思ひみるに、この淨土はなべて人のねがはぬとかや、しかはあれど、いづれのほとけかは人をみちびかんとちかひたまはぬはあらん。中にも本師釋迦如來は、申につけてもかしこかるべし。又この土は天台大師の釋には、實報土(*実報無障碍土〔じつぽうむしやうげど〕。菩薩の世界。)と釋し給へり。或は又同居土(*凡聖同居土〔ぼんしやうどうごど〕。凡夫と聖人のともに住む世界。)ともいふめれば、同居の淨土ならんには、凡夫のむねとなる所なれば、むまれん事かたかるまじきにや。またたゞかの天竺の草木おひしげりたるいまの靈山(*霊鷲山〔りやうじゆせん〕。釈迦説法の場所。)にゆきて、あやしの身をうくとも、十六羅かんの中に第十五の阿氏多(*あじた・あした)尊者(*十六羅漢の一。)の千五百の眷屬の羅漢とゝもに、めぐみをたれたまふと法注記(*『大阿羅漢難提多所説』)にも侍れば、それにをしへられたてまつりて(*物による受身表現の例)、まどひをひるがへし、さとりにおもむかんとおもふべし。この事を思ひそめられけん、ことにありがたかるべし。たとひいづくの淨土をねがふとも、一代敎主(*釈迦如来。一生涯衆生済度の教えを説いたことから。)なりければ、このほとけをばかならずあふぐべきなり。しづかにおもひつづくれば、本師釋迦如來つたなき我等がために、此にごれるよにおりたちて、大小の敎法をときて、なきあとのこのごろをさへひきかけて、さま/〃\にこしらへ給へるに、すこし心のつゝす(*「くつす」か。)とするまゝに、こゝかしこの淨土をもとめてをしへはごくみたまへる御事をさしをがむ事、いかゞとおぼえ侍。この釋迦如來のたうとくありがたき事おもひつゞくるおりごとに、おもほえずなみだのおつる事、いくそばくは〔ぞ〕や。悲花經(*ひけきやう)にむかひて、そのちかひのこまかなる事をたづぬれば、我さま/〃\に身をあらはしてこしらへをらん、たとひいのちをはりてのち、三惡道におち、わがくにゝむまれずといはゞ、我むかしよりこのかた菩提のためにならへる所のもろ/\の正法、こと/〃\くほろびうしなひて、つくらんとせん善くどくみるべくられぬ(*ママ。「みるべからぬ」「みるべくあられぬ」等か。)身とならんとちかひ、また五逆の惡つくり、不善の業をおこして、無間地獄におつべからむものをば、我かはりて苦をうけて、その人をば諸佛にちぐ(*値遇)せしめ、涅槃のみやにいれしめむとちかひたまへり。みるめもありがたくこそ侍れ。菩薩のちかひをたてゝよりこのかた、かずもなく身をすて、いのちをうしなひて、つみあつめたまへるくどくを、つたなき我等がゆへにむなしくなしたまはれる事、またとりなすにつけても、かたじけなくも侍かな。あさましや、我等が心から、我等をあしくなしはてゝ、大聖無上世尊の滿字の御むね(*未詳)をわづらはしたてまつる事、そのとがいひてもやるかたなかるべし。すべてたみをなだめ、國をさむるまでも、佛のちゑをわかちてほどこしたまへる也と、經にはときて侍めれば、なにわざかほとけのおんをはなれたるはあらん。あるはかゞみのかげに(*原文「かけふ」)みづからのめをよろこばしめ、あるは水のおもににくからぬかたちをあはする、これみな釋迦如來の我等が苦にかはりて、我等をうかめたまへるゆへにはあらずや。また一陣かくるものゝふの胡簶のやをはやくぬき、かうべをはぬるつはものゝつるぎをふるひて、名をながすまでも、釋迦如來のちからによりて、このたび人のすがたにうかびいでゝかゝるなるべしとおもはゞ、猶釋そんのおんをはなるゝ事なきにや。かやうにおもひつゞけて、とき/〃\あはれをかけたてまつらば、これをまづ本師の恩を思ひしるはじめなるべし。かやうに思ひつゝすぐしゆく世中に、このなにがしの院の女房のさまをみて、あだにおぼえんや。ねがはくは、このあとをみそなはさん人、このことはりをおぼしめししれと也。たれゆへうかびいでゝ、よしあしをわきまふる身なればか、なをざりのおもひなすべき。まして風をかしき雲にふして、世のちりにけがれずしてとしをおくりけん、天竺・晨旦のむかしの高僧たち、いかに釋迦如來の御ことをおもひしがふしおほくいまそかりけん。かやうにひとりゐのみ山のほとりに、風のまへの草のなびきやすき心なれども、なにとなく立いでゝ、むつかしき世中にまじらへば、なみのうへの月のしづまりがたかるべし。かまへて身をとめて、おさまれる心となしはてゝ、をのづからほとけの御事をも思ひしるべき也。
さてまかりいでゝ、道すがらなにとなくこのほとけの御名のみとなへられて侍き。昔目連尊者はるかの國にて歸らん道にまよひて、釋迦の御名をとなへしに、そのこゑはるかの佛の御もとにきこえて、あなん(*阿難)尊者はなに人の御名をとなふるぞとうたがひ、佛は目連が道をまどはして、我をねんずる也とおほせられし事思ひいでられて、常在靈山のそらには、いまのこゑもきこしめししぐさじや、阿難の詞も佛のみことばもむかしにたがはじとまで心をやりてたのもしくおぼえぬ。さてつくづくと思ふやう、草むらに人におぢらるゝくちなはも、むかしはかやうの人にてあるおりもありけん、柳のまゆほそくかけり、春の霞いろをはづ、蘭麝のにほひよもにはづかし(*く)、秋風なごりをゝくる身にてもありけんに、あやしの我々もみてはおぢをそれにげはしる事あはれにも侍りな、たゞ人は心がともかくもなり侍て、あいせらるゝ時もあり、おぢらるゝおりも侍にこそ。かの梁の武帝の后、いかばかりあたりもいみじく侍けん、死して後おほきなるくちなはになりて、御門につみをうれふる事ありき。いまよりはかやうのくちなは・みゝずまでも、いたくうとしとはさしはなたじよとおぼゆ。よしへたる(*未詳)父母・むつ事のなからひにてもあるらん、まして佛はよろづのいきとしいけるものをいみなひ(*未詳)として、我子のごとくかなしみあはれみたまへば、かれらをうとうとしくおもはゞ、佛の御心にとをざかるかたもあるべし抔、さま/〃\におぼえ侍き。さてもこの佛の御事のかきたく侍まゝに、なにとなき事のつゐでを説(*原文「悅」)侍ぬるにこそ。
東山にて往生するめのわらはの事
〔一一〕
ちかきほどの事にや、東山なるひじりのもとに、あやしのげす女の、とし廿二三ばかりなる、世心ち(*疫病)にわづらひてやみふせるありけり。ひまなく念佛をぞ申ける。房のぬしも事ざまよりもあはれにぞ思ひける。さてあるゆふさりいふやう、我はこのとしこのとき、しに侍らんずる也、火などけちたまはでまぼりたまへといふ。房のぬしいふやうは、いみじきをこなひ人だにも、そのおはりをばえしらずこそ、さま/〃\におぼしわづらひ侍めるに、かくのたまはするこそ、げにともおぼえず侍れ、いかなることのあればかくはいふぞといひけり。女いふやう、我はしうのつかひにいちにまじはりて、かたがたにいとまいり(*未詳)しかど、この七八年、日ごとに三萬反の念佛はいかにもかき侍らず、これさらにこのよのために非ず、たゞ臨終正念・往生極樂のためなり、しかあるにいみじき人きたり給て、このとしのこのときにむかへんずるぞ、わびしとなおもひそよと、こしらへ(*宥め)給へりつる也といひけり。さて此家ぬしもゐもねずまぼりゐて侍ければ、ねうしのかい(*「子・牛の交ひ」か。)をかぞへて時よくなりにけりとて、おきゐてこゑをたかくして、念佛十反ばかり申て、いきとゞまりにけり。
いとあはれにこそきこえ侍れ。さやうのきはのものは、後のよの事をばかけふれ(*「かけても」か。)思ひもよらず、たゞさしあたりたる事をのみこそなげきも悅もすることにて侍めるに、日ごとにおこたりなくつとめけん(*原文「御とめけん」。「御」は「徒」の誤写。)事、このよ一ならぬえんにこそ侍けれ。げにかのむかしの無上念王(*阿弥陀仏の前身という。)の御時の國(*悲花経に「刪提嵐国」とある由。)のたみなどにて、えんをむすびて侍けるやらむ。すゞろにけぢかくたのもしくしたるつとめはなけれども、よきかた人(*かたうど丨味方)のやうにおぼえて、事にふれていさゝか心のすみわたり侍には、この佛の御名のみとなへられ侍ぞかし。またいさゝかあはれにむざう(*無慙)なることをみきくにも、まづ此佛の御名のみぞとなへられ侍。いかにもすぎこしよゝに、この佛に契のふかく侍けるなめり。さればこそ天台大師も、みだとこのせかいの極惡の衆生とはひとへに因縁ありとは説たまふらめ。いまやこのあやしの事をきくに、たのみの心ねんごろ也。ねがはくはなをざりにかきながすふでのあとをたづねて、草のいほりの中にかりねの夢をみはて、松のとぼそのあひだに、ながきわかれをつげんとき、かならずたちかへりともをいざなふ(*原文「いざよふ」)え(*縁)にもなれかしとなり。
(*以下、跋文。)
抑おろ/\傳記をたづね侍に、おこなひはなにのおこなひにてもあれ、つねにこゝろをすまして、にごすまじきにこそ侍め。吹風・たつなみにつけて、善知識のおもひをなして、つねにこゝろをしづむべき也。その中にむかしよりうみのほとり・野のあひだ、あとあまた見え侍れど、深山のすまゐぞすみておぼえ侍。されば天竺・しんたんのかしこきあとをたづぬれば、おほくはみ山のすまゐなりけり。かゝるかずにもあらぬうき身にも、松風をともとさだめ、白雲をなれゆくものとして、あるときは靑嵐の夜すさまじき月の色のながめ、ある時は長松のあかつき、さびたるさるのこゑをきき、ある時はとふかとすればすぎて行むらしぐれをまどにきゝ、ある時はなるゝまゝにあれてゆくたかねのあらしをともとして、まどのまへになみだをおさへ、ゆかのうへにおもひをさだめて(*原文「さだめに」)侍は、なにもなく心もすみわたり侍れば、それをこのよのたのしみにて侍なり。たとひのちのよをおもはずとも、たゞこの世一の心をあそばせて侍らんもあしからじものを。うみのほとりにゐて、よりくるなみに心をあらひ、たにのふかきにかくれて、みねの松風におもひをすまさん事の、このよのためとはおもはずとも、すみわたりてきこゆべきにや。いはんや思ひをまことのみちにかけて、にごれる人々をとをざかり、心をうき世中にとゞめずして、よのちりにけがれじとすまはんは、などてかはあしく侍べき。
あさましやまなこのまへのかげろふの、あるかなきかのよの中に、かりの名にふけりて、ながきよをおくり、いつはりの色にほだされて、昔の五戒のむくひを行衞なくなしはてん事、かなしくも侍かな。しかるを無明のねぶりふかくして、この世をいみじとしもはおもはねど、きのふもいたづらにすぎ、けふもむなしくくれぬるぞかし。たそがれになり行時にこそ、いかに侍やらん、おなじてらのかねなれど、ゆふべはこゑのかなしくて、なみだもとゞまらずおどろかれ侍。あはれほとけのたすけにて、つねにかやうにのみはべれかしとなげゝども、よゝをへておもひなれにける心なりければ、ひきつゞくこともかたくてのみあかしくらすこそ、かなしともおろかに侍れ。ねがはくは、釋迦如來、阿彌陀佛、すべてはよものほとけたち、むかしのちかひをかへりみて、あはれみをくだしたまへと也。
そも/\此ふみ二卷をしるしそめ侍しかど、ことばつたなく心みじかき物ゆへ、時もむなしくうつりひかげもいたづらにかたぶけば、はぢてすゞりをおさむといへども、もしほ草かきあぐべきよしかねてきこえさせければ、あまのぬれぎぬ思ひえてまたふでとれるなるべし。ねがはくはいつくしみのまなこのまへにおさめて、あはれみの心のほかにちらさゞれと也。その時は承久四とせ(*一二二二年)の春、やよひの中のころ、西山のみねの方丈の草のいほりにてしるしおはりぬる。
〔以内閣文庫本謄寫校合畢。〕
(閑居友 <了>)
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